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16 殺してはならない

常盤さんの横に座ると常盤さんは何かから解放されたかのように俺に抱きつき泣き出した。


「と、と、常盤さん!?」


今日は何が何だか分からないことがだらけである。


「どうしてあんな無謀なことしたのよ!神様に攻撃して…消されたりしたらどうするのよ!」


優しい常盤さんらしい言葉である。


でも、その可能性を考えてなかった俺は浅はかと言われても仕方がない。


「生存の喜びを分かち合っているところ悪いが、説明をさせてもらう」


そうそう、オーチェから理由を聞かなくては。


どうしてセロを倒そうとした俺をオーチェが止めた理由を。


名残惜しいが、常盤さんからそっと離れると、オーチェに向き直る。


「結論から言おう。セロは簡単に殺せる。だが、殺してはならない」


簡単に!?神様が殺せる!?


いやいや、そんな山より大きい熊が出る、みたいなことを信じろって言うの?神様を簡単に殺せるとか…ねぇ。


「もし、セロと対峙して『お前を殺してやる』と言えば、その辺で手に入る包丁の一本でも手にして攻撃すれば、セロは喜んでその包丁で刺され死ぬだろう」


…いや、神様が死にたがっているって…どういうことだ?


ただ、その話だとオーチェが俺に頼んだことに矛盾が生じるんじゃないか?


「いや、ちょっと待ってくれオーチェ。オーチェは俺にセロにグラディオスのようなことをさせないために止めてくれとか言わなかったっけ?」


それってセロを倒せば解決じゃないの?


「ねえ、もしかしてそれって…『止める』ということと『殺す』がイコールではないってことなんじゃないかな?」


常盤さんは何となく理解しつつあるようだが、俺にはよく分からない。


「えっと…オーチェさん、もしかしてセロを殺すと…何か不都合なことが起きる、とか?」


常盤さんの問いにオーチェは頷く。


「まさか世界でも消滅するとか?」


場の空気が重くなってきたので俺は少し冗談を挟んでみることにした。


どうも真面目な話は苦手だし、要はセロを殺さなきゃいいんだろ?


「そうだ」


「へ?」


今、オーチェもこんな時に冗談を言うようになったのか?


「よく分かったな。セロは世界の全ての源。セロが死ねばこの世界は崩壊し、消滅する」


…マジかよ。


てことは…さっき俺は世界を消滅させかけたってことか!?


「お前はセロの足元を攻撃して地面を不安定にさせて体勢を崩すように仕向けたようだが…私たちはそのようなことで体勢を崩すことはない。基本的に地面に足を付けているだけで、人間のように足に体重を乗せて立っているわけではないからな」


つまり…俺はセロに誘導されて、いい気になって殺しかけたってことか!?


「セロのよく使う手だ。隙をわざと作り攻撃させる。ゆえに知らぬ者はチャンスと思いそこへ自分の最高の技を叩き込もうとする。そうなるとセロの狙い通りというわけだ」


まさにその通りだな。俺がその説明通りに引っ掛かってしまったわけか。


「私たちも最初はそれに引っ掛かり、危うくセロを殺しかけた」


「つまり…以前オーチェがセロに勝てないって言ってたのって…」


俺も少し理解できてきた。


それじゃあセロを相手に勝負するなんてできないか。


「そうだ。セロを殺すことをできないのは当然として、もし偶発的に攻撃が急所に当たりでもすれば…そう思うと戦っても攻撃がまともにできない」


しかも本人が死にたがっているなら、普通の何でもない攻撃で致命傷になるように誘導されたりでもしたら。


「まあ、その心配をするのは私たち八人の使徒だけだ。普通の人間なら常盤のように動けなくなる。セロの持つ偉大な魂に圧倒されてな」


だからセロと最初会った時、まともに動くことができなかったのか。


「過去にもグラディオスで勝利を手にした者が挑んだのだが…動けなくて話にもならなかった」


まあ、神様相手だもんな。それが普通か。


「で、でも…どうして空くんは動けたの?私、逃げることすらできなくて…怖くて…その…」


何かを言おうとして口ごもる常盤さん。


はて?どうしたのだろうか?


妙に恥ずかしそうにしているような気もするが?


