12:それはある意味黄金の指輪よりも_1
今日、ハノーニアは休みを取って教会付きの施設を訪れていた。
理由は、先日亡くなったシスター・ゲルトルーディスの後継者との顔合わせということになっている。表向きは。というのも、その後継者であるシスターとは昔からの顔馴染みで、顔合わせなど今更なのであった。
本当の用件は、施設で養育している子どもたち。彼らの心的ケアに力を貸してもらえないかと、シスターたちをはじめとする関係者から声がかかったためである。
シスター・ゲルトルーディスはこの教会に勤めて長かった。子どもたちからも良く慕われていたのを、ハノーニアも知っている。何より、ハノーニア自身が彼女を好いていた。
エルグニヴァルやシジルゼートたちに報連相した結果、日取りが決まり、本日を迎えたのだった。
「――これ、あなた達。ノイゼンヴェール中尉殿のお手やお洋服を引っ張ってはいけませんよ」
「はぁい!」
シスターとの恒例のおしゃべりを終えたハノーニアは、部屋を出るなり待ち構えていた子どもたちに取り囲まれ、手やズボン、上着の端など四方八方を引かれるまま、裏庭へと連れ出される。
シスターのお叱りもなんのその。とはいえ、素敵に育っている子どもたちはちゃんと引っ張ることを止める。ハノーニアとしては痛くもなんともないが、教えを守る子どもたちに微笑みが零れて、ついつい小さな頭をそおっと撫でた。
順番に頭を撫でている内に裏庭へと出る。程よく晴れた青空の下、活発な性格の何人かは我先にと駆けだしていった。それを追うように、護衛であるアンハイサーとフォン・ベルツも歩調を調節しながら走っていく。
半ば私用に付き合わせている申し訳なさは感じるが、彼ら自身から「割り切れ」と素敵な笑顔で言われてしまっているので、ハノーニアは顔に出そうになる感情を腹へと引っ込める。
「おねえちゃん?」
「お腹いたいの? 大丈夫?」
「ううん、なんでもないよ。心配してくれてありがとう。
アルマたちこそ、元気? ご飯食べてる?」
「うん元気!」
「ご飯もちゃんと食べてるよ! じゃないと、ねえちゃんみたくおっきくなれないよってシスターたちみんな言ってるもん」
「おっふ」
木陰に揃って腰を下ろしつつおしゃべりを始めたハノーニアだったが、開始早々変な声が出た。
「ねえちゃんみたくおっきくなりたいもん。ねー」
「ねー」
男女関係なくあがった同意肯定の声は可愛い。可愛いが、果たしてその内容はいかがなものか。ハノーニアは思わず片手で米神辺りをおさえる。
(大きくなることは悪い事じゃない。…でも、大きくなりすぎるとちょっと、色々、大変というか…なんというか…)
主に普段着のサイズとか。頭を過った悩みの種を追いかけるように「だったら作ればいいじゃん」という、洋裁系が得意中の得意である友人の笑顔が飛んできた。それを「それはそうだけど!」という思いで弾き飛ばす。
(……それに。軍の体格規定もクリアしちゃうしなぁ)
「ハノーニアさんも、昔は小さかったんでしょう? なら、僕だってきっとおっきくなれる」
「うーん、かもしれない」
年長者の少年が、ぐぅっと上体を反らして伸びてみせる。彼の艶やかな髪を、ハノーニアは努めて優しく撫でた。
「ハノ、ちっちゃかったの!?」
「うそだぁ」
「ウソじゃないもん。シスターたちも言ってたもん。ね、ハノーニアさん嘘じゃないよね?」
「うん、嘘じゃないよ。…そうだなぁ…ベアトリクスよりもちっちゃかったかな」
「ほんと!?」
「ほんとほんと」
興味津々といった風に身を乗り出してくる子もいて、彼ら彼女らを宥めつつ、ハノーニアは「これくらいだったかなぁ」と地面と水平に手のひらをかざす。
「ちっちゃい!」
「ちっちゃいねえちゃん可愛い!」
「違うよ、ねえちゃんはちっちゃくてもカッコイイんだ」
この場に集まった子たちの一角で「可愛い」「カッコイイ」論争が勃発した。それを残りの子たちと見守りつつ、事あるごとに「ちっちゃい」「ちっちゃい」と連呼されるのを聞きながら、ハノーニアはついつい前世で好きだったある物語の主人公の気持ちを考えてしまった。
