第十九話「独占欲」
志真の周囲にに生意気な後輩がうろつくようになって早一週間、すでに優海は我慢の限界に達していた。
それもそのはずで、部活動がある日は確実にあの柊人と名乗る後輩が志真と一緒に帰宅をすると言って三人もしくは斗馬を入れた四人で帰路に着くことが増え、それならばと朝に会えるように下駄箱で待ち構えてみればその時にはすでに隣にあの後輩が陣取っていてゆっくり話すどころか二人きりになることもできない。
苦肉の策で偶然を装い登校時間を合わせることで登校の道中から合流できるようにしたものの、今日もまたあの後輩は下駄箱の前で志真を待ち構えていた。
「夢渡先輩、おはようございますっ!今日も最高にかっこいいですね!っていうか、今日は山神センパイと一緒なんですね、仲良くて嫉妬しちゃうな〜」
当たり前のように志真に抱きつきその柔らかな髪の毛に頬を寄せる柊人に思わず笑顔の仮面が崩れかけ、ドス黒い感情に支配されそうになる優海だったが、柊人の顔を鬱陶しそうに手のひらで押しのける志真を見て少し落ち着きを取り戻した。
ここ数日、二人のやり取りを不本意ながら目の前で見てきた結果いくつか分かったことがある。
志真はある程度のスキンシップには寛容だが先ほどのような過度なものについては割としっかり拒絶するということ、それでも後輩である柊人に対して悪感情は抱いていないということ、そして柊人からの恋愛的なアプローチについても冗談めかすわけでもなくただ当然のこととして受け止め、断っているということ。
このことについては優海にとっては朗報であり悲報なのかもしれない。なぜなら未だに恋愛的なアプローチは一切できていないどころか、柊人の登場により友人として近くにいるという事実を強調されてしまい恋愛的な感情を遮断されてしまったからだ。しかし、恋愛的なアプローチをしても悪感情を抱くどころか当然のように受け入れているあたり、志真が完全に恋愛自体に拒否反応を示しているわけではないということが判明したのは一歩大きな前進だろう。
去年の女子生徒が暴走した事件もあり、恋愛感情自体によくない印象があるのであればどうしようもなかったが、どうやらそうではないらしい。
「ねぇ、飯田……クン。そんなに志真にもたれ掛かったら危ないよ。ほらちゃんと真っ直ぐ立って歩こうか?」
「あー、山神センパイ知らないんですかァ?夢渡先輩ってオレがぶつかっても平気なくらいめっちゃ体幹良くて筋肉あるんっすよ。なんで、これくらいどうってことないと思いますよ、ねー!先輩っ」
邪魔ではあるよ、などといつもの如く変わらない表情で言ってのける志真にやはり必要以上にベタベタとくっ付いている柊人が驚きの表情を見せるものの、決して突き放したりはしないあたりが志真の性格を表している。
そもそも志真は後輩という存在自体をかなり好意的に捉えているため、ある程度の線は引きつつも基本的に拒否せず受け入れる体制なのだ。そして柊人もそれを分かってーーむしろ積極的に利用することでーー志真にくっ付いているのが現状だ。
優海の心情はともかく、志真自身が拒否しないのであれば優海としても無理に咎めたり引き離すことは憚られるため余計にやきもきするのだ。
いっそのこと志真を囲って自分以外誰にも触れられないようにしたいと考える一方で、志真には自由にのびのびと過ごして幸せに笑っていてほしいと思う優海はどうしても強硬的な手段には出られなかった。というよりそんなことをすれば志真に嫌われてしまう、その方が優海にとっては耐え難い苦痛だ。
「ーーというわけで、どうすればあの志真の周りを飛び回る虫を駆除できるかな」
「おいおい、学校の王子様の口から出ちゃいけない言葉出てんぞ」
休み時間、変わらず同じクラスでダラダラと過ごしている廉也へつい本音が漏れ出る。
志真に好かれるためにと誰にでも優しくいい人を演じ続けている優海にとって本性を知っている廉也は素を出せる数少ない友人の一人だ。と言っても廉也からみればそこまで演じているようには思っておらず、腹黒い考えを表に出さないだけでそこまで優海自身は悪人ではないと考えているがーー今までにしてきたことを考えると評価を改めた方がいいような気もしてきた。
