お出汁しみしみ味しみおでん 2
「寒っ」
今日はそんな言葉を口にしながら暖簾をくぐるお客さまが多い。
自身の身体を抱きしめるように足を踏み入れ、店内の温かさにほっと表情を緩ませる彼らをいつもの言葉で迎え入れる。
「いらっしゃいませ」
にこやかな笑顔で温かいおしぼりと熱いお茶を差し出した。
やはり人間でなかろうと寒いものは寒いようだ。
一部のあやかしたちは微塵も苦にしてなさそうだが、店内の温かさにほっと表情を寛げている姿に今日のメニューを温かいものにして良かったと唇の端がほのかに上がる。
「寒いですわね。わたくし、寒いのはあまり得意でなくて……」
熱燗を口にした糸織が困り顔でそう零す。
酒精にか、ほんのりと目尻を染める姿がたいへん色っぽい。
お寒いのならその胸元をお閉めになった方が…………そんなことを思った綾はそっと口を閉じた。
あれは閉めないのではない、閉まらないのだ。布地を押しやる二つの塊によって。
思わず自らの慎ましい胸元へ、そっと視線を落とした綾だった。
あれと比べちゃだめよ、私。
ふるふると頭を振る綾の前で、雪音がトマトに箸を入れながら首を傾げて水色の美しい髪をさらりと揺らした。
そしてさも不思議そうな顔で言った。
「そぉ?私はこれぐらいなら全然平気」
でしょうね。
店内に無言の声がハモった。
なにせ雪音は雪女なのだ。
そりゃあ寒さにもめっぽう強いだろう。
ガラリと引き戸が開く音が響いた。
それに伴い外気が一瞬店内へと流れ込む。同時に弾んだ声も。
「綾ちゃん!」
聞こえた声とその姿に、綾の顔に笑顔が浮かぶ。
「お帰りなさい。蒼くんに羅刹さん」
蒼と呼ばれた6つ、7つぐらいの子供がたたたっとカウンターへと駆け寄ってくる。居酒屋には些か相応しくない幼子だが、誰もそれを気にする者は居なかった。
そしてその後に続く偉丈夫の姿。
「ただいま!」と元気よく返し、よじ登るようにして椅子へと腰かけた子供の隣、「ああ」と静かに腰を降ろした男は寡黙に応えた。
彼は鬼の統領にして、綾を保護してくれた大恩人でもある羅刹だ。
鬼といっても、よく節分に見かけるお面のように赤や青の異形の姿ではない。
しっかりとした体躯に、整った相貌。九十九のような美しさとは違う、やや強面だが漢らしさを集めたような男性的な魅力に溢れた容姿。
つまりはもの凄く男前な美形である。
ただ一つだけ、その正体を知らしめるのは額に生えた一本の角の存在だった。
そして蒼の頭にも小振りな二本の角が覗いている。
「お腹空いた!」
「外は寒かったでしょう?今日はおでんだよ」
「おでん!?わぁーい!!」
蓋を開けて中が見えるようにしてやれば、蒼が椅子の上に膝立ちになって中身を覗き込む。
「お酒は何にします?」
「冷で」
羅刹に冷酒を差し出したところで、蒼が元気よく手を挙げた。
どうやら食べたいものが決まったようだ。
「ぼく大根とコンニャク、それから卵と牛すじと……それなに?」
「ウィンナーよ。蒼くんの好きなお肉」
「じゃーそれも!」
ことりと器を置けば、ハフハフしながらも食べはじめる。
「おいしい」の言葉に笑みを浮かべつつ羅刹を見た。
「羅刹さんはどうします?一通り全部とりますか?」
「ああ」
頷かれ、綾が取り出したのはどんぶりだ。
ザルという言葉では追いつかないほど酒に強い羅刹だが、体内にどれだけでも取り込めるのは酒だけでなく食物も同じ。
「追加で欲しいのがあったら言ってください」
山盛りのどんぶりを差し出しつつ笑ってそう声をかける。
大量に作ったおでんダネは、無事に全部なくなることだろう。




