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第十話「君以外」

 夏の暑さがじわじわと体力を蝕んでいく昼下がり、雲行きが怪しくなっていく窓の外を眺めながら昼食を早々に食べ終えた優海がため息を吐く。夏にもなればクラスメイトの女子達にも優海の顔面耐性が出来るかと思ったが相変わらず表情一つ一つに色めき立っている。

 外を眺める優海の机に頬杖をついて昼食のパンを齧る廉也は、その憂いの表情が隣のクラスの彼ということを知っているが友人として仕方なく声を掛ける。

「相変わらず夢渡に会えないだけで辛気臭い面してんな」

「……はぁ、これだから廉也は。志真に会えないなんてこの世の不条理、世界の損失!僕が何のために学校に来てると思ってるの?でも、今日は日直だからで前みたいに体調崩してるわけじゃないからいいんだけど……いや、良くはないけど。休み時間は日直としてやることあるんだって」

 つらつらと話し始める優海の表情は変わらずパッと見れば軽く微笑んでいるように見えるだろう。だがその表情も志真に好かれるために取り繕っているだけであり、廉也から見れば一切笑っていない目が志真以外の人間への興味の無さを物語っている。

 第一、こんなに言葉多くしゃべるのも志真の話題だけだ。クラスメイトに話しかけられた時も決して無碍にはしないが一言二言で会話を終わらせてしまう。

「会えないのにちゃんと今回は聞いたんだな。つか夢渡に向ける優しさの十分の一でもオレらに分けてくれればいいのによ」

「なんで?そもそも志真がいなかったら学校に来る意味も必要もないし、でも志真に必要だと思ってもらうにはちゃんと学校に来るっていう“普通”のことをやらないとね。心配させちゃうし。あぁ、でも廉也にはそれなりに優しくしてるつもりだけどね」

 当たり前のように返された言葉に廉也は苦笑いを浮かべる。とはいえ優海が語る普通のことがどれだけ難しいかは中学時代に一緒に居た廉也がよく分かっていた。


 優海は中学生の頃、それこそ一年の初めの頃はほとんど学校に来ることが無かった。たまに来たとしても早退することも多く決して人当たりが良いとは言えない雰囲気に一人でいることが多かった。

 クラスメイトには持病の治療のため学校に来ることが難しいと説明があったが、それらを慮って関わることが出来るほど中学一年生というのは合理的でも社会的でも無かった。

 偶然、席が隣になった廉也がいつも一人で外を眺めている優海に声を掛けたのが二人の関係性の始まりだった。最初こそ半ば無視されているような状態だったが、逆にそれが廉也の中のスイッチを押したのか無意味に話しかけ続けていたところ少しずつ会話をするようになった。

 特に饒舌になるのは小学生時代の友達の話で、この時だけは柔らかな空気を纏う優海の様子が面白くてよく聞くようになった。あとから知った話だが志真の話をしても揶揄ったり馬鹿にすることなく聞いてくれる相手だから廉也に対してだけは良く志真の話を聞かせてくれたらしい。他の友人に聞いても優海が特定の誰かの話をすることは無かったそうだ。

 よく話すようになってからも時折学校を休んでいた優海に廉也がプリントを届けに行くようになって初めて優海が戦っている病気とそれらを決して学校では表に出さない根性を垣間見た。

 思えばそこが優海と友達でありたいと思った瞬間だったかもしれない。そして、学校に来ることが優海にとってどれほどの苦痛だったのかも初めて感じることが出来た。


 そして今、ごく当たり前のように学校に来て志真と楽しそうに過ごしている優海の日常を見て心の底から良かったと友人として思うのだ。

 そんなことを思い返していると外を眺めていた優海が突然声を上げる。

「あっ、志真だ!」

 先ほどまでとは打って変わって楽し気に跳ねる声と緩んだ表情が周囲の女子達を魅了しているのを雰囲気で感じ取る。この表情を周りへ向けることは恐らく今後も無いのだが。

 優海の視線の先を追うと特別教室へ荷物を運んでいる志真の様子が見えた。隣には見覚えのある女子の姿もあった。

「隣の女子って、確か……高橋さん、じゃね?」

「そう、みたいだね。高橋さんは日直じゃなかったはずだけど……っ!廉也、ちょっと僕行ってくるからもし休み時間が終わる10分前までに戻らなかったらあそこの教室まで迎えに来て」

「え、ちょ、おい、優海!?」

 上から眺めていたところで急に何かに気が付いた優海が教室から走って出ていく。突然のことに状況を飲み込めないまま走り去る優海の背中を見送った廉也は再び窓から志真の様子を伺っていると、何やら志真と高橋の後ろに複数人の女生徒の姿が見えた。