「恥じることはない。失禁程度で終わるなら可愛いものだ」


思わず常盤さんの下半身を見てしまった俺は…最低な男である。


そういう時に限って目線というものは簡単に合ってしまう。


「ちょ、ちょっとだけ…だよ…」


顔を真っ赤にしている常盤さんに俺は不覚にも…ときめきを感じてしまった。


それと同時に美人の失禁という見てはいけないもの見ているような高揚感も少しばかり生まれていた。


新たな扉を開けた気分である。


「オーチェ、少しは配慮したらどうなんだ?」


オーチェの背後からオーチェに指摘する声。


俺は聞き覚えの無い声に思わず警戒をし身構える。


「トリス!」


常盤さんの声が少し明るさを取り戻す。


「うるさい、トリス。私は起きたことをありのまま言っただけだ」


オーチェは振り返りトリスと呼ばれた者を見上げる。


大人びたハスキーヴォイス。


オーチェより頭一つ抜けて高い身長の茶褐色の肌の女性。


髪は青空を思わせるような明るい青色の短髪。スポーツをする男性がこういう髪型をしているのを見たことある。


ただ、人ではないと一目でわかる金色の瞳は見る者を視線だけで貫きそうである。


体もさることながら、胸もオーチェよりも大きく、身に付けている軽装の鎧のようなものが必死に弾けないように踏ん張っている感じだ。


「常盤、肝心な時に力になれなかったな。すまない」


大きな体をくの字に曲げ、常盤さんに謝罪するトリス。実に紳士的である。


…あ、そうか。このトリスも性別ないんだろうな。


「それにしても…驚いたな。オーチェの選んだ者はセロに攻撃するとは…。オーチェ、しっかり見張ってくれよ。万が一が起きたら取り返しがつかなくなるからな」


「そうしよう」


そう言うとオーチェは俺の前にやってくると首筋にそっと顔を近づけて…息を吹きかけてきた。


オーチェは女の子じゃない!


オーチェは女の子じゃない!


オーチェは女の子じゃない!


三回必死に唱える。


そうしなければ俺の心臓が弾け飛びそうなくらい脈打ってしまいそうだからだ。


実際は一瞬であっただろうが、俺は欲望と戦う果てしない時間に思えた。


「これでいい。お前の魂にセロへの攻撃に対する嫌悪感を植え付けた。これでセロに攻撃しようとしたら頭が痛くなったり、吐き気を感じるようになるだろう」


幸せな気分から悪魔のような宣告で気分が反転した。


あんなに気持ち良かったのに…そんな酷いことしてたのか!?


