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22 重み

意識が戻ったのは部屋が暗くなり、月明かりが差し込んでからだった。


お昼に香織の弁当を食べて…俺が雫を殺したことを知って…そこからは何も覚えていない。


俺はベッドの上で天井を見上げていた。


先程スマホを確認すると、香織から俺を心配するメッセージがあった。


この香織の心配も…昼間のあれも…本当の気持ちじゃないんだよな。


雫の一部が香織にあるだけで…いや、本来は雫が焦馬に向けた好意であり…俺にではない。


俺が雫を殺したから…こうなっただけ。


もう嫌だ…。


朝は思わぬ体験で香織にドキドキしていたのに、今は死んでしまいたい。


目を閉じると…雫が最後に振り上げた槍が、今にも俺に向かってくる気がする。


きっと俺に弁当を作る約束を守ろうと…未来を掴もうと、最後の最後までもがいたあの姿。


茹でられたってことは大火傷を負っていたはずだ。


普通なら動くこともままならないはずなのに…それでも俺を殺そうとした。


なのに俺は…何もできなかった。


何も…できなかったんだ。


それどころか、気付きもしなかった…。


そりゃあ雫の頭の良さがあれば、あんな戦略的な戦い方もできるよなぁ。


何より…何で…何でまた俺の身近な人間なんだよ…。


知らない人ならいい、なんて言いたくはない…。


でも…その方が良かったとさえ思えてくる。


こんなことがもう一回、あるんだよな。


最後の戦い。


グラディオス決勝。


次は…誰なんだ?


まさか…香織…じゃないよな?


こうなると誰が相手でもおかしくない。


最後は知らない人でした、なんてことはないだろう。


香織に話してみようか、スピリットスキルのこと…。


今までの事を考えると、香織もスピリットスキルを持ってる可能性はある。


だが、もし香織が相手なら…戦わずに済む方法もあるかもしれない。


しかし、違ったなら無駄に巻き込むだけとなる。


「また感傷に浸ってるのか?」


枕元にトンッと降り立つ影。


俺はあえて無視して背を向けていた。


「次の戦いのための修行を」


「シエロ、お前、相手が雫って知ってたんだろ?」


俺はどうかしているな。


どうせコイツに聞いても無駄なのに…。


そのくらい分かっているのに…。


コイツの場合、知ってても「そうだ」と言うくらいだし、知らないとしても「それがどうかしたのか?」と言うくらいなのは予想できた。


「終わったことは気にするな。それがお前の選んだ」


「あぁ!俺が殺したんだよ!焦馬を!雫を!じゃあ次は誰を殺せばいいんだよ!」


思わずベッドに拳を叩きつける。


「もう…嫌だ…。俺…死にたいよ…」


もう、我慢の限界だった。


涙が流れる。


止めどなく流れていく。


殺した事実も辛いが、焦馬も雫も存在しなくても普通に回っている世界を見ることが…何よりも辛い。


つまり、二人はこの世に必要ない存在と言わんばかりに世界は何事もなく回っている。


世界は…焦馬と雫が居なくとも良いという答えを俺に見せているのだ。


「じゃあ死ねばいいさ」


間違いなく今言ってはならないタイミングでシエロはさらりと言い放った。


コイツには血も涙も無いのか?


…止めて欲しいわけじゃない。


でも、こんな時にでもシエロはシエロなんだな。


…もう終わりにしよう。もう…誰も殺したくない。


「ただ、お前が死ねば、お前の引き継いだスピリットスキルもお前と共に消えるわけだな」


引き継いだ…スピリットスキル…。焦馬から…後、知らない誰かから引き継いだ…スピリットスキル…。


「本来スピリットスキルを引き継ぐなんてことは起きない。だが、お前は二つのスピリットスキルを引き継いだ。お前が死ぬということは…そのスピリットスキルを、その魂を殺すのと同じだ」


「魂を…殺…す?」


「スピリットスキルは、持ち主の存在の…魂の欠片と言えるものだからな。先ほど言ったように引き継ぎなんてない…本来は本人しか使えないものだ」


この猫…こんな時に何言ってんだよ…。


つまり何か?俺が自殺したら焦馬と…風のスキルの持ち主の魂を共に殺すわけか?


「できるわけ…ないじゃないか…」


生きたくない、けど死ねない。生殺しである。


「前にも言ったが、この辛い役割がお前になっただけだ。受け入れろ」


シエロは何を考えているのだろうか?


よくもまぁ淡々と俺にそんなことを言えるものだ。


猫には感情ってものはないってことか?


