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29 不可能を無茶で押し通す

もう見慣れた廃工場にシエロと共にやってきた。


「今回が最後の修行かもしれないな」


ポツリと呟くシエロに俺も思わず「そうなるといいな」と返す。


「ここでいいか」


連れてこられたのは壊れた機械や錆びた鋼材がごった返す場所だった。


「これからやることは不可能を前提でやる無茶になる」


はて?シエロは国語能力が低いのだろうか?


不可能…それはできないこと。


無茶…常軌を逸した普通じゃないことをする。


つまり、出来ないことに対して常軌を逸したことをしようと言っているのか?


それってつまり「できるわけないこと」をしようってことで合ってるか?


「いい顔してるな。そうだ。不可能なことをこれからやろうと言ってるんだ」


「いや、不可能って言ってるじゃん…」


即ツッコミを入れる。


もう嫌な予感しかしない。


俺が体験した未来で殺し合いとかさせるシエロだ。今回は何をさせる気なんだ?


「そこに座れ」


シエロに言われるがまま、鋼材の上に腰を下ろす。すると、シエロはその正面にちょこんと座った。


「これからやることは、俺のスピリットスキルをお前が吸い出す、という行為だ」


「スピリットスキルを…吸い出す?」


理解を超えた話がまた出てきた。スピリットスキルを…吸い出す?えっと…シエロを…猫吸いすればいいのかな?


んなわけないよな。


「お前、何か変なこと考えてないか?」


さすがシエロ。俺の考えそうなことをよく理解してますよ…。


「お前が思っているより…不可能なことをしようとしてるからな。なんせ…この方法だってできるかどうか分からないんだ」


自信なさそうなシエロ。


あの高慢なシエロがこの態度とは…。


これは気を引き締めてかかる必要がありそうだ。


「やることはシンプルだ。俺と…魂をリンクさせ、スピリットスキルをお前に移す。それだけだ」


説明は実に分かりやすい。


問題はやり方だ。


どんなキツイことさせられるんだ?


「やり方は説明するだけなら簡単だ。俺が空間コントロールで今いる空間からお前を切り離す。お前はその力を感じ取り自分の魂にリンクさせる」


内容は短い。ただ、全く理解できない。どういうことだよ、魂をリンクさせるって。


「多分やり方が分からないんだろうが…これは口では説明しにくい。魂をリンク、と言ってはいるが、便宜上そう言ってるだけで、本当にリンクしているのかも分からん」


「つまり、何をどうやって空間コントロールを俺にわたすか分からないってこと…なのか?」


まさか…そんなでたらめなことをするとか…ないよな?


「そうだ。正直分からん」


「じゃあ何でそれで渡せるんだよ!」


驚きのあまり俺は感情任せに渾身の声でツッコミを入れた。


だが、そんな俺にシエロはいつものようにため息を吐く。


「お前、初めてスピリットスキルを得たときのこと、覚えているか?」


言われて過去を思い出してみる。


そう言えばオーチェの手を握って…柔らかくて…舞い上がって…。


「おい、何を想像してるんだ?この状況で余裕だな…」


どうやら顔にすぐ出るのね、俺。


改めて考えてみれば使えるようにしてくれたのはシエロだが、オーチェはきっかけをくれた。


しかし、そのきっかけをくれたとき、不思議な現象が起きていた。


三回、手を握れた。


今にして思えば三回手を握っているということは、三回、スピリットスキルの覚醒のきっかけをもらったと考えられる。


しかし、別の考え方もできる。


俺の持っている本来のスピリットスキルが一つであり後の二回はオーチェのスピリットスキルであり、それを俺に渡した、と考えれば俺が光と時間の二つのスピリットスキルをもっていたとしてもおかしくない。


「もしかして…オーチェが俺にスピリットスキルを譲ってくれたと仮定すれば、そんな感じでお前のスピリットスキルをもらえる、と考えたらいいのか?」


「そんな感じだろうな。つまり、オーチェはお前にスピリットスキルを使って、お前の魂に何らかの力でスピリットスキルを移したと考える方が合点がいく。スピリットスキルは本来、一人一つだからな」


つまり、俺はオーチェの魂も受け継いでるということになるのか?


俺の魂、一体どれだけ無節操に繋がりを増やすんだよ…。


いやね、異性と肉体的には無節操に繋がりたいなぁ〜とか思うことはあるけどさ、流石に魂までも、とかは思ったことはないんだけどなぁ。


「とりあえずやってみるとしようか。失敗したらまた時間を遡ればいいだけだろうしな」


へ?今凄い不吉なこと言ってなかったか?


時を遡ればいいって…。


「ちょっ!それ、失敗したら死ぬってことだろ!」


俺の言葉をまるで無視してシエロは意識を集中し始めた。


次第に目の前がまるで波打つ水面のような景色になってきた。


空間が歪んでいるのだろうか?つまり、俺は今いる空間から切り離されて別空間に隔離されようとしているってことか?


