13:それはある意味黄金の指輪よりも_2
楽しい時間はあっという間に過ぎた。
子どもたちとお互いに惜しみつつ別れ、施設を後にしたハノーニアは今、黒塗りの高級車の後部座席に折り目正しく収まっていた。その隣には、当然のようにエルグニヴァルが悠然と座っている。運転席でハンドルを握るのは、気配も姿形もいつもの運転手だ。
なんてことはない。帰路につこうとして施設を出れば、目の前の乗降場に見慣れた――見慣れてしまったともいう――高級車が停まっていて、これまた見慣れた運転手が傍に立っていた。ピッと背筋を正したハノーニアを追いかけるように、護衛であるアンハイサーとフォン・ベルツも姿勢を正す。駆け足で駆け付ければ、予想通り、仕事帰りというエルグニヴァルが車内にいて。そのまま、ハノーニアは同乗することになったのだ。
「よい時間を過ごせたようだな」
敬礼する護衛二人に見送られて、早数分。
落ち着いたような、そうでもないような。そんな気分のハノーニアは、エルグニヴァルからの問いかけに「はい」と頷いた。
「とてもよい時間でした。ご配慮くださりありがとうございます、閣下」
「あぁ。
どのように過ごしたのか、聞いても良いか?」
「はい、勿論です。
…とはいえ、特別なことは何も…。
みんなそれぞれ、何があったか、何をしていたのか…色んな近況を話してくれるので、それを聞いておりました」
嫌いなものが一つ食べれるようになった、とか。
背が伸びた、とか。
あの木のあそこまで登れるようになった、とか。
「…人によって、たわいない話だと思います。ですが…」
「うむ。お前にとっては、何ものにも代えがたいものなのだろう。よく伝わってくる」
柔らかく細められたエルグニヴァルの秋空色の眼差しに、ハノーニアは微笑んで頷く。
「はい。その通りです、閣下。
みんな、元気そうでした。護衛として伴ったアンハイサー少尉やベルツ少尉たちと鬼ごっこをして遊ぶ子たちもいまして…。二人ともうまく加減しくれていましたが、それでも結構いい勝負でしたよ。私も途中、参加しました」
久しぶりに駆けまわった庭は、嗚呼こんなにも小さかっただろうか、と一抹のさみしさをハノーニアの心にもたらした。しかしそれも、きゃあきゃあと上がる明るい声によってすぐさま塗り替えられた。
「ほぉ…それはさぞかし見物だっただろう。わたしも見てみたかった。
今度、視察に行ってみるとしようか」
エルグニヴァルの口元に、そっと微笑が浮かぶ。
ハノーニアはというと、思い思いに遊ぶ子どもたちとそれを見渡すエルグニヴァルを想像して「ぅぉ」とおかしな声が漏れるところだった。
寸でのところで唇をぎゅうと引き結んで事なきを得て、代わりの言葉を探す。
「びっくりするでしょうね…、…シスターたちが」
探してコレかと内心で自分をなじりつつ、伺い見たエルグニヴァルが「かもしれんな」と頷いていたので、ハノーニアはそのまま会話を続けることにした。話題を反らしたともいえる。
「…あ、えっと。それから、草花で冠を作ったりもしました」
「冠、とな」
「はい。まぁ、冠とは名ばかりで、草花を編んで輪にしたものなのですが。
此処の所よい天気でしたので。草花もおおいに茂っていて、みんなで編んでも数の心配はありませんでした」
「ハノーニア、お前も編んだのだろうか」
「はい。…編んだそれは、みんなでシスター・ゲルトルーディス様へ」
「そうか」
定番のシロツメクサから、その他色とりどりの草花で作られた大小さまざまな花輪で飾られたシスター・ゲルトルーディスの墓は、とても賑やかだった。
「わたしにも、今度作ってはくれないか」
「閣下?」
エルグニヴァルの言葉に、ハノーニアはほんの少し自分の体が強張るのを感じる。
ついこの間感じたばかりの恐怖が、その羽の先で背筋をそわりと撫でていく。
その緊張は微かなものだったが、聡いエルグニヴァルにはやはり伝わったらしい。微苦笑を浮かべた彼は、そぉっと首を振って見せた。
「わたしが死んだときではないよ。その時も勿論、お前におくってもらいたいが…それは、また今度。しかしいつか必ず話し合おう。
なに、冠でもなんでも、構わんのだ。
……羨ましいと、思ったのだ。この間も、今も。おそらく今後、そう感じることは多々あるのだろう。
ハノーニア。お前が想いを込めて作ったものが、堪らなく欲しい」
ひたと見つめられてそう告白され、ハノーニアは強く瞬いた。
目を開けても、此方を真っすぐに見つめるエルグニヴァルの視線は外れなかった。
「……閣下」
「あぁ」
「あの、ですね…。…実は、ちょっとしたお土産が、ありまして…」
「土産?」
クッと首をかしげるエルグニヴァルの仕草に、内心で「かわいいなぁ」と身もだえつつ、ハノーニアは内ポケットからハンカチを一枚取り出す。
「…えっと。本当に、閣下にとっては取るに足らない、他愛無い、ものなのですが…」
