34 糸口
意識が途切れ、再び暗転する世界。
何回これ見たっけ?
この暗転が終われば俺はまた試合開始直前に戻されて…。
戻されて…。
戻され…ない?
…暗いままだ。
ハハッ、とうとうゲームオーバーってことかな?
それもいいか…。
俺は自分のできることは全てやった。それでも勝てないんだもんな。
ゲームオーバーはむしろご褒美だ。
あの無間地獄から解放されるんだもんな…。
ゆっくりと闇の中を落ちていく俺。
実に心地よく感じる。
やっと終われた…。
それが…俺にとっていいこと…なんだろうな…。
「…右上段蹴りのとき、一瞬肩を小さく動かしてないよ」
…懐かしい声が聞こえた気がした。誰の声だったかなぁ…。
「…それに技の動作の後の…戻りが遅いかな」
幻聴ではない。今、はっきりと聞こえた。
俺は辺りを見回す。すると俺の横にいつの間にか…一人の女性が立っていた。
しかも…美人のお姉様じゃないか!
黒髪ショートヘア。少し吊り上がった目は、微笑みによって弧を描いている。頬にあるエクボが可愛らしさのある美人。
どこかで会ったよな…。
「きっとね、空くんが実力を発揮できないのは…相手が香織だと思ってるからじゃない?」
その言葉に俺は何も言えなかった。
これまでの傾向から考えると、俺は相手を香織じゃないと思い込めなかった。
セロはきっと香織と俺が互いを知らず存在を消し合うのを見て楽しんでるんじゃないか?と思っていた。
焦馬、雫と俺が勝てば苦しむ相手ばかり対戦相手にしてきた。
となると、あれだけ格闘センスを持っているのは俺の周りでは香織しかいない。
「香織じゃないと思うよ、相手は…」
俺の考えを見透かしたように美人のお姉様が答えた。
「クセが違うのよ…。それに…香織の上段蹴りは…あんなに遅くないよ」
香織と戦ったことある人…なのか?少なくとも俺は知らない人だ。
こんな美人のお姉様、一度見たら忘れるはず…。
俺はあることに気がつき…心に恐怖が黒煙のように広がりだした。
もしかして…俺はこの人を知って「いた」んじゃないだろうか?
「そっか、空くんは私のこと…分からないんだよね…」
悲しそうな声に思わず「すみません」と返してしまった。
「仕方ないよ、そういうルールらしいからね」
そう言うと美人のお姉様は俺の頭を優しく撫でてくれた。
「確約はできないけど…あれは香織じゃないと思う。技のクセもあるけど何より…」
何を言うのか俺は意識を美人のお姉様に集中させる。
「胸、小さいもの」
沈黙が流れた。
「だから、あんなに小さくないよ。あの子はEカップあるんだから」
何だろう、この美人のお姉様。
天然…なのか?
それ、本人以外が言っちゃあダメな情報なのでは?
そんな俺の思いを気にせず説明を続けるお姉様。
「一度だけアイツを捕まえてゼロ距離攻撃をしたことあるんだけど、そのとき、触った感覚が小さかったもの?」
変にいろんな妄想をしてしまったが、今、とんでもない重要なことをサラッと言ったぞ!
「捕まえたって…触れたんですか!?」
遠距離攻撃を全て無効化するのに触ることはできるのか!?
つまり、近距離攻撃ならチャンスはある、ということになる!
「…相手の不意を突いたのよ。」
「不意を…突けたんですか?」
不意を突けば…触れることができるんだ。
有効な情報のようで実は難しい。
フラージュオプティで隠れることができない俺に、相手の不意を突くことができるのか?
「相手は多分ストリートでのケンカの経験じゃなく、ルールの下で戦う格闘技の経験しかないと思う。だから、多方向からの攻撃ができるなら、相手の気を逸らすことができるわ。競技の格闘なら基本は一対一だからね」
そうか。
俺は正面攻撃しかしていない。
それはスピリットスキルの特性である遠くになればなるほど威力が落ちることを意識しすぎて、攻撃力を落とすことを避けていた。
つまり、焦馬を倒した時のように威力が低くても相手の気を逸らせることができればいいのか。
「ただ、ゼロ距離で攻撃を仕掛けても結局、私は腕を切り飛ばされて…それで負けちゃったんだけどね」
「腕を…切り飛ばされた…」
きっと腕を空間ごと切断したのだろう。俺も何度も食らった技だしな。
「そう。相手の攻撃は見えないし、読みにくい。こっちはペースを乱され、想像以上に体力を消耗したの。だから賭けで接近戦を挑んだんだけどね」
近付けてもやはり空間コントロールを何とかしなくては倒すことは不可能ってことか。
でも、近付いてからの攻撃は相手の空間コントロールを発動させる時間を遅らせたというのは大きな利点だ。
俺の場合、空間コントロールを発動させるタイムラグがあればランデルーズを撃って勝てる可能性がある。
だが…俺は…もう…戻りたくない。
もう疲れたんだよ…。
何回殺された?
