04:シーリンの歌で踊ろう_3
「――じゃあまずは、復習をしよう。おさらいだ。再確認も大事だからね」
人差し指を立てて、シュエンディルは柔らかく笑う。
「一定量以上の魔力量を持ち、『身体の強化』、『防御壁の展開』を任意に行えるものを魔導師と呼ぶ。『航空能力』においては、ちょっと別枠で。これについてはより一層適性がものを言うからね。みんながみんな、空を飛べるわけじゃない」
「はい…」
現に、ハノーニアは空を飛ぶことは出来ない。苦し紛れというか、意地を張った結果というか、脚力や瞬発力の大幅な強化には成功して跳ぶことについては幾らか自信が付いたけれど。
頷いたハノーニアに、シュエンディルも笑って頷き返す。
「『強化』と『防御』、それから『航空能力』。これらが魔法として、広く一般的に知られているものだね。
じゃあ、次。『バイカラー』についてだ。その名の通り、集中時に目の色が二色になる。生まれ持った色ともう一色、というのが殆どだけれど。たまに全く違う二色を呈する人もいる。色んな色があってきれいだよね~。魔力光でキラキラしてるしさ、ほんとうに宝石みたいで。そんな見た目の美しさは勿論、魔力の保有量も跳ね上がる。燃料の量が増えれば、使える時間も増える――つまりは、大幅な戦力の増強が見込めるってこと。…で、大昔から色んな国、たくさんの組織間で争奪戦、あるいは殲滅戦が繰り広げられている。
魔導師みんながみんな、『バイカラー』になれる訳でもない。元々の魔力量が多い方が開眼することが多いとされているけれど、なにぶん数が少ないからね。統計もまだまだ途中…ね? 博士」
シュエンディルが首だけでアグリコラ博士たちを振り向く。アグリコラ博士は未だ体に力が入らない様子で床に這いつくばっていたが、なんとか顔を上げて「は、い」とか細い声で頷いて見せていた。
それを見て頷くシュエンディルの表情は、相変わらず柔らかい笑みのままだ。
「魔導師、魔眼『バイカラー』ときて…さあさあお待ちかね。ぼくら『薄明』についてだね。
『バイカラー』の中でもより数が少ない。特定の色を呈する魔眼『薄明』。トゥエルリッヒのような夜明けの空、かわたれ時のような色味の『バイカラー』を『明の薄明』。ぼくやハノーニア、君のような日暮れの空、黄昏時のような色合いの『バイカラー』を『宵の薄明』、と。それぞれそう呼ぶね」
細められた瞼の奥で、シュエンディルの『宵の薄明』が魔力光を発してより一層煌く。
「『バイカラー』の中でも『薄明』は特に争奪戦が熾烈だ。さて、それはどうしてでしょうか? ハノーニア」
「ッ、…確か、魔力量の、増強の幅が、『バイカラー』の中で抜きんでているからだと、記憶、しております」
座学の教官よりもうんと優しく指名された筈なのに、ハノーニアは一瞬息が詰まった。何とか吐き出した息で紡いだ回答はこれまた一般的に知られているものだったが、シュエンディルのお気には召したようだった。
「そう、正解。基礎基本は大事だからね。それがあってこそ、応用が出来るってもんさ。
では早速、応用へ向けての一歩目といきましょう。
『バイカラー』はね、使える魔法が増えるんだ。そして『薄明』にはね、特別な力が宿るんだよ」
シュエンディルはこの上なく楽しそうだ。
ハノーニアは、あまり驚きがわいてこない自分が意外ではあった。何処かでそんな気がしていた――心の準備が幾らかあったのかもしれない。
「勿論、全員じゃない。そして、いい事ばかりでもない。
急激な魔力量の増加に体が耐えきれず、ってこともしばしばだ。発現した後、適切な処置を受けないと…。戦場では特にそれが顕著だよね。胸が痛んで止まないよ」
シュエンディルが片手を胸元に当てた。奇しくも、ハノーニアも同じように胸――そこにさがる演算珠へと手を重ねる。
その手に、エルグニヴァルの手がそぉっと重ねられた。驚き目を見張ったハノーニアは、そろりと顔を上げる。柔らかい『明の薄明』と視線が合って、ほ…と息が零れた――のは束の間で。
「お前に痛むほどの心があったとはな。初耳だ」
「君よりかはあるよ、心」
そんな言葉が頭上で放たれて、ハノーニアは即座に息をひそめる。こんな間近で、しかも今更無意味だろうが、怖いものは怖い。
「ハノーニア。君も、君の友だちも、幸運で何より。でないと、こうして今おしゃべりを楽しむことだって出来なかったんだから。神さまやお星さまに、深くふかく感謝してるよ」
両手を合わせて指を組み、目をつむるシュエンディルの姿は神々しさがあった。着ている物は軍服であろうとも、背後に豪奢で精巧なステンドグラスが浮かんで見える気さえする。
「…っと、ごめんごめん。話を戻すね。
『バイカラー』の例を挙げるなら、やっぱりシャルロッテ嬢かな。彼女や、彼女の家であるエーデルロート家はそれこそ昔から、帝国の医療分野においてけん引役であり起爆剤でもある。
そして『薄明』。これについては…もう、身をもって知ってるんじゃないかな。ハノーニア」
ハノーニアはシュエンディルの『宵の薄明』を受けて、彼の肩に止まって未だ俯きがちに此方を伺い見る梟と、自分がエルグニヴァルに抱えられる形で腰を下ろす椅子の肘掛に止まっている大鷲に、順に視線をやる。