もう…後戻りはできないようだ。


「これが合っているって保証もないんだよな。やろうとしていることが無茶苦茶だろ…」


そんなボヤキを言っている間に、四方を波打つ透明な壁のようなものに囲まれたようだ。


試しに光を壁に当ててみる。


壁の向こうに光は全く届くことはなかった。まるで光が壁というハサミでぶった切られたような感じである。


「これに囲まれて…魂を感じる?わけわかんないな…」


恐る恐るその波打つ壁に触れてみることにした。


左手は…壁に触れられない。


いや、厳密にはその波打つ部分には手は届く。


しかし、触れることなく突き抜ける。


その突き抜けた先はここから見えなくなり、まるで手の先が無くなったように見えた。


しかし、普段通り手を伸ばしている感覚で、何の違和感もない。


「この先…どこに繋がって…」


ゆっくりと手を引き抜く。そして…俺は言葉を失った。


波打つ壁の先に入った手が…無い。


ただ、痛みは無かった。どういうことだ?これは切断されたわけではないという事か?


試しに左手を握るように脳から指示を出してみる。


しかし、握った感覚が無い。別の空間に行った、というわけでもないのか?


俺の左手…どうなってるんだ?


断面は…真っ黒で特に出血もない。まるで最初から無かったような…いや、そんなわけないよ…な。


治るよな、この手…。


「おい、シエロ。聞こえてるのか?」


試しに上に向かって大きな声で叫んでみる。


体感で三分ほど待つ。


静寂だけが続いていた。


「お前と話せないとか…やる前に言っとけよな」


再び波打つ壁の前に立つ。


さすがに右手で触って右手もなくなると夜とても困る…じゃなくて、日常生活に支障が出る。それは避けたい。


俺は波打つ壁を観察することにした。


規則性は無く、風が水面を撫でる程度に波打つ壁。


見ていても恐れや怯えといった感情は生まれてこない。左手が無くなったというのに、だ。


そもそもこの空間はどういう状態なのだろうか?


ただ単に廃工場の空間を隔離しただけの空間なのか?


それとも、もっと別の意味を持つのだろうか?


例えば、ここで修行したら短時間で数か月分の修行の効果がある…わけないよな。


「これって…頭入れたら…首ちょんぱ、何てないよね?ね?」


誰に聞いてるのか分からないのだが、誰かに「大丈夫だよ」と言って欲しい自分がいた。


かといって、ここでシエロ以外の声で「大丈夫」と言われたら警戒する以外ないけどさ。


「大丈夫…それはないよ…」


疑うべきは俺の耳か精神状態か!?もしかして他の人には見えないお友達、イマジナリーフレンドできちゃいましたか!?


でも…この同世代の声変わりしたてのような少し低めの声…何となく聞き覚えがあるような気もする。


…そっか、そうだよな。


こんなに不安で何もわからなくなればイマジナリーフレンドの一人や二人爆誕するってもんだよな…。


とは言っても、俺にもその姿は見えてないんだけどさ…。


「信じてもらえないようだね。そうだな…俺のことは『心の友』とでも呼んでくれ」


「呼べるか!怪しすぎるわ!」


間髪入れずに突っ込んだ。


いきなり謎の声がして自分を心の友と呼べ?ふざけているのか?


…もしかして…敵…なのか!?


「敵じゃないよ。心の友さ」


俺は思わず唾をのんだ。


コイツは…俺の思考を読めるのか?


もしくは、俺の仕草や追い詰められた者の考えそうなことを熟知して俺に心を読まれていると錯覚させている…コールドリーディングを使ってるのか?


「あ、疑ってるね。試しに心で今、誰にも想像できないことを考えてみたら?それで分かるんじゃない?」


まるであざ笑うかのような声に少しムカつきはしたものの、言うことは一理ある。


さてと、何を考えたら読まれそうにないか、だな。


エロやゲームはダメだな。思春期男子の思考しそうなことなので読まれ…いや、待てよ?俺がそう思うのも予測しているんじゃないか?それなら逆に…。


俺はウサギの頭飾りにきわどい下着を身に付けた…香織を想像してみた。


…ヤバイ…エロ過ぎる…。


そう言えばアイツ…女性として意識してみると…かなりエロいプロポーションしてるわけだよな…。


「分かる分かる。香織がそんな下着を付けたら人類半分を虜にしそうだよね」


俺の妄想はかき消えた。


どうやら…心が読めるのは間違いないようだ。


「思春期男子らしい想像は見てて気持ちいいね」


「そりゃどうも!で、何の用だ、覗き魔」


「心の友って言っただろ?覗き魔とは手厳しいなぁ」


余裕さえ感じる口調にさらに苛立ってしまう。


こっちはここで空間コントロールを身に付けようとして悩んでいるのに、こんな変なヤツとおしゃべりする暇はない。


何より何者なのか分からないヤツを相手になんか…。


「だから心の友っていったじゃないか」


こうやって心を読まれることもムカつく要因なのだが、そんなことも分からないのだろうか?