あれだけ実力差があるんだぞ?
今更空間コントロールを覚醒させたところで…勝てる気がしない。
「もう…戦いたくないんだ…。勝てないよ…。もうこのままで…いいよ」
涙が流れる。
何度も死の恐怖を味わい戻されたことで…俺はもう…戦う気力が消えてしまっていた。
また殺されたら…。
いや、もうどうでもいいか…。
涙がさらにあふれ出てくる。
これじゃあ嫌なことをしたくないと駄々をこねる子供みたいじゃないか…。
でも…自分でも制御できない。
気が付くと声を上げて泣いていた。
こんな美人のお姉様の前で情けないくらいに泣く俺。
呆れられても仕方ない。
そう思った俺を…何か温かいものが包みこんだ。
「無理しなくて…いいんだよ」
俺の顔はお姉様の胸元にあった。
一瞬、恥ずかしさで慌てたが、その心地よさに身を委ねてしまっていた。
何だろう?
以前にもこんなこと、あったような気もするなぁ。
「空くん、もう一度だけ…それで最後にしてみない?私も…力を貸すから…」
そう言うとお姉様は俺の額に軽くキスをすると、スーッと消えていった。
そのキスは優しくも、大人な感じがするものだった。
泣き叫んだからだろうか?少し気持ちの整理ができた気がする。
あの人が誰なのか思い出せないが、俺は心の中で礼を言うと、目を閉じ、元の世界に戻ることを念じたのだった。
「この戦いに勝利した者は私が勝者の願いを叶えよう」
何度このセリフを聞いただろうか?聞くたびに絶望が増した言葉。
でも、今は違う。
これが最後…だ。
そうだよ…最後にしなきゃ…。
それでもダメなら…ごめんなさい、美人のお姉様。
「では、最後の戦いを始めよ」
初手は上段蹴りなのは何度も繰り返しているので覚えている。
問題はそのあとだ。
どうする?
俺の手持ちの攻撃はすべて反射された。
かといって焦馬の時のようにランデルーズを反射させる岩や建物は無い。
炎を相手の後ろに召喚させて攻撃するか?
それを試しにやって失敗したら、相手にこちらの意図がバレてしまう可能性がある。
俺はまずやってくる上段蹴りをしゃがんで避けた。
相手はまた同じように驚いたのか動きを止めた。
ここから…どうする!?
何でもいい!何か…何か手はないものか!
ザラッ。
手に違和感ある感触。
「…何だ?」
思わず手を広げてみると砂が付いていた。
「いつの間に?どういうことだ?」
ここに砂なんかない。それなのにどうして…。
じっと見ていると…俺の手の砂が…集まってきている…のか?
俺はもしかして…と思い、砂が手のひらで丸くなるイメージをしてみた。
すると砂は見事な真球となった。
しかも、かなりの固さだ。
「砂の…コントロール?」
これってもしかしてあのお姉様の…スピリットスキルってことか!?
焦馬や風のスピリットスキルの少女と同じように…あのお姉様の魂も俺に…ということか?
「考えてる時間はないな!それじゃあ試しに」
俺はイメージする。
次の攻撃は何もしなければ腹に正拳突きだ。それなら…。
バキッ!
いい音がお腹の辺りで鳴る。
まともに腹に正拳突きが入った!
だが、次の瞬間、相手が拳を抱えうずくまった。
狙い通り!
