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夢の寿命の限りまで  作者: 真神
第一部
7/50

アスクレピオスの杖だけで良かった


 ハノーニアの療養――もしくは最後の自由時間――は、かくして始まった。

 打撲や裂傷も多かったが、幸いにしてどこかが欠けることは免れた。『バイカラー』で底上げされた魔力量、そしてそれをすべて使い切る覚悟で防壁を張ったことが功をそうしたのだろう。しかし、それによって超至近距離で魔力熱を受けることとなり、広範囲にひどい熱傷を負うとことなった。

 一般的に成人では全身体表の二〇パーセント以上の熱傷で生命の危険がある。襲撃はハノーニアの戦闘を最後に鎮圧されため、幸運なことに彼女はすぐさま適切な処置を受けることが出来た。

 起きてから今まで、灼熱感や疼痛はほとんど感じないので、一体どれほど強力な鎮静剤が私用されているのかと内心ゾッとしないでもないが、ハノーニアは口をつぐむ。知らぬが仏、もしくは見ざる聞かざる言わざるの心である。

 そんな気持ちで、早数回目となった包帯・ガーゼの交換と薬の塗布を受けていた。行ってくれているのは、エルグニヴァルが連れてきた壮年の侍女だ。あの『ドキドキハラハラ三者面談』の後、この屋敷のことを説明する際に紹介され、以降様々なことを世話になっている。


「早く良くなりますように。痕が残りませんように」


 侍女は、交換の度にそう言って祈ってくれる。普通の熱傷とはまた違ったひどさを呈する患部を見ても、嫌な顔一つせず。


「御髪も、早く元通りになるとよろしいですね」

「はは、ありがとうございます」


 侍女の悲痛な表情に、ハノーニアは苦笑した。

 目覚める前は一つまとめに結えるほどの長さがあった明るい灰髪は、戦闘と治療のためにバッサリと切られ、驚くほど短くなっている。「いっその事バリカンで刈ってくれた方が清々しいんじゃないか」と、初日にハノーニアは口を滑らせた。侍女は顔を真っ青にして口を手で多い、ルシフェエステルからは「馬鹿者」と叱られ、エルグニヴァルにはより一層壊れものを扱うように撫でられたので、もう二度と言うまいと誓った。

 清潔な患者着に着替え、ベッドに腰かけたハノーニアは「さて」と一人気合を入れる。

 時計に目をやれば、もうそろそろ時間だった。


「横になってはいかがですか、ノイゼンヴェール様」

「あ、いえ…。…流石に、そういう訳にもいきません」

「お休みになっていても、閣下はお怒りになりませんよ。ですが、えぇ、貴女様がお出迎えになられれば、勿論お喜びになることでしょう」

「えっ…あ、はい…だと、いいのですが…」


 上品に微笑む侍女の言葉に、ハノーニアは恥じらいの気持ちをどうにか抑えようとする。そうして、それだけじゃないと小さく頭を振った。


「閣下のお出迎えは勿論です。…が、もうお一方、いらっしゃる予定なので」

「ああ、そう言えば」


 忘れていたなんていう事はないだろう。昨日エルグニヴァルが直々に伝えに来た時、彼女も同席していたのだから。


「申し訳ございません。悪ふざけが過ぎたこと心より謝罪申し上げます。お許しください、ノイゼンヴェール様。

 ……職務への、ご復帰に関わることですものね…」

「はい」


 深々と頭を下げた侍女の表情が浮かないものに変わっていて、ハノーニアはもう一度苦笑した。包帯が巻かれた手で、つい鎖骨辺りを探ってしまう。

 軍服と共に、いつも肌身離さずあった十二宮演算珠。先日の戦闘で「爆発四散した」とエルグニヴァルから教えられ、項垂れずにはいられなかった。

 今日は、新しい演算珠が届く日なのだ。思えば、これで通算三個目となる。


(……壊しすぎだよね、私…)


 外郭の破損、およびそれに係る修理はよくある。しかし、内部機構や核である星座石までの損傷は稀だ。それを数年前にはからずもやってのけたハノーニアは、以来十二宮演算珠を製造・管理する技術局からバッチリ目を付けられていた。任務として、テスト要員に召集されたことも何度となくある。

