15 思わぬ出会い
俺の知っているマンガやアニメ、大人の参考書で得た知識、そのどれにも該当しない行為をオーチェは行った。
恥じらうこともなく、慌てることもなく、オーチェはおもむろに腰の布をまるで何事でもないかのように…巻き取って下半身を露わにした!
「お、お、お、お、お、お、お、お、オーチェ!お、俺心の準備が!」
うん、俺はそれを望んだよ。でもな、いざ実践となると初めての事となれば緊張するわけで…。
思考がまとまる前に俺の目線はオーチェの下半身へと移った。
俺は初めて…初めての体験をこれから…ん?
おかしい…よね、これ?
まあ、変な意味ではなく女性…もとい女の子の体については幼少期に妹と一緒にお風呂に入るという経験で、全裸の女の子の体を知っている。
オーチェの下半身はその記憶と合致しない。
いや、決して俺と同じ物があるとかじゃない。
例えるなら人形だろう。
本来、股の間に女性としてあるべき形をしておらず、ツルンとしているのだ。凹凸がないのだ。
「こういうことは説明不要とは思っていたのだが、理解できてなさそうなので説明をした方が…ん?」
きっと俺の顔は驚きのまま固まっているだろう。
当たり前だ。
想定外すぎるのだ。
「一応説明した方が良さそうだな。私はセロに作られた。そして私は不老不死の体を持つ。つまり、単体で完全体。子孫を残す必要が無い。ゆえに人間のように生殖器は無い」
説明を聞けば分からなくもないが、その胸はじゃあ…何のためにあるの?俺を騙すため?
「体の形はセロが作ったものゆえに私にはどうしようもできない。セロの作り出した他の七人の使徒も姿は男女を模しているが、性別という概念はない」
俺は膝から崩れ落ちた。
終わったよ…。
何もかも…。
なあ、こんな現実って…。
あっていいの?
バカだよ…俺って。
でもさ…大きな目的だったんだよ。
オーチェとの卒業式…。
俺はこの先、何のために戦えばいいのだろうか?
あは…。
あははは…。
あははははははは…。
あの世で焦馬が大爆笑してそうだな…。
「お前らしいな!」と指さしながら…。
もう…あっち行って焦馬と過ごそうか…。
うん、それがいい。
焦馬…。
もうすぐそっちへ行くよ…。
「そんなに交尾がしたいなら、今からその辺を歩いている者に頼んで」
はい?
何?
…どういうこと??
「聞こえなかったのか?交尾なら今からその辺を歩いている者に頼んで」
「それ、ダメに決まってるだろ!どうしてそういう考えになるんだ!」
いや、待て待て!
そんなワイルドな性格してねぇよ!
そんな真似…できたらもう彼女いるって!
卒業してるって!
「では知り合いに頼んで」
「それもダメだ!もっとダメだ!」
そんな相手いるなら…オーチェの手、握ってないだろ…。
いや。
俺なら握る…か。
知り合い…。
香織は…殺される。
雫は…真面目だからそういうのは結婚してからとか言われそうだし…常盤さん…も、さすがにそこまで甘えさせてはくれないだろう、てか甘えるの領域を超えている!