「あれ、何やってんだ?」



「夢渡君、あの……手伝ってくれてありがとう」

「ん?あぁ、荷物?別にいいよ。この量を女子一人じゃ持てないでしょ」

 昼休み、昼食を食べ終えた志真の元へクラスメイトの高橋が声を掛けに来た。何でも部活動で使用する備品を指定された教室へ運び入れなければならないが人手が足りないらしい。斗馬は部活の昼練に行ってしまっていた為、声を掛けやすい男子が自分しかいなかったのだろうと快諾して今に至る。

 美術室から特別教室――という名の備品倉庫のような空き教室――へ段ボールに入った荷物を運ぶという手伝いだったが、声を掛けられた理由が分かるほどに重たい荷物だった。台車も無しに運ぶのは女子には厳しかっただろう。

「あ、あの教室だね、私先に扉開けておくね」

「うん。ありがとう」

 部活で使用するために運ぶというよりは片付けの為に運んでいるような気がしたが他の部活動について詳しくない志真は高橋の指示に従い教室の奥へと荷物を運び入れた。

 運び終わり、疲れたのか高橋が棚へともたれ掛かったところで、ぐらりと棚上に置いてあった段ボールが傾くのが見えた。

「危ない!!」

 咄嗟に高橋の手を引き胸元へと抱き寄せる。避けるには間に合わないと判断して自身の体をかぶせて降ってくる段ボールから庇う。大きい音を立てて小道具のような物が降ってくるが幸いなことに重いものは対して入っていなかったようで片手で頭を庇うだけで何とかなった。

「急に引っ張ってごめん。怪我はない?」

 段ボールが落ち切ったことを確認して隣の高橋を見たところで、腕を掴んだままだったと気が付き慌てて手を離す。あまり異性同士が近付いては良くないだろうと思い、一度距離を放そうとしたところで座り込んでしまった高橋に服を掴まれる。突然の出来事に怖かったのだろうかと顔を見てみれば顔が僅かに赤くなっている。

「……高橋さん?」

 大丈夫かと改めて問いかけようとしたところで服を引っ張られる。中途半端な姿勢で服を引かれたことでバランスを崩して、思わず高橋の近くへと倒れかけてしまう。咄嗟に膝をついて耐えるが、傍から見れば高橋を襲っていると誤解されかねない姿勢だ。

 嫌な記憶が脳裏をよぎり、すぐに離れようとするが服を掴まれたままでは無理矢理離れることも出来ず顔色だけが悪くなっていく。

「あの、離して……」

「夢渡君。守ってくれて、ありがとう」

「あ、うん。気にしなくていいから……その、」

 僅かに震える高橋に悪いと思いながらも廊下から聞こえてくる足音に徐々に心拍数が上がっていく。物音を聞いた人が来たのかもしれない。こんな場面を目撃されてはあらぬ誤解を受けてしまう、また、嫌がらせを受けるかもしれない。


 そんなことを志真が考えているとは知らない高橋は、計画が上手くいったと同時に別の意味で心拍数が上がっていた。

 志真と出会ったのは高校に入ってからだ。というか志真の知り合い自体、斗馬しかいなかったため他の同級生も志真のことを知らなかった。当然、高橋も最初はただのクラスメイトの暗い人という印象だった。

 しかし、入学から二週間ほど経った頃不注意で授業に使う資料を駄目にしてしまったことがあった。恐らく弟が悪戯で破いてしまったのだろうということに気が付いたのは授業の直前でどうしようもなかった。このようなことは初めてで、まだ慣れない高校生活でどうすればいいか分からずパニックになっていた高橋にどこからともなく志真が現れ自身の資料を差し出したのだ。

 驚いて反応できずにいる高橋の机の上からボロボロになった資料を取ると教室に入って来た先生の元へ行き、あろうことか誤って破損させてしまったと謝罪したのだ。

 先生も特に怒ることは無く、次からは気をつけろよと呼びの資料を志真に渡し何事もなかったかのように授業が始まった。

 志真の席は遠くもないが近くもなかった。しいて言うなら斜め後ろ方面の為視界には入っていたかもしれない。誰にも相談できず困っていた高橋に何を言うでもなく手を差し伸べてくれたのだ。

 それ以来、志真のことが頭から離れなかった。無表情だが誰よりも優しく、困っている人が居たら見過ごせない、そんな人だと気が付いた時にはもう惹かれていた。

 どうしたら付き合えるだろうかと同じグループの子と話していたところで、吊り橋効果で距離を縮めようという計画が出てきた。だが様々なことを試してみてもそのどれもがことも無さげに躱されてしまい、中々距離を縮めることは出来なかった。

