05:喉の奥にテュールの片腕
ハノーニアの呼びかけに答えるように、ライフル銃に埋め込まれた星座石の一つが瞬くように輝いた。
持つ手から魔力が流れて、ハノーニアの体とライフル銃の間で循環する。両目に灯る『宵の薄明』がより一層輝きを増した。魔力熱で急激に熱せられたためか、つむじ風が一つ、ぶわりと吹いて消えた。
《――祝福せよ、賛美せよ! 星はまたたいた!》
冠を被った梟が、美声で歌うのは言葉通り讃美歌で。誰しもが聞いたことがあるそれを美貌の唇で奏でながら、部屋の中を高く悠然と旋回する。
「おめでとうございます」
「…、でん、か…。…これは…いったい」
深く頭を下げたシュエンディルは、姿勢を戻して微笑んだ。
ゾッとするほど美しい笑みだ。生きものの気配がしない、とでも言えばいいのか。相対したハノーニアは反射的に身構えてしまう。
「何度でも言おう。
おめでとう、ハノーニア。君は、君の魔法を手にしたんだ。君はやっぱり、魔女になることが出来る。…いや、もうなっていると、言ってもいいかな」
「何を、」
「『バイカラー』は、使える魔法が増える。『薄明』は、不思議な力が使える。
この二つを併せ持っている君は、さて…どうなるでしょうか」
もったいぶるシュエンディルは、相変わらず気配が曖昧だ。輪郭が揺らぎ、ぼやけ、別の形が重なって見える気さえしてくる。
(これが、見るものに好きなように自分を見せる…ということ? なら…私は、一体、何を、見たいって言うんだ…)
ハノーニアは歯を食いしばり、シュエンディルに集中する。ライフル銃を抱える手にも自然と力が籠った。
「…殿下。お願い致します。お教え下さい。…小官は…小官は、どうなるでしょうか。どうなって、いるのでしょうか」
「んふふ、分からない?
感じない? 彼を。彼らを。
君と共に戦い、君を置いて逝った彼らを。最期に君の手を握って、そうして冷たく硬くなっていった彼らを――おれを、忘れたのか?」
シュエンディル――に一瞬重なった誰かが、さみしそうに、申し訳なさそうに、微笑んだ。
――バン! という破裂音に似た音を耳にして、ハノーニアは自分が抱えるライフル銃を確認した。当然実弾は装填されていないが、魔導師であれば自分の魔力を直接込めて撃ち出すことが可能だ。それが出来るようにひたすら訓練される。
ライフル銃は、放たれてはいなかった。
放たれていたのは、全身に精巧な飾りが施されたエルグニヴァルのステッキだった。先ほどの音は、どうやらそのステッキが向こう側の壁に突き刺さった音らしかった。
「…、…かっか…」
エルグニヴァルは何も答えず、ハノーニアを背後から両手で抱きすくめてきた。
ハノーニアはなされるがまま、その腕の中に収まる。そうして、顔を正面に戻す――と。
やはりというか。眉間を貫く筈だったステッキを、上体を反らすことで避けた彼が、姿勢を戻しながら柔らかく微笑んでいた。
ゆっくりと『宵の薄明』の目を瞬いて、シュエンディルは口を開いた。
「ごめんね」
「謝罪を受け入れるとでも」
「君にじゃないよ」
「これはわたしのものだ」
答えたのはエルグニヴァルだったが、シュエンディルは肩を竦めて首を振ってみせた。
失笑と共にシュエンディルは言い放つ。
「自分のものすら大事にできないやつが何言ってんだか」
「――いいえ。いいえ、殿下。恐れながら申し上げます。
それは違います。小官は、十分に厚遇していただいております。そう、心から感じております」
口走った唇を、ハノーニアは今更と分かりつつ引き結んだ。
目の前のシュエンディルが驚いたように目を見開き、そしてぱちくりと瞬いた。そうしてしばしの沈黙が流れた後、彼の口から柔らかい溜息が零れ落ちる。
「…まったく、君はいつもそうだ…」
仕方ないなぁとでも言うような苦笑を浮かべて、シュエンディルはもう一度溜息を吐く。今度は一度目よりも大きく、肩も一緒に竦めてみせた。
「…さて。長くも激しくもなったけれど。
ハノーニア。改めて、君にはより一層強くなってもらおう。魔導師として、魔女として、『宵の薄明』を灯すものとして、ね。
リスクは勿論ある。けれど、リターンだって悪くないはずさ。
武器は勿論、使い手だって強いに越したことはない。ま、使う機会がないって言うのが一番だけれど…それは、上の役目だから。頑張るね。
頑張ろうねー、トゥエルリッヒ」
「フン」
朗らかに笑って言うシュエンディルに対し、エルグニヴァルの返事は不機嫌そのものだ。振り向かないでもそれが感じ取れて、ハノーニアは竦み上がる気分だった。
「当面は、この武器一式に慣れ親しんでもらおうか。
積もる話もあるだろうし。
じゃあ、これにて本日の授与式は終了しましょう」