あぁ…今までの清楚で美しいオーチェのイメージが破壊されていく…。
よく考えてみたら人間の倫理観を言ったところで、神の使徒であるオーチェには関係ないことくらい予測は出来たはずだよな。
見た目はこんなに美人なのに…見た目は最高なのに…これでは香織と同じく、いろんな意味で対象外じゃないか…。
「何をやっても明日にはそれが無かったことになるのだ。気にしなくてもいい」
…そうか。存在が消えるということは俺が何をやっても俺のやったことは消される、もしくは誰かが代わりにやってくれる世界になるだけなんだよな。
「だからってさ、何やってもいいとは思えないよ。それやっちゃったら…何か分からないけど、何かを失う気がするし」
「まあ、好きにするがいい。決めるのはお前だ」
素っ気ない返事だ。
だが、気のせいかもしれないが、オーチェの声色は少し嬉しそうに聞こえた。
「では明日、奇跡を信じるしかないようだな。…期待はしてない。だから、それを裏切って欲しい」
「いや、そこは期待している、とか、お前に託した、とかじゃないの?」
「それを言えばいいのか?それを言えば余計なプレッシャーになるのではないか?」
言い返せなかった。
さすがオーチェ。俺の事を理解するなんて造作もないことか。
「では、健闘を祈る」
そう言うとオーチェはふっと目の前から消えた。それにしてもオーチェが目の前から消えるのは初めて見たけど…やはり神の使いってのを改めて実感する去り方だ。
…だが、俺は明日消えること以上に騙されている感覚に支配されていた。
オーチェ相手では「卒業」できない…。
俺の思い込みが悪いとは思うが、騙されたと思ってしまった以上…気持ちが揺らいでしまう。
そんなことを考えていると咽せながらシエロが立ち上がった。
「ったく、こんな目に合うとは…俺の方が冷静さを欠いたってことか」
てっきりオーチェに恨み言の一つでも言うのかと思えば、自分を責める言葉が出てきた。
シエロ、俺に厳しいだけじゃなく、自分に対しても厳しいんだな。
「…もう帰って寝ろ。コンディションが良ければもしかしたら勝てるかもしれないからな」
俺もそうしたかった。
なんせ…今日の出来事は俺に精神的な大きなダメージを与えた。
オーチェでは「卒業」できないのだから…。
しかし俺も結局不純な動機で動いているってことか。
オーチェの力になりたいと思ったのはオーチェが女性であり、俺を頼ってくれたからだ。
女性でないと分かると気持ちが冷めるとか…今までの気持ちが建前に思えてきたよ…。
肩を落とし、ゆっくりと家に向かい歩く俺。
もう俺…消されてもいいかもなぁ。
そんなことを思いながら歩いていると、あの公園の前にたどり着いた。まあ、廃工場に行くにはこの公園の前を通るんだけどさ…。
深夜の公園。誰もいない…いや、誰かいる。砂場の所に座っている…何となく見覚えのある女性。
あれは…常盤…さん?
一人で何を?
俺はそっと公園の中に入っていく。
声をかけようとしたその瞬間、俺は…見てはいけないものを…見てしまった。
常盤さんの前に、砂が生き物のようにうごめいていた!まるで軟体動物…いや、液体のようにうごめいている!
「常盤…さん」
「ひゃ!」
変な声で驚く常盤さん。それと同時に砂が動きを止め、砂場がいつもの砂場に戻った。
「そ、空くん!?こんな時間になんでここにいるの!?」
明らかに動揺している。…まさか…まさか。
俺は試しにあるワードを常盤さんに投げかけることにした。
「スピリット…スキル」
砂場はベンチに近いが、街灯はそこまで届いておらず、少し見えにくい。
それでも分かるほど常盤さんの顔は今にも泣きだしそうなのが分かった。
「その言葉を知っているってことは…もしかして…空くん…も?」
俺は常盤さんに返事をする代わりに光の球を作って見せた。
常盤さんは泣き出しそうなのではなく…すでに泣いていたのだ。
それも泣き止んだのに、また泣き出したのだろう。今泣きだしたにしては目が赤すぎる。
「あ、あれ?な、何で私泣いちゃってるのかな?」
慌てて涙を拭う常盤さん。
そんな常盤さんを見て俺は仲間がいた安堵感と…常盤さんも誰かを消したという現実にどう対処していいのか分からず、動けずにいた。
「少し…話ししよっか」
常盤さんは立ち上がるとお尻についていた砂を払い、この公園唯一の街灯の当たるベンチへと向かった。俺も何も言わずその後を追う。
「ごめんね、今日はあげられるもの、無いんだ」
「いいえ、気にしないでください」
二人してベンチに座るも、何も言えずにいた。
二人して下を向き、うなだれていた。誰かが見たら別れ話が始まっているようにも見えるだろう。
沈黙は常盤さんから破ってきた。
「私ね…大学で告白してきた人…付き合うことになった人…消しちゃったんだ」
俺はどんな顔をしていたのだろうか?常盤さんの方を向いたものの、何も話すことはできなかった。
「彼ね、就職して今年の春から大手企業に勤め始めたんだ。会社もここからそんなに遠くなくて…落ち着いたら同棲して欲しいって言われたの」
常盤さんは取り留めなく言葉を続ける。
「生まれて初めて告白なんかされた相手からそこまで言われたら…初めてってだけじゃない。色んなことで彼は私の支えになってくれたりしたんだ。だから私はお父さんを説得するために帰って来て…私は何をするか決まってなくて…就職活動もせず迷っていて…」
常盤さんらしからぬ、滅茶苦茶な話し方であった。
そこからは、時系列も分からない話を続けた。
こちらは理解が追い付かない。
だから…ただ聞くことしかできなかった。
「そんな彼を…倒しちゃったの。砂で彼の全身を覆って…固めて窒息させて」
窒息させて…倒した?それは倒したんじゃなく…常盤さんが…殺したってこと…だよな?
