21 変わった世界の方が…と考える愚かな俺
気がつくと俺は自分の家のベッドの上にいた。
隣には…香織がいる。しかも、かなり心配そうである。
「ごめんね。私が間子ちゃんに技術だけでなく心まで教えられてなくて」
…あぁ、そうか。俺、間子に殴られて、気を失って。
「間子ちゃん、空手の才能あるからつい教える側としても楽しくなって…間子ちゃんには私がちゃんと言っておいたから、許してあげて」
間子のやつ、空手の才能ありすぎだろ…。正拳突き、全く見えなかったぞ…。
あれ、香織より凄いんじゃないか?
俺と焦馬は中学生の頃、何度か香織の道場へ見学…いや、用事があって訪れたことがある。
その時、香織が…誰だったか忘れたが、組み手をしているのを見た。
それを見る度に、焦馬と帰り道で口にする言葉は
「天は力を与える者を間違えた」
であった。
気迫もさることながら、まるで獣のように相手に詰め寄る。
攻撃の速さも銃弾のようで、気が付いたら相手の足や肩口に蹴りや正拳突きが放たれていた。
ただ…それを相手は上手く避けたり防御したりしてた気がするが…あの道場にそんな化け物、いた…かな。
そんな香織よりも素人の俺ですら才能を感じる間子って…もう闘神と呼んでいいのではなかろうか?
「大丈夫?そろそろ出ないと学校、遅刻するよ?」
そろそろ遅刻…ということは、俺、三十分くらい気絶してたのか!?
よく生きてたな、俺。
それよりも、こんな献身的な香織…もしかして偽物なのか?
いや、偽物だとしても…今の香織がいい。
だって、俺が意識を取り戻すまで…側にいてくれたわけだろ?
そんなことされたら…ほ、惚れちゃうだろうが…。
「ん?どうかしたの?」
キョトンとした俺を、香織は小首を傾げ見つめてくる。
どうしよう。
変に意識してしまったから、まともに香織の顔が見れない。
「あの…あ、ありがとな。俺起きるまで待っててくれたんだろ?」
俺の言葉に香織は顔を赤らめ「あの…」「その…」と言葉を探していた。
「こ、これ。これ今日の空のお弁当ね!ちゃんと持ってきたから!」
唐突に出される赤色の保冷バッグ。
俺はそれを何も考えず受け取ってしまった。
弁当?
はい?
「きょ、今日は初めて作ったきんぴらごぼうあるから…もしかしたら…美味しくない…かも」
何、香織…もしかして…照れて…るのか?
いや待て!香織って料理…オブラートに包む言い方すれば「下手くそ」だったよな?
昔…中学の頃、家庭科の時間で作った「目玉焼き」「お味噌汁」「ご飯」が「スクウェアの炭」「死海100%原液」「漆黒の粒」と別の物質を錬成し、俺が三途の川を見ながら食わされた記憶がある。
断れるわけもなく、震えた手で弁当を通学用のリュックに入れる。
いや…現実を忘れたくて隠した、が正しいかもしれない。
「ほら、行くよ。早く着替えて」
そうか、俺、まだ着替えすら出来てない状態だった。
俺は変身ヒーロー並みの速さで学生服に着替えると、下に降り、テーブルにあったご飯の目玉焼きだけ口に入れて家を出た。
今のところ、変わっているのは香織だけ…か。
となると、一体誰が消え、誰の影響を受けたのだろうか?
二人で並んで登校。
つい先日まで何とも…いや、香織と朝に遭遇するのは不幸と思っていたのだが、今日は違った。
その…妙な緊張感に包まれている気がする。
馬鹿力で背中を叩かないし、ヘッドロックもしてこない。
睨むどころか目が合えば恥ずかしそうに目を逸らす。
どうも調子が狂う。
何か話題を見つけなくては。
話題…話題…。
俺は咄嗟に閃いたことを香織に問いかけた。
「そう言えばさ、もうすぐ中間テストだよな。勉強、してるか?」
学生らしい話題の提供に香織も安堵の表情を浮かべた。
どうやら、この空気に戸惑っているのは同じだったようだ。
「うーん。試験範囲はサラッと見たら思い出すから、あまりしてないかな」
照れ笑いで答える香織だが…あれ、コイツ、とんでもないこと言ってないか?
いや、決して香織はバカじゃなかったが、そんな天才的な賢さではなかった。
俺と同じように定期試験前は暗い顔をして必死に勉強していた記憶しかないのだが…。
何、この最強の幼馴染!?
