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《原初の夜を裂きし冥王》として異世界に目覚めたが、元はただの中二病です  作者: 玉響すばる


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第3話 魔甲虫と、冥王の一撃

 魔甲虫が咆哮した。


 耳を劈くような甲高い震鳴が、村の空気をびりびりと震わせる。

 黒鉄色の外殻は鈍く光り、六本の脚が地面を抉るたび、大地が不気味に沈んだ。

 人の家ほどもある巨体。

 複眼は濁った赤に光り、鎌のような前脚がゆっくりと持ち上がる。


 村人たちは完全に怯えきっていた。


「ま、魔甲虫だ……!」


「なんでこんな外縁に……!」


「逃げろ、逃げろおっ!」


 悲鳴が上がる。

 だが足がすくみ、まともに動けている者は少ない。


 冥斗は目の前の異形を見上げながら、内心でひどく冷静だった。


 いや、正確には――冷静になろうとしていた。


 怖い。

 普通に怖い。

 盗賊相手とは話が違う。

 相手は明らかに人外で、しかもでかい。硬そう。牙もある。絶対に痛い。


 だが、ここで退けば終わる。


 冥王としての格も、助けたばかりの村人たちの命も、全部まとめて終わる。


 冥斗はゆっくりと息を吸った。


「面白い」


 まずは声から入る。

 強そうに。

 余裕ありげに。


「我が再臨に引き寄せられたか、魔の眷属よ」


 言ってみた。

 かなりそれっぽい。


 実際、ヴァルシアの反応はすぐだった。


「……さすがは我が王。すでに敵の本質を見抜いておられる」


 違う。

 今のは雰囲気で言っただけだ。


 そう突っ込みたくなったが、冥斗はもちろん口にしない。

 代わりに、わずかに顎を上げる。


「ヴァルシア」


「はっ」


「あれは何だ」


 小声で訊くつもりだったが、普通に通る声量だった。

 しかしヴァルシアは微塵も疑わず答える。


「魔甲虫ギガルディア。旧冥界領の地下脈に棲息する重甲殻種にございます。並の剣や炎では外殻を穿てず、兵士百人でも被害なしに討伐することは困難かと」


 困難かと、じゃない。


 そんなの今ぶつける相手じゃないだろ。

 もっと序盤向けの敵を用意しておけよ、と冥斗は心の中で全力で叫んだ。


 だがその瞬間、右目の奥が熱を帯びた。


 視える。


 魔甲虫の外殻。

 筋肉の動き。

 脚の着地。

 顎の開閉。

 腹部の内側を走る黒い流れ。


 そして、その中心。


 胸部奥に脈打つ、核のような一点。


「……いた」


 思わず漏れた声に、ヴァルシアが目を見開く。


「核を、すでに……!?」


 え、あれ核なの?


 また雰囲気で言っただけなのに、どうやら当たりらしい。

 冥斗は一瞬だけ自分の邪気眼に心の底から感謝した。


 魔甲虫が地面を蹴る。

 巨体に似合わぬ速度で突進してきた。


「我が王!」


「下がっていろ!」


 反射的に叫ぶ。

 同時に、冥斗の身体が勝手に動いた。


 いや、違う。

 動かし方が分かるのだ。


 左腕を前へ。

 体内を巡る黒い力を掌へ。

 術式を展開し、圧を一点に収束。

 なぜか理解できる。

 まるで最初から何千回も使ってきた技のように。


「封印されし滅界左腕アビス・ブレイカー――圧縮励起」


 左手の包帯がばさりと揺れた。


 その隙間から黒い光が吹き出し、掌の前に小さな円陣が展開される。

 幾重にも重なる環。

 そこへ濃密な闇が集まり、空気そのものが軋む。


 魔甲虫が迫る。


 速い。

 だが、視える。


「遅い」


 言った瞬間、自分でも少しだけ気分が良くなった。

 今の台詞はかなり決まった。


 次の瞬間、冥斗は横へ一歩だけ踏み出し、魔甲虫の突進を紙一重でかわした。


 地面が爆ぜる。

 巨体が通り過ぎる。

 その腹部が、一瞬だけ晒された。


 そこだ。


「穿て」


 左手を振り抜く。


 黒い光が槍のように伸びた。

 一直線。

 細く、鋭く、凶悪に。


 魔甲虫の腹部へ突き刺さる。


 ギィィィイイイイイッ!


