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第6話「二人の距離」

 女子達に謎の呼び出しをされてから早一週間。あれから特に絡まれることなく志真は平穏な日々を送っていた。時折鋭い視線が向けられることはあるが、気が付いた時にはすぐに消えてしまう。

 優海からも特に何かを聞かれるわけでもなく、相変わらず志真の元へと通っていた。

 そんなある日のことだ。優海から遊びの誘いを受けた。

「映画?」

「うん。今度の土曜日どうかなって……この映画なんだけど、こういう系統好きかな?」

 そういって見せられた画面には最近ハマっているアニメの劇場版作品が映されていた。気になっていたものの映画館まで一人で行くのも億劫で諦めようとしていた物だ。

「え、めっちゃ好き。てか優海もこのアニメ見てるの?」

 少しばかり跳ねる声に優海が顔を綻ばせる。どうやら優海も一緒に行く相手を探していたようでトントン拍子に映画を見に行く予定が決まった。インドア派の志真としては映画に行くどころか休みの日に遊びに出かけること自体が久しぶりだったが、家にいても気が滅入ってしまう為ちょうどいいだろう。


「優海、お待たせ」

 最寄駅で集合してから映画館へと向かうことにした当日。駅に到着した志真はコンビニの前に待っている優海の姿を見つけて声を掛けた。

 待たせてはいけないと少し早めに出てきたつもりだったが、もう少し早くこれば良かっただろうかと考える志真に優海は笑いかける。

「全然、さっき来たところだから。それに約束の5分前だし」

 さっき来たどころか1時間前には既に到着して周囲で時間を潰していた優海だが、そんなことは噯にも出さず笑顔で志真を迎えた。普段から身だしなみには気を遣っているが、二人で出かけるということで気合を入れて新調した服を着てきた優海は明らかに目立っており、時折声をかけようかと考える人もいるほどだった。

 だが明らかに人を待っている様子の優海に声をかける人はいなかったようだ。

「なんか私服の優海って新鮮だな。小学生以来?」

「そうだね。僕も志真の私服見るの久しぶりな気がする。私服の志真もかっこいいね」

 電車を待ちながら他愛もない雑談をする中で出た優海の言葉に苦笑する。

 優海のように背が高く整った顔をしていればかっこいいという言葉も様になっただろうが、志真にとってはあからさまにお世辞のように思えて仕方がない。

「ただのTシャツだろ。かっこいいとかそういうのはお前のほうが似合うよ」

「そう、かな?僕より志真の方が……普段から何倍もかっこいいよ……」

 間違いなく本心ではあるが、本人に告げるには気恥ずかしくなってしまい小さくなる声を志真の耳は拾いきれなかったようだ。急に照れてしまった優海に対して不思議そうな表情をしていると電車が到着した為、慌てて乗り込んだ。


「休みだと人多いな。優海、こっち」

 満員ほどではないがかなりの人数が入っている電車の中、優海の腕を引いて扉側へと誘導する。壁に近い方が体の弱い優海には楽だろうと、人に押されないように空間を作る。

「ぇ、あ、いや、志真が壁側の方が……」

「大丈夫だよ、一応俺運動部で鍛えてるし。座れないんだから、ちょっとでも楽な方にいた方がいいだろ」

 当然のように優海を優先する姿に心臓が高鳴り、少しだけ顔が赤くなる。このままでは志真に心配されてしまうと急いで深呼吸をしてみるが、あまりにも近くに香る志真の香りを感じて逆効果だった。

 目的地までは30分ほどとそこまで長くはないが、次々に入ってくる人に押されてどんどんと距離が近くなっていった。

 電車の揺れでバランスを崩した志真が思わず優海の胸元に当たってしまい、申し訳なさそうに見上げる姿もまた優海にとってはかなり刺激が強かった。

「わ、悪い。カッコつけといて何か恥ずかしいな」

「全然、大丈夫。というかむしろありがとうっていうか。本当に、大丈夫だから。志真こそ潰されないように気をつけてね」

 満員に近づくにつれて縮まっていく距離に優海の心臓は跳ねっぱなしだ。あまりの近さに速くなった鼓動が聞こえているんじゃないかと気が気でならない。

 今なら許されるんじゃないかとさり気なく志真の肩を抱き寄せ腕の中に収める。体格差からすっぽりと収まる志真の体に愛おしさを感じながらも、手のひらから伝わる体つきはがっしりとしていて確かに運動部の筋肉をしていると改めて気付かされる。

