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夢の寿命の限りまで  作者: 真神
第一部
8/50

そういうわけで、よろしく頼むよメフィストフェレス

ようやく乙女ゲームのおの字が出てまいりました。


(………ハッ!? わ、わわわ、わたしは何をッ!!)


 お願いのキスを終えて、ハノーニアは自分がやらかした事の恥ずかしさに項垂れた。加えて、身を寄せるエルグニヴァル本人からそっと頭に頬ずりされて、羞恥心が上塗りされる。

 そんな、しばしの静寂を経て。微笑に戻ったアグリコラが説明を再開した。


「さて…『薄明』についてのお話の続きでありますが。

 繰り返しになりますが、これに分類される『バイカラー』の方々は、やはり魔力保有量及び運用効率が総じて高いことが調査で判明しております。もっとも、総数自体が少ないので、今後も継続調査が必要ですが…。

 また、とある語句が鍵となって『混線』状態が発現することも確認されております。どんな語句がどなたに該当するのかはまだはっきりと分かっておりません。ただ…『薄明』がきっかけになることが多かったと。これもまた、少ない統計からではありますが…」

「…そして、私も統計に当てはまった、と…」

「結果としては、そうなりましたな」


 朗らかに笑って頷くアグリコラに、うすら寒さを感じる。


「とはいえ。どれもこれもが未だ道半ばでございます。語句は合っていたとしても、一度の声掛けで発現した例もあれば、中尉のように何度か行って…ということもしばしば。

 いやはや、全くもって神秘ですな。魔力、魔法、それを使える人間、使えない人間…何が違い、何が関係するのか。考えれば考えるほど、この歳になっても胸が高鳴ります」

「その熱意、学問にだけ向けていろ。道半ばで倒れたくなければ、わたしのつがいに必要以上近寄るな。声もかけるな」

「御意」

「………」


 抱き寄せたハノーニアを撫でながら、エルグニヴァルはそう言い放った。アグリコラは恭しくこうべを垂れて首肯する。

 渦中の人となったハノーニアは、心身ともにぐったりで、言葉を紡ぐ元気もない。もとより、頭の中は前世の記憶でぐちゃぐちゃで、言葉を探す余裕などないのだ。正直一人になりたかったが、今日の予定の半分もこなせていない現実から目は逸らせなかった。

 十二宮演算珠を受け取るどころか、その影すらまだ見ていないのだ。ハノーニアは姿勢を正そうと身動ぎする。


「…か、閣下。その、ありがとう、ございます。もう、大丈夫です。小官、起きますので…」

「む、そうか…。無理をせずともよいのだぞ? いやそれとも、わたしの体は心地が良くなかったか?」

「いいえ! いいえ閣下! 滅相もありません! その、大変…心地よかったです。御手が、その…大きくて、撫でていただくのが、とても…嬉しかったです。安らぎました…」


 エルグニヴァルの会話の内容もおかしかった気がするが、馬鹿正直に答えた自分もどうなんだ。言ってしまってから、ハノーニアは本日何度目かの羞恥心に唇をぎゅっと引き締めた。

 すると、エルグニヴァルの指がそぉっと唇に触れる。


「んっ」

「その顔も可愛らしい。…が、噛んではいないな? いい子だ。これからも噛んではならぬ。わたしからのお願いだ」

「はわ…は、い…閣下」


 歳は離れている。それがなんだと声を大にして言いたいくらい、微笑み首をかしげてみせたエルグニヴァルは魅力的だ。


(…私年上専だっけ? …だったかもな、前世…)


 熱くなった頬を押えながら、立ち上がる音に正面のアグリコラを見れば、穏やかに微笑まれていた。部屋の端、扉の横で待機している侍女も同じような表情だった。いっそ埋めてくれ、な心境だ。


「春うらら、ですな」

「ひょえッ」

「フン。正直に言えばよかろう。怪物が凍死せず残念無念であるとな」

「ッ」


 真逆の気持ちで瞬く間に二度息を呑むハノーニアとは違い、アグリコラもエルグニヴァルも眉一つ動かさない。

 それがやんごとなき階級特有のものなのか、それとも彼らだけのものなのか、ハノーニアには幸か不幸か分からない。


「さあ。さて、では。新しい魔導力運用装置――十二宮演算珠とのご対面とさせていただきましょうか」


 アグリコラが手を叩けば、再び扉が開かれ、白衣の一団が入ってくる。顔見知りになって久しい技術局員たちだ。彼らは持ち寄った機材をテキパキと設置し、まもなく配置についた。当然というか、場所が場所であるからか、普段会う時よりもキリリと引き締まった表情である彼らに、ハノーニアも背筋を伸ばした。

