40 本当の願い
あれは…数々の光景…俺は一体何を見ているのだろうか?
いや、見せられ続けているのだろうか?
体が動かない体験。
俺の幼少期の記憶と似た景色。
そして、兄と妹の…何とも言えない夜のひと時。
共通点が何もない。
いや、あるか。
全て俺が体験している、というところか。
それに、あの自称心の友は何者なんだ?
セロやオーチェとは関係なさそうに見えるけど…スピリットスキルについて知ってるし、何より空間コントロールの覚醒を助けてくれた。
それに時間コントロールのことも知っているみたいだったし…。
けど、セロやオーチェから自称心の友の話は出たことがない。
もしかして自称心の友は別の呼び名があって、そう言わないとセロやオーチェには誰のことか分からないかもしれない。
だから、自称心の友と名乗り、本当の名前を伏せている可能性はあるよな。
何より自称心の友と出会ってあの不思議な世界を見るようになった…。
アニメや漫画なら、こういう場合、王道で考えたら三つかな。
一つ目は本当の俺は寝てて、実は俺自身が夢の住人。
いや、骨折れたり、腕切り落とされた時の痛みは夢では説明できないものだったぞ…。
二つ目はパラレルワールド。
俺とは別次元の俺がいて、その世界を見ているパターンだな。
でも、それだと理由が分からない。そんな別世界を見せて何の意味があるんだ?
三つ目は俺を惑わそうとしている。
そうやって変な世界を見せて混乱させて…自称心の友は最後のボスでした、とかいうパターン。
これが一番ありそうだな。
俺を強くして「お前がここまで強くなるのを待っていたんだ」とか言って戦い挑んでくるなんてお約束パターン…存在するとは思えないけどさ。
グラディオスが終わったのに…スッキリできないことだらけだよな…。
むしろ…気分は沈むばかりだ…。
別のことを考えていれば…間子のことを少しでも忘れられるかと思ったのにな。
間子…。
本当に…消えたんだな…。
いや、消してしまったんだよな…。
思わず気持ち悪くなり、トイレに駆け込んだ。
何だよ…。
俺はグラディオスが終わることをあんなに望んでたのに…。
どうしてこんなことになってるんだよ…。
長かった。
二日間とはこんなに長いものだとは知らなかった。
それなのに、俺は何もしていない。
何もできなかったというのが正しいのか…。
香織が心配そうに話しかけてくれていたが、俺は一言、二言返すくらで精一杯だった。
ごめん、香織。
せっかくお前と付き合うことになったのに…無駄に気を遣わせて…。
そんな無駄な二日を過ごし、約束の時はきた。
正午。
俺の都合は関係なく、間子と戦った時に来たような、何もない場所に俺は呼び出されていた。
目の前にはセロとオーチェがいた。
勝者を称える場だというのに何の音楽も、演出もないままセロが話し始めた。
「まずはおめでとう。君は私の想像以上に」
「さっさと済ませろ。俺はお前と話がしたいわけじゃないんだ」
コイツともう関わりたくない俺はセロの言葉をさえぎった。
そんな俺の言葉にセロは笑顔を返した。
「もう何も急ぐことはないと思うけど、何か急ぎたい理由でもあるのかな?」
まるで挑発するかのように聞いてくるセロに少し苛立ちを覚える。
「あるよ。さっさとこんなふざけたゲームを終わらせたいんだ!願いを言うぞ!」
その言葉でオーチェが俺を見てゆっくりと頷く。
しかし、本当にセロは俺の願いを聞く気はあるのだろうか?
願いを聞き入れ素直に「もう、こんなことは二度としません」と約束し、グラディオスを開催しないのだろうか?
また、無理難題言って、それができたら叶えてやる、とか言わないだろうな?
そもそも…このオーチェの願いは…俺の願い…なのか?
「願い…か」
セロの含みのある言い方に、俺は今、考えていたことを見透かされたような…そんな気にさせられた。
それを誤魔化すかのように気を取り直し、セロに強い口調で言った。
「そうだよ!俺は勝ち残ったんだ!今更ウソとか言う気じゃないだろうな!」
俺はセロに一歩詰め寄る。
そんな俺を見たセロは笑顔を崩さずさらりと言った。
「君の願いは…もう、とっくに叶ったじゃないか」
俺は言葉の意味が理解できず、しばらく何も言えなかった。
やっと開いた口から出たのは「は?」という間の抜けた一言だった。
「君の”心からの願い”は、このグラディオスを通して…自ら叶えたんだよ。私が叶えるまでもなかった、ということだ」
何を言ってるんだ?
