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23 救いの手

俺は家から出ると、日付が変わろうという時間だというのに、どこに向かうとなく歩き始めた。


歩きたいというより、オーチェやシエロと出会う部屋にいることができなかった。


だから…逃げる手段として家を出て歩くことを選んだ。


オーチェもシエロもセロの言葉には反論しなかった。


むしろ、オーチェに至っては俺が聞くと「セロの言う通りだ」と肯定したのだ。


つまり、そんな大事なことを黙って…いや、俺も誰か分からない大事な人を忘れてるわけだから、誰かを責める資格なんか無い。


夜遅くに徘徊か。とうとう不良になったかな。


気がつくと近所の公園のベンチの前にいた。


何だか以前もこんなことをしていたような…。


まあ、どうでもいいか。


ベンチに座る。疲れたわけでもないが、何となく座る。


俺は…誰を忘れたんだろう。


父も母も間子もいる。香織もいる。焦馬と雫は俺が殺した。


他に誰がいたのだろうか?


分からない。


それなのに…。


誰か欠けた世界が普通に回っているのが恐ろしい。


命は誰も尊く等しい。


誰かの言ったそんな言葉が馬鹿げたように思えた。


尊い命が消えても世の中は普通に動いている。


焦馬が消えても、雫が消えても、俺の忘れた誰かが消えても、世界は平和で回り続けている。


俺は何のために戦ってきて、これからも戦わなきゃならないのだろうか?


オーチェやシエロは信用できない。かと言ってセロが俺を見逃すことはないだろう。


もし、オーチェの言うことが正しいとして、セロを殺せば本当にこの世界が消えるだろうか?


それとも神の座を巡り、セロの生み出した奴等が熾烈な戦いを繰り広げられる過程で世界が消えるのだろうか?


それにしても、セロが死にたがってるのが理解できない。


あれは遊びじゃない。本気だった。


俺を挑発して、自らを攻撃させておいて、実際にダメージを負った。


もし、抗うなら俺の攻撃なんか無効化とかされそうだもんな。


俺もそのつもりで最初の一撃を繰り出したわけだし。


俺が必死になって考えていると、不意に首にヒンヤリしたものが当たった。


思わず飛び退く。


「お、いい反応してるじゃない。連絡しても反応無いから心配してたけど…病気とかじゃなさそうね」


後ろから嬉しそうな聞き馴染んだ声がした。


振り向くとタンクトップにデニムというラフな格好の香織が、してやったりと言わんばかりの笑顔を俺に見せた。


多分気が滅入っていて、考え込んでいたからだろう。


香織の気配にも気がつかなかった…いや、こいつは本気で気配を消して俺の背後に回れるやつだったな。


「まあ飲みたまえ、思春期少年」


香織は先程俺の首筋に当てていたコーラを俺に差し出してきた。


「こんな時間にお前…お、女の子が一人で出歩くのは…いや、お前なら大丈夫か」


「ちょ!失礼じゃない、それ!確かにそうなんだけど、そこは言葉だけでも気遣いあっていいでしょ!」


ぷりぷりしながらも、香織も俺の座っている隣へ腰を下ろす。


香織がそのとき「よっこいしょ」と言ったのがおじさんみたいだったのはあえて突っ込むことはしなかった。


「何、悩み事?私でよければ聞くけど?」


本当にこの世界の香織は素晴らしい幼馴染だよな。


ここだけは、この世界も悪くないと思える。


ただ、それゆえに…香織の俺に対する優しさも…偽り…なんだよな。


もし、元の世界なら、香織は俺のためにこんなことは絶対しないだろうから。


「で、どうしたのかな?何か悩み事かな?お姉さんが聞いてあげようじゃないか」


わざとらしい上から目線の言葉遣いの香織。


少しおどけたのか、それとも俺の重い気持ちを少しでも和らげようとしてくれてるのかは分からないが、そんな気遣いが少し嬉しい。


でも…こんなこと、以前にもあったような気がするが…思い出せない。


「えっと…」


何と言えばいいのだろうか?


お前の記憶はおかしい!とか?


俺は実はスピリットスキルという超能力が使える、とか?