いや、猫ってもっと感情表現あったように思うけど…。


「さて、泣き言は終わったか?さ、いつもの廃工場に行くぞ。次の戦いまでに…何としてもある力を身につけてもらわなくてはならない」


「うるさい!行くか!バカ猫!」


ベッドからシエロを払い落とす。


もうコイツの声は聞きたくない!


「消えろよ、クソ猫!俺は…俺は…どうしたらいいか分からないんだよ!」


ベッドの上で無意識に体を丸める。膝を抱え、声を殺し泣く。


この気持ちを理解できる人はいない。


何より、俺の周りにいる人は、俺と違う世界を生きている。


焦馬がいなくても…雫がいなくても…普通の世界。


でも俺は二人の事を覚えている。


忘れるもんか…。


俺にとって大事な人のことを…忘れたりするもんか!


だが、同時に違う不安もよぎる。


俺も…もしかして誰かを忘れているのではないのだろうか?


グラディオスは三回戦目で決勝。


だから、参加者は八人のはず。


そのうち二人は焦馬と雫。決勝に残った者が一人。そして参加者の俺。


つまり、四人が誰なのか分からない。


その四人の中に…俺の知っている人は…いるのだろうか?


いや、いたとしても俺が忘れたりするわけがない!その敗北した四人は俺の知らない人だ!


そうに決まっている!


当然俺が知らない人…だよな。


知らない人で…あってくれ…。


そうなのだ。


俺は焦馬と雫を忘れた世界の人々に怒りさえも感じていたが…俺は…本当に誰も忘れていないのだろうか?


もし、忘れているというのなら…それでもこうやって普通の生活を送れるようになっているのなら…。


俺も所詮セロの手の上で踊る道化ということか…。


「今日はもういい。少し頭を冷やせ。明日は修行をするぞ」


ベッドの下からシエロが淡々と話しかける。


もう知るもんか。俺は…もう戦いなんて…。


「次は…間違いなく、今のお前のままでは…殺されるぞ」


そう言えば昨日、そんなこと言ってたよな。


次の敵は空間コントロールだっけ?


どんな能力なのか俺には…。


いや、何となく想像できる。


光や風、火、もしくは水など俺の経験してきたスピリットスキルは見えるものだし、誰かが圧倒的に強いとは言えないだろう。


状況次第でひっくり返るスキルと言える。


だが、冷静に考えると空間は…違う。


それこそ光や風、火、水、どれにしても空間の中で起きてる事象とも言える。


空間が無くては、そのスキル自体、発動できないだろう。


それに、空間をコントロールできるなら…スキルが届く範囲なら、どこからでも攻撃できるってことじゃないのか?


空間を歪めたり、間にある空間を取っ払ったりとかできたら…最強じゃないのか?


何て反則的なスピリットスキルだよ。


知らなきゃ良かった…いや、知っても同じだな。


勝てる気がしない。


そんなの、どうやって勝つんだよ?


俺の使える光、火、風程度じゃあ勝てるレベルじゃないだろ?


まあいいか。


もう誰かを殺さなくて済む。


今まで運が良すぎただけだ。


「…肝心なことは言えないが聞いて欲しい」


珍しく神妙なシエロの声。思わずその声に俺の意識はシエロの言葉を待つ。


「お前には戦う理由が…勝たなくてはいけない理由があるんだ。オーチェのためでも、ましてや俺のためでもない。お前のためなんだ。お前に対して無感情のように色んなことを言っているが…それにも理由がある。言えないが…信じて欲しい」


何を言っているんだ、この猫。


そんな理由にならない理由を言われて信じろと言われてもムリだろ。


「俺は…俺は…お前の…」


懸命に何かを言おうとするシエロ。声が急に苦しそうになる。


「お、おい、大丈夫か!?」


慌ててシエロを抱え上げる。白目を向きかけて、まるで痙攣を起こしたような感じである。


そこまでして何を俺に伝えようとしたのだろうか?


「無理するな!もういいから!」


「そういう…わけには…いかないだろ?お前の…命が…かかってるんだ。最後の戦いの前に…お前に…身に付けさせなきゃ…ならない…スキル…があるんだから…な」


まるで遺言のように聞こえた。


いや、この猫が死ぬわけない。


本人も言っていたが神話上の生き物みたいなものだと言っていた。


死んだりはしない…だろ?


「俺の仮説…が…正しいなら…これで…伝わる…はず」


シエロはふらつきながら三段ある本棚の一番下から、唯一買った男の子がお世話になる本を一冊咥えて引き出した。


何がしたいのか分からないので黙ってシエロの行動を見守る。


するとシエロは本を開き、あるページで手を…いや、前足の動きを止めた。


「買った理由は…これ…だろ?」


開かれたページには俺が今、最も理想とするセクシーな女性…オーチェ!?


