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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
光の封印
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0-47:恐れよ、しかし臆する勿れ

【0-47:恐れよ、しかし臆する勿れ】


 明くる日は、やはりと言うか、いつにも増して分厚い雲が空を覆っていた。それどころか辺りを埋め尽くさんばかりに降りしきる雪は、家々の屋根だけでなく地面でも樹の枝でも戦士たちの頭でも、どこもかしこも白く染め上げていく。

 ゴルドが教えてくれた山の頂へと至る道は、あまり使う者もいないのか歩きやすいとは言えなかった。一歩踏み出すたびに足が埋まりそうになる。

「浮島に近づくと言っても、どこまで行けば良い?」

「出来れば頂上まで。……距離は短ければ短いほど良い、はずだよね?」

 先頭を行くクレスが右後ろに着いて居るエドウィンに問う。結局あまり気乗りのしないまま歩いている彼の表情は暗い。元々素直な彼は不安を隠しきれない様子で、セドナに尋ね直したのも、まだ決心がついていないことの表れなのだろう。

「そうですが……エド、やはり日を改めますか? 今回は貴方とサタンの協力が不可欠ですが、貴方に無理をさせたい訳ではありませんし……」

負の感情は伝染する。戦士たちは人数が少ない分、一人の揺らぎがすぐに全体へと影響してしまう。だからこそセドナとライオネルの不仲を深刻に見ていたし、今はエドウィンの不安が戦いになった時に悪い結果をもたらし得ると危惧していた。


「エド……サタンさんも心配してるみたいだし、やっぱり――きゃあ!」

「なー、アイリスが埋まったー」

「バカ、報告してねぇでさっさと掘り出せ」

 後方からアイリスもまた引き返そうと言おうとしたが、その提案は柔らかな積雪に嵌って中断された。器用にも窪地を踏み抜いて腰まで埋まった彼女を、傍に居たゴウが笑いながら雪を退け、シルバが呆れながら引っ張り上げている。少しだけ気の抜けた光景に他の者も足を止め、苦笑しながら終わるのを待った。エドウィンもそれを肩越しに見て、意識を内側へ向ける。

『……心配?』

アイリスにはどうやらサタンが表に出ていなくとも姿の見える時があるらしい。彼女が言ったのなら、気付かなかったがそうなのだろう。

『そなたに心痛を与えるのは本意ではない。そろそろ頃合いかと思っていたが、まだ決心はつかぬか』

『僕はきっと、いつまでも、決心なんて――』

 最後の方は言葉にならず、音無き声はそれきり沈黙する。サタンだけでなく皆が心配しているのは分かっていた。

(あの時、生まれて初めて怖いと思った。……皆はあんなものを乗り越えて来たのかな)

サタンが長い眠りについた時まで、エドウィンは恐怖を感じたことが一度も無かった。実を言うと、彼は感情の起伏が緩やかというより、負の方向へ振れることを無意識に抑圧しているのだ。それは彼自身既に気付き受け入れている性格だった。

『……古来より魔召師は力を求め、力に溺れ、力に敗れる者ばかりであった。なればこそ忌むべき存在とされたが、そなたは闇が避けるほどに光でありすぎる。――恐れよ、しかし臆する勿れ。恐怖に囚われるような凡俗の輩を主とした覚えは無い』

 サタンはそれも含めてエドウィンであると見ているが、それでも全てを良しとしてはいない。「穏やか」な性情も、城での生活を受け入れていることにも、思うところは山ほどある。

 エドウィンはもう、鳥籠と揶揄した世界から飛び立たなければならないのだ。それを為すためには、魔召師の力と向き合う必要がある。

『我はそなたの使役だ』

『それは――』

『そう呼びたくはない、か。だがこの事実を受け止めねば、そなたは永遠に我を召喚することは無さそうなのでな』

『…………』

サタンはそう言って、エドウィンの返事を待たずに再び意識の底へ沈んでしまった。時が来るまでは眠るつもりのようだ。

(君の眠っている時間が長くなってると感じるのは、僕が怖がってるからなのかな。僕はただ、――)


