↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二匹の鼠  作者: 春夏かなた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/9

第6話 妖が来るぞ

眼下の山道で、武装した賊たちの動きがにわかに慌ただしくなった。


茂みに身を潜めていた涼音の肩が、びくりと震える。


「……来るよ。ここを離れないと」


涼音は眼下の賊たちから目を離さぬまま、押し殺した声で告げた。


その声には、切羽詰まったものが滲んでいる。


「……ああ。急ごう」


阿茶屋も頷き、素早く身を翻した。


だが――。


踏み出しかけた足が、ぴたりと止まる。


ぞくり。


ひやりと冷たいものが、首筋を撫でた。


まだ陽は高いというのに。


「……おっちゃん」


隣では、涼音も息を殺して同じ方を見つめていた。


震える指先が、ゆっくりと前を指す。


薄暗い木立の奥。


そこに――何かが立っていた。


白い装束をまとった女。


少なくとも、最初はそう見えた。


長い黒髪が垂れ下がり、その顔を白い狐の面が覆っている。


「……なんだ、ありゃあ」


阿茶屋が低く呟く。


女は動かない。


ただ、じっとこちらを見ていた。


やがて――。


ぐにゃり。


狐面の口元が、あり得ないほど大きく歪んだ。


「……戻るか」


「……うん」


阿茶屋と涼音は素知らぬ顔で、くるりと振り返った。


ぞわり。


その背筋を、強烈な悪寒が駆け上がる。


「…………」


二人の頬が、同時に引きつった。


恐る恐る、もう一度後ろを振り返る。


「えっ……」


涼音が息を呑む。


女の身体が、ずるりと伸びていた。


首が伸びる。


腕が伸びる。


白装束の裾を引きずりながら、その異形が木々の間をぬうように迫ってくる。


速い。


「うわああああああっ!」


「うわわわわわわあっ!」


二つの悲鳴が、山々にこだました。


阿茶屋と涼音は同時に踵を返す。


「逃げるぞ!」


「言われなくても!」


二人は我先にと茂みをかき分け、その向こうへ飛び出していった。



静まり返った山間に、突然二つの絶叫が響き渡った。


「――なんだっ!?」


御子柴が弾かれたように振り返る。


直後、道脇の茂みが激しく揺れた。


枝葉を蹴散らし、転がり出るような勢いで飛び出してきたのは、一人の侍と小柄な少女だった。


二人とも顔は真っ青。


目を見開き、何かに追われるように死に物狂いでこちらへ駆けてくる。


「な、なんだ、こいつら……!」


御子柴が思わず刀の柄に手をかけた。


「こいつだ!」


眞田が阿茶屋を指差す。


「御子柴! こいつが阿茶屋だ!」


「こいつが……!」


御子柴の目つきが変わった。


「ちっ、こんな時に!」


忌々しそうに舌打ちし、すぐさま鯉口を切る。


白刃が抜き放たれた。


だが――。


「どけ、どけ、どけええええっ!」


ただ向こうへ行きたい一念で、阿茶屋は走りながら刀を抜く。


御子柴の刃が横薙ぎに迫った。


阿茶屋は疾走の勢いそのままに地を蹴り、その一撃へ真正面から刀を叩きつける。


ガキィンッ!


甲高い金属音が山道に響き、激しい火花が散った。


「ぐっ……!」


御子柴の腕が押し返される。


阿茶屋はそのまま刀を押し込み、至近距離から御子柴を睨みつけた。


「てめぇ……!」


「悪いがな!」


阿茶屋が怒鳴り返す。


「のんびりお前の相手をしてる暇なんざねぇんだよ!」


「……なに?」


御子柴が眉をひそめる。


その背後から、少し遅れて涼音が飛び出してきた。


「おっちゃん、早く!」


阿茶屋の横まで来ると、真っ青な顔で来た道を振り返る。


震える指先を、茂みの奥へ向けた。


「妖が来るぞ!」


「……妖?」


御子柴が怪訝そうに眉をひそめた。


次の瞬間――。


鬱蒼とした茂みの奥から、太い幹がへし折られるような鈍い音が響いた。


ガサッ、ガサガサッ――!


「……む?」


阿茶屋と刃を交えていた御子柴が、そちらへ目を向ける。


その直後だった。


にゅうっ、と。


枝葉の隙間を押し分け、巨大な狐の顔が茂みの奥から覗き出した。


「うっ……こりゃあ……」


御子柴が唖然と目を見開く。


阿茶屋はその一瞬の隙を見逃さなかった。


御子柴の刀を鋭く弾き返すと、素早く後ろへ跳んで間合いを取る。


バキッ、バキバキッ!


さらに茂みが大きく揺れ、枝が次々とへし折られた。


そして――。


長く伸びた首。


異様に引き伸ばされた胴。


白装束の裾をずるずると引きずりながら、異形が茂みを突き破って山道へ姿を現した。


「ひぃぃぃっ!」


近くの藪を探っていた二人の賊が震え上がり、慌てて後ずさる。


「ほ、本当におったのか……」


眞田も顔を強張らせ、一歩、また一歩と後ろへ下がった。


「だから言っただろうが」


阿茶屋は御子柴へ刀を向け直す。


だが、その目は異形から離れない。


「逃げた方がいいぞ」


その直後だった。


「ぎゃあああああっ!」


賊の悲鳴が山道に響き渡った。


後ろ手に縛られた上月藩の足軽たちも、火縄銃を構えていた賊たちも、一斉にそちらへ顔を向ける。


「うわわわわっ!」


妖の巨大な腕が、ぐんっと伸びた。


逃げようとしていた賊の一人をむんずと掴み、そのまま軽々と宙へ持ち上げる。


「うわっ……」


涼音は思わず口元を押さえた。


「ぐわああああっ! 離せっ! 離せぇっ!」


宙吊りにされた賊が、必死に手足をばたつかせる。


その真下で――。


ぐにゃり。


妖の狐面が不気味に歪んだ。


硬いはずの口元が、あり得ないほど大きく左右へ裂けていく。


「……っ」


阿茶屋の顔も強張った。


妖は掴み上げた賊を、大きく開いた口の真上へ運ぶ。


そして――。


手を離した。


「わあああああっ!」


悲鳴を上げながら、賊の身体が真っ逆さまに落ちていく。


その姿は、悲鳴ごと妖の巨大な口の中へ吸い込まれていった。


「…………」


山道が、一瞬にして静まり返った。


誰一人として動けない。


敵味方も関係なく、目の前の惨劇を仰視していた。


「う、撃てぇっ!」


我に返った御子柴の怒鳴り声が静寂を破った。


「撃ち殺せぇっ!」


呆然としていた火縄銃持ちの賊たちが、はっと我に返る。


次々と銃口が妖へ向けられた。


ズガンッ!


ズガンッ!


轟音が立て続けに山中へ響き渡る。


銃口から白い硝煙が噴き出し、妖の巨体を一気に覆い隠した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。