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第二十四話「親友」

 先日の一件からしばらく平穏な日々を過ごしていた優海はある日の放課後、意外な人物に裏庭へと呼び出されていた。一緒に帰る約束をしていた志真へ断りを入れた上でそこへ向かうと呼び出した相手は先に到着していたようだった。


「待たせちゃったかな?それにしても君から呼び出しをもらうなんて思わなかったよ。何の用かな、横木君」


 険しい表情で裏庭の木に背中を預けていた斗馬の視線が静かに優海の姿を捉える。ニコリ、と優海が微笑みを返せば一度目を伏せた斗馬が姿勢を正し改めて正面から優海の瞳を見据える。

 190㎝に到達したという巨躯は平均身長よりも遥かに高いはずの優海さえも、高い位置から見下ろし威圧感を与える。いや、威圧感を感じるのは単純に背が高いからではなく普段よりも険しい表情をしているからであろうが。


「急に呼び出して悪いな。ちょっと聞きたいことがあってよ」


 一瞬、考えるような素振りをした後に斗馬が口を開く。はて、何か彼の癇に障るようなことをしただろうかと思考を巡らせるが、志真の友人であれば思うところがありすぎるだろうという結論に辿り着きすぐに考えるのをやめた。


「単刀直入に聞くけど、お前は志真のことが好きなんだよな?」

「……そ、うだね。当然、好きだよ」


 想定外の質問が飛んできて、不意に間が開いてしまった。一体何が聞きたいのだろうか。質問に答えつつも斗馬の様子を観察するが、変わらず険しい表情のままで冗談を口にしたようにも思えない。

 優海の返答を受けてさらに斗馬が言葉を重ねる。


「その好きっていうのは……恋愛感情としての好きか?」


 ぴくり、とわずかに指先に力が入る。普段から表情や態度を取り繕うことが得意な優海ではあるがこの質問にはわずかに眉間に皺が入る。

 そのままもちろん、と答えることは簡単だ。しかし相手は志真の友人である。であれば返答次第では回答が志真の耳に入る可能性も考慮しなくてはならない。聞いてくる意図が今のところ一切不明ではあるが慎重に言葉を選ぶ必要があるだろう。

 そう考えながら、次に優海の口から零れた言葉は存外低い音色をしていた。


「それを僕に聞いて、何がしたいの?」


 決して意識したつもりはなかったが、思いがけぬ低い声に少しだけ斗馬が表情を緩めた。


「悪い。誤解がないように言っておくが、俺はお前が志真のことを友人として好きだろうが恋愛として好きだろうがどうでも良い……っていうのは少し違うが、ただ確認したかっただけなんだ」

「ーー確認?」


 夏の風が二人の髪を揺らしながら二人の間にわずかな静寂が流れる。どうやら斗馬は言葉を選んでいるようで視線を彷徨わせ、少しだけ考え込むように口元に手を当てた。

 それに対し、意図がわからない優海の表情は険しくなる一方だ。


「そうだな……何から話せばいいか。山神が志真のことを大切に思ってるっていうのは側から見てても分かるし、それ自体に悪感情は持っていない。ただ、俺はお前がいつか志真のことを傷つけるんじゃないかと思って心配なんだ」

「僕が、志真を傷つける?いくら志真と仲がいいからと言ってーー少し度が過ぎるんじゃないか?」


 心配という言葉に包まれた明らかな疑念に間髪を容れずに言葉を返す。志真に対する想いをそのように思われるのは優海としては許容するわけにはいかない。

 しかし、優海の反発を受けても斗馬の表情は大して変わらなかった。


「言葉が悪かったな、別にお前が志真をどうこうするって思っているわけじゃない。むしろ最近はお前といることによって昔の、体調を崩す前の志真に戻ってきているような感じもするしそれ自体はいい傾向だと思っている。だが、もしも山神が志真に対して過度な幻想を抱いているようなら……関わってほしくないのが本音だ」


 淡々と、あくまで冷静に斗馬が言葉をつなげる。その表情からは本心で志真のことを心配しているように思えて優海としてもどう対応していいのか悩むところではあるが、最後の言葉は聞き逃せない。


「関わってほしくないーーなんて君に言われる筋合いはないと思うんだけどね」


 普段は温和な表情に見えるようにと意識している目に僅かに力が入り、自然と睨みつけるような表情に変わるーー否、流石に敵意を露わにしていると捉えられても文句が言えないくらいには優海の気が立っていた。


