0-24:不和
火の封印編。導入の短編。
【0-24:不和】
アインの町を始めとして、全ての町には魔物など外敵の侵入を防ぐ魔法が掛けられている。シャルロッテ含む歴代の守り人が手掛けてきたその結界は、異世界からの敵ですら破れない強固さを誇る。町の中にいる限りはひとまず安全ではあるが、そうもいかない戦士たちは今日も外へ出て魔物との戦いになっていた。
強くはないが数の多い魔物の集団。数体を倒し終わりが見えてきたと思えば、藪から空から次々と湧いてくる。一体を斬りつけたエドウィンは、新手の気配に細く息を吐いた。
(キリがない……セドナの魔法完成に期待するしかないかな)
広範囲型の魔法を発動させるべく、セドナが現在詠唱中だ。エドウィンは彼女の援護に回りつつ、他の仲間たちの様子を窺う。エルヴィラが少し離れた所で舞うように剣を振るい、鉤爪で襲ってきた鳥型の魔物をライオネルが矢で撃ち落としていた。セドナを挟んで左後方では、シルバが調子よく一撃の下に屠っている。
「シルバ、セドナは任せたよ!」
詠唱が終わるまでもうあと少しではあるが、ライオネルの方に新たな一群が現れたことを受け、エドウィンもそちらへの移動を決めた。
向かう間にもライオネルは双剣へ武器を変え、敵の攻撃を紙一重で躱しながら反撃している。その姿はつい先ほど見たエルヴィラの戦い方そのものだ。気づいたエドウィンは疑問に思うも、すぐに頭の片隅へと追いやらざるを得なくなった。死角から骸骨兵の槍がライオネルを狙い、反応が僅かに遅れた彼へと迫る。
「ライ!」
槍の穂先とライオネルの間に、盾を持った左腕を無理矢理ねじ込んだ。咄嗟で上手く受けきれず、刃が変に盾の表面を滑って上へ跳ねた。そのまま刃先がエドウィンの額を僅かに掠める。真上を向いた槍につられ敵が前のめりに倒れ込み、その隙を逃さず剣で貫くと、バラバラと崩れた骨の山は動かなくなった。
一瞬の攻防にもかかわらず、心臓は早鐘を打っていた。原因は身に迫った危険もあるが、仲間の危機への焦りの方が勝っている。エドウィンは切った所から流れる血をさっと拭うと、背後に庇ったライオネルの怪我を確認しようとした。
「ライ、怪我は――」
「余計なことをするな! 自分の身ぐらい守れる!」
尋ねた言葉を遮って発せられた怒号。ライオネルは激しい剣幕を見せている。ここまで感情的に彼から怒鳴られたのは初めてで、戸惑うエドウィンは思わず謝った。
「ご、ごめん」
「……いま負傷されるのは迷惑だ」
ライオネルはそれだけ言うと、再び武器を変え敵に向かって行ってしまう。すぐに元の無表情に戻ってはいたが、大鎌で敵を薙ぎ払う後ろ姿からは、怒りが滲んでいるような気がした。エドウィンは自身にも襲い掛かって来た敵に応戦しながら、更に声を掛けるか逡巡する。しかし何かを言う前に、セドナが詠唱の最後の一節を唱えた。
空から降り注ぐ魔法弾の雨が辺りを一掃する。その後に残ったのは戦士たちと絶命した魔物の群れのみ。屍に囲まれたライオネルは、その異名の如く返り血で赤く染まり、黒光りする大鎌を手に佇んでいた。
あれだけ出現し続けていた魔物は、戦士たちの警戒をよそにぱったりと居なくなった。静かになった周囲の様子に、エルヴィラが戦闘終了の判断を下し、みな武器を仕舞う。セドナは杖を下ろすと不機嫌そうに、変幻の神器を腕輪へ戻したライオネルへ詰め寄った。
「あんな言い方は無いでしょう。エドは貴方を守ろうとしたのですよ」
詠唱に集中してはいたが、セドナの耳にも周りの音は届いていた。エドウィンとライオネルの短いやり取りもしっかりと聞こえてしまったため、どうしても一言物申さずにはいられなかった。
理不尽だと主張する彼女に、ライオネルは常と同じく沈黙を返すだけだ。何の感情も映さない瞳からは、先ほどの怒りすらも見出せなかった。反応の無さに、自分の言葉は全く彼に響かないのかと、苛立つセドナは更に言い募る。
