第4話 無自覚の解呪
鎧の騎士が顔を上げる。
切られた首は晒されていて本体にはもう首なんてないけど、それでもこちらを見たのは分かった。
「何で皆、陰の功労者や国を思って働いている人の事を、見ようとしないんだろうな」
これは、ただ安易に同調している訳でも、同情心から適当に話を合わせている訳でもない。
俺も宰相補佐として、一部国政を担っていた。
中には長期的に見て国をいい方向に導くための施策も当然あるけど、そういうものの大半は、短期的に見れば誰かが一時的に、苦労したり損をしたりする。
それでも俺は、そうなった人間の生活が立ち行かなくならないように、バランスを取って色々な事を講じてきた。
でも、短期的な結果だけを見て不満を口にする人はいる。
俺も宰相補佐として色々やってきたから分かる。
国内のどんな雑事より、悪意を持って扇動された『人の心』の方が厄介だし、胸に深く突き刺さる。
それでも俺には、仲間がいた。
俺の事を認めてくれて、分かってくれる人がいた。
俺は、人も道具も、使い潰されない世の中にしたい。
成り行きで宰相補佐になり、ゆくゆくは宰相なんて言われるようになったこの俺が何かを目標にするなら、多分この一点に尽きるから。
「あんな最期を遂げる程、最悪な事はないよな。戦には勝って帰ってきていた。あんな事さえなかったら、国はもっと正常な形で平和を取り戻していた筈だった」
俺は、この歴史に心当たりがある。
その中では、国は二年の平和を経て、隣国に蹂躙されて滅亡した。
彼がその事を知っているのかは分からない。
が、知らなくてもいい事だと俺は思う。
ただ、一つ。
「君は頑張ったよ」
労いを。
きっと誰もがかけるのを忘れていた言葉を、今送ろう。
彼の、首があった筈の場所から上がる炎が、揺れた。
瞬間。
「……あ、れ?」
辺りを見回すと、そこは宝物庫だった。
目の前には相変わらず頭の代わりにユラユラと揺らめく炎の灯った鎧が一つ。
その姿を見て、俺ははたと気が付く。
「さっき、どこかで見た事のある鎧だなと思ったけど」
これとよく似た鎧だったなと思い、しかし小さく苦笑する。
「白昼夢でも見てたかな」
あんな、色々なところを飛び回るような視点で物事を見る事ができる筈がない。
もしかしたらこの鎧を見た時に、ふとあの歴史を思い出したのかもしれない。
この鎧、自分を『騎士王』とか言ってたし。
「歴史上でも、自称他称問わず『騎士王』と呼ばれていた王なんて、本当に数える程しかいないし……ん?」
鎧の胴部分、あの彫られていた字が赤く光っている。
……こうして見ると、やっぱりこの空白部分、気になるな。
辺りを見回し、鉄製の針ペンを見つける。
ペンと一口に言っても色々とあるが、中でも針ペンというのは、金属に引っ掻くようにして印をつけたりするためのものだ。
あ、なる程。
ここにあるっていう事は、きっとこういう消えてしまったりするものを復元する事もまた、この宝物庫番の仕事なんだろう。
針ペンを手に、俺は胴部分のつづりを直す。
「うん。これでよし」
『Knight King of |Hospitality』
そう直して、満足した。
なんか一つ仕事をやり遂げたような、清々しい気持ちで――。
赤かった文字が、白く輝いた。
今度は目を潰すほどの光ではない。
綺麗な淡い発光に落ち着いた。
そして。
<お主、まさか>
「あ、喋れるのは夢じゃなかったんだ」
夢から覚めてから首に灯った火以外は微動だにしないし喋りもしなくなっていたから、てっきり一連のアレコレはすべて噓だったのかなと思っていた。
彼は、自分の手を、ガシャンガシャンと閉じたり開いたりする。
続いて剣をブンブンと振り始める。
まるで怪我明けの騎士の動作確認みたいだ。
「そういえば、あのボタボタ落ちてた液体もいつの間にか消えてるや。あれは夢?」
掃除をしなくてよくなったのはよかったけど、あの生臭い鉄さびのような臭いはまだ鼻に付いている。
夢なのに臭いだけ鮮明なんて、不思議な事もあるもんだ。
<お主がやったのだろう>
「え? 俺が? してないよ床はまだ掃除なんて」
<いや、そっちではなく>
そっちではなく? じゃあどっち?
