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第十六話「実力」

 飯田柊人(いいだ しゅうと)は生まれてこの方苦労という苦労をしたことがない。というのも昔から整ったルックスに抜群の運動神経、学力についても特別覚えが悪いわけではなくこれと言った努力をしなくともテストや授業で苦労をすることはなかった。

 そして明るく人当たりがいい性格から、周囲に人間も多くほとんどの状況において中心的な人物となることが彼の中では当たり前だった。

 しかし、そんな柊人にも苦手な人物がいた。それが志真のような何を考えているのかわからないタイプの人間だ。感情を表に出さないからこそ何をいえば良いかの判断が付かず、必然的に警戒せざるを得ない。その上レギュラーメンバーではないのにも関わらず先輩というだけで人の上に立っているかのような言動も柊人の神経を逆撫でした。

 大した実力もない人間が、自分のような秀でている人間に対して上から目線で物を言うなどーーと。決してすべての人に対して思っているわけではないが、ある種ヒエラルキーのような物を昔から敏感に感じ取る柊人にとって明らかに下方にいるであろう志真の存在がどうにも目について仕方がなかったのだ。


 だからこそ、今柊人は自身の目の前で起きている”事実”を飲み込めないでいた。


 部活の時間も後半に差し掛かり、当初予定していた通りに一年生対二年生という形でゲームが始まった。今回欠席している副部長のポジションはPG(ポイントガード)、バスケにおいては司令塔の役割を果たすポジションだ。志真が代わりに入るとはいえPGのポジションは他の人がやるだろうとーーおそらく一年の全員がーー考えていたのにも関わらず、ボールを最初に自分たちの物にした二年生チームは当たり前のように志真をPGに据え、試合を開始したのだ。

 顧問の指示によりマンツーマンでディフェンスに入った柊人は必然的に志真とのマッチアップになった。右か、左か、ドリブルをする志真の動きを注視しながら考える。体格差もあるためパスをカットすることは難しくないだろうと志真の視線が右を向いたことを捉え、わずかに腰を落としたところで突然志真の手元からボールが消えた。

 一瞬のことで状況が飲み込めないでいると柊人の背後、ゴール下のセンターポジションでボールを受け取った音が響く。振り返ればパスを受けた斗馬がそのままシュートを決めているところだった。


「は、ーー?」


 揺れるリングネットを見て、やっと自身の上からパスを出されたことに気が付く。いや、慌てている場合ではない。そもそも190㎝の長身である斗馬に対して上にボールを投げればこの部内で競り勝てる人間はいないだろう。頭上を通されたこと自体は事実だが、そう何度もやられることはない。

 改めてボールを受け取り、今度は柊人たち一年が攻め込む番だ。マンツーマンディフェンスにも関わらず志真はすでに自陣へと戻っており、柊人を待っている状況だ。しかし柊人にとって自身のペースで攻め込めるのは喜ばしいことであった。ゆっくりと進みながら部内で使われている作戦のリストを思い返し、何を使おうかと思案する。ドライブで抜いてもいいが、ボールを回す方が安牌かーーと考えていたところで目の前の志真から途轍もないプレッシャーを感じて咄嗟に体を半身にして構える。

 そこまで近くに来ているわけではないのに切り込むスペースが見つけられない、とわずかに躊躇った瞬間乾いた音とともにボールが自身の手元から離れた。志真に奪われたのだ。

 まずい、と体を反転させ取り返そうと走り出したところで志真の背中が追いつけないほど遠くにいることに気が付く。あの一瞬で一体どれほどのスピードを出せばーーと普段の練習では見せない志真のドリブルの速さに首筋を汗が伝う。当然のようにレイアップシュートを決め、悠々と自陣へと戻ってくる。

 動けないでいる一年に対して顧問からはボーッとしてないで最後まで追いかけろと檄が飛ぶが他の一年も同じ気持ちだろう。


 その後も、当たり前のように志真は司令塔としての役割をこなし時にはドライブで切り込み、スクリーンを使いこなしパスを回した。そして二年生はそれを特に驚くこともなくただ淡々とチームの一員として志真の出す指示に従っている。