 結局のところ日常的な会話や共同作業をすることで距離を詰めるしかなかった。だがその甲斐あってかクラスメイトの中では良く話す相手になったと思う。

 そんな時に部活の顧問からこの仕事を頼まれたのだ。人気の少ない教室で吊り橋効果を演出してから告白すれば上手くいくのではないかと友達と計画を立てた。

 思いがけず男らしい姿を浴びてしまい全身が熱で火照っているがこの機会を逃すことはできない。


「あの、夢渡君。私――」

「志真あああああ!!!!!」

 突如、大きな音がして教室の扉が開いたかと思うと大きな手によって志真の体が高橋から引きはがされた。優海が駆け込んできたのだ。

「う、優海!?」

「大丈夫!?怪我してない!?“たまたま”近くで志真見かけたから声掛けようと思って追いかけてきたんだけど、大きい音が聞こえて本当に心配したんだよ」

 志真よりもはるかに大きい体格で志真を力強く抱きしめる。ただでさえ身長差があるにもかかわらず上から抱きしめられたことで顔面が優海の胸に埋まり前が見えない。声から明らかに慌てている様子を感じ取り彷徨わせていた両手を優海の背中へと回し落ち着かせるようにゆっくりと背を軽く叩く。

 突然の乱入者に座り込んだままの高橋は呆然とその光景を見つめるしかなかった。友人たちが周囲を見て人を寄らせないようにしてくれているはずなのに何故――?

「おいおい、落ち着けって。な?俺は大丈夫だから」

「うん、志真が無事で良かったよ」

 再び抱きしめ直しながら優海の視線は高橋へと向いた。その瞳は驚くほどに冷たく、目が合った高橋に思わず悪寒が走る。隣のクラスの優海が志真と異常に仲がいいという話は有名だが、それと同時に優海は誰に対しても穏やかで優しいと言われていた。しかし、今高橋へと向けられた表情はそれらすべてが抜け落ち怒りすら滲むような冷たい視線だ。

 抱きしめていた志真を開放した優海がゆっくりと高橋の元へと歩いてくる。

「わー、すごい荷物散らかっちゃってる……。高橋さんも大丈夫?」

 優しそうな声色で声を掛けながらもその表情は変わらず何も映していなかった。そのまま差し伸べられた手を取らないという選択肢すら与えられなかったため、震えながらも優海の手を取ると強く引っ張られて立ち上がらされる。あまりの勢いに優海の胸へとぶつかってしまったところで耳元に優海の冷たい声が囁かれる。

「次、志真に手を出そうとしたらどうなるか分かるよな?」

「ぁ……は、はぃ……」

 聞いたこともない低音と冷たさに思わず体が震える。すると再び柔らかな表情に戻り、志真の方へと向き直った。

「ねぇ志真。高橋さんすごい怖かったみたいだから先に帰してあげようよ。片付けは僕が手伝うから」

「あー、そうだな。高橋さん、あとは俺らがやっとくから。あ、そういえばさっき何か言いかけてた?」

「う、ううん!何でもないの!ごめんね。お願いしちゃってもいいかな」

 どこか顔色も悪く見える高橋に無理はしないようにと返し、教室へと戻る背中を見送った。優海が入ってくる直前何かを言いかけた気がしたがどうやら気のせいだったらしい。

 物音を聞いて駆け付けたどころか片付けまで手伝うとは相変わらず優海は優しいなと散らばった小道具を段ボールへと入れ直しながら言えば、照れているのかそんなことないよ、と薄く笑った。

 棚の上段へと段ボールを戻し、再び落ちることが無いように少し奥へと押し込む。棚には十分な幅があったがあの位置ではしっかりと乗せるのは難しかったのかもしれないと落ちてきた時のことを考えていると再び教室の扉が開き廉也が顔を出した。

「おーい、迎えに来たぞ~」

「棗……。って迎え?」

「何でもないよ。急に志真追いかけて来ちゃったから僕のこと探しに来てくれたんだよ」

 余計なこと言ったらぶっ飛ばすと視線だけで廉也を牽制しながら志真へと弁明する。特に興味もなくそういうものか、と納得しつつ優海へと向き直る。

「志真?」

「その……来てくれてありがとな。ちょっと怖かったから、助かった」

 あの瞬間、もしかしたら高橋が何を言おうとしていたのか分かっていたかもしれない。そこまで察しが悪い人間ではない。だがそれを向けられるのが怖かった。あの状況で断ってしまえば今後何を言われるのか分からない恐怖に彼女の気持ちに気が付かないフリをした。だからこそ嘘だろうと本当だろうとあの瞬間に入って来た優海に救われたのだ。

 この事実が伝わらなかったとしても、友人として誤解することもなくただ志真を心配してくれたことが嬉しかった。だからこそ言わなければと前を歩く優海の顔を見上げる。

「志真を助けられたなら、良かった」


 そう言って優海は心の底から笑った。

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