分からない。


「何かトラブルなの?」


質問の幅を狭めてくれるのはありがたい。


ただ、普通の悩みじゃない俺にとっては効果が薄いのが残念である。


「トラブルと言えば…トラブルなんだけど」


せっかくの気遣いに対して俺が答えられるのはこの程度であった。


その前に、冷静に考えれば香織に話せる内容ではない。


仮に香織がスピリットスキルを持っていたとしたら話せるが…最悪の未来しかない。


それに、香織のこの優しさは偽り…なんだよな。


この世界になったからこそ生まれたものであって…元の世界の香織は俺にこんなことはしない。


そんな偽りの、いや、偽りを刷り込まれた香織の優しさに甘えていいものだろうか?


もし甘えれば、それは香織を騙して自分の都合よく香織を利用してるだけじゃないのか?


「深刻な顔してるよ?そんなに重い悩みなの?」


香織の言葉に俺は自分の情けなさを感じてしまう。


結局、誰かに心配してほしいから表情に出ているのだろう。


つまり、この世界でいいんじゃないかと心のどこかで思っているということ…か。


俯いてしまう。


香織の言葉に何も返せない。そんな自分が情けなく感じる。


自分を落ち着かせるために香織からもらったコーラを飲む。ノドが冷えて少し冷静さを取り戻せた気がした。


「あのさ…」


香織の方を向いて何とか言葉を絞り出そうとした俺は、思わぬ衝撃を受けた。


ポヨン、が擬音として正しいだろうか?


俺を何の前触れもなく抱きしめてきた香織。思わず言葉を失って…いや、記憶さえ消えそうになってしまった。


「何の悩みかは分からないけど…」


今度は俺の頭に香織の手が置かれ、優しく撫でる。


「私は空の味方だから安心していいよ」


女性に優しく抱きしめられると、男は下心抜きで癒されることがあると何かの映画かマンガかで見たことがある。


その時は「俺がそんなことされたら理性保てないだろうなぁ」と思ったが、今分かった。


もしこれが偽りの世界で、偽りを刷り込まれた香織だとしても…癒されている俺の心は偽りないものだ。


堕ちるってのは…もしかしたらこういう感覚なのかもしれないな。


そうなのかもしれないが、今は甘えたい。


色々あり過ぎだ。


俺みたいなどうしようもないヘッポコが背負うには荷が巨大すぎる。


現に今、大きすぎる荷に潰されているとも言える。


もういいじゃないか。


こうやって香織は俺を好きでいてくれる。


もういいじゃないか。


誰が消えても世界は普通に回る。


もういいじゃないか。


俺は頑張ったんだ。


もういいじゃないか。


次で俺が消えても…。


消えても…。


消えたらどうなるんだろうか?


こうやって今俺に優しくしてくれている香織は別の誰かに優しくするようになるのだろうか?


俺の家は間子が一人っ子であったかのように何事もなく日々を過ごすのだろうか?


だとしたら俺の…この世界の人間の存在って…何なんだ?


個々に役割があるようだが、欠けると誰かが代わりになり補う。まるで人間の体みたいだな。


セロという中枢が生きている限り、世界は何食わぬ顔で時を刻む。


異物が侵入しても、排除して元通り。


素晴らしい完全なる世界…か。


つまり、俺の敵はそんな世界ってことになるのか?


じゃあ何だ、俺は病原菌ってとこなのか?


いや、セロはこれを楽しんでいる…つまりワクチン接種みたいなものなのか?


あえてイレギュラーを起こし、対応することによってこの世界を強化していく。


そう考えるとしっくりくるが…一つ腑に落ちないこともある。


体に例えると重要機関…まあ、意志があるからセロを脳と仮定すると矛盾が一つ生じる。


なぜセロは死にたがっているか?だ。


人間は死にたがっていても、いざ自殺しようとしても生存本能があるのでスイッチオフ、みたいに自分の命を消すことはできない。


なのにセロは死にたがっている。


しかも自殺できない理由があるのだろうか?俺に殺されることを望んでいた。


悲しい話だが人間は自殺ができてしまう。


それなのに神のような存在であるセロは自殺をしない。


できない理由があるのだろうか?


