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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
光の封印
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0-49:青い、青い空へ

【0-49:青い、青い空へ】


 天王メサイスを追う、ということは、空の浮島へ行くということだ。そしてその手段を、今回戦士たちは魔王サタンに求めた。

「転移魔法……この状況で、頼んでも良いものか?」

クレスは改めて魔王に問うた。昨日この手段を選択したときとは訳が違う。正式に魔召師として召喚した今、サタンの行動はエドウィンに多大な影響を及ぼす。

「ほう、弁えておるようだな、光の勇者。さてどうする?」

サタンの返答に、クレスだけでなく他の者もやはりと難色を示した。特に意見も出さずにエドウィンに全てを委ねたということは、エドウィンの状態次第ということだろう。

「あまりたくさんの魔法は使えないと思う。それに思うんだけど、メサイスがどこに行ったか分からない状況での転移って危ないんじゃないかな」

サタンに魔法を使わせたうえで召喚魔法を維持するための魔力など、どれだけ必要かはエドウィンには分からない。おそらく今までのようには行かないと推測し、もう一つの懸念も伝えれば、ジャンがそれを肯定した。

「そうだな。奇襲出来たならともかく、今の俺たちは逆に監視されてるだろうし。メサイスが浮島で迎え討つつもりなら、転移魔法へのカウンターは用意しておくのが定石だ。あっちが正面突破しか選択させない気なら、敢えて乗ってやっても良いけど、問題は人数だな」

正面突破、つまりが飛翔魔法による乗り込みだ。怒り心頭のメサイスが冷静に罠を張っているかは疑問だが、逆に対サタン用に強烈なものを仕込んでいる可能性もある。そこに転移魔法で飛び込むとなると、一瞬で対応できなければ負けだ。いくらサタンが先に探査してくれるとしても、メサイスに魔力の利がある状況では分が悪い。その点、飛翔魔法ならば消費する魔力量さえ解決できれば、罠へ飛び込む前に解除することも容易になる。

「一つ聞いておきたいんだけど、飛翔魔法ってそんなに難しい魔法なのかい? 君やメサイス……は翼があるから違うのかな。でもイオルムやアポカリュプスも、メサイスだって翼が無い時でも飛んでるのは飛翔魔法だと思ってた」

 エドウィンは普段より早いペースで減っていく魔力に焦りながらも、まず確認しておかなければならないことからだとサタンに尋ねた。

「一部の素質ある者でもなければ、人間に飛翔魔法を維持する魔力は保てぬ。だが我ら魔族や天族にとっては属性の壁を崩すよりも容易いことだ。それこそ、人間の十人程度は気にするものでもない」

「じゃあ……」

「今回ばかりは止めておくべきであろうな。そのようなことに魔力を使っていてはメサイスの前で魔力切れということになりかねぬ」

誰が、とは言わなかったが、サタンの言わんとしていることは分かる。繋がりが一層強固なものとなった今、それがエドウィンであろうとサタンであろうと、共倒れになるのは必至だ。

「分かった。僕たちだけで先に行こう」

 エドウィンは迷わずサタンと共に先行することを決めた。しかしアイリスが気休めでも治癒魔法をかけるぐらいには、手放しで安心できない状況だ。

「本当に大丈夫? 魔力がすごい早さで減ってるけど……」

「ありがとう、アイリス。でも不思議と辛くはないんだ。サタンが魔力の循環を手伝ってくれてるからだと思うけど」

魔力は減るばかりでは魔法使いなど到底成り立たない。魔法で消費される分の魔力は空気中から吸収し、ある程度自分の魔力量を一定に保つものだ。魔法を多用しないエドウィンがその魔力循環の構造を上手く維持できるはずがないのだが、そこはおそらくサタンの補助があるのだろう。だが消費量が補給量を上回っている限り、早く片づけた方が良いことは確かだ。

「エド、これを。この魔晶石は基準点の代わりとなるものですから、浮島に着いたら障害物の無い地面に置いてください。私は基準点が起動しているかどうかに集中して探査します」

