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28 シエロを…

「お前はシエロと相打ちになった時、その時点でのお前は肉体が死んだのだ。そして、お前から見れば過去のお前と一つになり今のお前となった」


出だしから意味が分からない。


いや、その前に、俺には出だしなのか、途中なのかすら分からない。


そんな俺に気を遣うことなくオーチェは話を続けた。


「過去のお前と魂が一つになったお前は記憶の共有、感覚の共有、スピリットスキルの共有もできる。お前が炎のスピリットスキルや風のスピリットスキルを使うのと同じようにな」


「じゃ、じゃあ過去の俺はどうなってるんだ!?人格は?記憶は?」


「過去と言っても一日も過ぎてない。そんな短時間で人格は変化しない。ゆえに、人格は混ざり合っても違和感なく一つになることができる」


まあ、心の中で別の自分がいる、とかはないし、今のところ違和感は無い。


「記憶も足されただけで、別の記憶を書き換えて移植するわけではないし、他の者に魂を入れるわけでもない。自分自身なら…スピリットスキルの存在を理解しているお前ならすんなり受け入れられるということだ」


その理論が果たして正しいのかおかしいのかすら分からない。


オーチェ、俺に分かるように説明してくれないのか!?


俺は質問しそうになって、必死に言葉を飲み込んだ。


約束…だもんな。


今ここで話を中断される方が困る。


中断されたら夜、気になって眠れないどころじゃないよ…。


そんな俺のことを無視したのか気にしてないのか分からないが、オーチェは話を続けた。


「お前はどうして過去に来たのか?それは私には分からない。もしかしたら防衛本能のようなものが働いた結果なのかもしれないし、お前が死ぬとそうなるのかもしれない」


「つまり、オーチェにもはっきりとした原因は分からないってことか…」


「それと、この時間の戻りは一つ知っておかなくてはならないことがある」


頭の中の処理が追いつかないのにまだ何かあるの!?


「大事なことだからちゃんと理解してくれ。この時間の戻りは、お前が過去に戻ったのではなく、お前が時間を過去に戻したのだ」


「戻ったのではなく…戻した?」


言葉は似ているが全く異なる現象である。


「戻った」のなら、俺だけの事象で終わること、つまり過去へワープしたようなものだ。


それだけでも凄いことだが、周りを巻き込むことはない。


しかし、「戻した」となれば別格だ。


要はこの世の全ての時間を戻して今ここにいるのだから、全世界の人たちの時間も戻したことになる。


それはまるで神。


そんなことがたった一人の人間に出来て良いものなのだろうか?


何より俺はなぜ時間を戻したのだろうか?


疑問は尽きないがグッと堪える。それがオーチェとの約束だからである。


「質問したいのを堪えたようだな。それでいい。話を最後まで聞けば、ある程度の疑問は解決であろうし、私は話す内容以上のことを知らない」


何とも分かりやすいが、解決はしてないよな、それ…。


まあ、こんなこと完全に理解できるヤツいるとは思えないけどさ。


「私がお前の時間を戻したことを知っている理由についてだが」


間を開けるオーチェ。


息を呑む俺。何を言う気なんだ?


「私も時間をコントロールできるからだ」


これは「質問をしてはいけない大会」なのか!?


質問させようと誘ってるのか!?


そんなことさらりと言われたら質問するなというには無理だろ!


しかし、俺は出かかった言葉を必死に飲み込んだ。


ここで質問して、肝心なことが聞けないことの方が損失なことくらい俺にだって分かる。


「お前の時間コントロールに対して巻き込まれないレジスト能力…とでもいうのかもしれないが、それのお陰で私の記憶はお前のように過去に持ってこれたようだ」


もう理論も何もない。


今起きていることから推測して、自分の頭を整理していく以外内容の組み立ては出来そうにない。


「そうなると、時間コントロールできない人たちは過去の状態になっていると考えるべきか」


つまり、未来を知っているのは俺とオーチェ、まあ、セロも知っていると考えると三人はいることになるわけか。


「そもそも時間コントロールを使い、長い時間戻すというのはあってはならないことだ」


長くても短くても普通にダメだろ、それ。というツッコミを我慢してオーチェの話を聞いた。


「戦闘で使う場合も数秒自分の時間を早めて移動とか、攻撃回避のために相手の時間を遅らせるとかという短時間で使うものだ。時間をコントロールしすぎると基準となる時間が少しずつずれ、思考が追いつかなくなり、結果時間に振り回されて自滅する可能性がある」


便利そうな時間コントロールも欠点はあるということか。


オーチェは戦闘で使ったことはあるのだろうか?