いや、似てるが違う…と思う。


そこにはグラマラスで大人の雰囲気を漂わせている…オーチェ似の女性がいた。


白い面積の小さい水着を濡らし、胸を両腕で挟み、こちらに妖艶な視線を向けている。


…思い出したぞ。


この人はネットでは見つけられなかったんだ。


焦馬にこの本を見せてもらったとき、あまりにも魅入られて、その場でネットを駆使して探したのだが、見つからず、焦馬の家から帰る足で本屋に直行したのだ。


カモフラージュのためにビジネス系雑誌と共に買うことで自分を大人に見せるという高等テクニックを駆使し、何とか手に入れたのだ。


あれから半年経過したが、週一でお世話になっている。


だから、オーチェに初めて会った時、見覚えがあったのか。


それを、シエロが出してくる意味って一体…。


ここで思考が止まるかと思ったのだが、俺の頭はある仮説に至った。


そもそもシエロって言葉は…スペイン語で「空」だよな?


ってなんでそれを知っているんだ、俺?


とりあえず、今はその疑問は置いておこう。


問題はなぜ「空」という意味の言葉にしたのか、である。


同じ空でも「sky」の方が分かりやすいのに、なぜかスペイン語。


まるで俺にすぐに意味を知られないためにも思える。


次にここで気にするべきところは今シエロの出した本だ。


この本に関しては誰も知らないことだし、シエロが来てからこの本は触ってない。


オーチェの力で知った?


こんなことをか?


特技や苦手などの分析のために俺のデータを集めるなら分かる。


でも、俺の好みを知る必要はないとは思う。


「そろそろ…少しは…気づけよ…」


シエロはそう言うとそのまま糸が切れたように倒れてしまった。


「何だよ…一体どういう事なんだよ…」


シエロは…何者なんだ?


何者…?


バカげた考えが一瞬浮かんできたが即座に一笑して流した。


そのバカげた考えとは何か?


シエロが実は俺なんじゃないか?ということ。


そうだとしたら今ここにいる俺は?一体誰だというのだろうか?


まあ、俺しか知らないような俺の好みも、もしかしたら何らかの情報を不思議な力で得ただけかもしれない。


「はぁ…はぁ…お前が気が付けば…俺は重要なことが…話せる…。頼むから…気づいて…くれ…」


倒れたままで必死に訴えるシエロ。


だが、もしさっき思いついた仮説が正しいなら…俺は何者なんだ?という疑問が生まれてくる。


俺は時光空であり、時光家の長男だ。学業も運動も平均以下のダメ高校生…だよな?


いや…何かおかしい。


こんなに俺、色んな考え巡らせて推測できる頭の良さあったか?


頭の回転だけじゃない。


戦いを重ねるごとに俺の反射神経、上がってきてないか?


シエロはスピリットスキルの解放が理由とは言ってたが…本当にそうなのだろうか?


何よりシエロはどうしてここまで俺にしてくれるんだ?


どう見ても命懸けで何かをしてくれようとしている。


それにシエロは何で次の対戦相手のスピリットスキルを知っているんだ?


何より俺が火と風のスピリットスキルを得たときの驚き方は予想外というより「あるはずがない」みたいに異常事態のように見ていなかったか?


疑問が、振ったコーラみたいに次々と噴き出してくる。


「余計なこと言いすぎだよ、シエロ」


俺の部屋の入口の窓の側、月明りで照らされた影。


はっきりと見えないが、この声は忘れたりはしない。


あの全知全能の神だ。


「セロ…何の用だ」


俺は身構える。まともにやり合って勝てる相手ではない。


しかし、体が動いてしまうのはやはり…恐れているからだろうか?


「そこの猫を殺しに来たんだ。どうも私の邪魔をしたいようだからね。余計なことを知ると空くんがまともに戦ってくれなくなる。それは避けたいからね」


その言葉を聞き俺はセロとシエロの間に割り込んだ。


「猫一匹に随分焦ってるみたいだな、セロ」


人生で初めて虚勢を張った。


分かっている。セロがその気になれば俺なんか存在しないかのごとく、シエロを消せるだろう。


「焦りもするさ。まさかその猫が自分の命を犠牲にする覚悟でここまでするなんて予想外だからね」


あっさりと自分が焦っていることを認めたセロ。


余裕ある強者ゆえにか?別の意図か?それとも…何かを隠すために意表を突いた返答をしたのか?


