異世界転生を提案してくる正義の女神様
「ん……」
千善は気が付くと椅子に座っていた。床も壁も天井も全てが真っ白な空間。ところどころ金色の装飾がされていた。
目の前には机。しかし上には何も無い……。
『お目覚めですね』
「――ッ!?」
瞬きをしたほんの一瞬にも満たない刹那、目の前に『ソレ』は顕現していた。
『神々しい』。この言葉がこれ程までに似合う存在は他には居ないだろう……。瞑っている双眸は純白の長い睫毛が天使の羽のようだった。
黄金の天秤の支柱を左手の親指と中指で上から摘んでいた。千善へ天秤を向けると何も乗せていないのに、ゆっくりと左右が上下に傾いていく。徐々に、千善から見て左側が下に振り切った。
『成る程。やはり貴方は「善」の方のようですね。安心致しました。
わたくしは「テティア・ユーステミス」。
「正義」を司る女神です』
「……女神……?」
その言葉を聞き目を見開く。確かに彼女の容姿、この異様な空間、朧気に覚えている自身の最期、それらを加味すれば彼女は女神なのだろう。しかし、千善には納得など出来やしない。
「……ッ!!女神なんて居ない!!女神が居るならなんでアイツにあんな仕打ちをしたんだ!!
心臓が弱くて色々制限をしながらもアイツなりに精一杯生きて来たんだ!!
なのに!それなのに!!倒れて!!病気で余命宣告されて!!
アイツは余命宣告の事すら知らずに死んだんだぞ!?
頭のオカシイ殺人鬼に腹を何度も刺されて!!
女神が居るならこんな仕打ち――」
『そうなんです。
彼女は
「余命宣告を知らずに死ねた」
んです。これ程までに慈悲深い正義があるでしょうか?彼女も幸せだった事でしょう』
「……は?」
千善は思考が止まった。
正義の女神を自称する存在が、彼女のあの惨い死に様を……幸せだった……?
『貴方の貴重な三年間を無駄にし、日々弱りゆく彼女。刻々と死は近付いていきます。
医者は我々とは違います。余命宣告とはとても曖昧なもの。実際には二年も経たずに旅立ちます。
彼女の一番の願いを果たす事無く、彼女の生涯は終えるのです。
貴方はそれを悔いて自害。
自害という行為は断罪されるべき「悪」なのです。
「悪」と認識されてしまうと貴方が此処へ来る事も出来なかったのです。
如何ですか?
彼処で生き延びるよりも素晴らしい未来になったでしょう?』
テティアは終始微笑みを崩さず淡々と喋っていた。本気でコレが千善と彼女にとって幸せな未来だったと信じて疑っていない……。
「……此処に来れたから、何だって言うんだ……アイツが居ないのに……」
『貴方は新しい生命として異世界に転生するのです。
それだけが貴方が幸せになれる唯一の方法なのです。
あの世界で彼女と共に過ごしても貴方には幸せは訪れません。
――永遠に』
「……ッ!!そんなの分か――」
『分かります。
貴方が告白し振られる世界線。
結ばれる世界線。
真っ先に願いを叶える世界線。
無数の選択肢の全てをわたくしは視ました。
しかしその全ての世界線に於いて貴方は自害します。
貴方が自殺以外で人生を終えられる世界線。
その唯一の世界線の条件が彼女の惨殺なのです。
あのもう一人の幼馴染。
彼の愚行こそが貴方が此処へ来られる唯一の道』
「……アイツを犠牲にしてまで異世界とやらに生まれ変わって、俺に何が……」
『その世界は今、危機に瀕しています。
貴方の力が必要なのです』
「はっ。……幼馴染一人守れず、もう一人の幼馴染に刺し殺される人間に、何が出来るんだよ」
『その為の力を授けるのがわたくしの役目なのです。
貴方には「世界を救う力」を与えます。
二度と後悔をしないように。
この力を行使すれば二度とその手から零れ落ちる生命は無くなるでしょう。
ですが忘れないで下さい。
わたくしは「正義」を司る女神。
「善」を無くした瞬間。
