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第18話「ライバル」

 ある日の朝、いつも通りに登校し下駄箱で靴を履き替えている志真の背中に突然重さがのしかかった。何事かと顔を上げてみれば、そこには後輩の飯田柊人がニコニコとした笑顔で立っていた。今まで柊人からそんな表情を向けられた記憶がないーーというか肩を組まれるような関係でもないーーため、何と返して良いのか分からないまま、そっと腕を下ろさせた。


「夢渡先輩!おはよーございますっ!」

「……うん、おはよう。朝から元気だな」

「ははっ先輩マジで釣れないっすね、でもそういうところも好きっす」


 突然の馴れ馴れしい態度に眉を顰めるものの、思い返してみれば数日前から様子が変わっていたような気がする。元々志真の中で柊人は生意気なタイプの後輩にカテゴライズされていたが、斗馬やその他の部員たちにはどちらかといえば人懐っこい後輩として可愛がられていたように思う。とはいえ志真にしてみればどちらかといえばそういうタイプというだけで後輩たちは皆等しく可愛く守るべき存在のため、柊人の態度に特に思うところは無かったのだが。

 廊下を進み始めた志真の背中にくっつきながら話しかけてくる柊人の存在は今までとは明らかに違い懐いていると認識しても問題ない程度には変わっていた。


「なんか前までと違わないか?別に良いけど」

「あー、気が付いちゃいました?実はオレ本気で夢渡先輩のこと好きになっちゃったんで、仲良くなりたいなーって思って」

「そうか。仲良くなれるといいな」

「えぇー先輩めっちゃ他人事すぎる!!オレ本当に本気っすよ!ガチで恋愛的な方で好きなんで!」


 表情をコロコロと変えながら志真を背後から抱き寄せる柊人にイマイチ乗り切れない志真はそのまま教室へと向かう。途中気になる表現もあったが、最近の若いやつは愛情表現が活発なのだなと区切りをつけようとしたところでふと思い至る。そういえば柊人には付き合っている彼女がいたはずだ。そう思って立ち止まり柊人へ目を合わせる。


「お前、彼女いただろ。その子はどうしたんだよ」

「別れたに決まってるじゃないですか。今は先輩一筋、っていうか夢渡先輩オレに彼女いたこと知ってたんすか?衝撃の事実すぎる」

「それくらいは知ってるだろ、部活終わりに一緒に帰ってたの見たことあるし」


 そんな会話を続けながら、志真の教室に近付いたところでそろそろ自分の教室へ向かうように伝えようと柊人へ向き直った瞬間、肩を引かれて柊人との距離が強制的に遠ざかる。

 バランスを崩しかけたところで誰かの胸の中に抱き止められる。どこか馴染み深い背中の感触にふと上を見上げれば優海がどことなくいつもより不機嫌そうな顔で立っていた。


「志真、おはよう。ところで、この子誰?」


 身長差から腕の中に包まれているような形になっていることに気恥ずかしく思いながらも、部活のことを知らないであろう優海に後輩のことを紹介する。


「おはよ、優海。こいつはバスケ部の後輩の飯田」

「夢渡先輩、飯田なんて他人行儀じゃないっすか。柊人って呼んでくださいよ!……それにしても、先輩が王子と仲良いって話本当だったんすね」


 王子?と突然出てきた単語に首をひねる志真を間に挟みながら優海と柊人は笑顔のまま火花を散らした。どうやらこの二人は同類らしいと直感で気がついたのだ。

 その火花には気がつかないまま王子って何、と志真が頭を悩ませていると聞こえたのか柊人が口を開いた。


「そのままっすよ。山神センパイって、女子たちの間でうちの学校の王子って呼ばれてるんすよ。ほら、背高いし顔いいし優しいし?オレ彼女と別れる時に正直に夢渡先輩のこと好きになったから別れるーって言ったんすけど、なんなら半笑いであんたが王子に勝てるわけないでしょ、精々こっ酷く振られろって言われたくらいで」