 不本意ながら三回目の授与となるが、この緊張感に慣れることはないだろう。


(…いや、そもそも壊すなよ私。壊したくてやったわけじゃないけどね勿論)


 次がないことを、これが最後であることを強く願いつつ、ハノーニアは部下から重厚なトランクケースを受け取ったアグリコラと向き合う。

 二人の間に置かれた小さな机の上へ、トランクケースが置かれる。ダイヤルと錠でもってなされていた封が解かれ、アグリコラの手によって蓋が明けられた。

 光沢が美しい深紅のビロードの中央に、金色に輝く懐中時計状の物――十二宮演算珠が置かれていた。

 歯車やばね、その他様々な部品が緻密に組み合わせられた英知の形。その中心で乙女座の星座石であるサファイアが煌いている。主たる石を囲むように配置されているのは、カーネリアンやサードオニキスだろうか。

 ハノーニアは絶句した。その理由は、まばゆさの強さだけではない。


「………。……は、博士…あの、…え? …えぇッ!?

 どなたか貴人用の演算珠と小官の演算珠をお間違えでは?」

「いいえ。ノイゼンヴェール中尉へ授与される演算珠で間違いありません」

「で、ですが! 何故星座石が三つも? ご存じのはずです。通常、核とする星座石は一つです。…こ、これは、小官には、過ぎたものかと…具申いたします」


 星座石は、前世で言うところのパワーストーンの一種だ。この世界でも誕生石の考えだってあるが、十二星座をもとにする占星術により決められる守護石として、星座石が一般的に普及している。確か、前世のヨーロッパでも誕生石よりも一般的だったはずだと、記憶の欠片が飛んでくる。

 占星術――天球の星の動きを読み解くすべは、魔法にも魔導にも大いに関係している。大昔から、磨き整えられた宝石として、もしくは、それこそ原石そのままの形で、星座石は魔力と魔法の触媒として用いられてきた。

 一般的に、軍で支給されるものは星座石一つのものだ。事前の検査結果から幾らか相性は鑑みられるが、凡そ在庫による。複数ある守護石の中から選ばれた一つが埋め込まれた演算珠と、以降苦楽を共にする。貴族等で金銭的余裕があるものは、サブストーンを自費で購入し、追加で組み込むものもいるにはいる。


(……わたし、平民)


 今は勿論、前世だってそうだ。日本という島国で生まれ育った、れっきとした平民庶民一市民だった。


(これ、国宝級とかじゃないの? 見るのはいいけどお触り厳禁、写真も駄目ってやつじゃない? 絶対そうだよ!)


 後ずさりしたい気持ち満々だったが、今はベッドに腰かけている。隣には相変わらずしっかりとエルグニヴァルが腰かけており、背中に手を回してハノーニアを支えてくれていた。物理的にも、そもそも立場的にも辞することは困難を極める。

 困った時の神頼みならぬ、エルグニヴァル頼み。チラリと彼を伺えば、いつから此方を見ていたのだろう。空色一色に戻った目とぱちり、視線が合う。


「っ」

「ふふ」


 柔らかい眼差しと声でもって微笑まれて、ハノーニアは勢いよく演算珠へ向き直った。

 耳元でエルグニヴァルが囁く。


「わたしが選んだ。お前を想って…。…是非ともつけてほしい。だめだろうか?」

「っ…、…っ、か、っか…。…はい、勿論。恐悦至極で、ございます」


 心変わりが早すぎるとか、自己はないのかとか、言いっこなしだ。それよりも、今生では軍に身を置くハノーニアは、最高官職であるエルグニヴァルの言葉に異を唱えるなんてことは出来ない。思ったとしても口に出すべきではない。今後万が一億が一昇進して佐官や将官になれば、もしかしたらそんな場面に出くわすかもしれない。そんな先のことよりも、今現在である。


(……それに、こんなことを言われて、嬉しくないなんてことはない…。

 ……可愛がってもらえるうちに、貰っておこう)


