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第5話 チグハグな男 ~鎧の騎士王ジール視点~



 新しい指輪の選定者が来てから、三日。


「分かってるなぁ、このランチョンマット。俺の好みドンピシャの味!」


 目の前には、言いながら美味そうに昼食を口にする男の姿があった。


<だから『そのマットは宝物庫番の意図を汲んで、その時欲しい物を出す』と説明したのに>


 自分好みな味の料理が現れるのは、当然だ。

 だってそういう宝物なのだから。


 そう呟くが、聞こえてはいないのだろう。

 美味そうに飯を食う今代の指輪の持ち主は、我の目には今までの指輪の持ち主にはない程に、元気かつ健やかにこの宝物庫での生活を楽しんでいるように見える。



 ――普通は、こんなふうに平気ではいられないものなのだが。


 実際に、目の前でこうして平気な様子でいるのだから、信じられないが、信じるしかあるまい。



 この世には魔法もあれば魔道具もある。

 あのランチョンマットは後者であり、『指輪の持ち主の欲しい物をゼロから生成する』という、非常に稀有で限定的な機能を有している。


 あれは、ここでの宝物庫番の生命維持に必要不可欠な代物だ。

 この魔道具ができる前は誰かが食事や日用品を運んできていたが、体調不良の者が増えたため、何代か前の国王が作らせた。


 体調不良の理由は明白だ。

 この宝物庫内には瘴気を作り出す品が多く置いてあるから。

 あの指輪は、性格的な適性の他に、瘴気への耐性を選定基準にしている。


 が、求められる性格適性は「地味な作業を苦なくできる・仕事をサボらない勤勉さ」であり、耐性に至っては「選定時点で性格適性をクリアした、国内にいる最も瘴気耐性が強い人間」だ。


 だから例えば呪物やそれに付随する「宝物庫番になった人間は、精神を汚染され皆一様に発狂する」という噂話に対する恐怖心や、瘴気耐性がこの倉庫内の瘴気に耐えられない程低かったりした場合は、碌な仕事をする事ができない。


 そういう者は意外に多いのだ。

 我は、呪物としての生が始まってからつい三日前までずっと呪物であった。

 が、それを言動に示す事が叶わなかっただけで、人間的な思考も視野も記憶も残していた。


 騎士王時代から知っていた呪物に関する知識の他に、ここで見聞きしてきた事すべてを、我はずっと蓄積してきている。



 そんな我の記憶によれば、掃除という最低限の仕事をしていたのは二十代も前の宝物庫番だ。


 宝物庫番の掃除というのは、単に宝物を清潔に保つ事だけではない。

 宝物を磨く事で、瘴気を薄める。

 そういう任を担っている。


 それは、裏を返せばこの二十代――年月にして二百年もの間、この宝物庫内には瘴気と汚れが溜まりに溜まり切っていた。

 普通なら、瘴気に負けて発狂している。

 現に、一代前の指輪の持ち主は、瘴気から守られる寝室内に、十年間引きこもったままだった。


 それが、だ。


「よし、じゃあ今日もやるか」


 言いながら、飯を食い終わった今代が立ち上がる。 


 向かうのは、寝室の扉の向こう。

 勿論宝物庫だ。

 

 かの者は清潔な布を持ち、今日も一つ宝物を選んで磨き始めた。


「こいつもかなり汚れてるなぁ。嫌な臭いがしたり、ベトベトしたり、喋ったりはしないけど」


 それは、瘴気を多く内包する呪物が引き起こす弊害だ。

 我もそうだったが、この男が正規の手順に則って我を呪物ではなくした。


 呪を祝福に転じさせた。


<呪物を選んで磨けば、この宝物庫での暮らしを少しでも早く楽にできるものを>


 我がそう言葉を零すと、男は振り向きあっけらかんと言った。


「何言ってんだ。ここにある宝物は、等しく宝物。どれかを贔屓しちゃったら、他の宝物が可哀想だろ? 十年もあれば全部磨き終わるだろ。それに、俺にはその呪物っていうのとそうじゃないのの区別もつかないし」


 こんな悠長な事を言うのが、どうやらこの男――ルシェドという奴の人間性らしい。


 おそらくこの男は、我に聞けば呪物とそうでないものの区別がつくだろう事も分かっている。

 それでいて、こうして「贔屓をしたくない」というような事を言ってみせる。


 並外れた瘴気耐性があってこそではあるのだろう。

 でなければ、瘴気に当てられ苦しみながら、普通の宝物などには脇目も振らずに、我の指示に従って呪物を探し順番に浄化していたに違いない。



 瘴気耐性は、ある程度までは生まれつき備わっているが、この宝物庫に入って問題ない程となると、これはもう経験による大きな上乗せがあったと言わざるを得ないだろう。


 瘴気は人を狂わせる。

 だから、耐性を上げるためには段階的に体を慣らしていかねばならない。


<お主は宰相補佐――文官だったのだろう。そんな人間にここまで強い瘴気耐性が備わっているとは思えないのだが>

「あぁ、それって昨日言っていた『この部屋には魔物の森と同じような瘴気が充満している』っていうやつ? 周りの奴ら曰く、俺はそういうのに鈍いらしいからなぁ。殿下からの嫌がらせで、散々不要な雑用で参加させられた魔物討伐とか瘴気の森探索とかでも、皆から信じられないものを見るような目で見られた」


 ……なる程?

 つまりこの男は『殿下からの嫌がらせ』とやらで、瘴気耐性を磨かれたと。


 これは、その殿下なる男――この国の王族にこの宝物庫番が立派に務まるような人材を育成したという、先見の明があったと思っていいのだろうか。


 が、その割には自分で呪物の正式な浄化手順を踏んでみせたくせに、どうやらその自覚さえない。

 呪物についても、噂程度しか知らないし、おとぎ話くらいにしか思っていない。

 それどころか、宝物庫番をただの住み込みの掃除係だと思っている節がある。


 伝えるべき情報が、伝わっていない。

 何ともちぐはぐだ。



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