表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
光の封印
PR
48/56

0-48:魔王召喚

【0-48:魔王召喚】


 サタンが転移した先は、どこかの崖下だった。耳を澄ませれば、遠くから戦士たちとメサイスが戦っている音が聞こえてくる。エドウィンがあのまま居たところで打開策など無かっただろうから、戦場から離れてしまったことに対して申し訳なく思いながらも、サタンを非難することは無かった。

 サタンは実体化したまま、エドウィンの前に立つ。

「そも、なぜ被召喚者は使役と呼ばれるのか、そなたは考えたことがあるか?」

何の前置きも無く投げかけられた問いに、エドウィンは正直に答えた。

「……無いよ。皆がそう呼ぶのを聞いてただけだ。あまり好きじゃないから」

「そうであろうな」

 召喚師と契約するものを〈使役〉と呼ぶ。エドウィンはそれを知った時、絶対にサタンをそうとは呼ばないと宣言した。当時の彼にとって契約はサタンとの明確な絆であって、召喚師と使役という立場を気にしていなかった。

 関係を意識し始めたのは、召喚師の少女と出会ってからだ。

「そなたは優しい。誰とでも別け隔てなく接しようとして、召喚師に成りきれぬほどに」

サタンは常々、その少女とエドウィンは前提が異なると言っていた。だから彼女と同じようにならなくとも良いのだと。

「それって、どういうことだい?」

エドウィンは召喚師としての修行はほとんどしてこなかった。そもそも魔召師が忌まわしい存在とされている内は、迂闊にその力を揮うとアルタイル王家の立場を危うくしかねない。実際、エドウィンはただの召喚師ではなく魔召師の才を持つと分かってすぐに、白い壁に囲まれた「小さな世界」に閉じ込められたのだ。それぐらい扱いは慎重を要する力だった。

 サタンの方も、本当に召喚師になってほしいと思っていたのかは疑問だ。他の魔族と契約する必要はないと、召喚魔法に関してはなかなか教えようとしなかったし、何より他の魔族が契約を持ち掛けて来た時など、類を見ないほどに激怒していたのだから。それでも今の言葉には、断念しただけのような響きがあった。

「召喚師とは異界より使役を招き、その存在を魔力の楔で以て固着させる者。使役は召喚師の助力があって初めてその世界で力を揮える。この主従関係が名に反映されておるのだ。たとえどんなに脆弱と口で蔑もうと、使役は最終的に召喚師に従わざるを得ない。これは使役と成り得る全ての存在にとって、魂に刻み込まれた絶対の理だ」

 サタンが語っているのは、召喚魔法を正しく学んだ者なら当然知っていることだ。召喚師がどの世界においても少ないのは、その才能が先天的なものであることに加えて、契約相手が意思ある生物だということに起因している。

「でも僕は、君とそんな関係ではいたくないよ。力を貸してもらえるのが当たり前だなんて思いたくないし、助けられるなら僕が力になりたい!」

契約を束縛と捉える者は居る。使役に惨たらしい扱いをする召喚師も見た。エドウィンにとってはサタンとの大切な「約束」であるがゆえに、そのような認識が悲しかった。サタンの力になりたいと思い、召喚師ではなく騎士であろうと、彼の主ではなく友であろうとした。


 しかしそれは、エドウィンの美徳であると同時に、最も危うい部分でもあった。

「だからこそ、我はそなたに他の使役と契約させなかったのだ。――そのような心構えでは、都合の良い魔力供給装置に成り下がるのが目に見えておる」

サタンの赤い眼が不気味に煌めいた。今更エドウィンがそれに怯えることはないが、それでも背筋を冷たいものが撫でたのは、別のことに恐怖したからなのだろう。即ち、彼を失望させたのでは、と。

「使役もただ従う訳がなかろう。召喚に応じぬ者や逆らう者もおる。特に名を明かさぬのは不信や反抗心の表れだ。使役にも拒否権は有る。しかし立場を弁えぬ我儘を許すようでは、いずれ主従は逆転し、気付けば良いように操られているだろうよ。これをそなたは対等だと言えるか?」

――何よ、何もしなくても使役が従ってくれてるエドには分からないわよ! 召喚師はナメられたら終わりなのよ! だって――

 サタンの言葉に、とある少女の悲痛な叫びを思い出した。

――だって、使役が本気で私を殺そうと思ったなら、私じゃ対抗できないのよ!? 魔力も魔法も、天族と人間じゃそもそもの次元が違う。対抗手段なんて、せいぜい人界から追い出すことぐらいしかない! そんな相手と友達ごっこなんて、そんなことが出来る神経を疑うわ!