「反論しないのですか? あの暴言に理由があるなら、教えてくれても良いでしょう。いつもそうやって何も言ってくれないから、貴方の発言全てに目くじらを立てることになるんです」
「お前には関係無い。俺に構わなければ良い話だ」
ようやく答えたかと思えば、突き放すだけ。淡々としたライオネルに対して、セドナは燃える炎を背負わんばかりの勢いだ。温度差のある二人の間に険悪な空気が漂う。それを見守っていたエルヴィラがまたかと溜息を吐き、頭を冷やさせるべく二人を離した。
「はいそこまで! ライ、あんたはシルバと辺りの様子を見て来な。ついでに近くの川でその返り血を少し落とすんだね」
「セドナ、僕は大丈夫だから。それより手当てをしてくれると嬉しいんだけど……」
指示を出すエルヴィラに続いて、エドウィンがセドナを呼ぶ。まだ何かを言いたげだったセドナは結局諦め、ライオネルへ背を向けた。エドウィンの額の傷を診ている間に、ライオネルとシルバはその場を離れる。
完全に姿が見えなくなってから、エドウィンが口を開いた。
「ありがとう、セドナ。僕のために怒ってくれて。でもさっきのは僕も悪いから、ライだけを責めないであげてくれるかい?」
「エドは悪くないでしょう。それに私は結局、ただ横から怒っただけでしたし……」
顔を曇らせたセドナは手当てを終えると、決まり悪そうに俯く。エドウィンの怪我は浅いが、それは結果に過ぎない。危うく重傷を負いかけた責任の一端はライオネルにあるのだから、せめて礼を言うか謝るかすべきだろうと彼女は思ったのだが、結局彼にはそれが伝わらなかった。非難するだけに終わってしまい、彼女の中では少々の罪悪感が頭をもたげ始めている。
「確かに自分で対処できなくもなさそうだったし、僕が先走って無理に庇ったから怒ったんだと思うよ。余計なお節介を焼いたせいで大きな怪我でもしていたら、結局味方を危険に曝すことにつながるからね」
エドウィンはセドナを宥めながら、反省も籠めて推測を話す。以前からライオネルは守られることを嫌う節があったのだが、今回はそれだけが理由ではなさそうだった。恐らく下手を打って別の危険を招いたことが許せなかったのだろう。エドウィンが何もしなくとも、双剣で受け流して回避したはずだ。
「ちゃんと体勢を整えて、無傷で済ませていれば良かったんだ。だから、僕の実力不足も原因だよ」
「そんな……咄嗟に出来るものではないでしょうに」
「だから、出来ないならやるなってことさ。アタシも同じ状況だったら叱ってたね。守ろうとした気持ちは分からないでもないけど、無茶して自分が命を落としたらどうする気なんだい」
エドウィンの主張にセドナは納得がいかない様子だ。それを見たエルヴィラが二人を諌めた。ガーゼを当てた傷に目を向けながら、厳しい声を出す。負傷したことや、庇ったことを責めはしないが、感情に流され判断を誤ったのだけは注意しておかねばならない。
「ごめん、次からは気をつけるよ」
「自分の身も大切にしな。……それとセドナ。ライのあの態度は今に始まったことじゃないんだから、あんたもそろそろ気にするんじゃないよ」
エルヴィラの話の矛先はセドナにも向けられる。些細なことで苛立っていては、仲がこじれるばかりだ。そう毎回二人を別行動にさせることもできないのに、寄れば大抵衝突が起こる。いい加減にしろ、と言外に匂わせるエルヴィラに、セドナは落ち込みながら答えた。
「分かってはいるんです。ですが――どうしても、あの無関心が気になって。なぜあんなにも人に冷たく当たれるのかと考えると、仲間と思ってくれているのか疑ってしまうのです。……ライにとって、敵も味方も同じなのかもしれないと」