「常盤さん…」
「それなのに…彼を消したのに私はまだ生きていたいって思ってしまうの!彼を…倒し…殺した私なのに生きたいって思ってしまうの!」
うなだれたまま話を続ける常盤さんだが、涙は全く止まっていない。
「お願い。もし次の相手が私なら…」
次の対戦相手。
その可能性を忘れていた。
いや、考えないようにしていたというのが正しいだろう。
次に言う言葉の予測はできた。
だからこそ…
聞きたくない!
頼むからその先を言わないでくれ!
もう…そういうのは嫌だ!!
「私を…殺して…」
最後は消え入るような声だった。
常盤さんはそんな目に遭いながら、俺のことを癒してくれた。それなのに…それなのに…。
「私は砂や石などの鉱物を操れるの。もし…そんな相手が明日空くんの前に現れたら」
「そんなの、できるわけないじゃないですか!」
無茶苦茶言わないで欲しい。俺に常盤さんを消すことなんて…できるわけない。
「じゃあ…もし私が空くんと戦うことになったら…私が空くんを…消さなきゃならないのかな?」
常盤さんと戦うことになれば二択である。
俺が常盤さんを消すか、常盤さんが俺を消すか。
それだけではない。
仮に戦わないとしても、常盤さんが負けてしまえば…俺は常盤さんのことを忘れてしまう。
こんなに素晴らしく、優しい素敵な人を忘れるのだ。
「お前は本当に厄介ごとが好きなんだな」
ゆっくりと俺と常盤さんの前に現れたのはシエロであった。
「猫が…しゃべって…そうか、この猫が空くんのパートナーか」
シエロは俺たちの前に座るとため息を一つ吐く。
「空、何でここに来てしまったんだ?真っすぐ帰ればよかったのに…」
「そりゃあ…こんな時間に常盤さんがいたら…声かけるだろ?夜中に女性が一人ってのは…その…何かあったら大変だし」
俺が気恥ずかしそうにしていると常盤さんは「ありがとう」と言ってくれた。その一言でここに来たことが報われるような気になるのは不思議である。
「で、どうする気だ?もし戦うとしたら、お前は消えるのか?それともそこのお姉さんを消すのか?」
随分と酷い仕打ちをしてくれるものだ。
俺が常盤さんを消せば俺は生きてる間ずっと後悔するだろう。かと言って常盤さんに俺を消させても同じこと。
誰もが報われない、最悪の展開である。
もしかして…最良なのは…俺が常盤さんと戦わない組み合わせなのではなかろうか?
俺が負けたら常盤さんは俺の事を忘れる。勝てば覚えてくれたまま。
常盤さんが負けたら俺は常盤さんのことを忘れる。勝てば常盤さんのことを忘れない。
だが、俺と常盤さんが勝ったとしたら…単なる問題の先送りでしかない。
それに、俺と常盤さんが勝ちあがるということは…また、誰かを消してしまうということなのだ。
その現実に…耐えられるのだろうか?
すでに常盤さんはかなり精神的にキツイ状態だろう。
もし、もし仮に相手が常盤さんの知り合いならば…。
「常盤、もう迷っても意味がないですよ」
野太く逞しい男性を思わせるような声が聞こえた。俺は辺りを警戒し誰なのかを探すが、誰もいない。
「大丈夫よ。私のパートナー、カラスのローカよ」
常盤さんの言葉の終わるのを待っていたかのように街灯から黒い影が下りてくる。
一羽のカラスである。
シエロとあまり変わらない大きさで、その辺でもよく見るタイプのカラスである。
ただし、尾の部分だけ白い、という異様さを除けば…だが。
「空、あなたも同じです」
ローカに名前を呼ばれて少し驚いたものの、目の前にいるしゃべる猫を見て自分も同じだと思い出し、落ち着きを取り戻す。
「空、結局誰が相手でも…誰かが誰かを消すのがこの戦いの逃れられないルール」
妙に落ち着きのある口調につい頷いてしまった。
シエロは子供っぽさがあるが、ローカはしっかりした大人って感じである。
「参加した時点で誰も報われない戦いである以上、誰かが全てを背負うことになる。それを背負う覚悟が無いのなら…消えた方がいいかもしれない」
このカラス、もしかしてシエロ以上に非情なのか!?消えろってあっさり言いやがった。
「随分とストレートなカラスだな。でも、その通りとしか言いようがないな」
シエロもローカの言葉に同意する。
この動物コンビ、本当に鬼の生まれ変わりじゃないのか?