思わず首を傾げた俺に、何故か鎧の騎士は深いため息を吐いた。
<まぁいい。それよりもお主、体に不調は>
「いや特に。あ」
<何だ、何か異変があったか>
「うん。腹減った」
言った瞬間、グゥと腹の虫が鳴った。
そういえば、そろそろご飯時じゃないだろうか。
まぁ、この宝物庫は地下にある。
窓もなければドアも締め切りで、外が昼なのか夜なのかすら分からない。
物の持ち込みは、王太子に認められなかった。
流石に服をひん剥かれるような事はなかったけど、仕事に使っていた懐中時計も、紙もペンも没収されている。
「そういえば、ご飯ってどうしたらいいんだろう」
時間になれば、誰かが持ってきてくれるんだろうか。
だとしたら、これまた王太子の嫌がらせで届けられない可能性も……あぁいや、流石に宝物庫に餓死遺体を作りたくはないだろう。
王太子も、短絡的で直情的とはいえ、今年で二十八。
れっきとした大人だ。
そのくらいの節度は持っている……筈、と思いたい。
<食料なら問題ない。寝室へ行け>
「寝室?」
鎧の騎士がガシャリと音を立てて、ある一点を指さした。
そちらの方を見てみれば、壁に扉が一つ付いている。
宝物庫の外と中を隔てる立派な扉とは違い、木で作られた何の変哲もない扉に見えた。
とりあえず、その向こう側を覗いてみようと、歩いて行くと、鎧の騎士がスッと先回りして、扉を開けてくれた。
ガチャリ、と押し開かれた扉は、やはり薄い。
扉の向こう側には彼が「寝室」と呼ぶだけあって、一人用の簡素なベッドと横づけテーブルが一つずつ。
簡素な造りの部屋だった。
俺としては、一応上級貴族の出だけど、寝る場所や居住空間の装飾にはあまり頓着がない。
ゴタゴタと雑多で騒がし過ぎるとちょっと困ってしまうけど、何もない分には気にならない。
そんな部屋の中において、異色だった物が一つ。
「……サンドイッチ?」
<そのマットの上には、この宝物庫の管理者が欲しいものが現れる>
言われてみれば、さっき俺は内心で「お腹減ったな。なんか片手でパッと食べれるものが欲しいな」と思った。
激務の宰相補佐時代、書類仕事をしながら片手で食べられるからと、毎日のように重宝していたメニューがまさにサンドイッチだった。
「もう片手間で食べる必要はないのに、咄嗟に思い付いたのがコレとは。職業病極まれりっていう感じするよね」
言いながら、そのサンドイッチを手に取り、パクリ。
「あ、うまい」
卵サンドだが、ピリッと効いたマスタードがいいアクセントになっている。あと、卵サンドなのに何故か輪切りのキュウリも一緒に混ぜて挟んであって、食感としてもザクザクとしていて面白い。
「いい物の事を聞いた。ありがとう。えーっと……」
ここまで言って、彼をどう呼んでいいのかまだ知らない事に気が付いた。
<我が名は、ジール。もうただのジールだ>
その物言いを聞いて、俺は「あぁ多分家名は捨てた」と言いたいのだろうなと思った。
宰相補佐として、色々な職場や現場に出向き、これでも色々な人と関わってきた。
素性を隠したがる人もいて、そういう人は大抵何か後ろ暗い過去があるか、過去から解放されたかだ。
「ありがとう、ジール。ちょうど一人で十年はちょっと寂しいかもなと思ってたんだ。よかったら俺の話し相手になってよ」
そう言うと、彼は数秒間の沈黙の後、何故かはぁぁぁーっというため息を吐いた。
<お主は、厭に肝が据わっているな>
「それはよく言われる」
<実はついさっきとてつもない偉業を成したのだが、その自覚はなさそうだな>
「偉業?」
<いやいい、その顔を見てよく分かった>
俺は、ただ目の前にいるこの鎧の騎士の埃やカビを拭き取って、消えかけていた文字を復元しただけだ。
なのに、何で首を傾げた俺を見て、そんなに残念なものを見るような目を向けてくるのか。
……いやまぁ、顔がないんだから目なんて、実際には見えない訳だけど。
ただの「そういう雰囲気を感じる」っていうだけの話で、もしかしたら自意識過剰なのかもしれないけど。
そういえば、何で鎧に『Knight King of Hospitality』なんて書いてたんだろうな?
意味は、『おもてなしの騎士王』。
……もしかして、製作者がふざけて書いた落書きか何かかな?
変わった製作者もいたもんだ。