 故に、本日この屋敷へわざわざ赴いてくる人物とも面識がある。伝えられた時は聞き間違いかと、恐れ多くもエルグニヴァルに聞き直してしまった。気分を悪くするどころか嬉しそうにもう一度教えてくれたエルグニヴァルには勿論深く感謝し、次いで天を仰いだ。

 思い出した今でも、ハノーニアは天を仰ぎたくなる。持ち上がった顎は、廊下を歩いてくる数人分の気配を感じてきゅっと引き戻す。

 ノックの後、エルグニヴァルの穏やかな声が聞こえた。


「ハノーニア、起きているか。わたしだ、トゥエルリッヒだ」

「はい閣下。起きております」


 侍女によって音もなく開けられた扉の向こう。声と同じく穏やかに微笑んだエルグニヴァルと目が合って、ハノーニアも自然と頬がほころんだ。ただし、彼に続いて入ってきたもう一人――初老の男性を視界に入れるまでの、本当に束の間だったが。


「ご機嫌よう、ノイゼンヴェール少尉!!」

「…アグリコラ博士。ご、ごきげんよう」


 そしてさようなら。そう続けなかった自分を、ハノーニアは内心で褒めた。

 やっとのことで引きつった微笑を張り付けるハノーニアとは違い、エルグニヴァルは不機嫌さを隠さない表情となっていた。


「ゲオルグ」

「ええはい閣下。ええ心得ておりますとも。少尉…いえ、もうすぐ中尉でしたな。おめでとうございます。

 中尉は閣下の寵愛めでたく。ええわたくしめ、心得ております」

「フン。

 ハノーニア。これがお前におかしなことをせぬよう、わたしも同席したいが…よいだろうか?」

「閣下! はい、はい閣下。是非とも」


 エルグニヴァルの言葉に、ハノーニアは一も二もなく飛び付いた。勢いよく頷いて、首かどこかが痛んだけれど気にしない。その余裕がない。

 その理由はひとえに、ゲオルグ・アグリコラ博士にある――否、彼にしかない。鉱石学および魔導学において彼は非常に優秀だ。その証拠に、技術局局長という非常に高い地位にいる。研究内容も成果も素晴らしく、テスト要員として出向した際の待遇も悪くなかった。なかったのだ、彼以外は。

 アグリコラの目がエルグニヴァルから移動して、ひたとハノーニアを捉えた。


「ああ、ああ!! 愛しの宝石! 麗しき『薄明』!!」

「!?」


 ベッドに腰かけるハノーニアの前へ滑り込むよう移動したアグリコラは、なんとそのまま両膝をついて両手を祈るように組んだ。いや、実際目をつむって祈っている。


「は、博士…博士!!」

「ええなんでしょうか『薄明』の乙女」

「………」


 こっぱずかしいあだ名で呼びかけられて、ハノーニアは言葉を失う。前世の言葉を借りるなら、宇宙を感じる猫の状態である。


「……博士。その呼び方は…いかがなものかと、小官、以前より申しておりますが…」

「何を仰いますか乙女よ! 貴女ほどこの呼び名が相応しいお方もおりますまい!

 あぁ…黄昏の色のなんとお美しいこと。このお色あっての『バイカラー』。宵の『薄明』…あぁ…ああ!!」

「博士! 落ち着いてください博士!!」


 再び祈りへと入ったアグリコラに、ハノーニアは必死に呼びかけた。そして、助けを求めてつい見やったエルグニヴァルと視線が合う。

 高く澄み渡った秋の空の色。美しいと、ハノーニアは見るたびに思う。朝焼けの空にも似ている。呼吸の音さえひそめたくなるような、そんな――。


「――あ」

「ハノーニア?」


 母音の形にぽかりと開いた口を片手で抑え、もう片手で米神辺りを抑える。そうしながらも、ハノーニアの視線はエルグニヴァルから外れない。澄み切った夜明けの青を呈する二つの宝石から、視線を逸らすことができない。