「基準点……ということは、これを僕が置いたらセドナたちが転移魔法で追いついて来るってことかい?」

「ええ。失敗の危険があることには変わりありませんが、空中に放り出されたり岩にめり込んだりするよりは良いでしょう」

「ゲッ、転移魔法ってそんなこと起こんのか? 今まで失敗してねーんだからセドナもフィリオンもすげーんだな」

「そりゃあ、安全な時を選んでいるからな。……エド、無理はするなよ。メサイスが目の前に居ようが構わず魔晶石を置いてくれ。必ず行く」

 セドナが手渡したのは黄色の魔晶石だ。危険があろうとエドウィンたちだけに任せっきりにはしない、という意思が伝わってくる。彼らが無事に来られるかどうかはエドウィンたちにかかっているのだから責任は重大だ。

「うん、ありがとう」

 本当に良い仲間たちだ。エドウィンは心からそう感じた。思えば、誰かに頼られたことなどあまり無かった気がする。自分一人の力ではないが、それでも魔召師として生まれたことを、純粋に嬉しいと思えた。

 飛翔魔法の代わりに、サタンと同じように飛ぶことを想像してみた。普段は何も起こらないが、今は面白いように魔力が操れる。この背に翼を、と念じれば、その通りに魔力は形を成す。鎧に合わせてなのか黒い蝙蝠のような翼になったのは、多少想定外だったが問題ない。

「行こう、サタン。メサイスが待ってる!」

「――我が主の御心のままに」

サタンは応えるや否や凄まじい突風と共に飛び去る。それを追いかけ、エドウィンも強く地を蹴った。


「防御魔法を。雪雲を突破するとなれば、その鎧を纏おうとも人の身では耐えられまい」

「分かった。ええと……」

 近づく分厚い雲の壁に若干の不安を感じながら、エドウィンはサタンの横を飛ぶ。翼など使ったこともないのにどうやって飛んでいるかと言えば、実は彼自身よく分かっていない。飛翔魔法を魔力任せに発動しているのだろうか。自信を持ってこれらの魔法を扱えるようになった時、本当に魔召師としての力を使いこなせるようになる気がした。

「――〈どこまでも澄み渡り、何にも染まらぬ煌きよ。あの(しるべ)の下へ辿り着くまで、共に歩めることを切に願う〉」

エドウィンの周囲に淡い光が灯る。一見弱弱しいが、これは光属性の防御魔法であり、また今まで使ったことのないほどエドウィンには高位の魔法だ。

「……エドウィン、その呪文はどこで覚えた?」

「元の世界で、君が眠りについてすぐに教えてもらったんだ。君が言葉でしか教えられないって言ってた光属性の魔法を中心にね。頑張ったつもりだったけど、結局今の呪文も普段はほとんど成功しないんだ」

 サタンが訝しむのも無理はない。エドウィンの魔法はほぼ全てサタンが教えたものであり、それ故に本来最も相性が良いはずの光の魔法が中途半端になっているという有様だった。しかしそれでは駄目なのだと、サタンが眠っている間に慣れない魔法も練習してきたのだ。目に見える成果はあまり無かったのだが、今なら出来るという確信があった。

 成功して良かったと微笑むエドウィンに、サタンはどこか得意げに語る。

「魔法とは魔力の一つの形。そして魔力が宿るのは魂、謂わば精神だ。それ故に論理では説明のつかぬ結果を生む」

「つまり、どういうことだい?」

「全ては心次第、ということだ。何とも単純明快であろう?」

今まで使えなかったはずのどの魔法も、全てはエドウィンの心持ちが変わったから、発動しているのだという。サタンにしては曖昧な「解説」に、エドウィンは思わず笑った。

「いいね。すごく分かりやすいや」

「そなたは理屈よりも感覚で理解する節があるのでな。……さて、そろそろ雲に入る。一息に抜けよ」

 サタンが改めて忠告を発し、エドウィンも気を引き締める。雲を抜ければ、浮島は近いはずだ。未知なる空を目指して、二人は灰色の壁を貫いた。

 轟轟と耳元で風が唸る。一瞬でも気を抜けば身を引き裂かれ、どこかに飛ばされて行きそうだ。視界を埋め尽くす白、目を射抜く閃光。そしてそれは、唐突に現れた。


―――――――――――


 目に映るのは、一面の青だった。高い高い青。それを区切る壁など無く、どこまで行こうとも、遥か彼方に広がっている。どんなに手を伸ばそうとも届かない、抜けるような青空。雲の下がどんなに荒れていようとも雲の上は快晴なのだと、彼に教えたのも隣に居る友だった。