まあ、神が自ら命を絶つなんて神話は確かに聞かない。


つまり、セロが自らの命を絶つには誰かに殺してもらうしかないということか?


それを探すのがグラディオスの目的なら…いや、それならどうして敗者の存在を消す必要があるんだ?


別に敗者は生きていても…むしろスピリットスキルを持つ者が複数でセロに挑めばセロの命を奪える確率は上がるはず…それではダメな理由があるのか?


今までは目の前の戦いにばかり気を取られていたが、この世界やセロの事を考えてみると不思議な事ばかりだ。


というより…俺、こんなに物事考えられる人間だったか?


もしかして、スピリットスキルを…焦馬と、風のスキルの人の頭の良さが俺にプラスされたのか?


もしくはスピリットスキルを覚醒させたから、俺の頭がここまで回るのか?


もしそうならば、それなら素直に喜べない。


なんせ疑問が増えただけで何も答えを導き出せてないんだからな。


にしても…色々考えて思うことは一つある。


香織…オーチェに負けてない大きさじゃないか?


残念だが今の俺に出せる答えはそんなもんしかない…か。


「落ち着いた?」


不意に掛けられた声に、俺は答えた。


「もう少し…この感触を…」


思わず出た本音に撫でてくれていた手が握られ、いきなり俺の脳天に降ってきた。


「痛ぇ!」


思わず香織から離れ、直撃した頭部を両手で押さえる。目の前に星がキラキラしているのは俺にお迎えが来たという事か?


「少しは空気読みなさいよ!バカ!」


香織は怒っている…のか?


公園の外灯でも分かるくらいに顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。


これは恋愛シミュレーションゲームなら選択肢の選定を失敗して好感度が落ちるパターンだ。


「まあ、ちょっと元気になったのは良い事なんだけどね」


そっぽを向きながら、つぶやくように言う香織。どうやら本気で怒ってないようなので、ちょっと安心した。


そこで俺は素直に一つ聞いてみることにした。


「なあ、香織って俺の事好きだろ?それがさ」


俺は言い終わる前に宙に浮いた。


恐ろしい速さの平手が頬を襲ったのだ。


地面を転がるほど吹っ飛ばされたのはどうかと思うが…香織らしいとも言える威力だ。


「お、おい、人が質問してるときに」


「何よ!どうして私があなたが好きだって前提で話をしてるのよ!私はあなたに告白なんてした記憶はないわよ!」


…あれ?俺の事が好きだからここまでしてくれたんじゃないの?じゃあ何でここまでしてくれるの?


女心って…分からん。


「ま、真面目な話なんだ、聞いてくれって」


俺にとっては大事なことなので引き下がらず質問を続ける。


だが、今のやり取りでもう一つ質問が増えた。


「香織は俺の事…好きじゃないの?」


この前提が違うなら質問を変えなければならない。俺は腫れて赤くなった頬を撫でつつ、香織の反応を待つ。


「ホント何なのよ!そういう話はもっと…その…あるでしょ!そうじゃないでしょ!」


怒っているのか、香織の顔がまた真っ赤に染まっている。


香織の意図が全く分からない。どうしよう。


「と、とりあえず聞いてくれよ。真面目な話なんだよ!」


俺の真剣さに気圧されたのか、香織は「な、何よ」と少し怯んだ。


いや、怯んだというより冷静さを取り戻し、俺の態度がおかしいことを察して話を聞くことにしてくれたようだ。


実に素晴らしい幼馴染。本当に俺のこと好きなのか?もしかして単なる同情なのか?