「それなのにお前はこれだけの時間を戻して何事もなかったかのようだな。お前はもう…人の領域を超えだしているのかもしれないな」


いきなり俺を化け物扱いですか…。


それともオーチェ達のような神のような存在になりつつあるのか?


スピリットスキルを使える時点で人間かどうか怪しくはなってきているんだが…。


それにしても無意識とはいえ、俺のやったことは…かなりヤバイこととも言えるわけか。


「話を戻すが、今のお前はシエロの手の内を知って戦うことができるわけだが」


真っすぐな視線を俺に向けるオーチェ。その眼差しには一点の淀みもなく、無表情な顔に似合わない強いものを感じる。


「今度こそ…シエロを殺してくれ」


耳を疑う言葉だった。


そんな言葉をオーチェの口から聞くなんて思ってもみなかった。


「それが…お前が生き残るための最善の手段だ」


俺は返事ができなかった。


確かにムカつくことの多いシエロではあるが、殺したいとは思わない。


むしろ、俺がここまで生き残るために協力をしてくれたことには…悔しいが感謝すらしてる。


そんな相手を…殺さなきゃならないなんて…。


「…無理だよ」


確かにこの時間に戻ってくる前にシエロと殺し合いをしていた俺だ。


何の説得力もない言葉なのは自分でも分かっている。


でも、戦った結果殺してしまうのと、始めから殺そうとして戦うのでは…その、何と言うか…違う気がする。


「構わないが…また、お前はここに戻ってくることになるのではないのか?」


その可能性は考えていなかった。


そもそも、なぜここに戻って来たのかも分かってはいない。


それに、もう一度シエロに殺されて俺がここに戻ってくるとしたら、シエロを殺さなければ先に進めないということになる。


シエロを…殺すことは、避けられないのか…。


今回の展開は謎だらけだ…。


何から解き明かしていけばいいのか、さっぱり分からない。


「前に進むか、それとも留まるかはお前が決めろ。お前のスピリットスキルで戻って来たのだからな」


そうだ。その通りだ。


誰かに連れて来られたのではない。


俺は…自分のスピリットスキルで戻って来たのだ。


「なあ、スピリットスキルって…ホント何なんだよ…」


自分の意志とは関係なく発動した時間戻し。


しかも、シエロと戦う直前。


俺は…シエロを殺したいと心のどこかで思っているのか?


だとしたらなぜなんだ?


「では、後はお前に任せる」


そう言うとオーチェは消えてしまった。


そもそもシエロってどういう存在なんだ?


考えれば考えるほど謎が増えていく。


オーチェもセロ側の存在なわけだし、もしかしたらセロの命令で動いている可能性もあるわけだよな。


となると、シエロを殺すことが逆に俺にとって良くない方向に向かうのかもしれない。


答えのない問いは俺を無限の思考の沼に引きずり込んでいく。


当たり前だが、その間も時間はゆっくりと進んで行く。


そろそろ日付が変わる時間だ。


確か俺はこれくらいの時間に家を出て…香織に出会って…カエルと出会って…シエロと戦うことになったはずだ。


どうしようか。


このまま外に出て自分が体験した未来と同じことをすべきなのか?


それとも別の行動をして未来を変えて…。


ん?そうなると未来が変わるわけだが、じゃあ俺の記憶はどうなるんだ?


いきなり記憶を書き換えられるのか?


マンガやアニメでもこういうシチュエーションだと色々なパターンあるから迷うんだよな…。


ミスして失敗したら…アウト…だよな。


いや、また戻って…。


それこそ自分の意志でタイムリープできるわけじゃないから無理か…。


クソ!面倒なことするなよ…俺。


その前にこのタイムリープ自体正しい行動なのか?


