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第十一話「夏休み」

 あの事件があってから、優海の誘いで昼食を一緒に食べるようになった志真は今日も優海のクラスへと来ていた。

「俺、邪魔じゃないかな……?」

 昼食を食べる優海と廉也を前にして不安そうにつぶやくと、優しい笑みを浮かべた優海がすぐさま否定する。せっかく手に入れたチャンスをむざむざと手放すことはしたくない。

「そんなことないよ。誘ったの僕だし。むしろ迷惑じゃなかったかなって心配で……その、あの後大丈夫だった?」


 志真は知らないが、あの日空き教室へ向かった優海の前には高橋の友人らしき女子達が待ち構えていた。というより教室から眺めていた時に二人の後ろを付いていく女子達を見て嫌な予感がしたため慌てて駆けつけたのだから予想通りとも言える。

 最終目的が高橋と志真をくっつけることだと言う彼女たちを篭絡するのは簡単だった。優海にとって自身の外見は志真によく見られる目的以外には意味のないものであるが、一般的にどう思われているかくらいは分かっている。

 それらを駆使して道を開けさせれば、丁度高橋が志真の服を掴み引き寄せているところであった。脳裏に過去の出来事が蘇る。昔から正義感の強かった志真が小学生の頃同級生の女子が泣いているところを見かけ慰めていたところそれを好意と勘違いした同級生がありもしない噂を吹聴し、志真が手に入らないとなるとあろうことか泣かせたのは志真であるなどと意味の分からないことを言い始めそれに同調した周囲が志真への態度を一変させた。

 のちに誤解は解けたもののその時に植え付けられた志真にならばある程度何をしても問題ないという空気感が以降も志真への嫌がらせ――もはやいじめであったが――へと繋がっている。

 優海の脳裏に過ぎったということは志真も思い出している可能性が高い。当時はたいして気にしていなかったが、今の志真にとっては最悪な状況になりかねないと慌てて教室へと飛び込み高橋から志真を引きはがした。

 抱き寄せた志真の体が僅かではあるが震えて冷たくなっていたことを思い出すと今でも怒りが沸き上がってくる。きっと女子を睨みつけるような人間を志真は好きではないだろうが、志真にさえ見られなければどうでもいいと高橋をその場で睨みつけ、牽制した。もう二度と変な気を起こさないように。

 あれ以来優海の知る限りでは近付くことは無くなったようだから効果はあったと言えるだろう。


「あー、まぁ、高橋さんからは何も言われてないしたぶん大丈夫、だと思う」

「そっか、なら良かった」

 結果的にではあるが、こうやって昼も一緒にいることが出来ている。高橋のしたことは優海にとって許せない出来事だが二人の距離が縮まったのは喜ばしいことだ。こうして少しずつ、少しずつ志真の中で占める割合を増やしていき最終的に優海なしではいられないようにすることこそが優海の願いだ。

 もうすぐ夏休みが始まる。遊びに誘えば会ってくれるだろうが学校があるときよりは会う頻度が下がってしまうだろうから少しでもこうやって会える時間を増やすことが出来たのは優海にとって喜ばしいことだ。


 そして夏休み――優海は志真を遊びに誘えずにいた。



「はぁ!?え、今もう8月入ったけど、お前一回も夢渡のこと遊びに誘ってねェの?あんだけ騒いどいて?しょ、正気か?」

 優海の家へと遊びに来た廉也がアイスを食べながら大声を上げる。それもそのはず夏休み前にあれだけ仲良くなれたから一緒に遊びたいと昼休みに志真が教室へと帰ってから廉也に向かって語りまくっていたのにもかかわらず、いざ夏休みに入ったら他愛もない連絡だけして実際遊びには誘えていないのだから廉也からしてみればあり得ないと騒いでも許されるだろう。

「うるさいな。だって……志真忙しいんだよ!!」

 ベッドへと突っ伏しながら優海が叫ぶ。

 部活動に所属している志真は当然のようにほぼ毎日部活があり、そのほかにも練習試合や合宿など外に出ることが多く遊ぶ時間を確保出来なかったのだ。部活動に所属していない優海が学校へ顔を出すのも憚られるため結果的にもう2週間ほど会えていない。