昔の恋愛シミュレーションゲームでそういうキャラがいたのを聞いたことあるけど…現実に存在していいのかよ…。
そのヒロインは格闘家ではなかったはずだ…。
もしくはあれか?有名な小学生になった探偵の幼馴染は空手が強かったが…いや、あれは頭の良さでは探偵の方が良かったはず。
強いし賢いし美人…。
完璧すぎじゃないか。
更に性格も良くなったなら高嶺の花…いや、もはや地球圏外の花だろ!
「分からないところあるなら教えてあげるよ?次の土曜日、空の家で勉強会でもする?」
あまりにも完璧すぎる香織に、俺は返事ができずにいた。
それにしても…こんなに完璧なら、言い寄る男なんて砂糖に群がる蟻のようにいそうだけどなぁ。
時間も時間なので少し早歩きだったのもあるが、あっという間に学校へ着いた。
何だかせっかくの時間が…って…はい!?
俺…香織と一緒にいて…楽しいと思ってた…ってこと…だよな?
これまで恐怖だった時間が…一変して幸せな時間に変わっていた。
それにしても…どうしてこうなった、香織?
いや、その前に大変なことを思い出した!
そう言えば今日、雫がお弁当…作ってくるんじゃなかったか!?
頑張って香織のお弁当…いや、あれは化学兵器になるのかな?二人分食べることはできる。
だが、そういう問題ではないよな?
香織、それ知ってるのかな?さりげなく聞いてみるか…。
「あのさ、香織、その…」
頭の中で一生懸命弁当を作る雫の姿が浮かぶ。
聞けない…。
あぁ、俺は優柔不断だよ!というかこんなシチュエーション初めてでどうすればいいか分からないんだよ!
もう泣けてくるよ…。
「どうかした?何か悩み事でもあるの?困った顔してるよ?」
心情は素直に顔に出ていたようだ。
本当のことなんて…言えるわけないだろ…。
下手とは言え、必死に作ってくれた香織に「雫も弁当を作って持ってきてくれるんだ」とは言えない。
でも、言わないと大変なことになることは理解している。
理解している。
それなのに…言えない俺。
「あ、いや、今度のテストで成績悪かったら親に叱られるなぁと思ってさ」
無理やりの誤魔化し。呆れるくらい愚かである。
こういう時、モテる男はどうするのだろうか?どこかにHOWTO本とか売ってないだろうか?
二人の女の子にお弁当を用意された時のベストな対応!とか、ピンポイントで答えてくれる本。
検索してもいいのだが、どうも最近変な情報が多い気がして、そういう類の問題を調べたら、ある部位の手術や変な薬についての表示ばかりになる気がする。
実際、この前「美人の女性と知り合うには?」と調べたら、それ以降、出会い系っぽい広告が増えた気がするんだよなぁ。
「それ、おばさんが言ったの?それともおじさん?面白い冗談言うわね。それとも空は…かなり上の大学狙ってるの?」
かなり上?
まあ、俺の成績だと大学と名のつく場所はかなり上に見える成績だからなぁ。
「校内の上位二割にいても叱られるのも大変だね」
上位二割?誰が?
「この前は校内十二位だったから、もう少しで一桁だね」
…分からん。誰の事を…いや、この話の流れからすると…俺のこと?
まさかの皮肉なのか?
確かに下から二割に入っている自負はあるから、ここは俺をいじって反応を見ようとしているのだろうか?
「校内順位もいいけど…そういえば空はどの大学行きたいとか決めたの?」
香織、定期テストで不安になってる俺が大学なんて考えられるわけないだろ?
俺の返答が遅かったことから察したのか、香織は俺の答えを待たずに話を続けた。
「もし行きたい大学決まったら教えてくれない?」
「ん?あぁ。いいけど」
意図が分からない。
まさか「あなたと同じ大学行きたいから」とか言わないよな?