 エドウィンは心の底から楽しそうに、サタンにその想いを告げた。背に広げた羽と同じぐらい両手をいっぱいに広げる。新緑の瞳は夏の葉のようにきらきらと輝き、無邪気に笑っていた。

「たぶん君に話したことはなかったと思うけど、僕はずっと、ずっと、これが見たかったんだ」

長年の「夢」だった。叶うことはないと、叶える必要もないのだと、そう思っていたからほんの少しの憧れと共に秘めていた。

「君と一緒に、この青空を見たかったんだ! 初めての友達と一緒に、どこまでも広がる空の下でくたくたになるまで走り回って、他愛も無いことを話して、日が暮れるまで笑って、夜空の星を数えて、また明日を夢見ながら眠って……!」

 ごく普通の子供たちの日常が、エドウィンにとっては夢物語だった。

「そなたは、王族に生を受けた理由が本当に分からぬな」

サタンの言葉に込められた想いは、エドウィンを見守ってきた者としての感慨に満ちている。何せ、こんなにも簡単に友の望みを叶えることが出来てしまったのだ。


 声を上げて笑う二人は、とても戦いの舞台へ向かっているようには見えない。例え世界を滅亡に導く〈災厄〉を前にしていたとしても、今の二人は笑っていられただろう。

「それでも生まれてしまったのだから、意味があるんだろう? なら僕は、王子だからこそ出来ることをするよ」

エドウィンに少し前までの迷いはもはや欠片も無かった。サタンはこれからどこまでも羽ばたいていくだろう彼を横目で見やり、そして降ってきた声の方向を鬱陶しそうに睨んだ。

「ならば、大人しく己の国へ帰ることだ。――〈人間よ、大いなる光に触れること勿れ。賢しらにも翼を作りし者よ、最早汝は英雄に非ず。地に墜ちよ〉」

 不意に現れたメサイスは、地上を離れる前よりは平静を取り戻したようだ。彼らの世界に伝わる神話の一節を(そら)んじながら臨戦態勢を取った。

「クククッ、翼をもがれた貴様がそれを唱えるとは、何とも滑稽なことだ。一界の王に過ぎぬ貴様が創世の神に成り代わろうなど烏滸がましい。所詮は貴様も天使なのだから」

「黙れ、全ての上に立つ私こそが世界の支配者なのだ! ……そう、私は誰の使役でもない。『天の使い』ではなく『天の王』たるべくして在るのだ!」

そうしてメサイスは高らかに笑った。じっと見つめる人の子の瞳に気づくまでは。鮮やかな緑は子供のように無垢な光を宿し、青年の歳になってようやく思うことの出来た疑問を投げかける。

「君の隣には、誰が居るんだい? いつの時も君は一人で現れる。……同族すらも見下して、玉座に寄り添う者は無く、守るべき民を見捨てる。そんな君の覇道を理解して支えてくれる友達は、どこに居るんだい?」

 それはずっと、メサイスに対してエドウィンが抱き続けてきた疑問だった。三界の支配者になるのだと言っているものの、彼を支持する天族がエドウィンたちの前に現れることはほとんど無い。彼らの前に立ちはだかる天族は、みな「天王のため」ではなく「魔族が気に入らない」という理由で襲い掛かってきたものだ。天界で無類の魔力を持ち、至高とまで言われた王がなぜ一人で戦っているのだろうと、メサイスが現れる度に思っていた。

「理解者だと? そのような下らないもの、この私には必要無い。この私が支配する世界に、醜く下等なものは一つも存在すべきではない」

心の底からエドウィンの疑問を馬鹿にしているメサイスに、次の言葉は一生理解できないものだった。

「そんな……そんなの寂しいじゃないか。君はその世界で、何をして生きるんだい? 数千年の命を、何も無い世界で過ごすつもりでこんなことをしているのかい?」

エドウィンの性情をよく知らないメサイスには、その感情は「憐憫」としか受け止められなかった。エドウィンが背に走った悪寒につられ、反射的に剣を構える。咄嗟のその行動は、音もなく放たれた見えない攻撃を防ぐ形になった。

「何だ、その目は……。私を憐んでいるつもりか。この私を、人間風情が、見下しているつもりか!」

生まれながらにして天の王と定められた男に、ただ真っ直ぐなその目を向けた者は、未だかつて居なかった。それもそうだろう、誰かの声に耳を傾けるような王ではないのだ。初めて投げかけられたその問いは、長く続いた三界の争いを終わらせるための布石となる。