「『薄明』の乙女、いかがしました?」


 アグリコラの呼びかけに、ハノーニアは自分の口でもその単語を転がした。


「はく、めい……そうだ、薄明、のっ」


 ――【薄明の輪廻 トワイライトリインカーネーション】。

 脳裏を過った単語――否『タイトル』に、ハノーニアは強く口元を押え込んだ。

 確か、それはゲームだった。女性向け恋愛ゲームで主人公が女性である――いわゆる乙女ゲームだった。

 元々それらを特別好んでいたというわけではなかった。だがあれは――『薄明の輪廻』は、プレイした。キャラクターもストーリーも、世界観も、設定も、好みが詰まっていたのだ。エンディングを迎えてももう一度、もう一度と周回プレイするくらいには、好きだった。


(っ、そのくせ今の今まで忘れてるとか、マジよッ、クソ…しかも、虫食いとか、ほんと勘弁してよ私の記憶ッ)


 泣きたい、とハノーニアは奥歯共に声を嚙み殺す。

 そんな、吐き気にも似た衝撃だった。たまらず、両手でもって口をより強く押え、体をくの字に折り曲げる。


「ハノーニア!」

「…。か、かっか…、…」


 アグリコラを押しのけて駆け付けてきたエルグニヴァルを、ハノーニアは見上げる。彼を見詰める目は、ゆっくりと色を変えていく。まさに、日が暮れていくように。


「ああ、うつくしい」


 そうアグリコラはうわ言のように囁いた。


「ハノーニア。…ハノーニア、わたしが分かるか?」

「は、…い…かっか、エルグニヴァル、かっか…あ、…ぅ、っ…」

「よい。分かれば、よいのだ…」


 横に座ったエルグニヴァルに優しく抱き寄せられて、ハノーニアはされるがままにもたれかかる。そぉっと撫でられるごとに、呼吸が楽になった。いつの間にか息を詰めていたらしい。瞬きをして霞んだ視界を正せば、朝焼けの空色の目と視線が結ばれ、柔らかく微笑まれた。


「……ゲオルグ」

「申し訳ございません、閣下。そして薄明の乙女、ノイゼンヴェール中尉。心よりお詫び申し上げます」

「は…かせ」

「フン、全くだ。

 貴様よくそれで『バイカラー』研究の権威だといばれるな。名折れもよいところだ」

「はい、おっしゃる通りでございます」

「して。弁明という名の原因理由の推測くらいは…あるのだろうな」

「はい。

 『バイカラー』に覚醒した方は、魔力保有量の限界値が大幅に引き上げられることは既知でございましょう。そして、それに伴い他者等とまじる状態――『混線』がごくまれに起きることも」

(……あぁ、そうだ…まじる、まじりもの…混線…)


 もしくは『雑音』ともいわれる現象だ。エルグニヴァルに撫でられながら、ハノーニアは瞬きの度に流れる『雑音』――前世の記憶をひとまず受け入れる。自分の奥深くへ仕舞おうと足掻く。とは言え、今回のものは普段の寝て起きて薄れていく夢とは違い、色濃く鮮明だ。まるでスマホやパソコンの画面を長時間見詰め過ぎた時のように、目の奥から米神、そして頭へと熱がこもっていく。ジンジンとした鈍痛に眉根を寄せながら、ハノーニアは内心で笑うしかない。


(あー…はは、うん、そうだ…スマホ、パソコン…前――生前での必需品…はは)


 今生では未だお目にかかれていない。否、部分的には近いものが存在している。但しどれもこれも軍用で、一般社会への普及はまだまだ先だろう。


(まぁでも、あれだ、確か…パソコンももとは軍用に開発されたものだったはず…)


 おしゃれなトレンチコートだって、元々は塹壕戦の軍服だったと雑学本だったかで読んだ気がする。籠る熱と脈打つ痛みを、エルグニッヴァルの肩へ顔をうずめて耐えながら、ハノーニアは脱線しつつも情報の整理を試みた。


「あぁ。確か、それを提唱したのは貴様であり、会議にて『民間伝承なんぞとごった煮をするな』と一蹴されていたのも貴様であったと記憶しているが」

「えぇそうです。目下証明の最中ですとも、閣下」

「それは結構。ならば猶更、わたしのハノーニア以外でやればよかろう」

(アッ…やっぱり被験者その一ですよね、アッハイ…)