いつから授与式だったのか。そもそも、そう言った式典はもっと静かだろうし、間違ってもステッキは投げられない。時と場合によって、倒れる人間は出ることもあるが。
色々と思うことはあったが、ハノーニアは努めて口走らないように唇をきゅっと引き締める。
大小幾つものトランクケースが閉められていく中、手にしたままだったライフル銃を戻そうとハノーニアが動き出したところで、気付いたシュエンディルにそっと止められた。
「持っててあげなさい。せめて今日くらい、肌身離さず。
トゥエルリッヒもいいよね。これくらいは許せなくっちゃあ。
あぁ心配しないで。ほかの一式は、ちゃんと然るべき場所に届けておくから」
「ぁ…は、はい」
シュエンディルに促され、ハノーニアはエルグニヴァルにエスコートされるがまま部屋を後にする。
次に通された部屋は暖色系で内装がまとめられており、どことなく柔らかい印象を受けた。奥のソファーに揃って腰を下ろせば、間を置かずに軽食と飲み物が用意されていく。
目の前のテーブルを整えた執事は、一礼の後に退室した。
ハノーニアは勿論、エルグニヴァルも無言だった。寄り添うように体の片側をくっつけ合って、しばらくの間そうしていた。
「……ハノーニア。聞いてもよいだろうか」
「はい…閣下」
触れ合っていた側の手と手をそっと重ねられて、ハノーニアは頷いた。
「…ウィル、とは…一体、どのような人物だったのだ?」
(……まぁ、拾われているよね…)
エルグニヴァルによって柔く指を絡められ、繋がれる手の感触を感じながら、ハノーニアは細く息を吐いた。
「…閣下は、ご存知かもしれません。…閣下ならば、ご記憶にあるかもしれません…。
ヴィルヘルム・リートミュラー。小官と初陣を共にした軍人兵士、その内の一人です。
小官が守れなかった、その内の、一人です」
「あぁ。記憶している」
思わず、ハノーニアは苦笑を漏らしてしまう。
この帝国軍にどれだけの人間がいると思っているのだろうか。それでも、この人ならばその全員を記憶していてもおかしくない、なんて。
「ハノーニア。お前に関わることであるから、より一層、記憶に残しているのだ」
「はい、閣下。ありがとう、ございます…」
顔を向ければ、凪いだ秋空色の目と視線が絡んだ。
この帝国の基幹住民は青色系の目が多い。金色系の頭髪も、またしかり。
よくある色、ありふれた組み合わせ。下手をすれば、誰も彼もが同じに見える。だのに、その中で特別が現れるのは、どうしてだろう。
そう思いながら、ハノーニアは少し長めの瞬きをした。
「……閣下。閣下、どうか…お許しください」
「うん? どうしたのだ、ハノーニア」
「許してください。貴方が、好きです。好きになったこと、好きでいること…どうか、許してください」
抱き寄せられたので、ハノーニアはライフル銃を片手で抱えたまま、エルグニヴァルに身を寄せた。香る匂いに、自然と瞼が落ちる。
「…ハノーニア。わたしの可愛い、可愛いハノーニア」
「はい」
「お前の心に、わたしはいるか?」
「はい」
ハノーニアはしっかりと頷いた。エルグニヴァルも、一つ鷹揚に頷いた。
「ならば…安心して聞くことが出来る。
ハノーニア。お前にとって、ヴィルヘルム・リートミュラーは特別か?」
ハノーニアは、コクリと一つ、頷いた。
「そうか。
どんな風に特別なのか、聞いてもよいだろうか?」
「…ありきたりな、話ですよ」
「構わぬ。そも、お前の話だ。どれもこれもが、わたしにとって特別だ」
エルグニヴァルの声は柔らかい。
(あぁ…真綿で首を締めるって、こういうのを言うんだろうか)
そんなことを思った自分を恥じるように、ハノーニアは俯けた頭をエルグニヴァルの肩に押し付ける。
「……ありきたりです。何も、珍しい事なんて、ありません。
小官は、私は…こんな見た目ですから。灰髪に、琥珀の目…クレヅヒェルトの、魔女の国の基幹住民の特徴のままですから。それを昔から、よく言われました。
そんな中で、彼は…ヴィルヘルム・リートミュラーは、一切からかいませんでした。
よくある、話でしょう。ましてや、自分は単純ですから…コロッと落ちました。
たぶん、…初恋…だったんでしょう」
言っておいてなんだったが、なんだか喉の奥が詰まったように苦しかった。
ハノーニアは深呼吸を一つ挟んだ。
「そう…それで、初恋って…叶わないことが、多いそうで…。
…閣下も、ご存知の通りです。先ほどの授与式にて、殿下がおっしゃっていた通りです。
彼は、死にました。死んだのは、勿論、彼だけでは、ありませんけれど…」
エルグニヴァルが、背中をゆっくりさすってくれる。
ハノーニアは視線だけで、自分の手を見つめた。
(…どっちの手で、どっちの手を、握ったっけ…)
目をつむったが、思い出せる気はとんとしなかった。
(22/02/12)




