第7話「あんたがいないと」
翌朝、ディーネは彼の腕枕の中にすっぽりと収まり、自身の細い指先で彼の分厚い胸板をツンツンと意味もなく小突いていた。
「……起きてるかい?」
「ああ」
頭上から降ってきた声は、昼間の厳しい鍛錬の時とは全く違う、ひどく甘く低い響きを持っていた。
「……なんだ。ただの木石かと思ってた」
照れを隠すように口を尖らせてそっぽを向く彼女に、彼は微かに喉の奥で笑い声を立てた。
「俺だって男だ。愛する女を前にして、いつまでも石ではいられない」
大きな掌が、彼女の華奢な背中をゆっくりと撫で下ろす。その優しすぎる手つきに、ディーネはくすぐったそうに身をよじり、さらに彼の温もりへと密着した。
「……ねえ」
「ん?」
「あんたさ、神殿で毎日毎日、馬鹿みたいに木刀を振ってた頃から……あたしとこういうことするって、考えてたのかい?」
悪戯っぽい上目遣いで尋ねると、彼は少しだけ視線を泳がせ、気まずそうに目を伏せた。
「……それは」
「ふふっ、図星か。大真面目な顔して、頭の中はとんだ色ボケだったってわけだ」
「違う。……いや、違わないが。俺はただ、お前の隣に立ちたかったんだ。お前が一人で背負っているものを、少しでも一緒に持ちたくて、必死だった」
不器用で、飾り気の一切ない真っ直ぐな言葉。
ほんの少し前までの彼女なら、それを聞いてもただ「物好きな奴だ」としか思わなかっただろう。
だが、自分のために命を投げ出し、そして今、極上の快楽と優しさで自分を甘く溶かしてくれたこの男の言葉は、ディーネの胸の奥をじんわりと満たしていく。
「……バカだねぇ」
ディーネは身を起こし、彼の頬に手を伸ばした。親指でその無骨な輪郭を愛おしげになぞる。
「あの退屈な毎日の中で、あんただけが“面白そう”だったから連れ出した。……でも、今は違う」
彼女は言葉を区切り、自ら彼の唇にちゅっと軽いキスを落とした。
「……あんたがいないと、つまらない。だからさ――」
ディーネは彼の胸元を指先でつつく。
「勝手にどっか行くんじゃないよ」
「行かん」
「他の誰かについて行くのも駄目だ」
「……ああ」
「ならいい」
彼は一瞬言葉を失った。
その言葉が意味するものを、彼だけは理解していた。
そのいじらしくも彼女らしい強気な愛の告白に、彼は一瞬息を呑み、次いで堪えきれないといった様子で彼女を強く、強く抱きしめ返した。
「……ディーネ」
「ちょっ、痛いよ、馬鹿力……。でも、まあ……今だけは、このままで許してやる」
彼の広い胸に顔を埋め、ディーネは安心しきったように目を閉じた。