何もかもが不確かゆえに何をすべきか分からなくなってくる。


「何を悩んでいるんだ?そんな暇、お前には無いだろうが」


思考が停止した。


時間は俺が選択を決めるために待ってはくれない。


「シエロ…」


俺の視線に違和感を感じたのか、シエロは目を細めながら俺を見つめてため息をついた。


「お前…何を隠している?」


選択の余地は無かった。


俺は…俺の知る未来とは違う道を歩もうとしている。


俺の知る未来ではシエロがこんなことを言うことはなかった。


「まあいい。修行に行くぞ。グラディオスの決勝に向けてお前には身に付けてもらいたいスキルがあるからな」


「空間…コントロール…だろ」


言い終えて思わず口を両手で押さえてしまった。


色んなことがあり過ぎてシエロの顔を見て気が緩んだのもあるが…。


いや、うっかりにもほどがある。


こういう時になぜドジっ子属性が降臨するんだよ!


「おい、なぜお前がそれを知っているんだ…」


シエロの声がうなるように低くなる。俺は必死に言い訳を考えるが、いいものが浮かばない。


「お、オーチェに聞いたんだ」


咄嗟に出たのがその一言であった。


我ながら悪くない言い訳を思いついたものだと…。


「オーチェがそんなことを言うことはない」


一瞬で見破られた。


そう言えばオーチェとシエロの関係も俺はよく分かってない。


二人が親しい会話しているところすら見たことない。


お互いのことを知っているのは分かるが、上下関係すら怪しいものだ。


「お前…どこまで知ったんだ?」


違和感を覚える質問。


シエロは「どこで知ったんだ?」ではなく「どこまで知ったんだ?」と聞いてきた。要は情報源よりも俺がどの程度知ったかの方が大事なようだ。


正直に言うべきか?


それとも、まだ誤魔化すべきなのか?


「言えないのか?もしかしてセロのせいか?」


先走ったシエロの推測によって光明が差した。


俺はゆっくりと頷く。


「そうか…」


どうやら納得したようだ。これで…。


「お前は俺に本当のことを言う気は無いということか」


鋭い眼光が俺を射抜く。俺は動けなくなってしまった。


これは…敵意か!?


「お前、何者だ?空じゃないな?」


そっちに勘違いしたか!


「セロがお前に口止めをさせる理由がないんだよ」


まさかのトラップだった。俺は見事にハマったドジなヤツってことか…。


「いや、俺は空で…」


「まだ自分を空と言い張るのか」


敵意をむき出しにして俺を睨むシエロ。これはなんとかして誤解を解かなくては…。


「じゃ、じゃあどうやったら信じてくれるんだよ!?」


「まだ言うか」


今にも攻撃してきそうなシエロにダメもとでもう一言いう。


「お前が信じられる内容の質問をしてみろよ!何でも答えてやるよ!」


俺の悲痛な叫びとも思える言葉にシエロは「ほぅ」と一言返し「では」と続けた。


「お前がスマホに入れた最初のエロマンガのタイトルは?」


思わず「え、エロマンガ!?」と聞き返してしまった。


い、いや、言えるけど…言えるけど…。それ、言わせるの!?


「…スの…様…」


恥ずかしくて死んでしまいたい!この猫、俺に何をさせているんだよ!


「聞こえないな。何だ?」


拷問である。


俺が高校一年生の時、必死になって探し出した至高の逸品。忘れるわけがない。


だが…それは…。


しかし、言わなければシエロは間違いなく俺を敵認定して攻撃してくる!