 ゆらゆらと揺れる心を落ち着けるように、エドウィンは拳を強く握っては開き、口を堅く結ぶ。そんな彼の隣に、フィリオンが静かに並んだ。

「……すまない」

「えっ……? どうしたんだい? フィリオンが謝ることなんて無いだろう?」

他の仲間には聞こえないが、横のエドウィンには聞こえる。そのぐらいの声量で発せられた言葉は、エドウィンには理解できなかった。フィリオンは首を振って、ついこの前まで聞いていたのとよく似た声で続ける。

「覚悟が出来ないのは、俺も同じだから。――俺が逃げるために、エドに代わりに辛いことをさせようとしている」

その視線は離れた所にある銀色に向いている。手にした槍が微かに震えているのを見て、エドウィンは目を伏せた。おそらくは、サタンに頼らずとも浮島へ行くための手段を、フィリオンは知っているのだろう。それが何なのかは想像もつかないが、彼もまた何かへの恐れのために踏み出せないでいる。

「いいんだ。僕はいつまでも変わらないことに甘えてはいられない。だから、ちょうど良かったんだよ」

「それでも、本当はサタンに魔法を使わせたくないんだろう?」

「うん。でもフィリオンに無理をさせるのも嫌だよ、僕は」

だから同じだと、エドウィンは少しだけ笑ってみせた。普段明るいフィリオンが強張った表情で告げたのだ、彼にとってはよほど深刻なものなのだろう。それでも、エドウィンを思って言ってくれる優しさが有難かった。

 この世界の仲間たちもまた大切な友人だ。特に歳が近く立場で気兼ねすることもない、同性の存在というのは、エドウィンにとってはそれだけで貴重だ。サタンとはまた違った縁で出会った彼らには、彼らが意図するとしないとに関わらず助けられている。だからこそ、このまま何もしないのは失礼というもの。

(でも、サタンにお願いするだけだと、結局僕は何もしてないよなぁ……。僕には何が出来るんだろう)

 ようやくアイリスを引っ張り上げた面々を遠巻きに眺める。山登りに飽きたゴウが雪合戦を始めたそうに玉を量産し始め、セドナがそんな暇は無いと怒っていた。だがフィリオンが無意識なのか、先ほどの少し暗い表情のまま雪玉作りに参加しだして、更に溜息まで吐いているものだから、クレスさえも何も言えずに首を傾げている。

(難しいなぁ……。召喚魔法を使わないとサタンを助けることは出来ない。でもそのための修業をすると城の皆が困るし、今度こそ母上は泣くだろうな……)

「エド、おーい。フィリオンといいお前といい、何があったか知らないけど一緒になって雪玉作らないでくれる? ……もう収拾つかないな、これ」

エドウィンの頭は考えることに夢中になってしまっていて、体の方はフィリオンと同様に思い悩んだ顔のまま雪を集めていることに気づいていない。ジャンの呼びかけにも反応せず、延々と球とは言い難い物体を積み上げていた。


―――――――――――


 普段は真面目な――悪戯ばかりするゴウに比べれば、だ――二人が揃って思い悩んだ表情で雪玉を作るという珍事に一時中断してしまったが、戦士たちはようやく本日の目的地に到着した。この辺りでは比較的なだらかで低い山の頂は、木々はまばらで降雪以外には特に視界を遮る要因は無い。

「浮島が移動していなければあの雲が一際厚い部分、その更に上空にあるはずだ」

「天気、悪いね……」

そろそろ陽も高く昇っているはずなのだが、ところどころ薄くなっている雲間が明るいだけで、太陽自体は見えない。雪は相変わらずの勢いで降っていて、やはりエドウィンは心配しているが、問題ないとエルヴィラが告げた。

「あと三十分もすれば少し弱まるよ。この辺りはどうも天気がおかしいから読みづらいけどね」

 この山、というよりドライの町を始めとしたクロスヴェルトの「東側」一帯は、天気の移り変わりが奇妙なのだと聞いている。原因は例によって不明だが、一年のほとんどを雪に閉ざされた気候と関係があるのではとゴルドも言っていた。