 異形の絶叫が空気を裂いた。


 巨体が大きくよろめき、数本の脚が無秩序に地面を叩く。

 だが、倒れない。


「うそだろ」


 思わず素が漏れた。


 核を貫いたように見えた。

 なのに、まだ動く。


 ヴァルシアが叫ぶ。


「浅いです、我が王! 重甲殻種は核が二層構造になっております!」


「先に言え!」


 今度は完全に素で叫んだ。


 だがヴァルシアは一瞬だけきょとんとした後、なぜか感極まったような顔になる。


「なんと……! この短時間で、すでに敵の第二核まで看破なさっていたとは……!」


 違う。

 ただのツッコミだ。


 もう駄目だ。

 この世界、何を言っても都合よく解釈される。


 魔甲虫が怒り狂ったように前脚を振り下ろす。

 冥斗は飛び退いた。

 ついさっきまで立っていた場所が、轟音とともに砕け散る。


「っ……!」


 速い。重い。危ない。

 まともに喰らえば終わる。


 だが不思議と、身体は動く。

 右目が敵の軌道を先に教える。

 左腕が、それに対応する出力を選び取る。


 冥斗はその場で半身になった。


「なら、二層ごと消し飛ばせばいい」


 口にした瞬間、左腕の紋様が強く脈打つ。

 掌の周囲へ、先ほどとは比較にならない規模の術式が展開された。


 空間そのものが歪む。


 黒い円陣が三重、五重、七重と浮かび上がり、そのすべてが魔甲虫の正面へ照準を合わせる。

 村人たちが息を呑む気配がした。

 ヴァルシアの熱を帯びた視線が背に刺さる。


 たぶん今、自分はとんでもなく格好いい。


 そう思うと、妙に腹が据わった。


「我が真名の下に命ずる」


 低く告げる。

 言葉に合わせて、闇の圧がさらに濃くなる。


「滅びを観る魔眼バロール・イクリプス――核線固定」


 視界の中で、魔甲虫の胸部が赤く染まった。

 二つの核が、重なるように見える。


 そこへ。


「封印されし滅界左腕アビス・ブレイカー――第二階梯」


 左手の先に、黒い球体が生まれる。

 静かなのに、圧倒的だった。

 小さな夜そのものを切り取って圧縮したような、濃密な破滅。


 冥斗はそれを見て、心の底から思った。


 うわ、絶対やばい。


 だが止める暇はない。

 魔甲虫が再び突進に入った。


黒葬穿ノクス・レイ


 放つ。


 黒球が一直線に走った。


 音は遅れてきた。

 いや、音というより、空気の断裂そのものが耳を叩いた。


 次の瞬間。


 魔甲虫の胸部が、消えた。


 貫通ではない。

 破砕でもない。

 そこだけ綺麗に、夜に食われたように抉り消し飛んでいた。


 巨体が一歩、二歩、ふらつく。


 赤い複眼が明滅し、脚がばらばらに震える。


 そして。


 ズン、と重い音を立てて、魔甲虫は村の外れへ倒れ伏した。


 静寂。


 風が吹き抜ける。

 土煙がゆっくりと流れていく。


 冥斗はしばらく、その場から動けなかった。


 倒した。


 本当に倒した。


 しかも技名まで言った。

 ちゃんと言えた。

 言った結果、ちゃんと最強っぽい技が出た。


 これ、夢じゃないよな。


「おお……」


 誰かの声がした。


 それを皮切りに、村人たちがざわめき始める。


「一撃で……」 「魔甲虫を……?」 「冥王様が、あの災厄を……!」


 ヴァルシアが剣を地に突き立て、その場で深く跪いた。


「お見事です。我が王」


 その声音は震えていた。

 畏怖と歓喜が半分ずつ混じっている。


「第二核をも完全に消滅させ、なお周囲への被害を最小限に抑えるとは……まさしく終焉を統べる御業」


 いや、そこまでは考えてない。


 たぶん偶然だ。

 でも偶然で片づけるには強すぎる。


 冥斗は倒れた魔甲虫を見つめながら、ゆっくりと左手を下ろした。