彼にとっては、敵意を向けてくるか否かの違いしか無いのではないか。そんな考えが頭を過ぎる。
元の世界での彼のことは、彼自身がほとんど話さないために、宿敵たるイオルムの言葉でしか知ることができない。かの魔王はそれを分かっていて「冷酷非情な〈紅の義士〉」と揶揄しているのだろうが、セドナたちには否定するだけの判断材料が無い。そのことが更に不安を煽る。今日のように、噂を体現化するような姿を見た時には、特に。
「今のところ答えが出る様子は無いんだから、悩んでも仕方ないさ。色々と事情があるんだろう、ぐらいに軽く受け止めないと参っちまうよ。あんたはフィリオンと違って楽観視できる性格じゃないんだから」
「フィリオンですか……。ライの態度をああも好意的に受け止められるのは、性格の違いだけでなく、私たちには無い繋がりのおかげだとも思うのですが」
優しく諭す声に、セドナのささくれ立っていた心が落ち着いてくる。ライオネルと同じ顔で真逆の反応を見せる仲間のことを引合いに出され、あまりに大きい二人の差を改めて感じると、なんだか可笑しくなった。
「ふふ。そういえば、最初にライから名前を聞き出したのもフィリオンでしたね。警戒の目を向けられても怯まないあの接し方であれば、私にも求める答えを返してくれるのでしょうか」
――初対面で警戒するのは分かるけど、お互いに名乗るところから始めるしかないだろ? だから、俺はフィリオン・グランディアだ。そっくりさん、君の名前は? ……答えたくないなら、俺の名前から勝手に「リオ」って呼ばせてもらうけど
――……ライオネル
――あ、やっと喋った。……そうか。ライオネル、か。よろしくな
召喚された直後、シャルロッテから説明を受ける前の何も分からない時に、赤の他人へ命名しようとまでしたフィリオン。さすがに強引ではないかと誰もが思ったが、彼は結果的にライオネルと一番上手く付き合えている。問いに対して拒絶だけを返されても、彼は答えを得るまで目を逸らさない。そこで諦めたり憤ったりしてしまうから駄目なのだろうかと、セドナは自嘲気味に呟いた。
「ま、なるようになるさ。アタシには、フィリオンは早く近づこうと焦ってるようにも見えるしね。そりが合わないなら、焦らない方が良いだろうよ」
「僕らは仲間なんだ。分かり合う機会はきっと来ると信じて待とうよ。……あっ、帰って来た」
エルヴィラもエドウィンも、時間を掛けて歩み寄ろうという考えだ。戻って来た二人の方へ向かった彼らには付いて行かず、セドナはその場で考え込む。
ずぶ濡れのライオネルを見てエドウィンが心配し、川に蹴り落として血を全部落とさせたというシルバの主張に、エルヴィラは笑い転げている。その輪から外れて眺めていると、今のライオネルは死神の様だった戦闘中の姿と結びつかず、先ほど抱いた疑念も馬鹿らしく思えた。しかしまた悩むことになるだろうと、セドナは誰にも気づかれぬよう密かに嘆息する。
(敵の言葉を鵜呑みにするわけではありませんが、それでも不安なものは不安なのです。……〈紅の義士〉の「紅」が血の赤だと言うなら、それは本当に「敵のものだけ」なのでしょうか。冷酷だと評されるだけの何かを、元の世界ではしていたのでしょうか。――私はただ仲間を信じたいだけなのに、あの態度がそうさせてくれないのですよ、二人とも)
エルヴィラたちには気負うなと慰められたが、到底実行できそうにはなかった。仲間を信用しきれないなどと、認めたくない事実を、今やはっきりと悟ってしまったのだ。
泣きたい気持ちを抑え、セドナは仲間たちに背を向ける。一対の琥珀だけがそれを捉えていたことなど、その場の誰も気づいていなかった。
【Die fantastische Geschichte 0-24 Ende】




