37 愚か者は繰り返す
本屋の次に連れてこられたのは…リア充しか立ち入れない聖地であった。
その名はスタバ。
あそこは俺なんかじゃあ場違いに思い、今に至るまで入ったことはない。
そこに香織は俺を連れてきたのだ。
「ん?どうしたの?」
入口で戸惑っている俺の手を引き、スタバに入る。
店内は思った以上に綺麗で、ゆったりとした時間が流れており、何よりワンランクもツーランクも上の人々が、優雅に時間を過ごしているように見えた。
俺は無難なメニューにあるものを頼んだが、香織は何やら謎の言葉を使い注文をしていた。
俺の知らない香織の一面を見たような気がして、少し距離を感じてしまった。
アイツ、慣れてるのか。
誰と来てるんだろうか?
もしかして…男…なのか?
そう思うと自分が本当に香織から好かれているのか自信がなくなってくる。
「どうしたの?」
ボーっとしている俺の手を再び引く香織。俺はされるがまま、店の外に連れ出された。
「店内座れそうにないから、帰りながら飲みましょ」
「あ、うん」
しばらくたわいもない会話をしながら歩いていると、いつの間にかいつもの公園に着いていた。
俺はチャンスとばかりに香織をベンチに誘う。
香織もそれに素直に受け、ベンチに座った。
まだ、日が落ちてないが、いつもなら帰宅している時間だな。
「あ、あのさ、香織」
空になったスタバの容器を手で少しずつ潰しながら気持ちを落ち着かせようと試みる。
しかし、無駄だった。
落ち着くどころか、頭が真っ白になったんですけど!?
よく考えてみたら、急にここで告白っておかしくないか?
だって、俺「やることがある」とか言って…あ、いや、あれはシエロに殺されて時間が戻って…無かったことになってるんだっけ?
何度も時間を戻っていると訳が分からなくなる。
そういうことか、思考が追い付かなくなるってのは。
何が正しくて、何を体験したかが分からなくなって…最後はおかしくなるってことなのかもな。
さてと、ちょっと整理してみるか。
あの夜、公園でいい雰囲気にまでなったのは無かったことになっているんだよな。
つまり、ここで告白するってことは…あれ?「やることがあるから」って断ったのは無かったことになるわけで…。
俺、普通に告白しようとしてるだけじゃん!!
「どうしたの、改まって?」
そりゃあ改まるよ。
告白しようとしたんだから。
でも、その必要がないと分かった。
どうしよう…。
流れで告白するか?
それとも、茶化して終わるか?
様々な考えが脳裏を過るが、過去の…無かったことになった香織の言葉がふと浮かんだ。
「私は空の味方だから安心していいよ」
あれは無かったことになっているが、今の香織でも同じことを思ってくれているはずだ。
俺はあれで救われたと思う。
だったら…。
俺は大きく深呼吸をする。
そして、意を決して言った。
「香織…お前が好きだ」
別に時間をコントロールして止めたわけじゃない。
でも、俺も…香織も…辺りの空気が全て止まったように感じた。
先に動いたのは香織だった。
「それ…本気…なの?」
これはどっちだ?
驚いてはいるが、それ以上のことは表情からは分からない。
俺は頷く。
すると香織は再び動きを止めてしまった。
これ…どうしたらいいんだろうか?
もしかして、未来が変わって…香織が俺のこと、そこまで好きじゃなくなっている…とかじゃないよな?
このままでは何も変わらないので、俺は腹をくくって口を開いた。
「もしかして…嫌だったか?」
俺の言葉で我に返ったのか、慌てて首を横に振る。
「違う…違うの!す、好きだよ!いきなりだから驚いちゃったというか…」
やっと状況が飲み込めたのだろうか?香織の顔が赤みを帯びてきた。
「ふ、不束者ですがよろしくお願いいたします!」
急にこちらに向き直り、深々と頭を下げる香織。
俺もちゃんと香織と向き合い「こ、こちらこそよろしくお願い致します」と返した。
ってそれ、結婚するときに言う言葉なのでは?