 志真が中学生の頃、バスケ部としてかなりハードに練習に取り組んでいたのを優海は知っていた。というか会えていなかっただけで志真が何をしているかなどは定期的にツテを使って情報を得ていたという方が正しいか。

 体調が落ち着いている日は遠くからだけでもと無理を言って試合を見に行ったこともある。だが、運動部として仲間達と笑い合っている志真を前に優海は声を掛けに行くことはできなかった。

 きっと声をかけたら前のように笑いかけてくれるだろうと思っていたのに、体にハンデを抱えている自分がどうにも場違いな気がして踏み出すことが出来なかったのだ。

 やがて、手術も無事に終わり志真の最後の大会を見に行った時、意を決して話しかけようと志真を探していたところで”あの場面”を見てしまった。


『父さん!俺、この学校で初めて県大会に行ったんだ!だからーー』

『それは、お前の力じゃないだろう?』

『えっ?』

『周りが強かっただけで、お前個人の力じゃない。兄は一人で県大会で入賞してる。この県大会出場に大した価値はない』


 大会に父親が来ていること自体、珍しかったような気がする。母親が来ている場面は何度か見たことがあるが、優海の知る限り父親が見に来ていたのはこの時だけだった。だからこそ、父親と別れたあとの志真の表情が忘れられなかった。

 県大会までは全力で挑み、途中で敗退してしまったが仲間達と健闘を讃えあって、決して泣かなかった。

 だが、優海は知っている。志真は泣かなかったのではなく、泣けなかったのだ。

 それからも会いにいくことは叶わず志真の情報だけを得ながら過ごしていた優海だが、明らかにボロボロになっていく志真に耐えられず一時は情報を得ることすらやめてしまった。

 志真がボロボロになっていくことが耐えられなかった訳ではない。どんな時でも志真は優海にとってのヒーローであることに変わりはなかったが、そんな優海を救ってくれた志真が傷つき苦しんでいる状況で側にいられないこと、その事実が優海には耐えられなかった。

 少しの間を開けて、志真と同じ高校へ行くことを決意した。元々体調が回復すれば志真の元へと戻りたいと考えていた為、高校からというのがタイミングとしても丁度良かった。

 志真の志望校を調べ、同じ学校を受験した。受かるかどうかは志真の成績にもよる為かなり賭けではあったが無事第一志望に受かり晴れて同じ学校に通えるようになったのだ。

 調整のため再会までに少し時間が掛かってしまったが、今度は優海が志真を助ける番だと心に決めていた。

 恋心と言ってしまえば簡単かもしれないが、そんなに優しい感情ではないとわかっていた。知られたら最後、逃げられてしまうかもしれないくらいドロドロとして醜い感情。それら全てを押し殺してでも志真に捧げると決めたのだ。

 だからこそ今こうして志真を正面から抱きしめている状況は、かなり、心臓に悪い。いや、優海が心臓に悪いと言うと心配をかけてしまうが、そう言う意味ではなく心の問題として、理性の問題としてかなり危ない。

 身長差から必然的に上目遣いになる志真の赤い瞳と満員電車で僅かに上気した頬。志真はあの一件以降かなり表情が乏しく常に顔色もちょっと悪い状態が続いていたなかで、こんな表情をされてしまえば押し殺している優海の感情が暴れ出しかねない。

「ごめん結構押されてて、あと一駅だから我慢してくれ」

 所謂壁ドン状態で密着しているため、申し訳なさそうに志真が見上げてくるがむしろ優海にとってはご褒美でしかなかった。肩を抱く手に力が入りすぎないようにと自制をしているが、正直このまま両手で抱きしめてしまいたい衝動に駆られている。

 きっと中学生の頃の方が、さらにしっかりとした体つきだったのだろう。触れることは叶わなかったから比べることは出来ないけど。それでも体が弱かった優海とは比べ物にならない厚みを感じて、少しだけ、ほんの少しだけ気分が沈む。

 帰ったら筋トレを始めよう。満員電車の中、最後まで志真に守られながらいる自分が情けなく思えてきた優海はそう決意するのであった。

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