お出汁しみしみ味しみおでん 3
もぐもぐと自らの皿のおでんを頬張っていた蒼が、ふと隣へ視線を向けた。
右隣に座る羅刹ではない、一つ間に空席を置いて二つ隣に座る雪音の皿へだ。
「おねーさんのそれ……もしかして、トマト?」
きょとりと首を傾げる蒼。
あと一口分だけ残った鮮やかな赤が気になったらしい。
さっき鍋を覗いたときには見逃がしていたようだ。
なお隣に座る羅刹のどんぶりにも同じものがあったのだが、それは蒼が夢中でおでんを頬張っている間にすでに彼の腹の中へと消えていた。
「ええ、そうよ」
「おいしい?」
「酸味があっておいしいわよ」
「綾ちゃん、綾ちゃん。ぼくもトマト」
両手で皿を差し出してくる綾に「はいはい、待ってね」とお玉を用意してトマトをすくう。
笑顔を浮かべつつ、だいぶ慣れたな、そんな感想をそっと心にしまう。
いまでこそ慣れたものだが、当初はもっと緊張感があった。
あやかしというものはその妖力で力の差が決まるらしい。
鬼の統領でもある羅刹はその力で恐れられてもいたようだ。
言葉を交わすことはおろか、彼がその場にいるだけで肌を刺すような緊張と警戒がこちらにもで伝わってきたものだ。
「鬼のがこうしている姿を見れば、主の一族はさぞ驚くだろうな」
薄い笑みを浮かべてそんな言葉を口にしたのは九十九だった。
羅刹はといえば、ちらりと視線を向けただけで特になにも口にしない。
どうやら羅刹は孤高の存在と思われているっぽい。
こうして気軽に話しかけてくるのは綾や蒼を除いて九十九などごく一部だ。
鬼の統領である羅刹と同じく、妖狐を束ねる存在である九十九も妖力の強いあやかしらしい。
……そのわりにはみんな九十九さんには扱い軽いけど。
この前だってうまく転がして女性陣はデザート奢ってもらったし。
雪音曰く、
「そりゃ戦ったら勝てないけど、九十九はほら、中身アレだから」とのこと。
杯が空になったのを見て、綾は九十九へと声をかけた。
少し前に来た彼は、まずは酒とまだ料理には手をつけていなかった。
「そろそろ九十九さんも召し上がりますか?餅巾着ありますよ。銀杏と鶏肉入りです」
「うむ。それは三つ。あとは適当に」
「わたくしも一つ頂けますか。それから……蛸とさつま揚げを」
「はーい、お待ちください」
おでんをよそいつつ綾は思う。
そもそも羅刹さんが怖いっていうのがよくわかんないんだよね。
そりゃあ顔は強面だし、寡黙でガタイがいいのはちょっぴり怖く見えるけど。
実際、綾も最初は少しだけ怖かった。
わけもわからず気づけばこの世界にいた綾は、長い舌を持つ提灯と鎌鼬に追いかけられていた。
必死に逃げる先で子供を見つけた。それが蒼だった。
その時は頭に生えた二本の角は認識していなかったのかも知れない。
「逃げて!!」そう叫んだけど子供は棒立ちで動かなかった。そして自身も、もう走り続けるだけの気力も体力もなかった。
せめてこの子を守らなきゃ、と子供を抱きしめて覆いかぶさったのはほぼ無意識。
そうして、羅刹に出会った。
最初こそ怖かったものの、すぐに優しい人(人じゃないけど)だとわかった。
彼は綾のことを「異界の迷い人」とそう呼んだ。
稀に人間の世界から綾のように迷い込む者がいるらしい。
原因は不明だが、何処かで偶発的に出来た時空の歪によるのではないかという説が一般的らしい。
記憶も還る場所も持たない綾を羅刹は無条件に受け入れてくれた。
衣食住を与え、そしてさらには店をやりたいという我儘さえ叶えてくれている。
「俺も美味いものが喰えていい酒が呑める」
そう彼は言うが、ぶっちゃけ甘えすぎな自覚はある。
この店だって彼が用意してくれたものだし、食材の手配だってしてくれる。
私的には鬼っていうよりむしろ神様、仏様?
正しく綾的にはそんなところだ。
鬼の概念ぶち壊れ。
おかわりも空にした羅刹と不意に眼が合った。
「ご馳走さん。美味かった」
ほんのわかるかわからないかの小さな変化。
目元が少しだけ笑みの形に緩まった。
寡黙で口数は少ないし、わかりやすくはないけどこうして気づかって伝えてくれる。
ほら、やっぱり羅刹さんは優しい。