 言葉も態度も。

 気まぐれの春が去った後、それらを抱いていれば、幾らかは息が出来そうだから。


(…その反対、かもだけど…)


 前世も含め、色恋なんて疎遠だった。経験の乏しさと興味関心の薄さで、想像すらはかどらない自分にハノーニアは自嘲する。枯れてんなぁ、と。


「…ハノーニア」

「はい、閣下」

「わたしに…つけさせてもらえないだろうか?」

「ひぇ」


 育たない妄想よりも、現実がよっぽど鮮明で苛烈だ。

 ハノーニアが頭の中を真っ白にしている間に、アグリコラは部下に素早く退室を命じた。


「では、わたくしめどもは一度退室いたします。魔力値計測や最終調整は、お二人での授与式の後にでも」

「ほう、気が利くではないか。そのまま帰ってしまえば、より感心するがな。

 だがしかし、魔力の計測はおろそかには出来んことだ。一時間ほど、休養を取るがよい」

「ありがたくいただきます」


 深々とお辞儀をして部屋を辞するアグリコラやその部下。最後に侍女まで出て行って、拳一つ分ほどの間を残して、そっと扉が閉められた。

 隙間に未婚の女性である自分への配慮が見られ、嬉しいやら恥ずかしいやら。しかし、そんな気持ちも、ベッドから立ち上がったエルグニヴァルによって何処かへ飛んでいく。


「あ…閣下」


 ケースから演算珠を取り上げたエルグニヴァルは、すぐにハノーニアの隣へと戻ってきた。


「よいだろうか、ハノーニア」

「は、はい…」


 最高官職でなくても、憎からず想い始めている相手から贈り物を贈られて、嬉しくない訳がない。それが仕事に関わるものでも、ある意味帝国軍事機密の塊でも、いい。希少な『バイカラー』確保の作戦の一環でも、もう構うものか。

 上手く手のひらで転がして、転がして、とかしてほしい。何も分からなくなるくらいに。


(走り回った末、バターに成っちゃったトラみたいに)


 首の後ろに回されるエルグニヴァルの手を感じながら、ハノーニアは目をつむる。

 一呼吸後。鎖骨の下、心臓の真上辺りに金属が当たる感触がした。

 途端、呼吸が軽くなった気がした。体が、隅々までほぐれていく気さえする。滞っていた魔力が、新しい星座石によって、より優れた演算珠によって巡りだす。

 吐息と共に開かれたハノーニアの目は、一層美しい『宵の薄明』色を呈していた。


「あぁ…よく合っているようだ。良かった」

「かっか…閣下。ありがとう、ございます…。一生、後生大事に、いたします…」

「ふふふ。その気持ちだけで十分だ。わたしこそ、満たされている…。…あぁ、いいものだな。想って贈るという行為は。くせになる…」

「ふ、ふふ…お上手ですね、流石閣下。それこそ、お気持ちだけで十分です」


 再び抱き寄せられて、ハノーニアはエルグニヴァルの腕の中におさまる。

 丁度顔の横に、エルグニヴァルが首からさげる演算珠があった。大粒のルビーが中央に座し、それを複数個のダイアモンドとガーネットが囲んでいる。


(……あれ?)


 機構の奥に輝石をもう一つ見付けて、ハノーニアは首を傾げた。


「どうした?」

「閣下…閣下は、牡羊座…でしたよね」

「あぁ。知っていてくれたのか?」

「あ…えっと、…」

「ふふ、すまぬ。知っていたのでも、今分かったのでも、どちらでもよい。どちらでも嬉しいのだ。お前が、わたしのことを知っていく。お前の中でわたしが増えていく…。ああ、気分が高揚するな…」


 エルグニヴァルは言葉通り、上機嫌な笑いを零した。


「それで…あぁ、私は白羊宮、牡羊座だ。お前は処女宮、乙女座だ」

「はい。ですから、サファイアを頂きました。ありがとうございます。

 閣下。閣下の演算珠にも、奥の方に…サファイアが…いえ、青い輝石が、見えまして…」

「あっている。サファイアであっている、ハノーニア」


 見上げたエルグニヴァルは、まるで子どものように嬉しそうだった。

 彼は演算珠を操作して外郭機構の一部を動かすと、露出させた内部を見せてくれた。そこには、煌くサファイアが埋め込まれている。


「補助ではあるが、白羊宮の守護石に数えられている。お前と…お前のものと一緒だ」

「…っ」


 変わらず嬉しそうに微笑むエルグニヴァルに、ハノーニアは胸が苦しくなった。


(…ずるい…ずるいっ!)


