41 無駄な戦い
俺の放ったランデルーズはセロのはるか上を何事もなかったかのように、通り抜けていった。
「何のつもりだよ…オーチェ!」
目の前には俺の腕を蹴り飛ばした足を振り上げたままのオーチェの姿があった。
「何度も言わせるな…。セロを殺せば世界が消える。感情に流されるな、空」
ゆっくりと足を降ろすオーチェを見て…俺が再び指をセロに向ける。
「いい加減にしろ、空!」
再びオーチェは俺の腕を蹴ろうとしたが、その蹴りは俺に当たることはなかった。
「空間コントロールか。やるじゃないか、空くん。オーチェの蹴りは相当な速さなんだが」
嬉しそうなセロに俺は照準を定め直す。
「今度こそ消えろ!セロ!」
放たれたランデルーズは…再びセロに当たることはなかった。
ランデルーズはセロに届く前に…音もなく霧散した。
まさか…。
振り返ると俺に広げた手を向けるオーチェが鋭い視線で俺を睨んでいた。
「無駄だ。お前に能力を与えた私が光のコントロールを使えることくらい分かるはずだ」
シエロの時と同じ…か。
いや、それ以上と考えておくべきか。
オーチェは俺に能力を与えた相手だ。光のコントロールが使えて当然か。
つまり…俺のランデルーズではオーチェがいる限りセロを殺せない、ということか。
「だったら…」
今度は巨大な炎の玉を生成する。
「フェゴディアルマ!」
これならオーチェが消すこともできないだろうし、雫の水の塊にも押し勝った。威力も保証付きだ!
「愚かな…」
何の躊躇もなく素手で巨大な炎の玉を止めるオーチェ。
いや、そんなのはどうでもよかった。
俺の放ったフェゴディアルマが…霧散した!
「…何だよ、どうしてそうなるんだよ」
弾くでもない。
反射するでもない。
同じ威力の攻撃でもない。
素手で止められ…霧散したのだ。
「まさか…オーチェも炎のコントロールが…」
「お前だけが使えるようになったと思っていたのか?」
…どういうことだ?
「使えると思っていたのか?」じゃない。
「使える『ようになった』と思っていたのか?」…そう言った。
呆けている俺にセロは何か合点が入ったのか「それはね」と説明を始めた。
「私の使徒であるオーチェの代理で空くんが戦っているというのは聞いているよね?」
そういえば最初にそう言っていたっけ。
「この戦いの代理に意味は、ただの身代わりではないんだよ」
話しが見えない。
セロは何が言いたいんだ?
「君に魂の一部を…スピリットスキルを分け与えたオーチェは、君と魂を共有している状態なんだ」
魂を…共有?
…まさか、それって。
「察したようだね。スピリットスキルは魂に紐づく。つまり、オーチェも君と同じ能力を持っているということだ」
最悪だ。
俺の目の前にいるセロを守る者は…俺と同じ能力を持っている、というわけか。
「諦めろ。それに、この世界を壊すということは…香織も消す、ということになる。それでいいのか?」
そうだ…。
今のこの世界で消えた人もいれば、まだ生きている人もいる。
ここで無駄な戦いをする必要は…ない。
「もう消えた者のことは忘れろ。それがお前の…この世界で幸せに生きる道だ」
幸せ…。
そういえばオーチェは俺の幸せにやたらこだわっている。
なぜだ?
普通、この状況ならセロの身を案じたり、俺に対して二度と逆らわないように痛めつけるとかしそうなものだが…。
「そうだね。それもいいかもね。もう消えてしまった者は意味のない…最初から存在しない者たちだ。オーチェの言うことを聞いて大人しくするのも一つだね」
意味の…ない…だと?
セロの言葉は俺の怒りの感情を再燃させた。
「誰が…誰が意味を持たない存在なんだよ!」
俺はセロの背後に転移した。
「やはりお前みたいなヤツがいる以上…またグラディオスを開催させないためにも…お前を殺す!」
「いい加減にしろ!」
俺の目の前に現れたオーチェが容赦なく俺を殴り飛ばす。
それでもすぐに立ち上がり、今度はセロの喉元と空間を繋ぎ、砂で生成した槍を鋭く投げ込む。
しかし、それもセロに届く前にオーチェが握り、槍を砂に戻した。
「無駄なことはやめろ。これ以上続けるのなら…こちらにも考えがある」
悔しいがオーチェの強さは圧倒的だ。
こちらが何をしてもセロを守り、しかも余裕すら見える。
俺は…セロに一矢報いることもできないのか…。
「もう無駄なことはするな。お前にとって今の世界は望むものではないかもしれない。だが、その世界にも幸せはあるのではないか?」
また、俺の幸せ…か。
それにしてもなぜ、オーチェは俺の幸せにこだわるんだ?
一体何が目的なんだ?
俺は無駄な小細工をせず、ストレートに聞いてみることにした。
「オーチェ、どうして…どうして俺の幸せにこだわるんだ?」
俺の疑問にオーチェは何も答えなかったが、代わりにと言わんばかりにセロが口を開いた。
「それは知らない方がいいと思うよ。少なくとも、オーチェは本気で空くんに幸せになって欲しいと思っている言葉に嘘偽りないよ」
知らない方がいい?
そういえば世界の真実を知ったシエロはオーチェに殺されたんだよな。
一体何なんだよ、この世界の真実って…。
「もう帰るがいい。セロにこれ以上危害を加えるのなら…もう一度、グラディオスを…あの体験を何度も繰り返してもらう」
思わず体が固まる。
そうか…。
オーチェなら時間コントロールができる。
それでまたあれをやり直して…。
嫌だ…。
それは…嫌だ!