「オーチェの面白そうな考えがどうなるのかと思って黙っていたが…どうやらマイナス要因になるみたいだ。まあ、今までかなり楽しめた分、完全にマイナスとは言えないけどね」


会話の間、よそ見はしていない。


いや、むしろセロから一瞬も目を離してなかった。


それなのに…セロがシエロを摘まみ上げている。


俺は本棚の前を見る。


本棚の前に横たわっていたはずのシエロはそこにはいなかった。


「シエロを返せよ」


自分でも思わぬほどの怒気が込められた声が出た。


俺は今、怒っている…のか。


あれだけケンカして、嫌っていたシエロがセロに掴み上げられた姿を見て怒りが込み上げているなんて不思議なものだ。


「ダメだ。この場で処分する」


セロの言葉に反射的に俺は風の刃を放ち、セロの腕を切り落とした。


シエロを掴んだままの腕が床に落ちる。


こんなにあっさりと腕を切り落とせるとは思わなかった。


「いいじゃないか…。だが、私はまだシエロを攻撃できる術はある」


その言葉に再び構える。


しかし、俺はいきなり体勢を崩した。


不意に体が後ろに引っ張られたからだ。


「やめるんだ、空!」


背中に当たる柔らかな感触。それにこの聞き覚えのある声。


久しぶりと言うほど時間が経過してないが、そんな気になるほど色々あったからな。


「オーチェ!?」


羽交締めにされた俺の背後を確認はできなかったが、この胸の感触と声に間違いはない。


「忘れたのか!セロは…そうやって挑発して、お前に自身を殺させようとしているんだ!」


我に返り思い出す。


以前も…ん?そんなことあったか?いや、初耳だぞ?


…多分。


俺はそんなこと記憶にない…。


いや…本当に記憶にない…のか?


何となく気持ち悪い…。


気持ち悪いのに…悲しい気持ちになる…。


何だよ…これ…。


「いつそんなこと言ったんだよ!?それよりシエロを助けないと殺されるだろうが!」


今はそんなこと考えている場合じゃない!俺はオーチェを振りほどこうと必死にもがく。


「落ち着け!空!」


「落ち着いてられるか!俺はセロを…」


ふっとオーチェの手が緩み、俺はよろけた。


どうした、急に?


思わず振り返る。


その瞬間、俺は固まってしまった。


いや、固められてしまった…。


十七年生きてきて、初めて知った。


唇って…こんなに柔らかいものなのか…。


そう。オーチェが俺を再び引き寄せると、自らの唇を俺の唇に重ねてきた。


何だよ、これ!?


ぜ、全身痺れてしまったような…何だよこれ!?


顔が熱い…何だよこれ!?


唇から伝わる体温ってこんなにほのかな温かみがあり心地よいのかよ…。


オーチェがゆっくりと唇を離す。


「落ち着け、空。あれはセロの挑発行為だ。自らを殺させるためにお前を挑発したのだ。頼むからそれに乗らないでくれ」


言葉は聞こえていた。


だが、間違いなく右から左に抜けた感じがする。


あ…うん。


怒気は鎮まった。


その代わり、俺の胸はドキドキ。


下らないダジャレくらいしか思いつかないほど俺の思考は今、鈍化している。


「せっかくのチャンスだったんだが…。まあ、オーチェのファインプレーに免じてこの猫は生かしておくとするよ」


そう言うとセロの落とされた腕からシエロが離れた。


シエロを見ると腹が規則的に上下している。どうやら本当に無事のようだ。


「でもね、空くん」


「何だよ…」


セロの覇気に押されないように、俺は語気を少し強めた。


まあ、威嚇になるとは思わなかったが、とりあえずやっておいた。


「オーチェが君を止めたけど…それは本当に正しいことなのかな?」


俺はセロの言葉には何も返さなかった。


オーチェは…世界のために俺を止めたんだ。間違ってはいない。


「オーチェ、君の考えは間違ってはない。だが、それで問題は解決するのかな?」


「そ、それは…」


口籠るオーチェ。


なぜそんなに歯切れが悪いんだ?言い返せばいいじゃないか、セロを止めることは正しい!と。


「じゃあ私から空くんに真実を一つ教えようか」


セロがとても悲しそうな顔になる。哀れみを帯びた顔。


まさかそんな顔をされるとは思わず、少し怯む。


そんな俺の心を察したのかは分からないが、ため息一つ漏らした後、セロは、その表情に合う声色で俺にとんでもないことを教えてくれた。


「君は、あれだけ優しくしてくれた人を完全に忘れて、その人がいない日常を違和感なく生きているんだよ。それをオーチェもシエロも知っているんだがね」

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