「なあ、この天気って魔法の影響じゃないのか? 俺はエルヴィラほどはっきりした知識は無いが、さすがに普通じゃないと思う。あの山の周りだけ雲が異様に厚いとか、雪の降る雲でない時でも降ってくるとか」

ライオネルが離れた所に見える山を指しながら、訝しげに目を細めている。山間部に住んでいた彼にとっては、ドライの町周辺は違いがあるという程度では済まないほどにおかしいと思っていた。今も視線の先にある山の上部は、戦士たちの居る場所からそう遠くはなく高さも同じぐらいだと言うのに、分厚い雲に覆われて頂上がどこまであるのかまるで見えない。

 示された先をつられて見やったエドウィンは、サタンの声に気づいて再び意識を内側に向けた。

『魔法など使えずとも、目を開けば見えるものがある』

『起きたのかい?』

『魂のみのこの身体、魔力への親和性は高くなっておるようだ。この直上にあるもの、そしてもう一つ、双方とも今やはっきりと感じておる』

『もう一つ? それって、もしかして』

サタンは今の状況を面白がっているようで、笑いを含んだ声でさらりと重要なことを告げた。エドウィンが驚いて繰り返せば、彼はいつものようにくつくつと喉を鳴らす。

『さて、その真偽を確かめるのは人間の仕事だ。此度の我が目的は、浮島より降り注ぐ光の波長を消すことなのでな』

サタンがそれ以上の探求をしようとしないということは、それへの興味は無いということだ。あくまで今回は浮島が彼の何かの琴線に触れたから、自主的に協力してくれているに過ぎない。

『今回の封印は光属性ってことかい?』

『それだけではない。天王め、よほど高い所が好きと見える』

 サタンが〈はぐれ浮島〉に関心を向けたのは、宿敵たる天王メサイスの存在を感じたからだ。光の封印魔法は浮島周辺の魔力を浄化し、さながら天界のような聖域を作り出しているのだと、サタンは語る。光とはおよそ縁の無さそうな面々の多い〈災厄〉側の者たちの中で、清浄なる地の結界装置を見張る役目はメサイスでなければ務まらないだろうし、メサイスも「穢れた」地上には居たくないだろうから、適任だったと思われる。


 〈災厄〉側の者たちが結界装置の在り処を知っている、というのは、戦士たちの中ではもはや確定事項だ。そうでなければこれまでの出来事の説明がつかない。

『さて、羽ばたきが近づいておる。……心せよ。奴は我が実体を犠牲に以てしても三翼のみを奪うに留まった者だ。全盛ではないとはいえ、相当に厄介な相手となろう』

エドウィンは耳を澄ませてみる。聞こえるのは狼の遠吠えと木の枝から雪が落ちる音だけだ。しかし確実に何かの気配は迫っていると、肌に感じる空気が教えてくれた。エドウィンが外に注意し始めたのと同時に、セドナが頭上を見上げる。

「!……何でしょう、強い魔力を感じます」

そう言って見た先には、灰色の雲にぽっかりと空いた穴があった。そこから明るいというより、眩いばかりの光が降り注いでくる。ただならぬ様子に全員武器を取った。

『……メサイスと戦って、浮島まで飛んで、それで君は問題無いと言うのかい?』

『何、事が済むまで追い払うだけだ。そなたの助力がある限り、我は消えぬさ』

 エドウィンの確認に、サタンはニヤリと笑った気がした。助力、という言葉が幾分強調されているように聞こえた。


 前に出る、というサタンの言葉に、エドウィンは何も言わずに従った。サタンが赤い目を細め、光から出てくる者を見据える。三枚の白い翼を輝かせ、天より舞い降りた男は、その目を見るなり顔をしかめた。