でも、なんか可愛らしいから…これもこれでアリかもしれない。
俺は今日…人生で初めて彼女ができた。
グラディオスも終わり、彼女もできて…。
そうだよ。
あれだけ辛い思いをしたんだ。
これからは少しくらいは幸せになっても…いいよな。
あれから、何を話すでもなく、しばらくベンチで二人、じっと座っていた。
昨日まで自然にできた会話が今、まるでできない。
それは香織も同じようで、全く何も話さない。
しかし、時間も遅くなってきたので俺が「送っていくよ」と言うと「よ、よろしくお願いします」と堅苦しい言葉が返ってきた。
ぎこちない…。
あれだけ普通に二人で歩いて帰ったことがあるのに、妙に距離を気にするし、何を話せばいいか分からない。
どうしよう…何か話すべきか?
「あ、明日は…晴れるかな?」
そんなこと、今まで一度も言ったことのない香織が明日の天気を聞いてきた。
それ、完全に知らない人と会話に困った時に切り出す話題じゃないか…。
「し、調べてみようか?」
だが、俺の返せた返事はこの程度だった。
何だよこれ…。
意識すると…こんなに会話が大変なのか!?
みんなどうやってるんだ!?
誰かマニュアル教えてくれよ…。
気づけば、ほとんど会話のないまま、香織の家の前に着いてしまった。
「ま、また明日な」
「うん、また明日ね」
あっさりと別れる俺たち。
これは帰ったらネットでどうすればいいか調べなきゃ…頭がおかしくなりそうだよ…。
思ったより帰宅が遅くなってしまった。
また母親からの小言がありそうだな。
でも、今の俺はそんな些細なことは気にしない。
なんせ…「彼女」できたリア充だよ?
ワンランク上になったんだよ?
母親の小言なんていくらでも聞いてあげようじゃないか♪
と、思っていたのだが、一時間にわたる母親の小言はメンタルにかなりのダメージを受けた…。
疲弊しきったのでとりあえず自分の部屋のベッドに転がった。
静かな部屋。
いろんなことが頭に蘇る。
オーチェがいきなり現れて…シエロが来て…焦馬と戦い…雫と戦い…シエロが死んで…最後の戦いが終わって…香織が彼女になって…。
まるで数年が過ぎたような感覚だが、一週間くらいの話なんだよな。
いや、何度か時間を遡り、やり直しをしている俺は体感的には、もっと長い時間を過ごしたんだよな。
でも終わった。
失ったものは多かった。
それでも俺は…。
生き残ったんだ。
ただ、俺だけが覚えている記憶…。
これは一生消せないもの。
これを背負って…生きていくのか。
終わったことで気負うものはなくなったものの、この記憶に終わりはない。
素直に終わったことを喜べないのは、失ったものが大きすぎるからだろうな。
でも…もうこんな思いをすることはない。
セロに願いを言えば…いつもの…平穏な日常が戻ってくるはずだ。
戻って…くるよな…。
下から晩御飯ができたと呼ばれたので重い体を起こし階段を下りる。
いい匂いがする。
これは…揚げ物だ!
男子高校生の腹が、揚げ物を求め盛大に鳴った。
台所に入ると嬉しいものが目に入った。
鶏の唐揚げさんだ♪
彼女ができたことに続き、大好きな唐揚げ。
今まで不幸だった分が今、ちゃんといいことになって返ってきているってことかな?
そうだよ。
人生そうじゃなきゃやってられないよな。
さっそくつまみ食い。
分かっちゃいるけど、こうやって食べるのがまた美味いんだよな♪
揚げたばかりなので口の中が少し火傷したのだが、あふれ出る肉汁とカリッとした食感が俺を幸せで包んでくれる。
あまりつまみ食いしてると母親と間子のダブルで説教されるので俺は一つで我慢する。
一つまでならセーフなのは経験上知っている。
「ちゃんと座って食べなさいよ、お行儀悪い」
いつの間にかこちらを見ていた母親に注意されたが、これは説教ではなく呆れられているだけだ。
ここで大人しく席に座り食べ始めれば怒られはしない。
「そういえば間子のやつ、まだ帰ってないの?」
いつもなら揚げ物の臭いで俺より先に台所にいる間子の姿が見えない。
こういう時は大体部活が遅くなっていたり、友達としょうもない話で盛り上がってるときである。
母親は俺の問いに答えず別の揚げ物を揚げている。
お、今度はサツマイモの天ぷらじゃないか!
そうだよね。
肉を揚げたら野菜も揚げなきゃね。
いや、揚げ物だとキャベツの千切りも捨てがたいんだけどさ。
「もう少しで全部揚げ終わるから、ちょっと待ってなさい」
待てるかな、俺。腹減ってるんだけど…。
「今日は鶏肉安かったから多めに唐揚げ作ったから、余ったら明日帰ってからのおやつにでもしなさい」
余る?