俺の願い?
このグラディオスで叶った?
何のことだよ…。
「い、意味がわからねぇよ!誤魔化そうとしてるのか!」
「いや、誤魔化したりはしてないよ」
セロの変わらぬ笑みに俺だけでなく、オーチェもわずかながら表情がこわばっていた。
「セロ、それは一体…」
オーチェも意味がわかってない…のか?
じゃあ…セロの言う俺の願いって…何なんだ?
「ん?どうしたのかな?もしかして…まだ、自分の願いを理解できてないのかな?」
「わかるかよ!俺は…俺は何を叶えたんだよ!」
素直に答えるか分からないが、俺にはこう聞くことしかできなかった。
その言葉にセロがやれやれといった顔になる。
「冗談なら少し笑えるかもしれないが、本気なら…可哀想だね」
可哀想…だって!?
何だよ!
何なんだよ、その願いってのは!
「セロ、どういう意図かは分かりませんが、空はまだ願いを言っていません!」
食い下がるオーチェだが、セロはそんなオーチェを見て真顔で答えた。
「オーチェ、君の策は最初から破綻していたんだ。空くんが、このグラディオスに参加した時点でね」
最初から…破綻だって!?
つまり、俺が勝ち残って願いを叶えようとすること自体間違いって言うのか!?
「いや、空くんはグラディオスに参加するしかないから…破綻どころか策にもなってないわけか」
もう理解が追いつかない。
それはどうやらオーチェも同じらしく、全く何も言わないで立ち尽くしている。
俺たちが黙っていると、セロが再び笑顔を向けてきた。
「君は実に素晴らしい可能性を見せてくれた。そして、見事君自身の力で願いを叶えた」
「だから、何なんだよ、その願いって!」
思わず俺がセロに掴みかかろうとしたのを、オーチェが俺の前に出て制した。
「セロ、これだけは教えてほしい。あなたは空の願いを…聞く気はないのですか?」
オーチェ、俺の知りたいのはそこじゃない!
まあ、それも大事といえば大事だけど…。
「そうなるかな。彼にはもう、願いなんてないからね」
俺に…願いがない?
ふざけるなよ…。
じゃあ俺は何のために…焦馬を消し、雫を消し、間子まで消してここまで来たんだよ!
全てはこの瞬間のためだ!
「勝手に決めるな!俺にだって願いはある!」
そう、願いを叶えなければ…みんなの犠牲が全て無駄になってしまう!
「では、聞こうか。もし、空くんに願いがあるのなら…叶えてあげよう」
ここまで言っておいて願いを叶えてくれるって…単なる俺への嫌がらせか?
俺は意を決してオーチェに言われた願いを言うことにした。
「俺の願いは…」
俺の…願い…か。
本当にオーチェの言っていた願いで…いいんだよな。
セロにこんな馬鹿げた真似をしないように…頼むんだよな。
それで…全て終わるんだよ…な。
俺は願いを言おうと口を開いた。
それなのに…。
おかしい…。
言葉が…。
出てこない…。
「空、一体どうしたのだ?」
オーチェが驚いている。
そうだよな。
俺が一番驚いている。
ただ、願いを言えばいいのに…言えない。
セロに何かされたのか?
俺はオーチェやシエロとは違う。何か言うのに制約を受けることはないはずだ。
なのに言葉が出てこない。
「オーチェ、どうやら空くんには何も願いはないようだ」
何だよ、どういうことなんだよ!何で何も言えないんだよ!
あるさ!俺にはオーチェと約束した願いが…。
「空くん、君がオーチェに言わされようとしている願いは…君の本当に望む願いじゃないんだろ?」
そうか…そういうことか。
セロに言われて…やっと分かった。
言えないよな。
オーチェから言われた願いって…俺の望む願いじゃない。
それは…俺の願いじゃなく、オーチェの願いなんだ。
俺の本当の願いがあるとしたら、それはそんなものじゃない。
「空!気にすることはない!私と約束したあの願いを言ってくれ!」
初めて聞いたよ、オーチェの必死な声。
でも、ごめん。
俺は…そんなことに願いを使いたくない。
そのせいでまたグラディオスが開催されるかもしれない。
また、誰か犠牲になるかもしれない。
それでも…俺には叶えたい願いがあるんだ。
そう、それは…俺が消したみんなを…。
「そうだ、願いをかなえる前に、空くんが分かっていない、すでに叶えた願いを教えてあげようか」
嬉しそうに俺を見つめるセロがなぜか不気味に思えた。
何だよ…俺の叶えた願いって。
「それはね…」
セロがゆっくりと俺に歩み寄ってくる。俺は思わず半歩、足が下がった。
そんな俺の耳元でセロは言った。
「焦馬、雫、間子、この三人を…消すことだよ」
俺の耳はおかしくなってしまったのか?