「さて……。天王よ、何用だ?」

対するサタンも冷ややかだ。周囲の気温が急激に下がったように思われるのは、気のせいではないだろう。メサイスは不遜な態度を崩さず、中空から見下ろしている。

「この私が自ら出向いてやったというものを、少しは礼を払って迎えてはどうだ、魔王」

「ならば丁重にお帰り願おう。魔族は招かれざる客に接待するほど寛大ではない」

せめぎ合う二人の魔力に感化され、空気は本当に刺してくるように鋭く、吹雪は酷く吹き荒ぶ。

 対峙しただけで天候が変わる二人の王に、嫌な何かを予感したか、ジャンが真剣な顔で冗談にしか聞こえないことを言い出した。

「なあ、俺もう帰って良い? これ以上この圧力に耐えるなんて御免なんだけど」

「却下だ。ふざけている余裕は無い」

「……しかし、ジャンの言い分は不本意ながらもっともですよ。メサイスとサタンの魔力が衝突して、辺り一帯の魔力の流れが歪み始めています。あまりこの膠着状態を長引かせると危険なのは私たちです」

どうやら二人は敢えて魔力をぶつけあっているらしい。光と闇という八属性の中でも最も反発する力でそのようなことをすれば、これから起こることは察しがついた。

「なあ、山が怖がってんだけど。これけっこーヤバい?」

「せ、精霊も全然いないよ……」

異変は目に見える形で次々に現れていく。先日のような大混戦の気配に、戦士たちはいつ何が起こっても良いように身構えた。


 緊張の高まる中、サタンが動いた。殊更苦々しげにチッと舌打ちし、唸るような低い声で呪詛を吐き出す。

「……浮島の魔法か。この地は光が強すぎる」

「他愛も無いな、魔王。見よ、この地の魔力は私に味方した!」

雲間から差し込む光が急激に強くなった。攻撃の予感にエドウィンはサタンに代わって前へ出る。

「〈光よ、我が魂に清らかなる恵みを。浄魂の盾〉!」

空から降り注ぐ光弾をエドウィンの盾が吸い込んでいく。攻撃を防ぎながら、魔力の競り合いで消耗したサタンを回復するためだ。エドウィンが受け入れるそばからサタンは更に魔力を自身のものへと変換していく。以前のアポカリュプスとの戦いでは、サタンという大きな魔力の器が無かったために負担が掛かり過ぎていたが、本来エドウィン自身はただの「窓」に過ぎない方法のため、今はサタンの言葉に耳を傾ける余裕があった。

『最初の一手は取られた。ここから覆すには力を抑えていてはどうにも不利。しかしそなたがその様子では、我が力は封印されたも同然だ』

 僅かに疲労の滲んだ声。エドウィンは魔法を維持しているが、手が震えるほどの動揺は、サタンにもしっかり伝わっているだろう。エドウィンがメサイスの攻撃を引き受けている間に、他の者たちは攻めに転じている。しかしメサイスは意に介さず、弄ぶように飛び回っては高位の魔法を放っていた。

『……この場の魔力を制圧された今、魔法ではメサイスに対抗できぬ。空飛ぶ相手に剣が届くものか。奴と斬り結ぶ離れ業が出来るのは勇者どもぐらいのものだ』

サタンは静かに今の状況を説き続ける。エドウィンに対して、ある選択肢以外に残された道は無いのだと示すためだ。


『それでも、僕は』

 二人だけの静かな世界に、声が響く。いつものことだ。その世界を広げろと、サタンはいつも言っていた。

『分からないんだ。君の望みも、僕に出来ることも。僕には君を助けてあげられない。――皆を、助けられない』


 サタンは何も言わなかった。その代わりに、上へと昇って来て、そのまま外へ出た。

「雑音が多すぎる。これでは『我の声など聞こえぬ』であろう」

エドウィンの目の前に立ったサタンは、目覚めを告げた日以来の実体化した姿だった。

「異世界の者どもよ。しばし天王の相手をしておれ」

戦士たちが各々その声に応えたのを確認すると、サタンは転移魔法を展開する。有無を言わさぬ彼の行動は、その素早さに反して非常に落ち着き払っていた。


【Die fantastische Geschichte 0-47 Ende】

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