 彼女の言葉をサタンが知っているかどうかは分からない。しかしエドウィンの縋るような言葉に、眼差しが柔らかくなったのは、ただ想いを察したというだけではなさそうだった。

「……でも、友達にはなれるよね?」

「ああ、それは我が保証しよう。だが時には主として振る舞ってもらわねば困る」

優しいその声は、あの出会いの時から常にエドウィンにだけ向けられてきたものだ。彼を導いてきたのは、城の教育係でも、護衛の騎士たちでもなく、いつも内側の親友だった。すぐ傍で見守る者がいたからこそ、今のエドウィンがある。

「わざわざ人の下に就こうと言うのだ。使役が主に求めるのは対価だけではない。さて、我はそなたに何を期待していると思う? 友としてではなく、使役として。……その答えには、そなたよりも召喚師の娘の方が近いのやもしれぬ」

 この問いはサタンからエドウィンに向けての二度目の試験だ。一度目は魔王の無二の友と想われるための。そしてこれは、魔王の唯一の主と認められるための。

「リゼル……」

 与えられたヒントを元に、思考を巡らせる。正統な召喚師として修行を積んだ、勤勉で努力家な少女。しかし彼女は、なぜか天族との信頼関係を築けず、反抗されては憤っていた。その彼女の方がサタンの求めるものに近いということは、エドウィンとは違うその姿勢が鍵なのだろう。

「君は――君は僕に、憑代以外の役割を求めたことは無かったね。いつだって、君は何も言わなくても助けてくれた」

 召喚師は契約相手を様々な目的で呼び出し、自らの助けとなるように命ずる。戦いの中で、召喚された天族に助けられたことは一度や二度ではない。彼らに感謝しながらも、召喚の負担で消耗するリゼルのことを心配したものだ。それでも彼女は共に戦う者としていつも彼らを召喚したし、天族たちはその契約と支払われる魔力という対価に応じて付き従っていた。

 しかしサタンは、一度たりともそれを求めたことはない。サタンは常にエドウィンの中に居るからと、自分の意思で出入りしている。

「僕からの魔力供給って、本当にできているのかい? 君は自分で勝手に貰うと言っていたけれど、僕が魔力不足で辛くなることなんて今まで一度も無かった。君が何度も眠らなければならなくなったのも、僕の魔力じゃなくて貯めた魔力ばかりを使っていたからじゃないのかな」

サタンが表に出る時、それは決まってエドウィンの危機だった。強力な魔法を必要とする場面も多くあったというのに、守られるエドウィンへの影響など無いに等しい。召喚の契約を交わしている以上、サタンが実体化した際にはその分の魔力が消費されるはずだが、そんなことは一度も無かったと今更気が付いた。

「そうだとしたら、僕がしなければならないのは、君を『召喚』することだ。君が力を揮えるように、僕の魔力で世界に君の居場所を作るよ」


 剣だけでも、盾だけでも、騎士にはなれない。答えは単純だった。

「これからは、一緒に戦おう。他の召喚師と同じように、隣に立てないことはないよね? 僕だけで耐えることも、君だけに任せることも、どちらもしなくて良いはずだよ」


「そう、それでこそ我が唯一無二の朋友(あるじ)だ。この魔王サタンを従えるならば、共に戦場を駆けずして何とする。立っているだけの木偶や高みの見物を決め込む輩など要らぬ。力を至上とする魔族にとって、後ろで護られることしか出来ぬ姫を主とするなど以ての外」

 サタンはいつの時よりも嬉しそうに笑った。このような表情を見る度にエドウィンは思う。彼の何が「悪」なのだろう。

「召喚の詠唱を。文言は思う通りにせよ。名と命令があれば他は些細なことだ」

 黒い羽を広げたサタンは軽く雪原を蹴り、宙へ舞い上がった。エドウィンは一度深呼吸すると、決意を込めて詠唱を始めた。言葉を飾ることはしない。清々しいほど直接的に、望みを告げた。

「……〈契約の下に君を呼ぼう。魔王サタン、君の力を貸してほしい〉」

「〈ならば示せ。我に捧げる贄の在り処を〉」

この場合では複数人で分割して詠唱する意味は無いというのに、気分が乗っているのだろうか。贄などと、わざとおどろおどろしい表現を使う辺りが彼らしい。それが可笑しくて、エドウィンは思わず頬を綻ばせた。