「どうだ…砂をコントロールできるなら、岩の生成もできるんじゃないかと思ったんでね」
そう、相手は俺の腹の前にあった生成された岩の板を殴ったのだ。
あのお姉様の言うことが正しいなら、競技用の格闘技で強いとしても、岩を砕けるとは限らない。
まあ、相手がそれを見越して何かしてくれば別だけどさ。
「今だ!」
俺は相手の周りに岩をいくつか生成し取り囲んだ。
それに気が付いた相手は拳を抱えながら俺から距離を取ろうとする。
しかし俺は相手の逃げる方向に岩を生成して逃げ道を塞ぐ。
「追い詰めた!」
俺はランデルーズの構えを取った。
しかし、相手は岩がまるで無いかのようにすり抜け、岩の後ろに姿を現した。
「空間コントロールってワープみたいなこともできるのかよ!」
これじゃあ岩を使って相手の動きを封じるなんてできないぞ…。
新たな力を上手く使いこなせないとか…クソ!こういう時に自分の無能さに腹が立つ!
いや、待てよ?もしかして…。
試してみるかな。
俺は自分の周りに岩をできる限り生成する。
瞬く間に岩が森のように辺りを覆いつくす。
これで相手に見えないはずだ。
あとは相手がどうやって俺を感知しているか、だが…。
俺は自分の周りを岩で覆いつくした。
これで見つかるかどうかで、相手が俺を感知する方法を知るヒントにはなると思うけど…。
静まり返った岩の中。
これは最悪、いきなり俺を空間ごと斬り裂いたり、今までと同じように遠距離から打撃を繰り出される可能性もある。
これは「無意味だった」という検証をしただけ、とも言えるのだ。
しかし、今は何度もやり直した時になかったこの砂のコントロールを使って、新たな道を探るしかない。
それと…相手が香織じゃない証拠が欲しい。
そうしないと切り札の空間コントロールを発動できそうにないからな…。
それにしてもどうやって香織じゃない証明をすればいいんだ?
お姉様の言葉を鵜呑みにするか?
確かにこの砂のコントロールを与えてくれたお姉様は信頼に値するが、絶対違うとは言っていなかった。
それにお姉様は「香織じゃないと『思う』」と言ったのだ。
確証はないのだ。
万が一香織だったら…俺は…生きてはいけないだろう。
その事実を知ったその場で死んでしまうかもしれない。
香織かどうかの証拠を集めつつ、敵が俺を感知する方法を解明するとか…今までの戦いよりハードモードじゃないか!?
これ、攻略方法とか…ネットで検索して出てきてくれたりしないもんかねぇ。
そんなことを考えていると俺の上の岩が切り取られた!
相手の攻撃のようだが…これは…もしかして。
俺は岩の一部に穴をあけて外に出た。
すると、あれだけあった岩が様々な形で斬られており、現代アートさながらの風景になっていた。
「これって…」
辺りを見回そうと首を動かした瞬間、俺は横っ飛びして地面に這いつくばった。
「おいおい…こういう場合…アニメとかなら場面説明で…敵の攻撃はこないだろ…」
立ち上がろうとした俺の頬に何かが入った!
歯が一本折れるほどの衝撃を喰らい、再び転がされた。
「そうか…顔なら…岩があるか無いか分かるってことか…」
だが…少し見えてきた。
コイツがどんな感じで俺を認識しているか。
んじゃ次の実験をしてみようか…。
折れた歯を吹き捨てると、俺は近くに自分と同じ背格好の砂の人形を作った。
そしてゆっくりと伏せ、自分の周りを岩で覆い砂の人形が見える位置でじっと待った。
すると今度は俺ではなく砂の人形が大きく揺れ、首の辺りに少しヒビが入っていた。
これで分かったことがある。
相手は俺のことを完全に把握できてない。
多分「形」を認識している、という可能性が高い。
もしかして空間コントロールって…空間にあるものをある程度認識できたりするのか?
そうか、それができないと空間と空間を繋いだとき、何か障害物があったり、相手との距離が合わなかったりしたら攻撃は当たらない。
しかし、その認識能力は完璧ではなく、人の認識はできても砂の人形なのか俺なのかは判別できなかった。
確かにフラージュオプティのような光学迷彩では俺はその場にいるわけだから攻撃を当てることができる。
つまり、相手は3Dスキャンされたフィールドを見ている…しかも精度はそこまで高くないものが見えていると考えれば筋が通る…か。
ただ、問題はそれが分かったとしても、どうやって攻撃を当てるか、だな。
お姉様は相手のゼロ距離にまで行けたようだけど…どうすれば行ける?