「やはり偽物…」


「ナ…ナースのお姉様!深夜のト・ク・ベ・ツ回診♡!」


俺は…何かを振り切った。


いや、何かを捨てた、捨てることができた…かもしれない。


「…本物のようだな」


シエロの敵意は消え、いつもの小生意気な雰囲気に戻った。とりあえずは衝突回避ができたと安堵した。


「何バカなこと叫んでるのよ!変態お兄ちゃん!」


俺の体はくの字に折れた。


間子の鋭い中段回し蹴りが俺の背中のど真ん中にヒットしたのだ。


決して人の構造上、ありえないほどの角度。これは本気の蹴りだ。


まあ、こんな夜中にあからさまに怪しいワードを叫べば、こうされても仕方ないと言える…か。


俺は壁に激突して大ダメージを受け、しばらくは動くことができなかった。


「…大声出すからだな。普通に言えばいいものを」


相変わらずの呆れたようなシエロのため息が聞こえた。


「あのな…お前が変な事言うからこうなったんだろうが…」





体が回復して改めてシエロに自分が未来からシエロと殺し合いをして死んで魂が時間を戻して、この時間の俺と融合したことを説明した。


それを聞いたシエロは「なるほどな」と無感情な一言を返すだけであった。


「あのさ、もっと何かないの?未来から来たんだぞ、俺」


「その未来も変わりつつあるんだろ?お前の話だと、お前の知る未来では間子に蹴られてないし、俺とこうしてゆっくり話をすることはなかったわけだからな」


そう言われるとそうなんだが…。


「で、オーチェは俺を殺せと言ったんだな?」


自分を殺せと言われた俺に対して何事もないかのように聞いてくるシエロ。どんだけ神経図太いんだよ…。


「そうだよ。てかさ、お前とオーチェはどんな関係なんだよ?何かお前が最初に言っていた『使い』とは違うように思えてきたんだけどさ」


「いいや、違わないさ」


そこはきっぱり言い切るシエロ。


もしかして勝手にオーチェの使いだと思い込んでいるだけのイタイ猫なのか?だから鬱陶しくなってオーチェはシエロを殺せ…とかは無いと思いたいけどね。


「そうか。オーチェは俺に死ねと言ってきたか…」


初めて聞くシエロのもの悲しげな声。


少なくとも『使い』を名乗る以上、敵対しているわけではないだろう。そんな相手から自分の死を望まれるというのはどんな気分なのだろうか?


俺のように相手が分からず相手を倒したのとは全く違うだろう。


「俺を…俺を殺せ、空」


聞き間違いだと思った。


そう思いシエロに確認しようと口を開いたが…言葉が出てこなかった。


泣いていた。


あのシエロが。


無表情のまま、涙を流していた。


まるで人間が泣くみたいに涙を流し、ボロボロと泣いていた。


「それが…それがオーチェの望みなら…俺はそれに応えよう…」


もしかして惚れているのか?と思ったこともあった。


もしかして弱みを握られているのかと思ったこともあった。


だが、そんな浅い思考で片付くような間柄ではないようである。


俺が香織に同じことを言われても、シエロのように潔く命を捨てられない。


なのに…シエロは涙を流しながらとは言え、自分の命を捨てると言った。


そう…言えたのだ。


「殺せるわけないだろ…」


俺はこう答えるだけで精一杯だった。


「本当に甘い奴だな。今、お前が空間コントロールを身に付けられる可能性が高い方法は俺を殺すことなんだ。他のスピリットスキルのように上手くいけば空間コントロールを身に付けられる。それを捨てる気か?」


そうだ。


それが問題なのだ。


空間コントロールを身に付けられなければ次の戦いで俺は殺されるだろう。


いや、未来が変わってきているってことは、このままでも俺は殺されないとかないのか?


試したいが、それはさすがにリスクしかない博打か。


「なあ、俺の今あるスピリットスキルで空間コントロール相手に勝てる方法…あるかな?」


俺の言葉に怪訝な顔になるシエロ。


そうだよね。自分の命かかっているのにここまで無策とは…思わないよね。


「お前見ていると、バカは死んでも治らないが本当だと実感できるな」


「あぁ!?お前さ、命を救おうとしてる相手によくそんな口たたけるよな!!」


ムカつく。本当にムカつく!


けど…何かホッとした。


シエロを殺さなくていい方法があるならそれを選びたい。


ただ、本当にそれでいいのだろうか?


この不安が、考え過ぎであってほしい。


そうでなきゃ…俺はまた、同じ結末に至るんだ…。

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