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第3話 見つけた落書きの意味



 俺は辺りを見回した。


 俺の仕事は、宝物庫内の宝物を綺麗にする事だ。

 なら、掃除道具くらいはどこかにあるだろう。


「うーん……あ、布発見」


 端の方に、綺麗な布が積んである。

 高価な布ではないけど、クリーム色の清潔そうな布で、触ってみると綿素材だ。

 これなら鎧を拭いたとしても、傷がつくような事はなさそうだ。


 それを手に、俺は元の場所に戻った。

 そこには、ポカンとし――てるかどうかは分からないけど、微動だにしない鎧の姿がある。

 その前に立ち、とりあえず目に付いた汚れを拭いてやる。


<怖くないのか。我の事が>

「え、特には」

<なん、だと……?>


 鎧は動揺でもしたのか。

 ガシャリと音を立てて半歩後ずさる。


 まぁ、たしかになんか動いているし、喋っている。

 普通の鎧ではないのだろうけど、そんな存在は他にもある。


「魔物にもスケルトンとか、リビングアーマーとかいるしね」

<まもっ?!>

「あ、動かないで。汚れまだ付いてる」

<う、うむ……>


 魔物と聞いて反論しようとした。

 この個体には意思があり、その意思が魔物と同類扱いされる事を嫌っているのだろう。

 おそらくは。


 ……それにしても。


「そのどこからかボタボタと落ちてきている赤黒い液体、一体どこから流れているの?」

<ふっ、これが恐ろしいか。これは私が過去に殺めた、数多の人間の血――>

「あぁいや。ずっと垂れ流されてたら、これから掃除するのも大変だなって」


 原因が分かれば、根本を絶つ事ができる。

 そうじゃなくてもあまり掃除が行き届いていなさそうなのに、汚れを増やされたら掃除が進まない。


<……>


 鎧が押し黙る。


 何か考え事でもしているんだろうか。

 だとしたら、今何を考え――あ、持ってる剣も汚れているな。

 今後はこの鎧との共同生活になる――あ、こっちも汚れてる。


「ん?」


 胴に見つけた汚れに釘付けになって磨いていたところ、何やら固いもので引っ掻いたような傷が付いているのを見つけた。


 が、それがただの傷ではない事に、すぐに気が付く。


「『Knight(ナイト) King(キング) of(オブ) Hostility(ホスティリティ)』?」


 意味は、『憎悪の騎士王』。

 そう言えばこの鎧、さっき自分の事を「騎士王の残影」と言っていたっけ。


「あれ? でもこれ……」


 字が彫られていた個所を綺麗にしてやると、俺はある事に気が付いた。


「この部分、字と字の間に不自然な間が空いてるな。あとこっちは、なんか『i』と書いているにしてはちょっと……」


 気になるのは『Hostility』という単語の部分。

 『Hos』と『t』の間に空白がある。

 『t』の後の『i』も、なんかちょっと不格好だし……。


「『Hos』と『t』の間は、二文字くらいかな。……あ、なんか薄ーく残ってる」


 入念に磨いてから、該当箇所をもう一度ジーッと見てみる。

「『p』と……『i』?」


 という事は、『Hospitility』?

 あ、いや、後半の『i』もよく見ると何かこう、掠れている感じで……。


「『a』か! 『|Hospitality《ホスピタリティ》』!」


 瞬間、鎧がカッと強く光った。

 思わず目を覆う余裕すらない。


 ホワイトアウトする視界。

 光に痛む目。

 目潰しされた事を自覚すると同時に、――咄嗟に構えた。



 俺は宰相補佐という、本来なら国のトップエリートの筈なのに、実態はただの雑用を押し付けられる職に就いていたけど、その仕事内容は本当に多岐に渡った。

 まぁその半分以上が、王太子の嫌がらせな訳だけど。


「王太子の嫌がらせで、文官の癖にSS級ダンジョンの討伐に同行……という名の雑用をさせられた経験なんて何度もあるお陰で、突然の目潰しには体が勝手に警戒モードに移行するんだよなぁ」


