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第十五話「後輩」

 あれから優海は声の主を探すことはなくただ忙しく部活に勤しんでいる志真を応援することだけに集中していた。

 廉也からすれば今すぐにでも見つけ出して制裁を加えるかのような雰囲気を醸し出していた優海が大人しく志真の部活終わりを待っている現状に違和感しか感じないものの、目の前で課題をこなしつつ部活の終了時間をいまか今かと待っている優海の姿はやはり大人しいと言わざるを得なかった。

 具体的に志真がどのように忙しいのか聞いたところ、通常の部活時間は新入生の指導を行い途中マネージャーの手伝いや顧問が不在であれば試合形式の練習の審判を務め、居残り練習の際にはレギュラー陣のヘルプに入りながら諸々の確認を行っているらしい。

 ゆる部だと聞いて仕方なく入部したのにも関わらず練習がハードすぎると昼食時に時折こぼしているものの、その表情自体は柔らかく、理由を尋ねれば自身が役に立てることがあるなら役に立ちたいと当然のように言うのでようやく廉也としても優海がなぜ志真のことをヒーローだなんだと言っているのかわかってきたような気がしている。

 

「んで?あいかわらず今日も待ってんのかよ」

「うん。志真は先に帰ってていいよって言うけどやっぱり疲れてるだろうから何かしらしてあげたいし、最近は家に帰るまでにすごくお腹が空くって言ってたから軽食持ってきたんだよね。あんまり食べすぎると夕食が入らないから控えめだけど……志真が部活を頑張るって言うなら僕が出来るのは応援してサポートすることだけだから」

 

 そう言って軽食が入っているだろう小さな巾着を愛おしげに眺める眼差しは、志真を眺める時のそれとよく似ていた。

 それはそうと、廉也は優海が先日の不届な発言をした後輩を探していないと思っているが実はそうではない。廉也がバイトで一緒にいない日に改めて体育館へ立ち寄りどの後輩があの時の不届きものなのか探そうと試みてはいたのだ。

 しかし、優海にとってほとんどの人間が志真かそれ以外という大枠で分けられてしまい、特に部活中などの制服や名札で判断ができない状態では斗馬以外の部員が全員同じ顔に見えてしまったため断念したのだ。

 特に一年生はレギュラーとは別メニューを外で行っていることも多く、その場には志真も指導という立場でいるため見にいくことは憚られ、結局諦めて今に至るという訳だ。


「はやく、いつも通りの部活に戻らないかな」


 教室の机に突っ伏して、誰に言うでもなく優海は静かに息を吐いた。



 それからしばらくして、バスケ部は地区予選敗退。三年生たちは夏を待たずに引退することになった。

 志真の部活量も以前と同様に戻り優海と帰ることが増えていた。そんなある日のことだった。


「え?田中補習なの?あいつなにやってんだよ、副部長だろ」

「今日のメニューで一年とゲームやってバランス見る予定だったけど人数足りないし今度にするか?」


 顧問から受け取った練習メニューを斗馬へと共有している志真のところに副部長である田中からの連絡が入った。どうやら今日の練習には参加できないらしい。すでにアップや基礎練習は始まっている中で後半からならば間に合うかもしれないと思っていたがどうやら文面を見る限り難しいようだ。

 メニューの再考をすべきか相談をしている二人の元へ一つの影が近づいてきた。


「田中副部長来れないんですか?だったら今日のゲーム、夢渡センパイに入ってもらったらいいじゃないですかァ」

「あぁ?柊人(しゅうと)お前なにサボってんだ、練習戻れよ」


 ヘラヘラと笑いながら声をかけてきたのは新入生の飯田 柊人(いいだ しゅうと)だ。中学時代からバスケ部だったらしく、今年入部した一年の中でも実力が抜きん出ている。身長は平均程度だがまだ伸びる可能性も高い。

 そんな風に志真が改めて情報を脳内で精査していると隣に立つ斗馬の眉が段々と吊り上がっていくのが見えた。

 これは良くないと、斗馬が怒り始める前に間に入る。


「まぁまぁ、落ち着けって斗馬。俺でよければ代わりに入るよ。そう言う時の為にいるんだし」

「……志真がいいならいいけど、やっと大会終わって落ち着いたところだろ」

「えー、夢渡センパイがやるって言ってるならいいじゃないですか!っていうかオレら夢渡センパイが基礎練とか一年の指導してるところしか見たことないんで、斗馬先輩が意見求めるのも意味わかんねーっていうかァ」


 ちらり、と視線を志真へと移すその目には明らかに下にみる感情が含まれていた。そして、斗馬にはその視線もその意味も全てあからさまに伝わっており、言葉からも行動からも志真を認めていないことがわかる。

 しかしここで何を言ったところで響かないだろうと柊人を練習へと戻し、隣に立つ志真へ改めて確認する。


「いいのか?あいつ完全にお前のこと……」

「ははは、可愛いよね後輩って。飯田も真面目だしいいんじゃない?」


 大して傷ついた様子もなく、あっけらかんと笑う志真を見て斗馬は中学生時代を思い出す。そういえば志真は後輩という存在にとてつもなく甘いのだ。指導自体が甘くなるわけではないが、生意気なことを言われようが反対に慕われようが志真にとって後輩であるだけで庇護する存在であり、可愛がることに他の理由など一切必要ないのだ。

 志真に一年の指導を任せている段階で時折不穏な言葉が耳に入ったりはしていた。大会で忙しかったこともありその全てに注意を入れることは叶わなかったが、度が過ぎた言葉は流石に注意を行ってきていた。

 しかし、今回の柊人の態度を見るに本当の意味で伝わってはいないのだろう。

 斗馬のエゴで志真をバスケ部へと誘った手前、出来る限り志真にはこころ安らかに過ごしてほしいと思っていた。それはもちろん過去の出来事に由来していることでもあるし、志真のことを知らない人がほとんどのこの空間で楽しい思い出に塗り替えることが出来ればという斗馬なりの思いであった。

 だが、もしその平穏を崩そうとする存在がいるのであれば、自身が鬼になる他ないだろうと決意しているにも関わらず当の本人はどこ吹く風だ。

 しかし丁度いいだろう。一年生たちの志真が指導を行うことに対しての不満の声を一括で黙らせるいい機会だと斗馬は脳内を切り替える。そもそも一年生の中で志真の現役時代を知っている者はいないだろう。故になぜ大会期間中に志真が居残りまでしてレギュラー達と練習をしていたのか、そしてその内容を推察することはできなかったのだろう。


「まぁ、久しぶりに志真と同じチームっていうのも悪くないな」

「確かに!大会の時はスタメン組とベンチ組で別れてたし、俺はベンチ組のヘルプに入ること多かったからな。まぁでも一年生たちの勢いに負けないように俺も頑張らないとな」


 志真がそう言って練習メニューを書き出しながらマネージャーの手伝いへと戻っていく。

 そう、志真の後輩に対する習性のようなものがもう一つある。それはいいところを見せたいだ。後輩に対して先輩とはその背中を見せるものであると言うある種古風な考え方を持つ志真は後輩を可愛がると同時に後輩に負けていられないという闘志がある。

 今までは自身たちが下級生だったために発揮されることはなかったが、ひとたび後輩という存在が出来ればやはりその闘志はしっかりと戻ってくるのだと、久しぶりに熱を燃やす親友の瞳を見て懐かしい気持ちになると同時にやはりエゴだったとしても部活動に誘ったことは間違いではなかったのだと心の底がじんと温まっていく。


 そして、試合開始のホイッスルが鳴る。

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