「優海も、その後輩もよくわからんけどなんでそんなに夢渡のことが気になるかねぇ。俺もちょっと顔見たけどさ、後輩くんもイケメンって感じの顔してたし女子人気とかも高そうだし、わざわざ夢渡に行くのがよくわかんねーんだよな。あ、いや、怒るなよ。夢渡は確かに良いやつだとは思うし、実際この前教科書借りに行ったら普通に貸してくれたし素で親切だよな」
「別に今更廉也が志真に対してどうこう言ったところで怒ったりはしないけどーー志真に教科書借りに行ったって何?いつの話?言ってくれれば僕の教科書貸したのになんで志真に借りたの?」
「怖い怖い怖い。そもそもお前は同じクラスだろ。夢渡の名前出した時のお前、目が笑ってねーんだよな」
同意する意味で出した良い人エピソードに詰め寄られてしまい冷や汗が流れるが、落ち着かせるように肩を押し留めればすぐに元の位置に戻り、再び頬杖をつきながら息を吐いた。
「あの後輩も志真が後輩に対して優しいことに漬け込んで好き放題してるし、僕はどう足掻いてもあのポジションにはいけないからそれでマウント取ってくるのが本当に憎たらしいよ。かと言って、あの子が前に志真の陰口言ってたことを志真に伝えてもただ志真が傷つくだけだし、あの後輩と距離を離したくても志真を傷つけるのは本意じゃないからね」
「別に今まで通りでいいと思うけどな。そもそも夢渡って優海のこと結構好きだろうし」
当たり前のように廉也がつぶやいた言葉に優海の動きが止まり、ほんの少しだけ目を見開く。まるでそんなことは考えたことがなかったかのような反応だ。
廉也からしてみれば至極当然の言葉だったが、どうやら優海に取っては少なからず衝撃的な発言だったようだ。
こういうところが似ているんだよな、と廉也は呆れながら軽く笑う。側からみれば、それこそ優海のことを王子だなんだと言っている女子たちでも同じ言葉が出てくるだろう。王子様のお気に入りなどと揶揄される志真だが、そもそもあんなにも高頻度で近くにいたりずっと一緒に過ごすことができる時点で向こう側もある程度の好意がなければ成り立たないだろう。
優海からしてみれば昔のーーそれこそ優海がよく話すーー志真の姿と変わってしまったという現在とのギャップで苦しんでいる、そして優海の存在がそのギャップを強調してしまうため志真にとって自分の存在がマイナスから始まっているという認識のため、あまり実感がないようだが周りから見ても優海と一緒にいる志真は楽しそうに見える。
あんなにも志真のことを見ているのにも関わらずポジティブな感情をうまく捉えることが出来ないのは似たもの同士とも言える。
「あんまり気にしなくてもいいんじゃねーの?今まで通り優海のペースでやっていけばいいだろ」
「……そう、かな。まぁ後輩相手に少し大人気ない部分もあったかな。正直、志真のいいところを知ってる人間は僕だけでいいし、志真の良さを分からない人間にあの優しさを分けてあげる必要もないとは思うんだけど。志真は色んな人から好かれたいタイプだし……というか周囲からの反応でしか自分をまだ肯定できないみたいだからどうしても周りに対して無意識に優しくしようと努めている部分は否めないし。そんなことしなくても僕が志真のこと全部、肯定してるのに」
廉也に吐き出すことで少しだけ落ち着いた頭で志真のことを考える。再会した時から、志真の隣には自分以外の人間がいてともすれば自身の存在が志真に取っては毒かもしれない状態でなんとか昔のような関係に戻りたくて、いや、それ以上に昔よりももっと対等に追いかけるだけではなく隣に並べたらと思っているのに、どうにも上手くいかない。
本当はずっと恋愛感情を抱いていて、志真も同じ気持ちでいてほしいと思いながら過去の記憶や志真と再会した時の表情が頭の中から離れず踏み出せないままでいる。
志真のことを誰にも取られたくない。
そんな醜い独占欲が日を待つごとに増していくなかで、とうとう覚悟を決める時が来たのかもしれないと小さく唇を噛んで、気合を入れ直した。
ひとまずあの後輩にだけは負けられないと。