まあいい。


とりあえず聞くしかない。


今の状況の答えにならなくても…それでも、聞いてみたかった。


「あのさ、もしも、もしも、だ。その…香織が俺を好きだって気持ちが…誰かに刷り込まれたものだったりしたら…どうする?」


核心は話せないが、いつでも真っ直ぐな香織ならば、この問いにどう答えるかを知りたかった。


ちゃんと答えてくれるかは分からないけど…。


「刷り込まれたもの…か」


香織はしばし考える。その間の沈黙がやけに長く感じる。


何だか告白して返事を待ってる気分だ。


「そうね…。刷り込まれた気持ちだとしても…それは私よりあなた次第なんじゃない?」


「刷り込まれたのを俺が知っていた場合でもか?」


前提条件が足りなかったかと思い更に質問を重ねる。


しかし、香織は少しだけ悩むと一言で終わらせた。


「それでもあなた次第じゃない?」


「どうしてそうなるんだよ!?」


思わず反射的に聞き返す。


「じゃあ、その刷り込まれる前の私に戻れるの?」


確かにそうだけど…。


「なら…今は今のあなたの気持ちで判断するしかないんじゃない?偽りでも…最後まで続けば本物になる。私はそう思うけどね」


「偽りが…本物?」


何をバカげたことを言ってるんだ?偽物が本物になることなんてあるものか。


そう思っているのが顔に出ていたのか、香織は「そうねぇ」と言って少し考え話し始めた。


「昔の人って神様が色んな自然現象を起こしてるって信じてたわけでしょ?でも、そんなことはないって私たちは知ってるけど、昔の人は知らない。昔の人にとってはその偽りの知識…神様が自然現象を起こしているという知識が本物ってことでしょ?」


「確かに。けど、それとこれとは…」


納得していない俺を見て、香織は呆れた顔をした。


…ごめん、バカな俺で。


「今のあなたは…私の事、嫌いなの?」


「えっ!?」


一瞬耳を疑った。


そんなことを聞かれるとは思わなかった。


まあ、それが俺だよな。


そこまで気が回るくらいなら、俺の青春はバラ色…は言いすぎか。少しはマシだったと思う。


まあ、終わったみたいなこと思ってしまうけどさ、まだ青春ど真ん中な年齢なんだよなぁ。


そんなバカげた思考を終えたとき、気づいてしまった。


香織は俺をちらちら見ながら目線で返答を促している。


これ…好きって言えば…二次元にしか存在しない幼馴染の両想いが成立ってことか!?


一瞬テンションは上がったが、直ぐに我に返る。


俺は…香織のこと、好きなの…か?


友達として…いや、女王として崇め奉っていたゆえに、恋愛対象として見たことはない。


ただ、この世界…香織が健気になった世界で経験した香織に対する感情は…確かに恋心と呼んでもいいものかもしれないとは思うが。


「ごめん。今は答えが出せない。ちょっとやらなきゃいけないことがあってさ」


こんな時なのに、口から出た言葉はこれだった。


だが、これが今の本当の気持ちである。


後一つ勝てば終わり、なんて単純な話ではなく…もう、こんなこと繰り返してはならない。


そのためにどうすべきか?を見つけなくてはならない。そんな思いが俺の中に生まれた。


それも今のこの香織を守りたい、と思えたからかもしれない。


これが、雫が消える前の世界なら「守ってください!」って思ってしまいそうだな。


俺の答えを聞き、驚いた顔をしていた香織だが、思い出したかのように背を向けるとため息をこれ見よがしに一つついた。


「ここまで雰囲気出来上がってるといい答えがもらえると思ったんだけどな」


本当にそうだよな。こんな素晴らしく最高なシチュエーションで告白されて断る未来が俺にあるとは思わなかった。


雫の告白も断っているし…。


俺、もしかしてかなり大きな間違った選択肢を選んでたりするのかな?


これが元の世界だったらOK…いや、元の世界の香織の事を考えると…告白ではなく奴隷契約のような気もするのだが。


もしグラディオス勝ち残った時、俺のモテ期終わりとか無いよな?


だとしたら、俺は一生後悔しそうだよ。


「でもさ、それって…他に好きな人がいて断られたってわけじゃないんだよね?」


「ま、まあそうだけどさ」


あれ?このパターン、以前…雫の告白断ったパターンに似てないか?


「じゃあ、空がやらなきゃいけないことを終えたら…もう一度告白していい?」


俺は香織の雰囲気に気圧されて、気づけば首を縦に振っていた。


恋する乙女のエネルギー、侮れないな…。

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