第2話 呪いの鎧と鉢合わせたけど、とりあえずそのカビ拭いていい?
そこまで言われて思い出した。
そういえば、こいつは昔から幽霊の類とか、実体のないものが大の苦手なんだったっけ。
ほんの数年前までは、この国の騎士団長として武勇を誇り、戦場では百戦錬磨だった男だった。
それが、この手の話になるとてんでダメになるんだよなぁ、昔からコイツ。
「そんなに怖いなら来なけりゃいいのに」
「親友が悲惨な目に遭ってるとなったら、心配するのは当たり前だろ?」
「別に悲惨なところなんて今のところ、どこもないけどな」
言いながら、俺も辺りを見回した。
この宝物庫内にあるのは、たくさんの棚と、宝物たち。
木箱に入っているものもあれば、そのまま置かれているものもある。
室内は、少し暗いかもしれない。
が、それは――あくまでもパッと見の印象でしかないが――締め切ったカーテン越しに差し込んでくる陽光が弱いのと、掃除があまり行き届いていないせいだろう。
「っていうかお前、どうやってこの扉開けたんだ?」
「ん? そんなの腕力で、に決まってるだろ」
そんなもので開くのか?
この扉。
まさか、こいつが王族の血筋……な筈ないか。
っていう事は、『開かずの扉』っていうのはものすごく重い扉なだけか。
もしかしたら王族だけが、扉を軽くする特別な法具か何かを隠し持っているのかもしれない。
「いやぁ、『開かずの扉』っていう話だったけど、単に『めっちゃ重い扉』っていうだけだったんだな。鍛えててよかったぜ!」
言いながら、シルヴァは腕まくりして曲げ、得意げに力こぶを作った。
流石は元騎士団長。
鍛え抜かれたその腕は、見事な隆起を見せている。
相変わらず、万年書類仕事の俺には一生縁のなさそうな筋骨隆々ぶりだ。
「それはさておき、何があっても勝手に外に出るんじゃねぇぞ? あの王太子殿下の事だ。出たのがバレたらアイツはすぐに、嬉々としてお前を断罪しにかかる。なんせ、出ただけで『世界の半分の平和を脅かしてる』っていう、断罪の大義名分が得られるんだから」
「忠告ありがとう。気を付けるよ」
「お前、本当に動じないよな。普通、こんないわく付きの場所に十年も閉じ込められて、しくじれば世界の平和が脅かされるような状態に身を置く事になったら、もっと焦ってもいいと思うんだが」
「まったく動じてない訳でもないよ?」
これでも未知の状況だしね。
一体何が起きるのか。
宝物庫には色々と嫌な噂も聞くから、俺の対処できる範囲内の事だといいなと思っている。
「だったら、もうちゃんとそれっぽい反応しないと伝わらないぞ?」
「えぇ? 俺、こんなにも分かりやすいのに?」
「元々あまり表情が顔に出ないのんびり屋だったのに、殿下と宰相閣下からあらゆる無茶ぶりを受けた結果、更に顔に出なくなったからなぁお前」
殿下はともかく、宰相閣下は……あ、いや、無茶ぶりされたか。
まぁあの人の場合、単なる嫌がらせっていうよりは、自分の楽を取った結果なんだろうけど。
「でもまぁ俺、嬉しいよ。お前が『宝物庫番』に選ばれて」
「お前、友人が左遷されて喜ぶとか、趣味悪いね?」
「い、いやいや違うって! 単に、暇な城内警備のサボり場所が増えて嬉しいってだけ!」
「それもどうなの? 言い訳になってないよ」
慌ててされた弁解に、思わず苦笑したその時だ。
――ガタンッ。
俺以外には誰にもいない筈の宝物庫の奥から、何かが落ちるような物音がした。
そんなに大きな音じゃなかったし、多分宝物のどれかがズレたのだろう。
そう思った俺に対して、シルヴァは大げさに肩をビクリと震わせた。
「あっ、俺、もうそろそろ行かなくちゃ! こっそり来たし!!」
顔を真っ青にして言う。
どう見ても「こっそり来たし」は言い訳で、話しているうちに忘れていた恐怖を思い出しての退散だろう。
それでも「また様子を見に来るからなっ」と言って去って行くあたり、情に厚いシルヴァらしいなと思った。
まぁ一目散に逃げていく姿は、ちょっと格好悪いけど。
でも、そういう所も含めて人間的な愛嬌のあるいい奴だし、あれで本当のピンチには一歩も引かない胆力がある。
俺はあの男のそういう所を、結構尊敬しているし、頼りにだってしてきたのだ。
……それにしても。
「いなくなった途端に、急に静かになったな、この部屋」
自分で言っておいて何だか、部屋というよりは倉庫に近い。
まぁ実際に宝物《《庫》》なんだから、そちらの方が近いのはむしろ当然の事ではあるのだろう。
「さて、とりあえず中を一通り見てみるか」
言いながら、宝物庫の中を歩いてみる事にする。
宝飾品から武具の類、絵に、食器類、果ては何故か噴水まで。
広い宝物庫の中には、あらゆるものが雑多に貯蔵されている。
どれも埃を被ってるけど、俺の前の宝物庫番は仕事をしていなかったんだろうか。
だとしたら、噂に聞いていた「世話をしないと宝物が怒り国が荒れる」という噂は、ただの噂だったのか?