それはとんでもない話だし、それって間違いなく俺のこと好きなわけだし…そんな二次元の世界でしか起こらないことが起きるなんて楽観的な考えをする俺ではない。
ただ、これまでの香織の態度見てると…期待、しちゃうけどさ。
また、妙な空気になる。
そのまま、俺たちは自分の教室へと入って行く。
それにしても、今までの人生で一番ドキドキした登校だった…。
こういう登校、悪くはない…かな。
問題の先送りは良くないことを俺は今体感している。
授業は全く何をしたか分からない。考えて、話す機会を見つけようと必死になっているうちに昼休みになってしまった。
幸いなこと…と言えるのかは分からないが、今日は雫は香織を訪ねて来てはいない。
言わなきゃ。早く言わなきゃ…。
そう思いながら、ふとよぎる恐怖。
香織がもし、怒ったなら…俺は秒で現世とお別れになるだろう。
それに、雫が悪いことしてるわけではないし、何より香織も悪意を持って弁当をくれたわけでもないし…。
助けて!神様!
いや、それはダメだ。
この場合、セロに助けを求めることになるのか…。
…それだけはダメだ!意味がない!
「ねぇ、今日はどこでお昼食べる?」
いつの間にか隣に立ってた香織に俺は「うわぁ!」と怯えた声を上げてしまった。
「ちょっと!人をお化けでも見たかのように驚かないでよ!」
頬を膨らませ、俺をじっと見てくる香織。
座った俺を見下ろす形になるのだが、何だかしっくりとくる。
それだけしっかりと女王様と平民の身分差を体に叩き込まれているんだな、俺。
「そんなことより食べてみてよ、お弁当。感想聞きたいから♪」
俺に顔をグイッと近づけて興味津々に好奇心の眼差しを俺に向けてくる。
っておい!一緒に食べるの!?香織のお弁当を!?
ここまで散々可愛いと思ってきた香織が鬼に見えてくる。
それは殺戮兵器…もとい香織の弁当を逃げ場のないこの状況で目の前で食べろと!?
処理できないし、雫がここに来た時、言い訳もできない…回避不可の拷問。
まさに地獄の釜に俺を突き落とそうとしている鬼の所業である。
俺は覚悟を決める。
なんだかんだ言って、俺はグラディオスという命懸けの戦いを二回生き残ったんだ。
わずかな隙を見つけ、逃げ出すことは造作もない!
なんて自信、一ミリでもありません…。
格好良く言えば覚悟。
だが世間はこれを「諦めた」と言うだろう。
朝、香織に手渡された弁当の入った真っ赤な保冷バッグを取り出す。
まるで血の赤だな…。
どこかのアニメでカッコイイ大人の男性が言ってたセリフだが、俺が思うと、貼り付けにされてうなだれた、今にも死刑執行されそうな男のボヤキのように思えてくる。
ジッパーで開閉するタイプの保冷バッグのスライダーをゆっくり動かす。
「何の遊び?早く開けなさいよ」
時間稼ぎは香織の一言で作戦終了。奇跡を信じての時間稼ぎだったのに…。
諦めて弁当箱を取り出す。
ペットボトルより少し大きな楕円形の二段式の弁当箱。
弁当箱って普通、こんなに開けることを躊躇うものじゃないよな。
当然取り出す時も慎重に、ゆっくり。
まるで時限爆弾を取り出すかのような扱い方で机の上に置いた。
「昨日何かの映画かアニメでも見て影響されたの?そんなに遅いとお昼終わるよ?」
どうやらもう時間稼ぎは出来ないようだ。
俺は意を決して弁当箱を開けた!
「こ、これは…」
俺は中身を見て驚いた。
見た目が…普通だった。
おかずが四品。
先に教えられていたきんぴらごぼうを筆頭に、豚の生姜焼き、ポテトサラダ、卵焼き。
母親が作るのと遜色ない。
だが、弁当は愛でるための品ではない。食べて初めて意味を持つ。
「えっと、お願いあるんだけどいい?」
「何でしょうか?」
香織の「お願い」という言葉につい反射的に言葉遣いが改まる。
「きんぴらごぼうから…食べてみて。その…感想知りたいから」
お願い事もさることながら、あの香織が…自信なさそうにしている!?
自信という言葉は私の姿を見て生まれた言葉である!と言わんばかりの態度をしていた香織が、だ。
しかも少し下を向き恥ずかしそうにしている。
本当に…どうした!?可愛い過ぎだろ、今日の香織。
とは言え、味は信用できない。
いくら可愛い香織でも即死攻撃を喰らったら元も子もない。
でも…香織の可愛さを見ていると、この弁当を拒否するのは心が痛む。
「そ、それくらいならいいよ」
俺は死を覚悟して箸を持つと少しのきんぴらごぼうを掴み口へと運ぶ。
噛む。
噛む。
噛む。
「…美味しい」
醤油の香ばしさから始まり、甘さ控えめだ。
鰹節と炒めているからだろう、旨味がしっかりとあり…俺の母親のきんぴらごぼうより美味い!
