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第5話「友達の友達」

 優海が学校に来てから1ヶ月が経った。初めの頃の盛り上がりに比べれば落ち着いてきたが未だに優海と仲良くなろうと話しかけにくる生徒が後を経たない。それでも変わらず志真の教室へ迎えに来ては共に帰る日々を送っている。

 もちろん部活がある日は別々に帰ることもあるが、志真の部活終わりを待っていることも少なくない。

 最初こそ戸惑いが多かったが、志真自身も少しずつそんな日々に慣れ始めていた。

 しかし、目立つ人物の近くにいれば必然と周囲の目にも留まってしまうもの。人気者と仲良くしたい人物の中には志真のことを気に入らない者もいた。


 昼休み、志真は昼食もそこそこに校舎裏へと呼び出されていた。先生からの頼まれごとを手伝って欲しいと声をかけられ女子たちについてきたは良いが、明らかに手伝いで向かう場所ではない。

 僅かに昔の記憶が蘇る。なんとなく、そんな理由で子供の頃いじめられていた志真からするとこの状況はあまり喜ばしいとは言えない。半ば取り囲むような形で退路を絶たれてしまえば疑念も確信に変わる。

「ねえ、優海君に付き纏うの辞めてくれない?迷惑なんだよね」

 あまりにも典型的な台詞に思わず唇が歪む。この時ばかりは何考えているのかわからないと評される己の表情筋に感謝した。豊かな表情筋をしていれば相手を激昂させてしまっていたかもしれない。

 複数人に囲まれているとはいえ相手は女子だ。付き纏っているのは志真ではなく優海の方だと伝えたところで火に油を注ぐだけなことは分かりきっているので、どうにかして穏便にお引き取り願いたい。

「ちょっと聞いてるの?あんたみたいな地味な陰キャが優海君の近くにいたら優海君が可哀想でしょ。分かったらさっさと優海君から離れて」

 そうだそうだ、とリーダー的な生徒の言葉に周囲も同調する。彼女たちの中では人気者の優海に付き纏っている地味な陰キャという位置付けらしい。

 馬鹿馬鹿しい。

 そもそも優海が毎度毎度、志真のクラスまで会いにきては一緒に帰っているだけであり、今のところ志真から優海に対して絡みに行ったことはない。毎日のように教室の入口で待っている優海を見ているはずなのにそんな意見が出てくるあたり酷く認識が歪んでいると見ていいだろう。

 第一、優海から迷惑と言われているなら話は別だがむしろ一緒にいたいと願われている以上、志真の中に優海が可哀想だから離れるという選択肢は存在しない。


「……俺から優海に話しかけに行ってるわけじゃないしそんなこと言われても困る」

 シンプルに口に出してみたが、どうやら正解ではなかったようだ。志真に向ける視線が更に厳しくなり余裕があった空間が徐々に狭くなっていく。

「調子に乗らないでよ!あんたみたいなのが優海君の側にいたら優海君の格が落ちるのよ!!釣り合ってないのが分からないの?迷惑なんだからぐだぐだ言ってないでさっさと離れなさいよ!!」

 顔を赤くして叫ぶ目の前の女生徒をどこか他人事のように眺めていた。釣り合っていないことは志真が一番分かっている。むしろ完璧を体現したかのようなあの人物の前で堂々と釣り合っていると宣言出来る人間の方が少ないだろう。

 しかし、少しばかり気に入らない。彼女たちに彼の何がわかるというのだろうか。ましてや優海の格が落ちるなどと、そのようなことあるはずがない。

「俺が近くに居るくらいで優海の格が落ちるわけないだろ……優海のことを貶めているのはどちらのーー」

 僅かに怒りが滲みかけた時、女生徒たちの後ろから明らかに大きな音を立てて何かが蹴られる音がした。全員の視線が音の方へと向けられる。

「面白え話してんじゃん。で、お前ら優海の何?」

 派手な金髪とピアスを輝かせながら、そこに立っていたのは優海の友人の棗廉也だった。足元には先ほど蹴り飛ばしたと思われるゴミ箱が転がっていた。

 口元は笑っているように見えるがその瞳は冷ややかに女生徒たちを見下ろしていた。不良というわけではないが確かな迫力がある廉也に先ほどまでの勢いを無くし、中には僅かに涙を浮かばせる者もいた。