丁寧に広げたハンカチの中から、これまた努めて大事に取り出した四つ葉のクローバーを、ハノーニアは両手でもってエルグニヴァルへ差し出した。
「…四つ葉のクローバーは、見付けたら…大事なひとにあげるのが作法、なのだそうで…」
そんなことを誰から聞いたのか。知ったのは今生か前世か。
(そもそも、この世界はおまじないにおいてもかなり信じられているというか、生き残っているというか、現役バリバリですよっていうか…)
有名なものからマイナーなものまで。改めて見てみれば、至る所に散りばめられている。
(…古今東西に和洋折衷…。…そういうところがなんだかゲームっぽいよなぁって思って、ゲームって、はて? って考え出して…。それが切っ掛けの一つで、自分の状況が分かったというか、なんと言うか…)
数秒前とは異なる照れを主成分とした緊張のあまり、ハノーニアは考えがずれていく。
そんなハノーニアの手を、下からすくい上げるように、エルグニヴァルの両手が包んだ。
「ありがとう、ハノーニア。とても、とても嬉しい」
「は、はい閣下ッ。
え、っと。普通の三つ葉は『信仰』『希望』『愛』をそれぞれ表していて、それに『幸運』が加わることで、縁起がよいとされていて…。…って、こんな事、閣下ならご存知ですよね、失礼いたしました…」
口走りながら「あれ? でも信仰、希望、愛、それに幸運が足されたのって近代じゃなかったっけ? いやでもここも近代っぽいし? そもそも、四つ葉がラッキーっていう伝承は確か遥か昔からあったはずだからオーケー!?」と、ハノーニアの心の温度的なものはどんどん急上昇していく。
そして、突沸のきっかけはやはりというか、当然というか。エルグニヴァルだ。
「…これだけで、満足するべきなのだろうな…。
ハノーニア。わたしは、わたしが思う以上に強欲であるようだ。
何か…作ってはくれないだろうか? わたしを、思って…。
勿論、今すぐでなくてよい。帰って、庭の花など好きに使ってほしい」
エルグニヴァルの願いを聞きながら、ハノーニアの手は動いていた。「何か」と吐息で繰り返しながら、スルスルと四つ葉のクローバーをいじっていく。
茎は、なんとなく長めにとって摘んでいた。それを一重二重と輪にして巻いて、間違っても四つ葉を取ってしまわないように細心の注意を払って編み結ぶ。
間もなく出来上がったのは、誰がどう見ても指輪だ。
(……ハッ!? いや、お前何やってんの!? 何やってんの!?
ないよ! これはないよ重いよ私!!)
やってしまった!!と慌てふためいたハノーニアは、後ずさろうとして出来なかった。
広くても車内ということも勿論ある。
そして何より。エルグニヴァルに指輪を持つ手を取られたからだ。
「…わたしに、くれるのか? わたしを想って作ってくれたこれを、わたしに贈ってくれるのか?」
ハノーニアが答える前に、エルグニヴァルは空いている左手の手袋を食んで取り外す。
足元へはら、と落ちていく片方の手袋を視界の端に映したのも束の間。迷いなく差し出された左手を、ハノーニアは見つめた。
「……ハノーニア。どうか、中指に。お前手ずからはめてほしい」
「中、指」
「あぁ。中指は、婚約中という意味だ」
「こんやくちゅう」
「あぁ」
左手から顔を上げてエルグニヴァルの顔を見れば、彼は嬉しくてたまらないという雰囲気だった。
左手に顔を戻したハノーニアは、指輪を片手で持ち直し、空けたもう片手をエルグニヴァルの左手に下から添える。
念のためという気持ちでもう一度顔を上げたハノーニアは、目が合ったエルグニヴァルに頷かれて顔を下げる。
触れた手のひらは、当然温かい。いくらか骨ばっていて、刻まれたしわも良く見える。
(…あぁ、そう言えば。手って、年齢がよく出るって、聞いたことがある)
またずれたことを思い出しながら、ハノーニアは言われた通り中指へと指輪を通す。
四つ葉の指輪は、ぴったりとエルグニヴァルの中指にはまった。
草で作ったのだから、多少の誤差はどうとでもなる。そんなことはハノーニアだって分かっている。それでも、僅かな過不足もなくはまったそれに、思わず息が零れた。
「……あぁ、嗚呼。なんと良い気分だろうか…」
指輪がはまった左手中指を見たエルグニヴァルもまた、息を吐いた。その呼気が熱く感じられて、ハノーニアは反射的に手を引いた。
けれども、また。エルグニヴァルに捕まって失敗する。
「当面、これで…。…あぁ、だが…ふは、困ったものだな。
叶った瞬間から次が欲しくなる。なるほど、なるほど。これか…」
「…かっか?」
独り言ちたエルグニヴァルは、ハノーニアを見つめて柔らかく微笑した。
「早く、ここに。二人揃いの指輪をはめたいものだ」
捕まえられた左手の薬指をすり、と指の腹で撫でられて。ハノーニアはもうどうすることも出来なかった。
(22/07/24)