 何度目かの攻防、切り込みとパスを警戒して少し深めの位置でディフェンスに就こうと下がった時後ろで構えていた斗馬から声がかかる。


「そんな位置で守ってていいのか?」


 何かを促すような気付かせるような声色にまさか、と下がった足を慌てて前へと踏み出すが既に遅かった。三ポイントラインからシュートモーションに入った志真はそのままボールを放ち、綺麗な角度でゴールリングへと吸い込まれていった。そうだ、練習でも普段から決めているのだからゲームになったからと言って使わない道理はない。だがそれまでのゲーム運びからその選択肢がそもそも柊人の脳内に入っていなかった。いや、心のどこかで打つことは無いだろうと志真のことを過小評価していたのかもしれない。

 もちろん一方的にやられているわけでは無いが、二年生の方が圧倒的に強く点差は広がるばかりだ。そして柊人の中に徐々にイラつきが溜まっていっていた。抜けないわけでは無い、パスも通るが全体的な完成度として明らかに志真の方が上だと感じ始めていたのだ。個人での実力が飛び抜けているわけではないのにも関わらずチームとして見た時に明らかに志真が入ることで斗馬や他の二年生の動きのどれもが鋭くなるのだ。


「くそっ、なんでこんなーー!」


 再び志真との対面、そこまでの苛立ちと焦燥感が柊人を支配していた。ドリブルで抜き去られ、シュートモーションに入ろうとした志真に対して普段であれば思わないであろう過激な思考が脳内を占拠する。

 ーーぶつかってでも止めてやるーー!!

 走り出した柊人に気がついたのか、斗馬からやめろと制止の声がかかるが柊人の耳には届かなかった。レイアップの姿勢に入っている志真の前へ飛び出しそのままシュートコースを塞ぐ。同時に進んでくる志真の目がわずかに見開かれ口元がわずかに歪んだのを確認したと同時に、体がぶつかる音と衝撃ーーそして、ボールがゴールのネットを内側から揺らす音が響いた。


 気がつけば、柊人の体が体育館の壁へとぶつかり床へと倒れ込んでいた。何が起こったのか理解できないまま背中の痛みに咳き込んでいるとホイッスルの音と走ってくる顧問の足音が聞こえてきた。わずかに周囲が騒がしい。


「柊人!!お前練習で当てに行くなんて何考えてんねん!!怪我するやろうが!!!!」


 自身が吹き飛ばされたと認識したと同時に顧問の怒号が飛んでくる。あの瞬間、柊人は志真に対して当たり負けしたのだ。運動部において10㎝ほどの身長差はそのままパワーの優劣にも影響する。あの瞬間確かに後からぶつかりにいったのは柊人であり、その考えでいけば志真が飛ばされている方が自然だろう。しかし、肝心の志真は涼しい顔でその場に立っており、聞こえた音から察するにそのままゴールも決めている。


「飯田、怪我はないか?すまん、あのタイミングじゃ咄嗟に止まれなくて」

「ぁ、大丈夫……です」


 立てずにいる柊人へ志真が手を差し出した。拒む道理もないのでその手を掴めばそのまま力強く引き上げられる。直接ぶつかったことでようやく認識できたが斗馬には劣るものの志真の肉体は確かに運動部のそれで、多少の体格差などものともしない程に堅牢な筋肉で作られていた。

 ちょうど良い時間だからと一年生のチームはメンバーが交代となり、柊人は怪我がないか見てもらってこいと体育館を追い出された。普段から何を考えているのかよく分からない志真の表情が一瞬だけ心配しているように見えたのはそうあって欲しいと柊人が望んだからだったのか、保健室への道すがら考えるが答えは出なかった。


「なんでだよ、くそ」


 負けたことよりも、実力を見誤っていたことよりも、なぜかその表情について考えてしまう自身に小さく悪態をつきながら、柊人は一人頭を抱えた。

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