いや、今思えば何となく不運というか、ここ五年くらいの間に地味な環境の悪化はあったかもしれない。
あくまでも俺が見た資料の範囲でしかないけど、瘴気が濃くなってきたという報告があったし、干ばつも小規模だったが各地で確認されていた。
それを俺は宰相の言うままに「小規模で頻発しているうちは、大規模なものが突然来るような事はない」という言葉を信じていたけど。
「大事の前触れだったり……いや、確信は持てないか」
そう思った瞬間。
――ピチャ、と。
足元で、何かが跳ねるような水音がした。
「ん?」
見下ろすと、床の一部が黒く濡れている。
雨漏りか?
いや、ここは王城の地下だ。
じゃあ水漏れか?
でも、別に壁際でもない。
天井を見上げてみたけど、水が落ちてきている感じでもない。
「ただの水にしてはやけに粘り気があるし……」
何よりも、鉄錆のような匂いが鼻を突く。
その黒い染みは、まるで意思を持っているかのように、ジリ、ジリと俺の足元へ向かって伸びてきている。
ブルリと鳥肌が立った。
室内温度が下がっている。
さっきまでは単なる埃っぽい倉庫だったのに、まるで急に冷たい水底に沈められたような圧迫感に包まれる。
<え……せ……>
耳元で、そう誰かの掠れたような声が聞こえた気がした。
が、この倉庫には俺一人の筈だ。
「空耳か。とりあえず、寒いし何か羽織れるものでも探そう」
石壁に囲まれた場所だから、きっと冷えやすい空間なのだろう――ガシャンッ。
何かにぶつかった。
おっと。
考え事に夢中で、ついいつものように前をよく見ていなかった。
ぶつかったのは、鉄の壁だ。
ここにあるのは宝物ばかりの筈。
傷が付いていないかを確認するために、少し見上げて。
「ん?」
目が合った。
漆黒のフルプレートアーマー、頭なし。
本来なら頭が乗っている筈の場所から、赤黒い炎のようなものがユラユラと立ち上っている。
頭がない以上、目なんて合う筈がない。
にもかかわらず、目と目が合った、と感じた。
見られている。
睨まれている。
見定められている。
そう自覚したのと同時に、周りの空気がズンッと重くのしかかってくるのを感じた。
これは、常軌を逸したプレッシャーだ。
今にもプチンと押し潰されてしまいそうな程の。
もちろん出元は、目の前の鎧。
魔力と呼ぶにはあまりにも淀み過ぎた何かのせいで、空間が歪んで見える。
<我はかつての王、騎士王の残影。我の眠りを妨げる愚か者は、そなたか>
地を這うように低い声が、頭に直接響いてきた。
その声が、言外に「たとえ耳をふさいでも、距離を取ってもすべて無駄だ」と言ってきているように感じた。
常人ならば、きっとこの呪詛に当てられた時点で卒倒してしまっているに違いない。
でも。
「あーはい、ご丁寧に自己紹介ありがとう。とりあえず、その肩のところのカビ拭いていいかな?」
<……なに?>
「いやぁ、一度目についたら気になっちゃって」
エンシェントドラゴン討伐の場で死に瀕した時の緊張感と比べれば、全然大したことはない。
だって今俺、生命脅かされていないし。