「ごめんね。空はきっと俺が心を読んでいると思っているかもしれないけど、読んでるんじゃなくて聞こえてくるんだよ。まるで普通に話しているかのようにね」


「つまり…悪意はないって言いたいのか?」


「そういうことだよ。決して危害を加えるつもりはない。もしその気なら俺はすでに攻撃していると思わないかい?」


悔しいが信じる信じないは心を読まれる以上、どうすることもできない。


つまり、コイツをどうするか…ていうより姿が見えない以上どうすることもできないし、何より存在すら怪しいわけだ。


まだイマジナリーフレンド説を完全に払拭できたわけじゃないし…。


「すまないね。姿は…今は無いから」


姿が…無い?無いってどういうことだ?幽霊なのか?


しかも「今は」とか…怪しすぎだろ。


「幽霊か…まあ、そんなものかもね。実態が無いが意識はある。精神生命体っていえばいいかな?」


この会話で初めて自称心の友が困惑した。


自分の正体が分かってない…のか?どういうことなんだ?


「そうだなぁ…。きっと空くんが…真実に踏込もうとしているから、なのかな?」


「真実に踏込もうとしている?」


またもや理解不能な会話内容になってきたぞ。何だよ、その真実って。


「そう、真実。空くんが空間コントロールを手にすると、ある真実に近づいちゃうんだよな」


「何だよ、その真実ってのは」


俺の問いに自称心の友は先程の会話が嘘のように間を開けた。


「おい、何とか言えよ」


空間に俺の声が虚しく響く。返事はない。


その沈黙は、俺の不安を膨らませていく。


「ここでずっといた方が空くんのためだと思うんだ」


やっと聞こえてきた内容は…俺の不安を更に膨らましていく。


「仮に空間コントロールを手にしても、空くんには辛い道しかないんだよ…。仮に次の相手を倒し、セロを倒したとしてもね」


セロを倒しても?どういうことだよ?


セロをぶっ倒して、こんなふざけた対戦をさせないようにしたら、この世界に平和を取り戻すことができるんじゃないのか?


「そう思うなら…この空間から外に出てみたらいいさ。俺は…これ以上、前に進まずに、時間を何度も戻って、今の状態を続けることが空くんの幸せだと思うけどね」


この空間から…どこかに出られるのか?


いや、この声自体、まだ信じられるわけではない。


ただ、このままここにいても時間だけが無駄に過ぎていく。


「迷っている時間が実は幸福だった…。そう思う時が来ないことを俺は願うよ。俺は空くんの心の友だからね」


「それが怪しいんだよ!普通自分を心の友って言うヤツなんかいねぇだろが!」


そうだよ。心の友なんか…心の友なんかいるわけないだろ!


いる…わけ…。


いや、焦馬だ。焦馬がいる!


でも、焦馬と声が全く違うし、焦馬なら姿を見せなくとも話し方や呼び方でも分かる。


何より焦馬の魂は俺の中にあるわけだし。


「ふぅん。火野焦馬か。彼が心の友…か」


意味深な含みのある言い方。


この自称心の友が焦馬の何を知っているというのだ?いや、心を読めば焦馬のことくらい分かるか。


それなのにこの反応。


何を言いたいのだろうか?


「じゃあこの空間の向こう側に行ってみればいいさ。そこで何を見るかによって、空くんの考えがどう変わるのか…見ものだな」


この空間の…向こう側に何があるんだ?これはシエロの作り出した空間なんじゃないのか?


「そうだよ。シエロが作り出した空間だからこそ…こうなったのかもね」


もう心を読まれることに何の抵抗も無くなりつつあるが、またもや意味深な言葉を放たれて、スルーできるはずもなかった。


「どういう意味だよ。さっきから意味深なことばかり言って答えになってないだろ!ちゃんと言えよ!」


「今の空くんには千の言葉より一見の方が納得できるだろ?」


その通りであるゆえに言い返せなかった。


じゃあどうする?


この、手の先が消えた壁の向こうに行くというのか?それで本当に無事でいられるのか?


他に手掛かりも何もないこの空間では自分の思考以外、頼れる物はない。


さてと、どうする…かな。


いや、待てよ?最悪ダメで死んだとしても時間が戻ってやり直しとかになる可能性もあるよな?それなら思い切っていくべきか?


「悩んでいるようだね。いいよ。俺は急がないから」


残念だが、こっちには時間制限がある。


さっさと空間コントロールを身に付けて明日の戦いまでに使いこなせるようにならないと…俺が死んでしまう。それは何とか防ぎたい。


ここでじっとしていても何も変わらない。それならあえて乗ってやろうじゃないか。


「分かったよ。行ってやるよ!」


俺は大きく深呼吸をすると目を閉じ壁に突っ込んでいった。


「いってらっしゃい。そして見てきなよ。きっと自分の中に変化が起きるから…」


怪しい自称心の友の声が最後は聞き取れなくなる。


俺は何もない真っ暗な空間を真っ逆さまに落ちていくのであった。

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