 お揃いなんて魔法の言葉を使うなんて、なんとひどい人なのだろう。ハノーニアの手は、今しがた授与されたばかりの演算珠をそっと握る。真新しいのに手どころか全身に馴染む気がするのは、守護石が三種に増えたから、だけではないだろう。


(あぁそんな事考えるくらい、もうはまってる。手遅れだ。手遅れなんだよ、ハノーニア)


 自分にそう語りかけて、ハノーニアはエルグニヴァルと視線を結ぶ。


「恐れながら…閣下。小官も、嬉しいです。身の程知らずではありますが…ですが、閣下のお傍にあれるようで…あぁ…嬉しいのです」


 本心だ。心からの言葉を紡いで、ハノーニアは微笑んだ。


「……ならば。これも、受け取ってくれるか?」


 ハノーニアの言葉を待たずに、エルグニヴァルは一つの小箱を取り出した。

 箱の中身は、美しいカーネリアンがはめられたブレスレット――補助演算珠だった。


「閣下? あっ」

「受け取ってほしい。お前も、身に着けてほしい。わたしも、お前のそばに居たい…ありたいのだ」


 利き手である右手を優しく持ち上げられ、祈るようにエルグニヴァルの額に寄せられる。

 ハノーニアは迷わず返事をした。


「はい、閣下。勿論です」

「ありがとう。とても嬉しい…。

 …あぁ、心が動くとは、このようなものなのだな。些か苦しささえ感じる…が、悪くない。いや…よいもの、だな」


 はにかむエルグニヴァルに釣られ、ハノーニアも破顔する。

 そして持ち上げられていた右手の手首に、エルグニヴァル自らの手で補助演算珠がはめられた。そっと指先で触れれば、その色通りの温かさを感じた気がして、自然と口の端が上向くのだから。


(…もう、ダメだ)


 此処が、前世で繰り返しプレイした乙女ゲーム『薄明の輪廻』その通りの世界だったとしても。ただ似通った別の世界だったとしても。ハノーニアの心は、エルグニヴァルのものだ。

 例え、ゲームのようにたった一人のヒロインへ恋心が、ひいては愛が集中しても。ハノーニアの心、その中央、その奥深くにはエルグニヴァルという存在がもう根を張って巣食ってしまった。


(……今、思い出した中に、ゲームの中に、閣下はいなかった)


 少なくとも、名前や絵姿の存在はなかった。今後、思い出すかもしれない。いつか、出てくるかもしれない。

 その時。エルグニヴァルの心がハノーニアから離れても。それによって、ハノーニアの心に今ある柔らかくあたたかな想いが焼き尽くされ、凍え、別のナニかになってしまっても。

 ハノーニアの心から、エルグニヴァルは消え去ることはない。夢のように、薄れていくことはきっとない。


「……閣下」

「あぁ。どうした、ハノーニア」

「閣下。

 嗚呼、閣下……お慕いして、おります」

「…嗚呼。

 わたしも、お前を想っているぞ」

「……ああ、ああ……。

 さすがは、閣下。なんて…ああ、嬉しい…っ」


 零れる涙は、きっと嬉し涙だ。だって、口の端から入ってきた雫はほんのり甘く感じたのだから。

 エルグニヴァルに丁寧に涙を拭われながら、ハノーニアは思う。あるいは、決意する。


(……あぁ、あぁ…どうせ夢。されど夢。怖い夢も、痛い夢も、嫌な夢なんてまっぴらだ。

 頼むから、頼むから悪夢にしてくれるなよヒロイン。でないと…探し出して、そして――この世から叩き出してやる)


 それは凡そ馬鹿げた思いだ。見当違いも甚だしい。ハノーニア自身自覚はあった。それでも、そう思うことをとめられなかった。

 誰だって、不幸を望まない。誰だって、幸福でありたい。そんなある意味当然の、人間らしい考えから生まれた思いを、とめる気は起きなかった。


星座石については複数のサイトで調べました。いろんな当てはめ方がありまして、拙作もその一例としてください。

改めて調べると、面白いですね守護石。

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