シュエンディルへ向き直ったハノーニアは、深呼吸を一つ挟んで口を開いた。
「……人ならざるものを、見る力、でしょうか」
「んふ、そうだね。
ただの『バイカラー』の中にも、見ることが出来る者も、声を聞くことが出来る者も、意思疎通が出来る者も、いるにはいる。彼ら彼女らも異色であることには変わりないからね。
それに加えて『薄明』はね、見るものに対して好きなように自分を見せることが出来もする。
ほらさっきも、黄昏時、かわたれ時なんて話したでしょう。ぼくら『薄明』は、ぼくら以外に成り代わりやすい。ん、ふふ。間諜にぴったりだと思わない?」
シュエンディルの明るく朗らかな笑い声が響く。
ハノーニアは、当然欠片も笑えない。
「……それが、『宵の薄明』の数が極端に少ない理由…その一つ、なのでしょうか」
「それも、あるね。でも、この魔法は同じく薄明かりを宿す『明の薄明』にはほとんど効き目がないし、訓練で鍛えられた『バイカラー』にも見破ることは出来る。優勢を保つにはいささか頼りなく、絶対的な脅威としては決め手に欠ける。
ぼくら『宵の薄明』が狩られたのは、なに、簡単さ。邪魔だったからだよ。大国どもにとって都合がよくなかったからさ。まぁ、結果としてクレヅヒェルト辺りに流れてきてその後の結束もしやすくなったから…なぁんて、感謝なんてこれっぽっちもしてやらないけど」
シュエンディルは、声も顔も笑っている。それがひたすらに恐ろしい。
「フン。随分と耳が痛い歴史の講釈だな」
「あらいやだ。心にもないことを。そも、心自体ないくせに」
「ハ.確かに。なかったな」
「過去形にしてるのがまた…ムカつくなあ、もう」
口を挟んだエルグニヴァルに、そぉっと髪を撫でられた。その手つきが丁寧なことも、それを心地よいと感じる自分も、ハノーニアは何処か他人事に思えてくる。
「はぁあ。恨み辛みはまた今度、トゥエルリッヒと二人っきりの時にとっておこう」
「御免被る。わたしはハノーニアと過ごすので忙しいのでな」
「うっわ、やだぁ粘着質ぅ。ハノーニア、ハノーニア。我慢できなくなったらクレヅヒェルトにおいでね。いや我慢なんてしなくていいから。どんどん亡命でもなんでもしておいで」
勢いよく両手を広げて迫ってくるシュエンディルに驚けばいいのか、顔を寄せて囁いたエルグニヴァルの吐息が肌を掠めたことに跳ねればいいのか。ハノーニアは内心で絶叫する。
「さて、と。前置きというか、話が長くなっちゃうのは直さないと。お偉いさんの話は短い方がいいもんね」
朗らかに笑うシュエンディルの言葉に、ハノーニアはぎこちない微笑を浮かべるだけにした。沈黙は金雄弁は銀の精神である。
「そんな、講義を頑張ったハノーニアへ。ぼくとトゥエルリッヒから、とあるプレゼントを」
目の前にエルグニヴァルの手が回されて、打ち鳴らされる。
その音に合わせるようにして、後ろ手に手を組んだシュエンディルが胸に手を当てて一礼し、横へと退いた。
いつの間に用意されたのか。その場に、大きなトランクケースを乗せた、真紅のビロードが弛みなく張られた台が一つ、現れる。
「ハノーニア。おいで」
「…はい、閣下」
後ろから支えられるようにエスコートされながら、ハノーニアはエルグニヴァルと連れ立ってトランクケースの前に進み出る。
向こう側に回ったシュエンディルが、シジルゼートと他数名の辛うじて動ける軍人や研究者を従えて待っている。
「気に入ってもらえると、よいのだが…」
エルグニヴァルの言葉を合図に、トランクケースがシュエンディルの手でもって開けられる。
クッションの中に、まるで金管楽器のように安置されていたのは、ボルトアクション式ライフル銃だった。ハノーニアの目にも、手にも、体にも馴染みのある、軍で正式採用されている主力火器の一つ。
ただ、支給品と大きく異なるのは、星座石が埋め込まれていることだろう。光の反射を防ぐ加工がされた精巧な装飾の中で、ハノーニアの星座石を囲むように――あるいは随行するように、四つの異なる星座石が組み込まれている。
ハノーニアが星座石の対応する星座を思い出している数秒の間に、新しいトランクケースが台の上に乗せられて開かれる。それらの中身も、拳銃やサーベルといった風に種類こそ違えども、ライフル銃と同じ装飾がなされて星座石が埋め込まれていた。
「……閣下、あの…これらは…」
「勿論、お前に。
どうか、手に取ってみてほしい。なるべく合わせたが…微調整は必要だろうからな。気になるところがあれば、どんなことでも教えてほしい」
促すように解放されて、ハノーニアは一人、残りの一歩程の距離を詰めた。
改めてトランクケースの中のライフル銃を覗き込んだハノーニアは、これがどうしてか棺と重なって見えた。
指先に触れる硬さが、手のひらに感じる冷たさが、幾つもの白い顔を呼び起こす。
「………ウィル?」
ライフル銃を胸に抱いたハノーニアの口から、戦禍に呑まれていってしまった一人の名前が零れ落ちる。
囁きを受けて、ハノーニアの星座石を囲む内の一つが煌いた。
(22/02/06)