 内側から湧き出る想いに従って、彼の魔力は魔法陣を描く。サタンは外に居るにも関わらず、エドウィンにはサタンの意識が浮上してくるいつもの感覚があった。しかし慣れたものとは違って、胸は苦しく、呼吸は止まりそうで、それでいて、いつの時よりも近くにその存在を感じた。溢れ出す魔力は空気を巻き込み、風の渦となってエドウィンを煽る。あと一歩。そう予感し、抜いた剣を地面に突き立てる。柄に置いた左手へ体重を流し、右手は目の前に伸ばす。手のひらは天に、そう、最初に彼に「願い」を伝えた時のように。

「〈僕の――エドウィン・ルネ・アルタイルの所へ! 来い、サタン!〉」


――それで良い

 そう満足げに答えた友は、ほんの少し冷たい右手を、差し出した掌に重ねた。


―――――――――――


 風に煽られて思わず目を閉じた。魔力の消費が収まったことを確認して、エドウィンはそっと目を開け、視界に飛び込んできたものに驚きの声を上げた。

 まず前に伸ばしていた両腕。鎧が漆黒の地色に赤いラインと、まず身に纏った覚えのない色になっている。更に地面に突き立てていた市販のよくある剣は、なぜか刺々しい装飾のあしらわれた柄の、いかにも血を求めていそうな「魔剣」に変わっていた。よくよく観察を続ければ、普段の装備とは明らかに異なる、一言で表すと全体的に禍々しい装飾のものに変化していた。

「え……何がどうなって……」

『今そなたが纏っているのは我が魔力を具現化したものだ。今回は魔法で援護する故、武具として使わせている魔力はそなたが操ってみせよ』

思ってもみなかった結果に困惑しかないエドウィンは、更に半透明な姿に戻っているサタンを見て、更に疑問を膨らませた。まさか失敗したのではないかと疑っているエドウィンに対して、サタンは面白がって笑っている。

「実体化はしないのかい?」

『ほう、余裕だな? 我はあの娘が従えているような天族とは格が違う。精神体とはいえ我を召喚し続けた上で、我が魔力の一部はそなたが扱うのだ。相当の負荷が掛かる。覚悟するが良い』

 正式な手順を経て召喚した今ならば分かる。サタンの召喚を維持するために、目に見えない道を通じて、エドウィンの魔力は流れ出ている。ただの魔力供給とは違って、サタンの内に溜め込まれず消費されていた。これは今までに無かったことだ。ある程度サタンが返してくれているようだが、さすがに消費量が上回っていることは分かるので、素直に忠告に従った方が良いのだろう。

 改めて自身の姿を眺めたエドウィンは、上手い感想が見つからず、結局苦笑いしながらサタンに言った。

「それにしてもなんだか凄いね、これ……」

『装飾については文句を言うでない。先々代の魔王の使っていた武具が我が城に残されておるのだが、以前ふと思い出した時にそなたの体格に近いと思ったのだ。ただ人間の武具を模すだけでは味気ないのでな』

魔王の愛用品と聞いて妙に納得した。先々代の魔王がどのような人物だったのかは知らないが、人間に近い体格だったなら、魔族にしては小柄だったのだろう。何にせよ、エドウィンも共に戦うとなれば、メサイスに対抗し得る強力な装備は有り難い。

「……僕に合わせてくれたんだね。ありがとう」

『言っておくが我の趣味ではない。我には武器も鎧も必要ないのでそのような物を注視したことがあまり無いのだ。そなたに似合う格好の抽斗がそもそも少ない』

「ううん、充分だよ。さあ、皆の所に戻ろう!」

 どうやらサタンは自分でやっておいていま一つといった感想のようだが、エドウィンが気にせず促すと、そのまま行くことにしたらしい。来た時と同じく転移魔法で、しかし全く違う面持ちで、二人は戦場へと帰還した。


 戻った時、メサイスとの戦いは激しさを増していた。自在に空を飛べるメサイスに対して有効なのは魔法や遠距離から攻撃できる武器だけだ。あとは、転移魔法で――この地での転移魔法は失敗の危険があったはずだが――上空に出現したフィリオンが叩き落とすか、常人離れした方法で跳んでいるクレスの剣がなんとか届いている程度だった。