 集中しようとした途端、そんな会話が聞こえてきて項垂れるしかない。予想はしていたけれどという言葉を心の奥深く呑み込んで、ハノーニアは唇をへの字に曲げて耐えた。

 重たい深呼吸をしたのち、未だ跪いているアグリコラを『バイカラー』の目で見詰めた。


「…博士、お聞き、しても?」

「はい、ノイゼンヴェール中尉。なんなりと」

「ありがとう、ございます…。

 その…不勉強で、申し訳ない、のですが…。…改めて…『薄明』とは一体、何なのですか?」


 薄明――トワイライト。生前では日没後のうすあかり、黄昏時を意味する言葉だった。

 国や文化がそう言えば似ているこの世界は、やはりというか言語も似ている。


(同じ意味なのだろうか、今も。表すものは、似ているんだろうか。ここでも)


 もはや完全にエルグニヴァルへもたれかかる状態になりながら、ハノーニアはアグリコラからの返答を待つ。


「はい、ノイゼンヴェール中尉。お答えいたします。

 もはやお気づきかもしれませんが、『バイカラー』のとあるお色味のことをさしております。貴女のように黄昏――オレンジと紫の場合は『宵の薄明』。閣下のように青と白の場合は『明の薄明』と。入りまじる空の色とよく似ていらっしゃる目の事を、特にそう呼んでおります」

「はい…。…それは、小官も…聞いたことがあります。…その、…先ほど、閣下がおっしゃったように…」

「えぇ。民間伝承に、それこそ古くから、世界中で綴り語られてきております事です」


 言いにくさで歯切れが悪くなったハノーニアから、アグリコラは微笑んで言葉を引き継いだ。そんな彼は、胸に手を当てて言う。


「魔法という神秘を解き明かすこと。わたくしめはこれを生涯の務めと思っております。故に、その糸口が転がっているのならば、わたくしめはそれを拾い上げねばなりません。拾い上げ、丁寧にたどり、ほどき、たぐらねばならぬのです」


 一度言葉を区切ったアグリコラは、そこで微笑んだ。とろりととけた、恍惚とした笑みだった。


「ああ、ああっ。『明』と『宵』が揃うだなんて! なんという慶事でしょうか!!

 古くから、ひそやかに語られていた! 光が散り乱れて生じるほのかな明るさ、その空の色を写した目は、自分でないものを、此処でない何処かを見ることが出来ると!」

「っ」


 思わずハノーニアは息を吞む。「その超常ともいえる力でもって、覇権を握った国すらある!!」と叫ぶアグリコラの興奮っぷりに、驚愕したのだ。断じて、自分が『自分ではない者を、此処ではない何処かと見たことがある・見ている』ことがばれたと思ったからではない。


「ハノーニア」

「、か…かっか…」


 優しい声で呼ばれて、しかしハノーニアはエルグニヴァルへ振り向きたくなかった。それでも、ゆっくり、ゆっくりと顔を向ける。

 明けの空色――深い青の上部と白の下部にグラデーションとなった目と、視線が合った。


「お前が何を見、どれを知ろうと…わたしは構わぬ。使われたくないと望めば、そうしよう」

「閣下、それは…それ、は…」


 見透かされているのだろう。そんな気がして、ハノーニアは言葉が出ない。見つからない。

 高ぶる感情のまま叫んだアグリコラも今は打って変わってしんと沈黙しており、室内に静寂が満ちた。

 ハノーニアは、ゆっくりと瞬く。


「……生憎、小官が今まで見たものは、本当に取るに足らない、夢でした。はかなく、たよりにならないものばかりです…」


 開いた視界の端で、アグリコラが感嘆の声を漏らして平伏するのが見えた。ハノーニアはエルグニヴァルに向かって微苦笑を浮かべて見せる。


「……この世に。この国に。…あなたに。益となる何かをいつか見たならば。見ることが出来たならば、その時は。必ず、お伝えいたします。…閣下」


 ほんの少し見開かれた暁の空色の目を見て、ハノーニアはいたずらっぽく破顔した。無邪気な笑みのまま、エルグニヴァルの喉元へキスをする。意味なんて知らない。いつか、生前の世界での意味は思い出すかもしれないが。してみたかったから、しただけだ。


「閣下。エルグニヴァル閣下。それまでどうか、それから先もどうか、小官を可愛がってくださいな」


 微笑んだまま、こうポツリと思った。


(……主人公…ヒロインだったら、きっと様になるんだろうね、なんて…。

 …あーあ。あーあ…)


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