「来週からはちょっと空くって言ってたから夏祭りだけは誘ったけど……志真のところの両親は厳しいから何時まで許してくれるか分からないし」

「へぇ、確かに夢渡ってお堅い感じだし親も厳しいの納得。つか高校生にもなって門限厳しいのはどうなの」

「どうなんだろうね。志真のお兄さんは結構遅くまで自由にやってるらしいけど、部活とかのどうしようもない時以外で20時超えると厳しく言われるらしいし夜ご飯に誘うのも難しいんだよね」

「20時……はさすがに厳しすぎね?」

 普段からバイトなどで夜遅くなることもある廉也からすると志真の家はかなり厳しく見えてしまうのは仕方がないだろう。だが志真もあえてそれらに反抗することもなく真面目で模範的に過ごすというのも分かる。

 そう考えていた廉也の脳内に一つ名案が浮かんだ。

「じゃあさ、優海の家に泊めればいいじゃん」

「……え?」



 何気なく廉也が提案し、勝手に優海の携帯で送られたメッセージに志真から快諾の返事が返ってきた。その瞬間から廉也も問答無用で働かせて家の大掃除が始まった。

 現在優海は引っ越し先に家族を置いて地元で一人暮らし中だ。というのも志真に会いたくて戻ってきただけなのだが。元々住んでいた一軒家を貸し家にしていたが優海が戻るタイミングでそのまま優海が住めるようにしたため、一人で掃除をするには些か広い。

 人を泊める分には問題は無く実際廉也もよく泊りに来ている。だが、それとこれとは話が別だ。

 廉也が泊りに来るのは引っ越し先でもよくあったし、なんならバイト先が近いということで今の家にも立ち寄ることが多いが、志真を家に泊めたことは過去含めて一度も無かった。

 恐らくであるが、小学生時代の友人であることや家自体がそこまで遠くないという総合的な観点から泊りの許可が出たのだろう。そうでなければ外泊を許してくれる家族ではないはずだ。

 ある程度家の中が片付き、廉也と二人で休憩をしていると志真から連絡が入った。

『他に誰か来る?あと、何か持って行った方が良いものある?』

 ちらり、と隣に座る廉也を見ているとあきれた様子で再び携帯を取り上げられ勝手に返信されてしまう。

『他の人はいないよ!何か食べたいものとかあれば持ってきて。でも大体家にあるし必要だったら一緒に買いに行こ』


「れ、廉也……!」

「フッ……ダチの為に黙って去るのが男ってもんだろ?」

「今言ったから黙っては無いけど、ありがとう!僕は今初めて心底感謝している」

 もっと普段から感謝しろよ、と軽く小突きつつニコニコと携帯を眺めている優海を見て温かい気持ちに包まれる。あれだけ志真以外には興味も関心も無い人間にも関わらず実際のところは久しぶりに会えた幼馴染にずっと浮足立っているだけの為、肝心なところで奥手なのは最近知ったことだ。

 だが、志真のガードの堅さというか異様なまでの真面目さを攻略しようとすれば慎重にならざるを得ないのも仕方のないことだろう。しかし、ともに昼食を食べるようになってからというもの志真の方も最初の方こそ優海に対して緊張していたような気がするが最近ではだいぶ柔らかい雰囲気で接しているような気がする。

 それに優海が気が付いているかは知らないが、ともかく傍から見ればいい雰囲気であることは間違いが無い。すぐに恋愛的な関係になることは無いだろうし、志真の気持ちを無理に確認する必要もないとは思うがどうしても見ていてヤキモキしてしまうのも事実だ。

 このお泊り会で何か進展があれば友人としても嬉しいものだが、どうにも廉也には二人の仲が進展する未来が見えず緩み切った表情の優海を再度小突く。

「なに」

「いや、仲良くなれるといいな」

 そう静かに呟けば、優海は再び嬉しそうに口角を上げて笑った。

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