「確かに俺にお前の行動を制限するような権限はない。が、志真の親友として俺はあいつが傷つく可能性を見過ごすことはできない」

「へぇ、傷つく可能性?」

「あぁ。志真は中学の時にひどく体調を崩して以降ほとんど性格が変わったくらいに言動が変化してる。けど別に志真の本質が変化したわけじゃない。それでも、それまでの志真とのギャップに勝手に幻想を抱いていた奴らがあいつを傷つけながら離れて行ったのを覚えてる。志真の優しさに乗るだけ乗って散々良いように使ってきたくせにいざ志真が不安定になれば、そんな人だとは思わなかったーーなんて身勝手な物言いで志真の周囲から離れて行った人間をそれこそ飽きる程見た。山神がそうなると思ってるわけなじゃい。それでも、お前は昔の志真を知ってるやつだからこそ、幻想を見て付き纏っているなら今すぐにでもーー志真を傷つける前に距離を置いてくれ」


 真っ直ぐに、優海の怒りから目を逸らすこともなく淡々と告げる。

 優海も情報として中学生の頃の志真のことは知っている。当然、斗馬が語ったような内容についても把握している。だからこそ、返す言葉が見当たらなかった。

 あの時期に志真の一番近くで、支えになり続けたのが斗馬だということも知っているから。


「僕はーー」

「志真が、同年代の女子を苦手だってのは知ってるか?」

「ぇ、ああ。……知ってるよ。理由についてもね」

「それなら話は早いな。志真は別に同年代の女子だけが苦手なわけじゃない。純粋に人間自体が怖いんだ」


 何となく、今までのやり取りから察してはいたが事実として斗馬の口から聞かされたことに驚きを覚える。それは、志真からも聞いたことがないからだ。

 どういう意味かと視線で問い掛ければ斗馬がそのまま言葉を続けた。


「今みたいな性格になった直接的な原因は……家族のことかもしれないが、それ以降の周囲の対応で志真は傷ついて殆ど人間不信のような状態にまでなってたんだ。実際、理由はどうあれお前と再会した日も震えてた。女子が苦手な理由は知ってるみたいだから省くが、以前の明るかった志真は学校でもかなり中心的な存在だった。それこそ人当たりも良ければ文武両道だしな。頼まれごとも嫌な顔一つしないでこなして、親身になって相談に乗ったり。でも、それは志真が良い人間であろうと努めているからそうなっていただけで、そうするための余裕がなくなれば当然、周囲の期待に応えることも出来なくなった。人間なんだから何でも出来るわけなんてないのにな。だが、周囲の人間は体調を崩して余裕がなくなった志真に以前と同じ対応を求めた。そして、その期待に応えられなかった志真を責めて見捨てた」


 斗馬の口から語られる過去に、遠くからの情報だけでは知り得なかった内情を知り悔しさでどうにかなってしまいそうだった。いや、単純に志真の近くに入れなかった悔しさよりも、その周囲の人間に対する怒りだろうか。


「誰も、志真のことを助けてなんてくれなかった。自分たちにとって使えないと判断した瞬間に今まで助けてもらった恩すらも忘れて、志真のことを攻撃した。こんな人だとは思わなかったとか、勝手なことを言ってな。まぁ、志真は昔から取り繕うのが得意な部分があったから元々努力して良い人をやってることを知ってたのは同じ部活の連中くらいだったけど。それでも、志真は期待に応えられなかったことに申し訳なさそうにするだけで攻撃してきた奴らには何も言わなかった。ただ、一人で傷ついてただけだ」


 それこそ、自傷行為を始めたのもそれくらいの時期だった。とまでは言わなかったが、優海も察する部分はあるだろう。優海によって少しずつ昔の志真に戻ってきているということは分かっている。それでも、不安が拭えない。

 また、志真が裏切られて傷ついてしまうのではないかという不安が。思わず手に力が入り、拳を強く握りしめる。目の前で斗馬の話を聞いていた優海の表情は険しいまま変わらない。

 志真のため、などと言うのは烏滸がましいが、親友として決して志真が必要としなくともあのような事態を二度と引き起こさないためにも、優海へ問いかけなければならない。


「山神、お前はーー志真のことを裏切らないって……隣に居続けるって言い切れるか?」


 真っ直ぐ、優海の瞳を見据える真剣な眼差しが交差する。


「僕はーーーー」

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