俺は驚きのあまり言葉が出なかった。
「もしかして…美味しくなかった?」
落胆した顔になる香織を見て我に返る。
「逆だよ…。家のより美味しい」
俺の言葉で、さっきの落胆が嘘のように、香織は笑顔を浮かべた。
「ホントに!?ウソじゃないよね、ね!」
嬉しいのは分かるけど、顔が…近い。俺がちょっと前に出たらキスできてしまうじゃないか!?
ま、待て!何考えてる俺!
香織だよ、香織!
一緒になったら絶対、王政のような生活が待っている香織だぞ!
俺の自由が失われるんだぞ!
そう思っていたんだけど…何か違うよな。
今朝からの香織を見ていると…つい…異性として意識してしまう。
他のおかずも食べてみたが、きんぴらごぼうに負けないくらい美味しかった。
食べ終えて、香織にお礼を言った。
香織は「そんな大袈裟な物言いしなくていいよ」と言いつつ、とても嬉しそうであった。
「もしかして雫にでも料理習ったとか?」
考えなしにふと言ってしまった。失敗した!と思っても、出てしまった言葉はもう戻らない。
自爆である。
そんなこと聞けば当然話題は雫のことになる。
もし、ここに遅れて雫が来たりしたら…最悪の展開になることくらい分かっているはずなのに…。
変な高揚感というか、香織を意識しすぎてなのか、どうも思考が鈍くなっているみたいだ。
あぁ、どうしよう。まずは話題を逸らすことを考えるか?
「し…ずく?」
小首をかしげる香織。
俺と香織の間にどのくらい沈黙が流れたかは分からないが、俺は間違いなく固まっていた。
嫌な予感が浮かんで膨らむ。
これって…まさか…。
おい…ウソ…だろ。
「水野…雫…って知ってるか?」
改めて香織に聞き直す。
もしかしたら俺の言い方が悪くて香織が聞き取りにくかった可能性を…わずかな希望を信じて聞き直す。
「ごめん、聞いたことないわ。空の知り合い?」
今までの恋愛ドキドキ路線の空気は俺の中から消え去った。
代わりに俺を支配したのは…罪悪感。
手が震え始めた。
あの時のことを思い出す。
俺は昨日、対戦相手を…茹でた。
目の前に来た時は…全身に火傷を負っていたはずだ。
その歩き方は、今にも…崩れ落ちそうだった。
それが…それが雫だと言うのなら…。
俺は、俺を好きだと言った女の子を茹でて…殺したのだ。
食べたばかりのものが喉元にまで込み上げる。
唯一の救いは、全身火傷を負った雫の姿をまともに見てないことだ。
…見てないだけだ。
そうか。
だから、あんなに積極的だったんだ。
今にしてみれば分かる。
焦馬が消える前から積極的だったのは…雫も参戦していたからだ。
負けたらそこまで。
そう思えば、やり残したことがないようにしたいと思うのも分かる。
どうして…どうして俺は気が付かなかったんだ。
そして気付く。
雫の料理の上手さとお淑やかさを、香織が引き継いだと。
となると…この俺とのいい感じの雰囲気も…雫が存在しない場合、香織はこうなるってことなのか!?
香織の好みは俺なんかじゃない。
それは焦馬が消える前に香織が何気ない会話の中で言っていたことだ。
自分の好みは自分より強い人だ、と。
だが、俺は香織より間違いなく弱い。
それなのに俺に対してこんなに尽くしてくれているのは…俺が…雫を消したからだ。
消した?
いや、今自分に対して真実を柔らかく表現してしまったが、そうではない。
焦馬と同様に…殺したのだ。
「大丈夫、空!顔色悪いよ?保健室行く?」
心配そうに俺を覗き込んでくる香織。
この優しさ…どう受け止めたらいいんだよ…。
これは香織のものか?
それとも雫のものか?
それとも焦馬に向けられるはずの雫からの優しさなのか?
分からない…。
分からない…。
分からない…。
分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない!
今、俺のいる世界は…一体何なんだよ。
こんな残酷な記憶を残して…俺は…何を信じたらいいんだ?
頼むから誰か教えてくれ…。
頼むから…。
頼むから誰か…俺を…。
消してくれ…。