そんな残念感たっぷりの俺を放置してオーチェはシエロの所へ行き、シエロの目の前にしゃがんだ。


「シエロ、お前にとっては予想外のことが起きているとは思うが、お前の知識と技術は空の役に立つはずだ。これからも空のサポートを頼む」


「でも…オーチェ!さすがにここまで色々差異があると俺の知識では…」


「それでも…だ。少なくとも空はセロの背後に回った。その意味をお前なら理解し、空に教えられるはずだ」


そう言うとオーチェはシエロの頭を優しく撫でた。


シエロはまるで幼子が迷子になった時、親切にしてくれる大人が現れた安心と不安の混じったような顔をしていた。


「お前にしかできぬことだ。頼んだ」


オーチェは立ち上がるとトリスに目配せをする。トリスもそれに頷くことで応える。


そして、トリスは常盤さんに近寄ると常盤さんの両肩に自分の手を置く。


「常盤、私はお前を信じている」


それだけ言うと肩から手を離し、そのまま姿を消した。


実に男らしいと言うかカッコイイと言うか…少しその爪の垢を煎じて俺に下さい…。


「空。私もトリスが常盤を信じているように、私もお前の魂を信じている」


以前なら、オーチェにこんなことを言われたら嬉しかったと思う。


でもさ、呪い?をかけといて信じているはないと思うけどなぁ。


「それと一つだけ教えておこう」


オーチェが少し憂いを含んだ顔になる。


何だかものすごく嫌な予感がする。


「明日、お前達は戦うことはないだろう。お前達を戦わせてもセロから見れば『つまらないもの』になるだろうからな」


暇つぶし…だもんな。それはあるか。


常盤さんの能力を知った以上、もし敵が常盤さんと分かれば…俺は戦えないだろう。


「それにな、それだけ強い絆ができた今こそ、どちらか片方が消えて、相手の存在を忘れて日常を送る姿を見ることの方が娯楽としてセロも喜ぶだろうからな」


悪趣味極まりない。


そうか。


敵を倒した後は、倒した者しか相手のことを覚えていないんだよな。


常盤さんとこれだけ色んな体験をしたのに…もし、明日常盤さんが負け、俺が勝ち残ったなら…俺は常盤さんのことを覚えていないわけか…。


「まあ、望まないだろうが短絡的な幸せを求めるなら…お前達二人が敗北すれば、今の苦しみや悩みも無かったことになる。ある意味最善の策かもしれぬな」


オーチェ、俺はそれが最善とは思えない。


でも…。


常盤さんが勝ち…。


俺も勝ったとしたら…。


想像したくない。


想像したくないけど…。


それは…ただの現実逃避なのかもしれない。


「では、健闘を祈る」


オーチェもその姿を消し、辺りは俺と常盤さん、猫とカラスという不思議な集まりだけが残った。


「もう遅いから…帰ろっか」


沈黙を崩すように常盤さんが俺に声をかけてきた。


ただ…何だろうか?これだけ内容の濃い時間を共に過ごすと、妙に意識してしまう自分がいて…。


「あ、はい。その…お、送っていきますよ」


もう少し、常盤さんと一緒にいたいと思ったのだ。


「じゃ、じゃあお願いしようかな」


断られるのでは?と思っていたのにあっさり了承してくれた。


でも、考えてみれば明日、俺も常盤さんも消えてしまう可能性がある。


だとしたら、自分のことを分かってくれる人の側にいたいと思うのはおかしなことではないか。


俺は常盤さんの横に立ち、歩き出す。


常盤さんも俺の歩調に合わせて歩き出す。


そして、当たり前のように常盤さんが俺の…手を握ってきた。


「えっ!?」


思わず声を出し、常盤さんを見る。


この展開は予想できず、戸惑いもしたが、俺はすぐに冷静さを取り戻すこととなった。


常盤さんの手は震えていた。


俺たちの居た公園から常盤さんの家は歩いて十分もかからない距離。


その間、常盤さんは何も言わず俺の手を震える手で強く握り続けていた。


常盤さんの家の前に着いても常盤さんは俺の手を離すことはなかった。


俺もそのまま、常盤さんが手を離すのを黙って待った。


「こんなとこ見られたら香織、怒るかな?」


ここでどうして香織の話が出てくるのか分からない。


どうして香織が…あ、そういえば香織、俺が常盤さんと親しくすることを心配していたもんな。


さすがに自慢の姉が俺のようなダメ男と一緒にいるのはいい気分しない…か。


「香織、空くんのこと、好きなんだよ?知ってた?」


今日の記憶が全て吹き飛びそうになる。


いや、何!?どういうこと!?


だって香織は俺に告白しようとした水野雫を応援してたでしょ!?


それに俺に無茶苦茶命令したり、ヘッドロックしてきたり…いや、もしかして、本来は焦馬の事が好きだったとかなのかな?


「香織はいつも『あのダメ男、ちゃんとさせなきゃだめなのよ!』ってよく言ってるわ。それに、空くんのこと嬉しそうに話すし…今年クラスが一緒になったって始業式からしばらく嬉しそうに語ってくれてたのよ」


これは…焦馬の事じゃない。


焦馬はダメ男じゃないし、今年クラスが一緒になったのも焦馬が存在した時の出来事である。


「だから、本当はこういうのはどうかと思ったんだけど…明日以降、今日のお礼ができるか分からないから…」


常盤さんは全てを言い終わる前に、俺の頬に優しくキスをした。


「…あ」


一瞬触れた唇の感触が、まだ頬に残っている。


これ…現実か?


これ、夢オチとかじゃないのか!?


こんな美人が俺の頬にチューするとかありえないだろ!?


このダメ人間の俺だよ!?何かおかしいでしょ!?


「あなたがセロに立ち向かった時、正直カッコいいなって思った。それに比べて私は動くことすらできなかった。情けない私に比べてとても勇敢でカッコよかったよ。もし、香織が好きじゃなかったら…惚れちゃってたと思う」


待て待て待て!