相手がもし初期の場所から動いてないなら、俺との距離は約百メートルくらいか。
馬鹿正直に正面から走って行けば気付かれる。
気付かれたら相手の攻撃が来るので俺は相手に近付く前にボコボコにされるよな。
つまり…相手がこちら以外に意識を向ける攻撃が必要…か。
至近距離で強力な攻撃で気を失わせることができれば…勝ちは見えるはずだ。
でも…どんな攻撃をすれば…。
ふと俺の頭にある光景が浮かぶ。
相手が防御に徹するような攻撃を俺は知っているじゃないか!
そう、あれは忘れたくても忘れられない攻撃だよな。
今の俺なら…それができる!
ただし、もっと強力にしないとな。相手の防御をそっちに集中させなきゃ意味が無い。
んじゃ…早速やってみるかな!
俺は覆っていた岩を消し、立ち上がる。
「喰らえ!ジュビアディロスカ!」
俺の姿を感知したのか、俺の顔にまた打撃をくらった。
吹き飛ばされる俺だが、二撃目は…なかった!
相手の上に降り注ぐ岩!
その防御に徹している!
そう、シエロが俺に修行と称してやっていた…懐かしき…いじめである!
しかもあの時とは違い、当たれば即死しそうな大きな岩。
それが降って来れば当然防御にスピリットスキルを使う。
しかも、光や風と違い、俺に向けて反射して放っても、放った瞬間にその場に落ちるため俺まで届かない。
もし、真上に転移してきても俺は岩を砂に変えることができるので問題ない。
先ほどの防御を見ている限り、自分の周りで受け止めて、反射も自分の周りからしかしてこない。
俺は駆け出す!
相手が防御に徹している間に!
百メートルって、こんなに長かったか!?
相手は予想通り上から降ってくる無数の岩を空間転移で自分の周りにまき散らしていた。
それもあって、まき散らした岩陰に隠れながら接近する。
これで相手からは視認できない。
いや、もし感知したとしても上から降ってくる岩の防御を解除すれば岩が頭に直撃する!
俺だってこのジュビアディロスカに集中しているからこそ無数の岩を降らすことができる。
相手もそれを凌ぐために防御に集中しているはずだ!
あと五十メートル!
近付いたので降らす岩を増やす!
相手は踏ん張るような姿勢で両手を上に挙げ、岩を転移させている!
あと二十メートル!
俺は岩を増やすことより次の動作を優先するため全力で走る!
相手がこちらを向いてきた!
あと十メートル!
排出された岩の間を抜け、相手に肉薄する!
「まずは攻撃力を削ぐ!」
俺は上に挙げている相手の手に向けてランデルーズを放った!
ランデルーズは…相手の右手に…当たることはなかった…。
相手は…消えたのだ。
そうか…自分を転移すれば…回避できるのか。
それくらい少し考えれば予想できそうなことだった。
なんせこの前の戦いで、あのお姉様にゼロ距離攻撃された経験がある以上、相手も学習するよな。
それに俺は甘いと分かっていてもできなかった攻撃がある。
あれだけ至近距離なら…燃やせばよかったのだ。
転移されても、燃やす方が火傷を負わせ、攻撃力を削げたが…相手に火傷を負わせる…それは雫のときのことが頭に浮かんで…できなかった。
余裕なんてないくせにこれだもんな。
どうやらこれは俺が戦えるようになるためには、香織かどうかの証明が必要になりそうだな。
だが、どうやって?
声は相手に届かない。
文字を地面に書いたとしても、気付かれなくては意味が無い。
かといって俺は香織の戦い方を見て分かるわけでもない。
どうする?
悩んでいる俺であったが、そんな時間は無いと言わんばかりに俺の右足に鋭い衝撃が走った!
これは…下段蹴りか!?
痛みで膝を落とす!
そこに間髪入れず俺の腹に…重い蹴りが入った!
多分、中段回し蹴りだ。
俺の腹部に、棒で横なぎしたような衝撃が走り、吹っ飛ばされた!
一瞬呼吸困難に陥るが、何とか立て直す。
マズイ…このままだとまた…負ける。
打つ手なし、敗色濃厚。
せっかくお姉様がくれた力が無駄に…。
無駄…に?
そうか…無駄…でいいんだよ。
何でも有効活用しようとしなくていいんだよ!
俺は思いついた作戦を頭でまとめると立ち上がった。
「香織かどうかを見極める方法…これならいけるかも…しれないな」
ふらつく足に必死に力を入れ立ち上がる。
成功するかどうかは分からない。
だが…今は試してみるしかない!