 包帯の下で脈動していた熱が、少しずつ静まっていく。


「当然だ」


 とりあえず、そう言っておく。


「我にとって、この程度は戯れに過ぎん」


 言い切った瞬間、村人たちの空気が一段階変わった。

 恐怖と敬意が、さらに深くなる。


 しまった。

 少し盛りすぎたかもしれない。


 だが今さら訂正はできない。

 冥斗は静かに外套を翻した。


「傷の手当てをしろ。家屋の火も消せ。生き残った賊は縛っておけ」


 村人たちは一斉に頭を下げた。


「は、はいっ!」


「ありがとうございます、冥王様……!」


「た、助かりました……!」


 小さな少女が、震える足で冥斗の前まで歩いてくる。

 さっき最初に礼を言った子だ。


「あの……」


 冥斗は視線を落とす。


 少女は怖がっていた。

 だが、それ以上に必死だった。


「お母さんが、まだ家の下敷きで……」


 冥斗は眉をひそめる。


 魔甲虫の出現と盗賊騒ぎで、村はかなり荒れている。

 倒壊しかけた家屋もある。

 まだ終わっていない。


「場所を案内しろ」


「え……?」


「早くしろ。貴様らの生死を預かっているのは、今は我だ」


 少女の目が大きく見開かれたあと、こくこくと何度も頷く。


「は、はいっ!」


 少女が駆け出す。

 冥斗はその後を追おうとして――ふらついた。


「っ」


 危うく膝が折れそうになる。


 まずい。

 さっきの一撃、見た目以上に消耗が大きい。


 だが、それを見逃すヴァルシアではなかった。


「我が王」


 すぐ隣に回り込み、支える一歩手前で止まる。

 触れてよいか迷っているのが分かった。


「……消耗なさっておりますね」


「問題ない」


「虚勢を張られるお顔も、たいへん尊いのですが」


 何を言ってるんだこの人は。


 冥斗は一瞬だけ真顔になりかけたが、辛うじて耐えた。


「黙ってついてこい、ヴァルシア」


「御意」


 短く答えたその声には、どこか愉悦が混じっていた。


 冥斗は少女の案内で半壊した家へ向かう。

 潰れた柱。崩れた屋根。

 その下から、かすかな呻き声が聞こえる。


「お母さん!」


 少女が泣きそうな声を上げる。

 冥斗はその場に膝をついた。


 瓦礫の隙間。

 確かに女性が挟まれている。

 息はある。だが弱い。

 このままでは危ない。


 冥斗は左手を見る。


 さっきみたいな大技は駄目だ。

 吹き飛ばしたら終わる。


 もっと細かく。

 もっと丁寧に。

 そう念じると、術式が自然に組み替わっていく感覚があった。


「……なるほど」


 破壊だけじゃない。

 出力を絞れば、繊細な制御もできる。


 左手の指先へ、細い黒糸のような力を集める。

 瓦礫の支点に干渉し、重さの流れを変える。


「ヴァルシア、右側を支えろ」


「はっ」


 女騎士が即座に動く。

 冥斗は左手をわずかに振った。


 ミシ、と嫌な音を立てながら、崩れかけていた柱が持ち上がる。

 その隙にヴァルシアが瓦礫を退け、女性の身体を引きずり出した。


 村人たちがどよめく。


「す、すげぇ……」 「力任せじゃなく、あんな精密に……」 「冥王様……!」


 いや、今のは自分でも驚いた。


 こんなことまでできるのか、この左腕。


 少女が母親に駆け寄り、ぼろぼろと涙を零す。


「お母さん……! お母さんっ……!」


 女性はうっすらと目を開け、娘の顔を見て安堵したように息を吐いた。


 その光景を見て、冥斗は胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。


 良かった。

 ちゃんと助けられた。


 異世界に来て、冥王だの真名だの訳の分からないことになっている。

 でも、助けるという行為だけは変わらない。