その瞬間に貴方に与えた力は「悪」へと染まります。
それは正反対の力。
転生する異世界は勿論、貴方の居た世界や他の世界すらも「悪」が呑み込む事になります。
努々忘れないで下さい』
「……おい、俺は未だ生まれ変わるなんて言って――」
『貴方に選択肢は有りません。拒否権も勿論有りません。
此処へ招かれ、「正義と悪の天秤」が正義に振れた瞬間に異世界転生する運命は定められたのです。
安心して下さい。
これは生まれ変わりでは無く「転生」です。
元の世界の記憶は消えません。
只、前の世界の事。
転生者である事。
この二点は誰にも話してはいけません。
どうか異世界をお救い下さい。
それが元の世界。
貴方のご両親や彼女のご両親をも救う結果をもたらします』
両親を思い出すと千善は反応する。
「何で父さんと母さんが其処で出てくるんだよ」
『異世界の驚異が野放しになっていると、世界という空間を超えて悪影響を及ぼします。
貴方の居た世界には能力を持たない人間しか存在しません。
なので一人の悪い存在が異世界から転移してくるだけでも、世界そのものが消えて無くなる程の驚異になり得るのです。
貴方に力を与え、異世界を救う。
それだけが貴方のご両親を救う唯一の方法なのです』
「……」
千善は若くして死んでしまった事を思う。両親の辛さを想像しただけでやり切れない気持ちになる。
「……分かった。やってやる」
『素晴らしいです。
流石は「善」の名を持つ人間ですね』
テティアは右手を腰に下げている剣剣へと伸ばし、逆手で握るとゆっくりと引き抜く。
十字架を模した剣が白く輝き出し、顕になっていく刀身は金色の光が爆ぜていく。
抜け切ると横に振りながら順手に持ち替えた。
――キィィィィィ――ィィィィィン――
――ズズズズズズッッッ!!
切っ先の軌道上に光が一閃、空間が斬れズレていくる。
あまりの凄さに千善は呼吸をするのも忘れ魅入っていた。
テティアは刀身を水平にすると、「善」に振れていた天秤から白い光が刀身へと流れ落ちる。
光なのに液体のように、しかしその液体は滴り落ちる事はなく刀身に全て吸収されていく。
金色の光を放っていた刀身が白い光に包まれていく。
『今から貴方をこの剣で貫きます。
「正義と悪の天秤」の「正義」の力を帯びた「聖剣 レーヴァデイン」。
これにより貴方に「正義」の「善」なる力を与えます』
「……」
千善は緊張し冷や汗をかくが逃げようとはしなかった。
『素晴らしいです。
覚悟は決まっているようですね』
「もう一度死んでるんだ、こんな場所でもう一回死ぬ訳でも無いんだろ?」
『いえ。
此処で一度死に、あちらの世界へ行くんですよ。
「善」の力を心臓へ直接流し込みます。
蘇った際には既に力を得ている事になります。
でも大丈夫です。何も問題ありません。
痛みを感じる暇も有りません。
一瞬で終わります』
「な、いや、ちょ、待――」
『――ご武運を』
――ドッ。
レーヴァデインの切っ先が伸びると千善の心臓を貫き、二度目の絶命は一瞬だった。
千善の亡骸は倒れ込みながら光となり霧散した。
『……さぁ。
貴方の新たな人生の行く末を――
視させて貰います』
設定
テティア・ユーステミス
『正義の女神』。『正義』と『善』を司る。常に双眸を閉じ、微笑みを浮かべているように口角が僅かに上がっている。睫毛は純白で天使の羽のようにフサフサ。髪も純白で三つ編みハーフアップのストレート。左右一束ずつ三つ編みを垂らしている。
白銀・白金・金色の戦乙女のような軽装の鎧姿。
『正義と悪の天秤』を常に左手の親指と中指で上から摘んでいる。向けた相手の善悪を秤る。傾いた秤から光る液体をレーヴァデインに垂らして能力を得られる。
腰には十字架の剣『レーヴァデイン』を帯刀している。柄を握ると鞘と全体が白く輝く。引き抜くと刀身は黄金の光が爆ぜる。