俺は何を今聞かされているんだ!?


こんな出来過ぎたこと、夢じゃないなら現実の俺は戦いで死にかけて、最期の妄想をしてるとしか思えない!


「だから…明日、負けないで。私も明日以降、空くんに会えるように頑張るから」


言いたいことだけ言って、常盤さんは俺の手を離すと俺から離れながら手を振った。


「バイバイ。明日、生き残ったら二人で駅前にあるスタバに行って祝勝会しよ♪」


俺の舞い上がる気分はここで終止符を打った。


明るく振る舞っている常盤さんの目に光るものを見たからだ。


「じゃあ明日、会いましょう。スタバ、楽しみにしてます」


俺は必死に堪えて返せたのはこの程度の言葉であった。


必死に泣くのを堪えている常盤さんの顔は見ているこちらも辛くなる。


俺は溢れてくる感情を必死に押し殺し、常盤さんに背を向けると、自分の家へと向かった。


常盤さんと約束した以上、次の戦い、負けられなくなったな。


「ったく、深夜徘徊して女と楽しそうにして…お前、明日消えるかもしれないって自覚あるのか?」


相変わらずの皮肉と共に目の前に現れるシエロ。


セロが来た時全く動かなかったくせに。


「まあ、何をしようが構わないが一つ聞きたいことがある」


シエロが俺に質問とは珍しい。一体何聞かれるのかね?


まさか…常盤さんと何してたか?とかかな?


まあ、頬にキスされたことはちょっと自慢したいとかだけどな♪


「セロの後ろに回り込んだ時、お前、何をしたか覚えているか?」


真面目な質問であった。自分の浮かれ具合に少し反省した。


「えっと…必死で回り込もうとしてた。それだけだよ」


俺の答えにシエロは神妙な面持ちになる。何かマズイこと言ったかな?


「その時、周りからどう見えていたか…分かるか?」


周りから?分かるわけがない。俺は自分の動きを自分で見ることはできないのだから当然だ。


「お前、一瞬消えたんだよ」


「消え…た?」


消えるって…姿を消す?それとも早すぎた?光のコントロールの何かなのか?


「考えてみろ。少し身体能力が上がった程度でセロの背後を取れると思うか?」


「いや、それはセロが死にたがってたからであって」


「じゃあ何でセロは驚いていたんだ?」


そう言われたらあの時、セロの笑みは消えていた。


あれはあの時は俺の作戦が成功したと思ったが、死にたがっているセロがわざと俺を誘ったとしたら余裕が無いのはおかしな話である。


「詳しくは言えないが、お前の成長は俺の想像とは違う形でちゃんとできているようだな。素晴らしいことだ」


珍しくシエロが褒めた。


いや、コイツと知り合って初めてではなかろうか?


「その力、早く扱えるようになれよ。これから練習させたいとこだが、明日の戦いに睡眠不足は良くない。少し早く起きて戦いに影響が出ない程度に練習だな」


どこか少し優しさを感じるシエロの声に俺は思わず「わかった」と答える。


それにしても次はどんな能力の相手なのだろうか?


常盤さんが鉱物…つまり石、てことは土属性か。焦馬が火属性で俺が光属性…となると、風とか水とか闇…とかなのかな?


もしくは意表を突いてどこかのゲームやアニメのラスボスみたいに時間とか空間とか…まさか生命そのものとかはないよな?


生命あるものすべてをコントロールできるとしたら…勝負どころじゃないよなぁ。


俺は家に帰ると母からの説教を何とかやり過ごし、風呂とご飯を済ませると眠りについた。


布団に入ると、少しだけ癒された。


色々あり過ぎたからだろう。


それもその場しのぎの癒しと分かっている。だが、今はこの癒しに甘えたい。


定期テストの前日の憂鬱さが可愛く思えるなんて思わなかった。


次の戦い、俺は生き残れるのだろうか?


常盤さんも生き残れるのだろうか?


セロにグラディオスを止めさせる方法なんてあるのだろうか?


そんな悩みはいつの間にか睡眠によってかき消された。


ただ、この後俺は後悔することになる。


寝る前に目覚ましを一万個セットすべきだった、と。


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