よくもそんなことを淡々と言えたものだ。
「空、常盤、聞きなさい」
少し声のトーンを落とすローカ。
人なら居住まいを正して、と言ったところだろうが、カラスでは分かりにくい。
「逃げられない現実である以上、今できることをやるしかありません。その結果、もし望まない形になったとしても、仕方ないことです」
「じゃあ、無抵抗にやられろって言うのか!?そんなふざけたこと…」
そうか…理不尽と思ってるのは俺たちであって…セロが決めたことが世界のルールってことだもんな。
神の行うことは絶対、ということか。
それならば…。
それならば、元凶を潰せば…良いわけか。
「なあ、ローカ、セロを倒せば…こんな理不尽、終わるのか?」
黒いカラスなのに…青ざめてるように見えた。
ローカはあからさまに「何恐ろしいこと言ってるんだ、コイツは!?」と顔に出して俺を黙って見ている。
「バカだな、やはり。焦馬に辛勝だったお前がセロに勝てるわけないだろうが」
呆れ果てるを通り越して、もはや未知の生命体を見てるかのように口を半開きにして固まるシエロ。
「で、でもさ、今スピリットスキル使える人間が二人いるわけだし、他の人も探せば…仲間にできれば」
俺はゆっくりと立ち上がり常盤さんを見る。
まだ俯いている常盤さんだが、それでも構わない。
「もしかしたら勝てるかもしれない。いくら神だからと言っても複数のスピリットスキル保有者と戦えば」
「勝てるかもしれないね」
背後から声がした。
ここにいる誰の声でもない。だが、聞き覚えのある声。
振り返る前に俺は察してしまった。
シエロとローカの怯える眼差し。
常盤さんも顔を上げ、声の主を見るも絶句している。
これは…ヤバいヤツが俺の後ろにいる。
鈍感を体現している俺にでも分かる…そんな威圧感。
「怖がらなくていいよ。素晴らしい提案だったから、詳しく聞きに来たんだ」
ゆっくりと振り返る。
そこには俺と同じくらいの歳に見える男がいた。
真っ黒な肩まである髪に少し幼さも見える顔つき。
アイドルグループなら年上キラーのポジションだろう。
だが、その服装はまるでRPGに出てくる偉人のようで、白いローブを羽織っている。
月も出てない暗い夜なのに、その白いローブは光り輝いていて、公園の街灯すら暗く感じてしまう。
優しくて落ち着く声。
なのに心臓を掴まれているような戦慄。
言葉が全く出てこない。
「初めまして。私はセロ。君が倒したいと思った相手だよ」
どんな三流ゲームだよ!
話題に出たからって現れるラスボスなんていてたまるか!
俺たちを潰しに来たのか!?
「で、どうやって仲間を集めるのかな?何か手掛かりでもあるのかな?」
本当に腹が立つ。
こちらに微笑みを向けて少し嬉しそうなセロの態度に腹が立つ。
圧倒的な強者の余裕を見せつける。
いや、セロにとっては自然なことなのかもしれないが。
「グラディオス始まって以来、君が初めてだよ。私を倒すという案を出したのは」
セロは実に楽しそうである。
笑みを全く崩さない。
こっちは今にも怖すぎて失禁するかもしれないってのに!
「そうだ。試してみるかい?君の光の攻撃、私に通じるかを」
バカにしすぎだろ!
セロとの距離は二メートルくらいしかない。
これなら光の速さで攻撃できたなら、確実に倒せるはずだ!
「お、やる気になったみたいだね。さぁ、頑張って倒さないとね。君はそこの女性を守るために戦うナイトとして敵を倒さないと格好悪いだろ?」
誰も動けていない。
当たり前だ。
神様を前に弓を引くことが出来るのは…バカな俺くらいなもんだ!
ただ、まともにやって通じるかどうか分からない。
こういう敵が攻撃して見ろってパターン…マンガやアニメだと通じないんだよなぁ。
だからと言って俺には何も策は無い。
一呼吸置く。
俺はセロに向け人差し指と中指を向けた!