いや、この量だと俺と間子の二人でほとんど食べて、父さん帰って来たころは残骸くらいしかないぞ。
なめるなよ、成長期が二匹いることを。
それとも、すでに父さんのは別にして…いや、揚げたばっかりだから、ここのが全部ってことだよな?
まだ他に何か揚げるのかな?
個人的には魚のフライでもあれば嬉しいとこなんだが…。
すると、母親はコンロの火を止め、洗い物を始めた。
「先に食べてなさい。お母さんは洗い物少し片付けて食べるから」
俺は「分かった」と言うと席に着いた。
間子、悪いが大皿に盛られている以上、分配は決まってない。唐揚げは俺が多く頂くからな!
こんな日に帰りが遅い自分を恨むんだな!
俺は「いただきます」と共に全力で食べた。
グラディオスも終わり、香織とも上手くいって、晩御飯は唐揚げ。
人生の最高点は今か?と思うくらい幸せである。
ただ、やり過ぎには注意だ。
もし、本当に食い尽くしてしまえば、間子に殺される。アイツも揚げ物大好き女子だからな。
俺は唐揚げの残りを確認する。
「お母さん、間子にはこれくらい残したらいいかな?」
そう。大事なのは俺だけの判断で残したのではない、という証拠が必要だ。
母親が「そうね」と言えば俺は食べ過ぎてない、と認められることになり、間子に殺されない。
「どういうこと?」
母親の答えに俺は箸が止まった。これは、俺が間子に気を遣っているのがおかしいってことなのか?
「あ、いや、唐揚げ食べ過ぎたら間子、怒るでしょ?だから、どのくらい残せばいいかなぁと思ってさ」
説明していてなんか悲しい。
妹の機嫌を気にしながら唐揚げを食べる兄。
彼女できたくらいでは人生、何もかも変わるってことはないんですね…。
「…誰のことを言ってるの?」
母親の言葉に思わず反射的に「は?」と返してしまった。
しばらく沈黙が流れた。
「誰に唐揚げ残すって?お父さんは今日晩御飯は要らないって言ってたから、それはあなたが食べてもいいのよ?」
違和感。
会話が噛み合ってない。
この感覚…。
いや、待ってくれ…。
落ち着け。
まだ、勘違いってこともある。
バカげた質問を…普通ならしない質問をする。
「お、お母さん。俺に妹…いるよ…ね?」
俺の言葉に母親は口を半開きにして固まってしまっていた。
あ、あぁ。さすがにアホな質問してしまったか。いくら何でもこんな質問するなんて…。
「寝ぼけてるの?妹なんていないでしょ?またアニメか何かの影響なの?」
…何の冗談だよ。
あ、あぁ。
もしかして…間子とグルになって俺を…騙そうとしているんだろ?
そうだよ…。
そうに違いない…。
違いない!
俺は駆け出していた。
階段を上がり、俺の向かいの部屋のドアを開けた。
そこには…
見慣れた学習机。
俺の借りたマンガ。
高校一年生の参考書たち。
下着を入れている引き出し。
そんな光景が広がっていた。
はずだった…。
そこには、俺の記憶にあるものが全く無かった。
代わりにあるのは…。
積まれた開封されてない段ボール。
衣替えのための衣裳ケース。
紐で縛られた雑誌。
足の折れた椅子。
まるで…物置だった。
初めからここに誰もいなかったように、当たり前に、乱雑に物が置かれていた。
「は…ははは…」
笑いが止まらない。
俺は…妹を消すために…何度も何度もやり直しをしていたのか。
俺は…妹の頭に…あんな太い槍を…突き刺したのか。
俺は…また、消して気がついたんだ…。
大切な人を消したってことを…。
でも…もう誰も消さなくていいんだ。
消さなくて…いいんだ。
消さなくて…消さなくて…。
消…さ…な…く…て… 。
俺が消えれば良かったんだ!
あんなにやり直してまで勝つ必要なんかなかったんだ!
アイツは…間子は…家族なんだぞ…。
何で気がつかなかったんだよ…。
今まで身近で二人も消えていったのに…。
浮かれて告白して…唐揚げで喜んで…。
もう…嫌だ…。
もう…もう…。
もう、嫌だー!!!!!!!
俺は理性が残っているうちに空間をある所に繋ぎ、家を出た。
もう…どうでもいい…。
もう…この世界なんて…どうでもいい…。