 今は分からなくとも良い。この世界では、絶対に伝わらないのだから。

「エドウィン、今はこやつに構っている暇は無い」

「……分かった。一気に抜ける、援護を頼むよ!」

来るべき時のためにも、まずこの場を切り抜けなくてはならない。雪雲を突破し、こうして話している間にも、魔力は零れ落ちている。悠長に喋っていてはそのうち地面に真っ逆さまだ。

 メサイスの背後に見える〈はぐれ浮島〉だけを見据え、エドウィンは加速する。

「どこまでも目障りな下賤の民よ。私よりも高く飛べるなどと思い上がるな!」

その翼を引き裂こうと雷が奔り、魔王の炎の中に消えていった。

「我が主の征く道に、貴様の入る余地なぞ無い。――行け、エドウィン。光溢れる空の楽園は、そなたにこそ相応しい」

振り返ることなく飛んで行く背を、サタンも見ることなく言った。エドウィンはサタンを信じて進んでいるのだから、サタンが心配するようなことは何も無い。メサイスという障害を取り除いてやるだけだ。

 速く、もっと速くと強く想えば想うほど、魔法はそれに応えて羽ばたいていく。

(思ってたより魔力の減りが早い……! 後はもう勢いで、とにかく浮島まで辿り着く!)

勢い余って浮島より更に上まで飛び上がり、弧を描いて落下する。飛翔魔法の維持を諦めて、せめて地面に叩きつけられないようにと、防御に魔力を回す。そのような細かい操作まで出来るなんてと、場違いにも感動してしまったのは、親友には秘密にしなければならないだろう。

 ゴロゴロと短い草の生えた地面を格好悪く転がって、なんとか〈はぐれ浮島〉に降りる。先日の山間の花園とは違い、花は咲いているが小さなものが丈の低い草の合間に見えるだけの、それだけでは寂しい風景。しかしどこか安らぎに満ちて、なぜか懐かしく感じる場所だった。

 その中心で輝く石の祭壇は、待っていたと言うかのように、柔らかくも力強い光を放っていた。もはや翼どころか鎧を維持することも怪しいと判断したエドウィンは、なんとか自身の魔力を魔剣に集める。闇属性の魔法が封印を解く鍵となるはずだが、おそらくサタンの魔力に覆われたこの剣ならば出来るのではと考えてのことだ。そして予想に違わず、振り下ろした剣はいとも容易く光を払った。

「あ……皆を呼ぶ前にやっちゃったけど、良いのかな……」

淡く光る祭壇を見ながら頭を掻いたエドウィンは、仕方ないと結論付けてその場に座り込んだ。

 よくよく考えれば、今日は色々な事があり過ぎた。疲れが出始めるのも無理はないのだが、サタンとメサイスのこともある。

「休むのは、もうちょっとあとで――」

と、その時、浮島のすぐ側で黒炎が噴き上がった。まるでドラゴンのブレスのような灼熱が青空を焼き焦がす。立ち上がることも出来ず驚いてまじまじと見ていると、その残滓と共に黒い影が島に降り立った。更に輪郭の暈けたサタンは翼を空気に溶かし、それでもしっかりした足取りで歩いて来た。

「サタン! メサイスは……」

「聖域も穢されたのならば用は無いと(のたま)って、島を破壊しようとしたのでな。思わず『手を滑らせて』あらぬ所へ吹き飛ばしてしまった」

喉の奥で笑う彼は見た目にそぐわず上機嫌だ。召喚したからには還さなければならないのだが、今の彼はまったくエドウィンの内側に帰りそうにない。

「今は休むが良い。なに、地上の者どもも封印魔法が解除されれば勝手に来るであろう」

「そうだ、魔晶石! ……呼ぶのが遅いって、怒られるんだろうな」

 転移魔法の基準点を設置する前に、全てが終わってしまった。皆が到着してから何と言われるかは容易に想像がつく。恐る恐る魔晶石を地面に置くその表情は、眉尻を下げながら、口端が少しだけ上がっている。サタンがそれを見逃すはずもない。

「嬉しそうだな」

魔晶石を中心に転移魔法が広がる。

「当たり前だよ。君が居て、皆も居る世界が、楽しくないはずがないよ」

戦士たちが現れると同時に返した答えは、空よりも晴れやかに澄み渡っていた。


【Die fantastische Geschichte 0-49 Ende】

光の封印編終了

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