(そう、私これでも昔は小さかったんだよなぁ)
改めて思い返せば、規定ギリギリだったか、もしかすると足りていなかったかもしれない。
普通なら覆されるべきではないものさえ覆し、あるいはすり抜けさせてまで、確保される存在――魔導師。
そんなものになってしまった自分は、一生軍人だ。ともすれば、死んだ後――死体になってさえ、使われる気さえする。その自覚と諦めを呼吸と一緒に深くへと吸い込んで、ハノーニアは笑みを浮かべる。
(この子たちの中から、一体、何人がなるんだろう。なって、しまうんだろう。
……いや、考えるまでもないか。全員だ)
自分の周りで思い思いに過ごす子たち。庭を飛び跳ねるように駆けまわっている子たち。彼ら彼女らをゆっくりと見回しながら、ハノーニアは考える。
(此処はそういう場所だ。多分、きっと、恐らく)
行き届いた設備や対応。程よく潤沢な資金。頻繁に訪れていた軍人兵士たち――改めて振り返れば、他とは違う部分は多々あった。
だけども、とハノーニアは一度目を瞑る。
(…それで私は助かった。それで私は命をつないだ。そういう子は、きっと、私だけじゃない。理由目的はどうであれ、そこは事実だ。
刷り込みだろうがなんだろうが…生まれ育った国を嫌わずに済むのは、少なくとも不幸じゃないと、思う)
道具だって、必要だから生まれる。あとは、それを使うものによる。
(…とは言え、頭よくないからなぁ私。考えても分からないんだよなぁ。
……分からないから、考える。ホント出来るのそれぐらいだよ…)
ハノーニアは左目を覆うように頬杖を付く。
(今は小康状態というか…いや、でも小競り合いは起きてるしなぁ。北なんていい思い出がない。まったくない。鬼門だクソめ。
私もまたしばらくしたらクレヅ行きだろうし…。……クレヅと言えば、ミノーレア…ウッ、頭が…)
半ばもみ消されている『留学生事変』を掘り起こしてしまい、ハノーニアは本当に頭痛がする思いだった。
「ねえさん、痛い?」
ポンポンと傾げている方の頭を撫でられる感触に、ハノーニアは目を開ける。
気配通りの少年が膝立をして、ハノーニアの頭から未だ眼帯に保護される左目の上をそぉっと撫でている。
透き通る水色は夏の湖面のように美しい。煌くその瞳に笑い返しながら、ハノーニアは小さく首を振った。
「ううん、大丈夫。ありがとうクラウス」
「どういたしまして」
目を細め薄く笑みを浮かべるクラウスは、その年齢に似合わず大人びている子だ。頭もよく、一つ二つ上の子らに混じって勉強しているとも聞いていて、先ほどのシスターとの会話でもよく出てきた。
(喜ばしいことなんだが…あぁ、不安もある。
神様、お星さま…どうか、お願いします。頑張りますから、この子たちをどうか、この子たちは、どうか…)
思わず祈ったが、どうかの先に続く願いがありすぎで、まとまらなかった。ハノーニアはそんな自分に苦笑するしかない。
「ねえさん?」
「ん。私も欲張りになったものだなぁ、と。
まぁ、謙虚だったかと言われればあれなんだが」
首をかしげたクラウスは、年相応のあどけなさが感じられた。
ハノーニアは改めて笑みを零して、彼の頭をそぉっと撫でる。
「もっと強くてもいいよ?」
「ふふ、分かったよ」
望み通り、少しだけ力を込めて撫でてやる。クラウスだけでなく、子どもたちの頭はまだ小さい。体も勿論。
「クラウス、みんな。大きくなってね」
「? うん」
銃と魔法が両立する近代西洋――あまつさえ、生前遊んだゲームの世界に大変よく似たところに生まれ変わった。
本当に、何度考えても「なんてこった!」とハノーニアは叫びたくなる。
それでも、生きているのだから。生きようとしているのだから。死にたくはないのだから。可能なら、生きた証とやらも残したいと欲張ってしまっているのだから。
(――頑張るから)
きょとんとしつつも頷いてくれた子たちを見渡して、ハノーニアも頷いた。
「約束ね」
「うん! 約束!」
(22/07/18)