 ちょうど戦士たちとメサイスの距離が離れた瞬間、エドウィンとサタンはその中間地点に現れた。その予兆に気づいていたのか、メサイスはそこへ向けて光弾を放とうとしていた。が、二人の姿を認めるやいなや、大きな衝撃を受けたようによろめき、魔法も霧散してしまう。

 戦士たちも主にエドウィンの恰好に驚いたが、メサイスへの警戒のためにあまり深くは聞こうとしない。

「エド……? それは一体何事だ」

「ちょっと恥ずかしいからあまり気にしないでくれ。サタンを召喚したらこうなったんだ」

「なんかカッケーな、エド! サタンってそういうのが好きなのか?」

「違うらしいよ」

天王から視線を逸らさずに、エドウィンは仲間たちの率直な感想に苦笑をもって答える。サタンは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、こちらを見て酷く動揺した様子のメサイスを見やった。サタンを召喚したという言葉を、戦士たちは半透明な姿が見えていることもあって疑問を差し挟むことなく信じ、そしてメサイスはそれまでの威厳をかなぐり捨て絶叫した。

「馬鹿な! 脆弱な人間の身で魔王の召喚を成し遂げたと言うのか、平凡な魔力しか持たない、この男が!」

 憤怒に歪んだ表情は、天界の王とは思えないものだった。紫水晶は憎悪に満ち満ちて赤みがかり、白い衣装を黒く染め上げるのではないのかというほどの殺意に、天使の翼はいっそ不釣り合いだ。

「有り得ない……そこまで落ちぶれたというのか、魔王。下劣な悪魔が! 貴様に奪われた翼は、地虫どもの命などとは比べるまでもなく尊きものだったのだぞ!」

「その言葉、天王のものとは思えぬな。子鬼どもの方がまだ上品に話すぞ?」

サタンのクククッという嘲笑は山より高いプライドを的確に削り、メサイスはもうほとんどの平静さを欠いていた。今が好機と戦士たちが構えていることにすら、気づいていないようだ。

 しかし戦士たちの反撃の機会は予想だにしない方法で潰されてしまった。雪原に黒い染みが次々に広がったかと思えば、現れたのは無数の〈影〉。メサイスが呼び出した素振りは無く、それどころか、いずこかへ向かって叫んだ。

「黙して眺めるだけかと思えば、この私に恩を売ったつもりか、淫魔風情が! 貴様はそのくだらない玩具とでも戯れていろ! 雑兵なぞ、壁代わりにもなりはしない……!」

〈影〉を差し向けた「誰か」はメサイスの罵倒に応えることはなかった。その代わりなのか、更に〈影〉の数が増えたことに対して、メサイスは憤死するのではないかというほど頭に血を上らせている。

 メサイスと他の敵の間で揉めているのは好都合だが、問題は〈影〉の数だ。相手をしている間にメサイスが冷静になると厄介だ。

「……サタン、任せられるかい?」

「造作もない。……興が乗ってきた。姿を見せぬ観客の要望に応えて、我が力の一端を揮ってやろうではないか」

エドウィンは躊躇うことなくサタンに頼った。彼ならば本気にならずとも、一瞬で片を付けられる。そしてその程度のことが出来るようにするのが、自分の役割だと分かっていた。

 蝙蝠のような羽が広げられ、黒い霧状の魔力がサタンの周囲に溢れ出す。紅い眼が怪しく煌いた。魔眼に宿る力をほんの一部開放するだけなのだから、詠唱など当然必要ない。

「――さあ、平伏すが良い。王の御前だ」

何が起こったのか、それをはっきりと見た者はいない。ただ〈影〉よりも黒い風が雪原を吹き抜けたと感じた時には、全ての〈影〉は薙ぎ払われていた。音さえも闇の中に呑み込まれてしまったのか、後に残ったのは敵が現れる前の、静かな山頂の景色だけだ。その僅かな間に、メサイスもまた姿を消していた。

「壁程度にはなったではないか。さて、エドウィン。奴はより有利な場所に戦場を移しただけで、手傷は欠片も負っていないであろう。追うか? 見逃すか? 判断は主に委ねよう」

 一度天を仰いだサタンはそう言って、ちらりとエドウィンを見やった。空の浮島へ向かったメサイスは罠を張っているかもしれない。しかしサタンが半透明な精神体だったとしても、もう心配することはない。


「行こう。結界装置がそこにあるなら、僕らは戦わないといけないんだ。僕は君を信じるよ。君と一緒なら、僕はどこへでも行けるって」


【Die fantastische Geschichte 0-48 Ende】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