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第14話「火山の王」

 灼熱の熱風が吹き荒れ、濃密な硫黄の匂いが鼻腔を焼く火竜山の火口。

 赤黒く煮えたぎるマグマの海から、それは天地を揺るがす地響きと共にゆっくりと姿を現した。


 火竜山の王、《灼煉(しゃくれん)のヴォルナパルム》。


 空気を震わせる呼吸一つでさえ、触れるものすべてを灰燼に帰すような圧倒的な熱量。一切の感情を読み取らせない、燃えるような金色の巨大な眼球が、足元の小さな影を捉えた。


『――ヒト、よ――何故、我を、起こした――』


 鼓膜ではなく、直接脳髄に叩き込まれる重く低い唸り。

 隣で大柄な彼が、手脚を小刻みに震わせ、剣を取り落とすまいと必死に耐えている中、ディーネは髪を揺らし、口の端を不敵に吊り上げた。


「……なあに。麓の町民が言ってたよ。お前の気分ひとつで山を毎回噴火させられたんじゃ堪らないってね。だから、ちょっと文句を言いに来ただけさ」


『――……――』


 静寂。そして、神龍の黒い縦瞳孔が、ディーネを真っ直ぐに射抜いた。


『――……水の、精霊、か――』


 隠していた出自。かつて《水の柱》として精霊の力を宿していたことすら、容易く見透かされる。

 だが、ディーネはその底知れぬ恐ろしさよりも、理不尽な反発心と怒りを燃え上がらせた。


「……お前のその“何でもお見通し”って態度が、気に食わないねえ……ッ!」


 水色の髪を熱風に煽らせながら、ディーネは一歩前へ踏み出す。

 圧倒的な存在を前にしてもなお、彼女は首を傾け、最大の挑発を放った。


「寝起きで頭が回ってないなら、あたしが目を覚まさせてやろうか? さあ、喧嘩しようじゃないか、火山王!」


『――…………ほう――』


 その瞬間だった。

 怒号が降ってくるわけでも、炎が吹き荒れるわけでもない。ただ、神龍の金色の眼球が、微かに細められたのだ。


 それは怒りではなかった。

 路傍で蠢くちっぽけな羽虫が、あろうことか天に向かって牙を剥いた。その滑稽さに、神がほんの少しだけ“興味”を示しただけの、ひどく冷徹な眼差し。


『――……ふむ……――』


 虫を観察するようなその無機質な思考が脳内に響き渡った、次の瞬間――

 山を吹き抜けていた熱風が止まった。マグマの泡立つ音さえ聞こえなくなる。世界そのものが息を潜めたような沈黙。


 ――空間そのものが、音を立てて軋んだ。


 一切の動作もない。ただ、ヴォルナパルムが『本気の威圧』をその場に放っただけ。

 それだけで周囲の重力が跳ね上がったかのように大気が圧縮され、酸素が肺から強制的に搾り出される。


「ッ……!?」


 ディーネは息を呑み、危うくその場に膝をつきそうになった。

 心臓を直接鷲掴みにされたような、根源的な恐怖と絶望。吠え猛る獣など問題ではない。ただ“そこに在る”だけで世界を押し潰す、これぞ正しく次元の違う『神』の姿だった。




「が、はっ……!」


 隣で、屈強な彼が耐えきれずに膝を屈しそうになっている。

 その姿を視界の端に捉えた瞬間、ディーネの身体は考えるより先に動いていた。

 気付けば彼の前へ踏み出し、その巨体を背中で庇うように立ち塞がっている。


「おい! あんたは防御と逃走に集中しな! 護ってやれるか分かんないよ!」

「お、俺だって戦うッ!」

「戦う場所を見誤るんじゃないよッ!」


 ディーネは振り返らない。

 視線の先には神龍だけ。

 全身を押し潰すような威圧の中、それでも一歩たりとも退かなかった。


「いいかい、ここは“逃げる”ところだ……ッ」


 喉の奥から絞り出すように言う。


 悔しい。


 認めたくないほど、強い。


 だが、それ以上に――


 背後の男がここで潰れる方が、ずっと嫌だった。

 振り返らずに鋭く声を飛ばす。


「……あんたは、特にな」

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