今セロは…なんて言ったんだ?
「俺が…何を望んだって?」
聞き返す。
もう、何が何だか分からない。
だから聞き返す。
「俺が…消すことを…望んだ…だって?」
特別な力を持ちたいと思ったことはあった。
物語の主人公になってみたいと思ったことはあった。
彼女がほしいと思ったことはあった。
それが今、叶っていると言われるなら分かる。
だが、俺は一度たりとも…焦馬や…雫や…間子が消えて欲しいなんて思ったことはない!
「…ふざけるな!」
俺は叫んだ。
じゃあ何か?
このグラディオスは俺の願いでセロが開催し、焦馬、雫、間子を消すために俺は戦った…そう言いたいのか!?
「セロ!それは矛盾しているではないか!それでは勝ち残る前から願いを叶えたということになる!」
さすがに根底からルールを崩されたのが納得いかないオーチェが、セロに食って掛かった。
そんなオーチェにセロは真顔で答えた。
「オーチェ、君は思い違いをしているようだね。このグラディオスは全て、空くんの思いから開催されたものだ。その願いを叶えるという景品は、空くんを釣るためのものではなく…君を動かすためのもの、ということなんだよ」
「私を…動かす?」
驚くオーチェにセロはゆっくりと口角を上げ言った。
「そうだよ。オーチェ。君が空くんをグラディオスに参加させてくれなければ、空くんの願いを叶えることができなかったからね」
今のセロの言葉で一つ分かったことがある。
オーチェも…セロの手の上で踊らされていた、ということだ。
それにしても一番分からないことがある。
どうしてセロはこんなことをしたんだ?
何よりどうして俺がそんな願いを持っていると思ったんだ!?
神様勘違い…そんな馬鹿げた理由ではないだろう。
落ち着け。
状況を整理しろ。
セロは俺の願いを…いや、セロが言ってる俺の願いを叶えるためにグラディオスを開催した。
そのグラディオスに俺を参加させるためにオーチェに偽の景品を教え、俺が参加するように仕向けた。
そして、グラディオスで焦馬、雫、間子を倒し消した。
これで俺の願いが叶った、というのがセロの言い分…か。
何で…何でそうなるんだよ!
俺が…一人消すたびに…どんなに苦しんだと思っているんだ!
「お前…どうして俺の願いがそんなことだ思ったんだよ…」
なんとか理性を保ち、肝心なことを聞いてみた。
「面白いことを聞くね、空くん。それはね、君の求めていることを私は誰よりも理解しているからだよ」
まるで当たり前のようにセロは言った。
そんなセロに俺は少しずつ怒りが込み上げてきた。
「意味わからねぇよ!俺は焦馬も…雫も…間子も…消えて欲しいなんて思ったことはない!お前が勘違いして…ミスしてこんなことになっただけなんじゃないのか!」
「違うね。私は何も間違っていない。それが…君の望みだ」
話しが噛み合わない。
どう考えてもセロが勘違いしているとしか思えない!
「神様だからって間違えない…とでもいうのかよ…」
間違いを認めれば許すとかではない。
だが、自分のミスを認めず、自分が正しいを強引に貫き通す姿勢は…消えていったみんなへの冒涜でしかない!
「間違えてはいないよ。…そうか、まだ自分で気がついていないんだね。君の本当の思いに」
「んあわけあるか!!!」
俺はセロを睨みつけた。
「セロ…たった今、俺に願いができたよ…」
そんな俺の言葉にセロはまた笑顔になる。
「それは何かな?言ってごらん」
怒りは限界を超えた。俺は指をセロに向ける。
「セロ…」
「何かな?」
笑顔のまま答えるセロ。
いいだろう…。そのまま笑っていろ。
「お前を…」
血走った俺の目はセロを睨みつけた。
「…殺す!!!!!」