 トラックの前に飛び出した時と同じだ。


「……ふん」


 冥斗は立ち上がる。


「泣くな。救済は終焉の王の気まぐれに過ぎん」


 完全に強がりだった。

 だが少女は涙まみれのまま、深く頭を下げた。


「ありがとうございます……! 本当に……!」


 その声に続くように、村人たち全員が膝をついた。


 土の上へ。

 焼け跡の中へ。

 一斉に頭を垂れる。


「我ら一同、冥王様へ感謝を……!」


「命を、村を、お救いいただき……!」


「どうか御慈悲を……!」


 壮観だった。


 そして同時に、重かった。


 冥斗はその光景を見下ろしながら、喉の奥がひどく乾くのを感じた。


 これはもう、冗談では済まない。


 ただの中二病だった自分に、現実の命が預けられている。


 その事実が、遅れて胸にのしかかってきた。


「我が王」


 ヴァルシアが静かに告げる。


「この村、いかがなさいますか」


「どうする、とは」


「庇護下に置くか、見捨てるか、あるいは冥王軍の徴発対象とするか」


 物騒な選択肢しかない。


 だが、ここで答えを誤れば今後の色が決まる。

 冥王としての在り方。

 それを、この最初の村で示すことになる。


 冥斗は少しだけ考えた。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「この村は我が領とする」


 言った瞬間、村人たちがざわめく。


 冥斗は構わず続けた。


「ただし搾取はしない。無意味な殺戮も、略奪も禁ずる」


 ヴァルシアが紅い瞳を細めた。


 その眼差しは驚き半分、歓喜半分だった。


「では……」


「我が名の下に保護する」


 冥斗は村を見渡す。

 壊れた家々。

 怯えた人々。

 それでも、まだ生きようとしている目。


「我が目覚めの最初に見た民だ。無様に潰されることは許さん」


 沈黙ののち。


 ヴァルシアが、深く、深く頭を垂れた。


「なんと慈悲深き御言葉……」


 いや、そこまででもない。

 ただ見捨てたくないだけだ。


 だが周囲の反応は、すでに決定的だった。


「冥王様……」 「我らを、守ってくださるのか……」 「終焉の王が……我らを……」


 なんか、想像よりだいぶ良い方向に話が転がっている。


 冥斗は少しだけ安堵し――その瞬間、右目が再び熱を持った。


「っ……!」


 視界が揺れる。


 もっと遠く。

 もっと大きい気配。


 森のさらに奥。

 いや、この村の外縁全体を取り巻くように、何かが動いている。


 複数。

 人。

 武装。

 そして中心に、一つだけ異質な魔力反応。


「……まだ終わっていない」


「我が王?」


 冥斗はゆっくりと顔を上げた。


 西の空。

 夕日が差し始めた森の向こうで、黒い鳥の群れが一斉に飛び立つ。


「盗賊どもは囮だ」


 魔眼が告げていた。

 この襲撃は偶発ではない。

 魔甲虫の出現すら、誰かの意図が絡んでいる。


「本隊が来る」


 ヴァルシアの表情が引き締まる。


「数は」


「二十……いや、三十近い。しかも一人、厄介なのがいる」


 術者。

 そう直感した。


 魔甲虫を誘導、あるいは使役していた何者か。

 盗賊崩れよりも遥かに面倒な相手だ。


 冥斗は静かに外套を翻した。


「村人をまとめろ。負傷者を中心へ集め、防げる場所を選べ」


「はっ!」


「そして」


 冥斗は森の方角を見据える。


「今度こそ、我が再臨を世界に教えてやる」


 夕暮れの風が吹いた。

 包帯の隙間から、黒い光が細く漏れる。


 冥王の最初の戦いは終わっていない。

 むしろ――ここからが本番だった。

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