 とはいえ、警戒態勢を取ってみたところで、何も攻撃してくる気配ない。

 命の危機はあまり感じないけど……あ、目が見えるようになってきた。


「ん?」


 見えてきた景色に、首を傾げる。

 見た事のない場所だ。

 そこは、モノクロの戦場だった。


 騎乗した騎士たちが整列している。

 そのうちの先頭――一番身分が高そうな鎧の騎士が、剣を掲げて雄たけびを上げた。


 それに続く周囲の騎士たち。

 先頭の騎士は、自ら先陣を切り、続いた他の騎士たちと共に、戦場を駆け敵に正面からぶつかりに行って――。


「あ、変わった」


 場所は、綺麗な広い部屋である。


 太く美しい柱、長いレッドカーペット、その先にある王座と、そこに座る王。

 そして、そのレッドカーペットの上で両膝を突かされ煌びやかな礼装の近衛騎士たちに、泥臭い実戦用の鎧を着た騎士が押さえつけられている。


「あれ、あの騎士、さっき戦場の先頭で戦ってた騎士だ」


 でも、それ以上にどこか既視感があるような……。


<この我を拘束するとは、一体どういう事だ! それに、その王座は私の物だ! 何故お前がそこに座っている!!>


 鎧の騎士が、声を上げた。

 対する王座に座っている男は、ニヤリと騎士を見下げて告げる。


<兄上は、王とは名ばかりのただの戦闘狂じゃないか。王座なんて似合わないよ>

<我だって、好きで戦場に出ている訳じゃない! が、騎士だけを矢面に立たせて自分だけ安全な場所でぬくぬくとしているのが性に合わないから――>

<その間、国を取り纏めるのは誰だと思っているのです>

<我の腹心の宰相だ!>


 張り上げた声が、高い天井によく響く。

 怒号に似たその声に、行われている仕打ちに憤っているのがよく分かる。


 が、王座に座る男はそれをまるで意に介していない。


<そう、他人だ。それならこの俺が王座につき政《まつりごと》を行った方が、血筋的に至極正しい>

<政は、血筋だけでは行えない!>

<が、宰相は既に亡き者になっている。他にできる人間がどこにいるというのか>

<貴様、まさか宰相の命を……!>

<俺の考えに異を唱える邪魔者は消すに限るでしょう? 兄上がしている戦と同じだ>


 ――違う!

 そんな心の声が、頭に響いてくる。


 我は、侵略者から国民を守るために戦ったのだ。

 自分から仕掛けるような真似はしていない。

 しかも、意見が異なるというだけで、処刑するだなんて。

 圧政にも程がある。


 そんな事をして、どうしてこの国が栄えよう。

 どうして民が守られよう。

 どうして未来を思い描けよう。


<ルンダバ……!>

<そうか。兄上も俺にたて突くのか。ならば、仕方がないな。やれ>


 ルンダバと呼ばれた玉座の男が、手で騎士たちに合図した。

 鎧の騎士を押さえつけていた騎士たちが、剣を振り上げ――ザシュッ。


 鎧が首なしになった。



 また、景色が変わる。


 おそらく王都の城下町だ。

 その広場の真ん中に、見知らぬ首が晒されていた。


 それを見ている民衆たちが、口々に何かを話している。


<あの愚王のせいで、隣国が攻め込んできていたらしい>

<戦好きの国王だったからな>

<あの国王が、ちょっとした粗相に腹を立てて、今まで政を担っていた宰相を処刑したらしい>

<新王のお陰で隣国とも和平協定を結び、今後は流通が増えるのだとか>


 ――違う!

 隣国は、あり得ないくらいこちらが不利な流通条約を結ぼうとしてきていた。

 それを突っぱねたらあちらから、報復にと攻め込んできていたのだ!


 和平条約は、この国を隣国の属国にする――売り渡すような条約だった。

 あの愚弟が、自らの利がない条約を結ぶ筈がない。

 大方隣国と取引をし、自分だけ贅の限りを尽くす事ができる担保でも得たのだろう。


 今後、国民の生活は……。


<新王が即位してよかったな>

<あぁ! 先王の治世は最悪だったからな>

<あの王は死んで当然だ>

<戦を呼び込んだ災厄の王め!>


 グルグルとした漆黒が、心に流れ込んでくる。

 これは、憎悪だ。

 とてつもなく深い。


 弟に対する怒り。

 宰相に対する懺悔。

 弟の流した体のいい噂話に躍らされて、手のひらを返した民衆たち。


 そのすべてを恨む感情が、ぐつぐつと煮詰められて、凝縮されて――。


「分かるよ。『人の気も知らないで』って感じだよな」


 流れ込んでくる憎悪を辿り、見つけた首なしの鎧の肩に、俺はポンと手を置いた。



=====

「第4話 無自覚の解呪」に続く

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