「ん?よく分からないけど確かに優海はかっこいいし優しいからな、王子って呼ばれるのも分かるけど別に俺と優海はそういう関係じゃないし……そういうのは優海に失礼だろ。気をつけろよ」


 少し厳しい口調で柊人へ告げれば、先ほどまでの調子の良さが鳴りを潜めて肩を小さくしてしまった。反省しているなら大丈夫か、とどうしても後輩には甘くなってしまう自分に気がつきながらも次からは怒るからな、と軽くデコピンでもすればヘラヘラと再び笑って教室へと戻っていった。一瞬その視線が優海へと向いた瞬間どこか優越感のような挑戦的な表情になったような気がしたがすぐに離れていってしまったため詳細はわからなかった。

 柊人が離れていったところで、優海を置いてけぼりにしてしまったと変わらず志真を抱き寄せる優海へ向き直りわずかに寄っている眉間の皺をつつく。


「優海、ごめんな?変なこと言われて……その、あいつ悪いやつじゃないんだけどちょっと空気読めないっていうか。俺とセットみたいな扱いされたら嫌だよな」

「っ!そんなことないよ!僕は志真と一緒にいるの楽しいし、王子とか言われるのは気恥ずかしいけど、その、怒ったりしてたわけじゃなくて……なんだかあの子と志真がすごい仲良さそうに見えて。ちょっとヤキモチみたいな。もちろん友達としてね!僕の方がずっと一緒にいるのにって思っちゃって」


 何言ってるんだろう、と頬を赤らめながら俯く優海の頭をそっと撫でる。こんなにも自分のことを考えてくれる友人は中々いないだろうと、その気持ちになんとなく志真も恥ずかしくなり撫でていた手を離してそっと距離を取る。


「俺も、優海のこと仲良い友達だって思ってるから、あいつが言ってたこと本当に気にするなよ。それじゃ、教室行くからまたな」

「あっ、うん。またね」


 急足で去る志真の背中を眺めながら、優海は先ほどの後輩を思い出していた。

 声のトーンこそ違っていたがおそらく以前体育館の近くで聞いた声に間違いない。あんなことを言っていた人間が突然志真に対して馴れ馴れしい態度で接してくるなど断じて許せるものではないが、志真はどうしてか後輩と名のつく存在に甘い傾向がある。きっと内容までは知らなくとも過去に自信が悪し様に言われていたことなど把握した上であのように振る舞っているし、向こうの態度も許しているのだろう。

 手に残る温もりを感じながら先ほどのやりとりを反芻する。いつものように志真に声を掛けようと待っていたところであろうことか志真の肩を気安く抱きながら歩いてくる存在が見えてしまったものだから抑えが効かなかった。

 手の届く距離に来た瞬間、気がつけばその肩を抱き寄せていた。この一年で少しばかり筋力がついたと思ったが、まだ志真には到底及ばない。しかし身長差からくる体格の違いですっぽりと腕の中に収まってしまう小さい体にヤキモチなど生ぬるい独占欲が湧き立つ。

 志真のことを好きだと告げたあの不届きものの口をどうしてやろうか、二度と志真に近寄ろうなどと思えないくらいに格の違いを分からせてやるべきか、否、せっかく後輩に好かれて懐かれたことを志真自身は喜んでいるはずだ。それをすぐにでも処分してしまえば悲しませることになってしまう。それだけは避けなければならない。

 とりあえずはあのニヤついた顔の後輩を放っておくわけにもいかない、いずれはどこかのタイミングで目の前から排除するべきではあるが、まずは様子見だ。しばらく志真の部活中も待って一緒に帰ることにしよう。あの様子では部活動の日に一緒に帰ると言い出しかねない雰囲気だ。


 そして、志真には今まで以上に優しく甘やかしてこれ以上離れられないようにしなければ、と改めて志真をその手中に収めるために動き始めるのであった。

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