「黙ってたらわかんねーだろ。つーか、こんなことしてるって優海にバレたらお前らの方が嫌われるに決まってるだろ。バラされたくなかったらさっさと消えな」

 廉也がそう告げると女生徒たちは何も言い残すことなく我先にと教室へ帰ってしまった。

 二人で残されたが志真としても関わりを持ちたいと思っているわけではないため、立ち去ろうと静かに移動を始めたところで目の前に出てきた廉也の足に移動を阻まれてしまった。

「っ……あの、俺も帰りたいんだけど」

 小さく抵抗してみるが廉也の足は志真の行手を阻んだまま退かされる気配はない。

 優海の友人らしいが志真にとっては全く関わりのない人物でしかなく、正直なところよく一緒にいることろを見かける気がする程度の認識だ。だからこそなぜ助けられたのか、そして何故絡まれているのか見当もつかない。

「お前、夢渡志真だろ?」

「そうだけど……何?」

「あの女たちのことは気に食わないんだけどさ、オレも正直疑問なんだよね。なんで優海と一緒にいんの?」

 純粋な疑問として投げかけられた言葉に心臓が僅かに跳ねる。優海がそう望んだから、と言えば聞こえはいいかもしれないが優海の友人からみればこんな人間が近くに居続けること自体違和感に思われても仕方がないだろう。

 釣り合っていない、ということを客観視できるくらいには自身の立ち位置というものを自覚しているつもりである。廉也のようにいかにも一軍の陽キャとでも形容出来そうな出立ちであれば隣に立っていたもおかしくないのだろうが。

「釣り合ってないことはわかってる。ただ、優海のことを拒む理由もないだけだ」


 視線を足下に彷徨わせつつも言葉自体ははっきりと告げた志真に思わず感心する。今回のように呼び出されることはなくとも、優海に憧れる者たちからの視線は常に感じているはずだ。その視線だけで優海から距離を置く理由には十分だと思うが、その視線を受けながらも拒む理由がないからという考えのみで優海を受け入れているという事実。

 正直なところ並大抵の精神力では優海の近くにいるだけで参ってしまうくらいの圧を感じているはずだが、それらは優海の意思ではないから考慮する必要がないとわかった上で発言しているのだ。

「なんで優海があんなに執着してるかわかんなかったけど、ちょっとだけ理解できそうな気がしてきたな」

「はあ。優海の友達なら心配かもしれないけど、俺から優海に付き纏うことはないから安心して良い」

 友人として不安だから様子を見にきたのだろうと結論づけてそう答える。そろそろ本当に教室に帰らせて欲しいと廉也の隙を伺っていると不意に視界が開け、次の瞬間優海の顔が飛び込んできた。

「廉也!!おまえ、志真に何してる!?」

 普段とは違う焦った様子で志真から廉也を引き剥がす姿に、本当に気の置けない仲なのだと納得する。

 毎日のように志真に会いにきているから他に親しい友人がいないのではないかと心配していたが如何やら杞憂だったようだ。

「志真、廉也に変なことされなかった?大丈夫?」

 早々に廉也を地面に投げ捨てて志真の手をとる優海に、立ち上がった廉也がは納得がいかない様子だ。しかし当の優海の視界にはもう志真しか入っていなかった。

「大丈夫だよ。むしろ助けてもらって……」

「助けてもらったって、何かあったの?僕に出来ることがあるならなんでも相談して。頼りないかもしれないけど、僕も志真の力になりたいって思ってるから」

「あー、うん。でも大したことじゃないから。そろそろ教室帰るわ。じゃあ、またな」

 優海が現れたことで廉也からの妨害もなくなった。女生徒たちから優海のことで妙な絡まれ方をしたが、優海が悪いわけでもないしむしろ話すことで変な気を使わせてしまうのも避けたい。と、会話もそこそこに足早にその場を去った。


 教室へと帰っていく志真の背中を見送りながら、先ほどよりもワントーン低くなった声で優海が問いかける。

「ねえ、志真をこんなところに呼び出したの誰?」

「聞いてどうすんだよ。いつもお前に話しかけてくる……名前なんだったかなー、ほらあの茶髪でセミロングくらいのやつと、その取り巻きみたいな女子達だよ」

 同じクラスの、と付け加えれば合点がいったのか志真に向けている表情からは考えられないほどの真顔で特徴を反芻する。これは虎の尾を踏んでしまったと、女生徒達の未来に手を合わせつつ先ほどの志真とのやりとりを思い返す。


「こんなのだってわかってて受け入れてんのかね、夢渡は」


 一切の笑顔がないまま志真に手を出した者たちをどう処理してくれようかと思案する優海の背中を押しつつ、この大きすぎる感情を受け止め切れるのかとほんのり心配が勝る廉也だった。

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