「どうだ?今が幸せであることが実感できたか?私もお前を苦しめたいわけではない。それは分かってほしい」
無表情なオーチェではあるが、その言葉は嘘ではないと思えた。
もし、俺を苦しめたいなら、そんなこと言わずに過去に送ればいい。
でも、それをしない。
それがもしオーチェの優しさだとしたら…。
俺はこれから、香織と楽しく生きていく幸せな道を示してくれていることになる。
オーチェには勝てない。
セロをどうやっても殺せない。
そう…だよな。
もう戦わなくていいなら…それがいい。
それがいい…よな。
誰かを消すとか、存在を忘れるとかで苦しまない人生。
それがいいに決まっている。
他に…選択肢なんてあるのか?
…いや。
無い…よな。
「分かった…。セロの命を狙うことは…もうしない」
俺の言葉でオーチェの眉がわずかに緩んだ気がした。
「そうか。分かってくれればそれでいい」
オーチェはゆっくりと頷くと、俺に手を差し出してきた。
「では、スピリットスキルを返してもらおう」
予想していなかった言葉に俺は「え?」と聞き返した。
「もうグラディオスは終わった。スピリットスキルは必要ない。それは持っていても自分を苦しめるものでしかない。お前が普通の暮らしをするためだ」
差し出された手を見てふと初めてオーチェの手を握ったことを思い出す。
全ては下心から始まったんだよな。
この手を握りたい。そこから始まったんだよな…。
俺は…戸惑いながらもオーチェの手を…握った。
すると俺の体が光りだし、オーチェの方へと流れ出した。
その光はしばらく続いたが、やがて何事もなかったかのように消えた。
「これでお前はもうスピリットスキルは使えなくなった。だが、それが普通なのだ。普通に生きていくのにスピリットスキルは不要なものだ」
「そうだな…」
まるで自分の体の一部を切り取られたような気分ではあったが、オーチェの言う通りだ。
普通の人間がスピリットスキルのような超能力を使うことはできない。
もし、使えると知れたら…マンガやアニメでは国や闇の組織に狙われたりするもんな。
何より、普通の暮らしができなくなり…香織に迷惑をかけてしまう。
「いろいろとあったが…私はお前に感謝をしている。それゆえに、幸せになって欲しいのだ」
本当にオーチェは俺に幸せになって欲しいんだな…。
本当は理由を知りたいところだけど、さっきの様子じゃ話してくれないよな。
それより気になることがあった。
俺はセロにその疑問をぶつけることにした。
「また…グラディオスを開催するのか?」
そう。
セロはここについて何も言っていない。
もうスピリットスキルのない俺が聞いてもどうしようもないかもしれないが、聞いておきたかった。
「また、出たいのかい?君が参加したいのなら歓迎するよ」
皮肉のつもりはないかもしれないが、本当に人を挑発するのが上手いやつだ。
だが、俺の問いの答えにはなっていない。
これはまた開催すると思っていいだろう。
「…そんなことして、何になるんだよ」
俺はせえてもの抵抗として、吐き捨てるように言う。
「楽しいから開催する。他に理由が必要なのかい?」
拳に力が入ったが、オーチェの視線で俺は拳を緩めた。
「では送ろう」
そう言うとオーチェ俺の横の空間を開き、学校へと俺を送ってくれた。
誰もが動いてない教室で俺は自分の机に座る。
それにしても…授業中に呼び出されるのもこれで最後か。
誰も動いていない。
これはセロの時間コントロールなのだろうか?
まあ、どうでもいいか。
これからはこんな体験をすることはない。
見納め…か。
動かない教室を見回した後、俺はオーチェを見る。
やっぱり美人だよな。
この姿が見られないのは残念といえば残念だな。
俺と目が合ったオーチェは…なんと、最初に会った時以来見せてくれなかった微笑みを俺に向けていた。
「思ったような結果にはならなかったが、これも一つの結末だ。本当にありがとう、空」
オーチェの微笑みに俺は…言葉を失った。
そんな俺を気にすることなくオーチェは…俺を抱きしめた。
「いいか。この世界で香織と…幸せになるんだぞ」
耳元で…微かに震えた声で、オーチェは言った。
その意図は相変わらず分からない。
その代わり、俺はオーチェの背に手を回し、抱きしめ返した。
「あぁ。きっと幸せになるよ…」
多くの犠牲はあった。
辛いことばかりあった。
でも…俺はその中で一つの幸せを掴んだんだ。
それは人から見れば大した幸せではないかもしれない。
それでも俺は…その幸せを選んだんだ。
消えていった者には恨まれるかもしれない。
そうだとしても…。
俺はもう、あんな思いをしたくない。
これ以上無駄な戦いをすることで…もし香織が消えてしまったら…。
完璧なハッピーエンドなんて…あり得ない。
これは…現実だ。
もう…この結末を受け入れるしかないんだ…。
気がつくとオーチェは離れていた。
再び空間を開け、先ほどの世界と繋いで入ろうとしていた。
「オーチェ!」
俺は思わず呼び止めた。
理由はない。
ただ、何となく呼び止めた。
その声にオーチェは…振り向くことはなかった。
そのまま、オーチェは消え去った。
…終わった。
俺の過酷な戦いが、こうして幕を閉じたのだった。




