第2話「毒花リビドリア」
見上げるほどの巨大なシダ植物が群生し、苔生した遺跡が眠る秘境の森。
先陣を切って鬱蒼とした獣道を駆け抜けるディーネの足取りは、羽のように軽かった。
時折振り返る彼女の水色の長い髪が、木漏れ日を浴びてきらきらと跳ねる。
未知の景色への興味だけが、彼女の視線を前へと押している。
背後には、大柄で筋骨隆々の彼が、油断なく周囲を警戒しながら黙々と追従している。
突如、足元で奇妙な植物の蕾が弾けた。
「えっ――」
振り返るより早く、強い力で突き飛ばされた。
地面に転がったディーネの視界を、むせ返るような甘い匂いを放つ紫色の花粉が覆い尽くす。
「ちょっと、何すんだい! 泥だらけじゃないか――」
文句を言いながら身を起こした彼女の青い瞳が、一瞬にして険しさを帯びた。
彼女を庇って花粉を真正面から浴びた彼が、地面に膝をつき、滝のような汗を流して苦悶していたのだ。
「……あんた、ちょっと大げさじゃないの? ただの花粉だろ?」
呆れたように言い放ったディーネは、すぐに異常に気づく。
熱量が明らかに“通常の毒反応”の範囲を超えていた。
首筋に浮かぶ青筋、乱れた呼吸、そして筋肉の過剰な緊張。
(……反応が早すぎる。これは催淫系の毒か)
ディーネは記憶を辿るように目を細めた。
「……はぁ。まさか、《催淫花》か」
古い文献で見たことがある。
神経を強制的に興奮状態へ落とし込み、放置すれば心身の負荷で死に至る厄介な毒花。
「逃げ、ろ……。俺は、もう……っ」
理性が崩れかけながらも、必死に地面を掴み、彼はなお彼女から距離を取ろうとしていた。
その様子に、ディーネは小さく舌打ちをする。
「……ほんと、バカだねえ」
彼女の胸の奥では、妙な計算だけが動いていた。
放置すれば、この男は死ぬ。
この森で戦力を失うのは単純に面倒だ。
それに、元弟子である以上、無駄死にされるのも後味が悪い。
それ以上でも以下でもない。
ディーネはそう結論づけると、迷いなく歩み寄った。
「……ここで死なれたら、これからの旅の荷物持ちがいなくなって不便だろうが」
揺れる心情を隠すように粗野に笑い、ディーネは彼の目の前でゆっくりと膝をついた。
彼をじっと見据える青い瞳には、情ではなく、状況処理としての判断だけがある。
「……仕方ないね」
ぽつりと呟き、ディーネは自らの衣服の胸元へそっと指先を掛けた。