「ランデルーズ!」
俺の指から放たれた光は案の定、セロに届く前に…キレイな雪のように弾かれ、空に舞い、降り注いでくる。
「驚いた。まさか本当に攻撃してくるとはね。さすがオーチェが選んだ人間だけはあるね」
言葉で驚いたと言いつつ、セロの表情は笑顔のまま。実にムカつく。
まあ、これで正面からの攻撃は無駄ってことが分かった。
じゃあ…後ろに回り込む?光をコントロールしてセロの横にランデルーズを撃ち、曲げて背後から撃ってみるか?
いや、さっきの防がれ方を見る限り、後ろでも同じだろう。
光は霧散するだけだ。
となると…ゼロ距離…か。
だが、どうやってゼロ距離で撃つ?
歩いて近寄らせてくれるか?仮に歩いて近寄らせてくれたら効かないってことなんだろうけどな。
「何か思いついたのかな?さあ、いつでもどうぞ」
二メートルってこんなに遠かったか?
とても歩いて行ける近さに感じない。
相手が神である以上、当然と言えば当然か。
たとえゼロ距離でも、正面からなら防がれそうだし…。
何とか…何とか後ろに回り込んでゼロ距離でブチかましたい!
「くそ!これならどうだ!」
ランデルーズを地面に放つ!狙いはセロではなくセロの足元だ!
「外れたようだが?」
気にせず二発目を撃つ!先ほどより少し右にずらす!
「また外れた…な!」
セロが体勢を崩す!
俺はセロの片足の下を撃つことによって地面に穴を開け、セロの自重で足元を崩すように仕向けたのだ。
体勢を崩したセロの後ろを取るために俺は跳躍する!
難なくセロの横をすり抜け、背後に立つ!成功だ!
そして、背中に指が触れるくらいの距離で再び指を構える!
セロもそれに気が付いたのか…いや、さっきの笑顔ではない。驚きが俺にも分かるほど顔に出ていた!
これなら…効果ありそうだ!
「ランデルー」
しかし、誰が俺の腕に打撃を加え、ランデルーズの軌道を逸らした!
放たれたランデルーズはセロの腕にわずかな傷を付けて彼方へと消える。
そんなことはどうでも良かった。
それくらい俺は目の前の光景を疑った。
先程ランデルーズの発射を打撃で妨害したのは…まさかの…オーチェである。
その場にへたり込んでしまう俺。
オーチェはそんな俺を見下すかのような目線で睨みつけている。
「ど、どういうことだよ、オーチェ」
誰かこの状況になった理由を説明して欲しい。何?オーチェが寝返ったということなのか!?
「セロを殺すことは許さない」
何!?
何が起きたんだ!?
もしかして洗脳パターン?
それとも主人が攻撃されると防衛モードになるとか?
もしくは…実はセロのこと好き…とか?
「オーチェ、どうして邪魔するのかな?彼がせっかく私を殺せるところだったのに」
こっちも何を言ってるかわからないぞ!?
「殺せるところだったのに」って!?セロは殺されたいのか!?
それとも殺せるはずがないという余裕からくる冗談なのか?
「残念だ。オーチェがいる以上、君に私を殺すことは不可能だね。また次を楽しみにしておくよ」
セロは満面の笑みだった。
まるで子供が大好きなお菓子をもらったみたいに無邪気で、先程まで戦ってた俺でさえ心が癒やされてしまいそうな…そんな笑顔。
その笑顔のまま、セロは幽霊が消えていくかのように少しずつ薄くなり、最後に完全に消えてしまった。
取り残された俺たちはセロのいた場所をしばし見つめていたが、オーチェの「すまないな」の一言で我に返った。
「せ、説明してくれよ、オーチェ!アイツを止めるんじゃないのかよ!アイツを止めるチャンスだったのに、なぜ邪魔したんだよ!」
俺の声にはオーチェに邪魔された怒りよりも、裏切られたという悲しさが滲み出ていた。
もし、オーチェが俺たちの敵となるなら…俺はオーチェと戦えるのだろうか?
「少し説明が必要なようだな」
オーチェはへたり込んだままの俺の手を引き、立ち上がらせると常盤さんを見て「お前にも話しておこうか」と言うと、ベンチの方へと歩き出した。
世の中には知ることで地獄を見ることがある。
そう…俺は聞くべきではなかったのかもしれない。
オーチェから聞かされる絶望的な現実を…。




