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夢の寿命の限りまで  作者: 真神
第二部
39/50

02:シーリンの歌で踊ろう_1


「またね。あたくしからも伺うわ。

 だって、貴女は帰ってきたのだもの」


 軽い昼食と談笑を楽しんで、ハノーニアはシャルロッテと別れた。

 満たされたあたたかい気持ちは、しかしアグリコラ博士の居城(技術局)が近づくにつれて冷えて固まっていく気がして。鳩尾辺りをさする手を、ハノーニアは止めることが出来ないでいた。


「…頑張れ。頑張れとしか言えない俺を許してくれ」

「悪い、俺もおんなじだ」

「いい。むしろ、……巻きこんで、悪い…」


 本音を零してしまった唇を食んだハノーニアは、振り向いた二人と視線が合う。

 色合いの違う青色の目がそっと、柔らかく細められた。


「気にすんな。っても、お前は気にしてくれるんだろうけど」

「恐ろしさは勿論ある。だが…置いていかれるより遥かにマシだ」


 オリヴァーとニクラスが言い、演算珠に触れた手を差し出してきた。


「俺たちは、人呼んで生き残り組」

「死にぞこないとわらうクソどももいる…が、そんなやつらは反対にわらってやる。お望み通り、死にぞこない続けてやるだけだ。

 …最期は、あったかい部屋のあったかいベッドの上で」

「家族に囲まれておさらばする。…って、約束したろ?」


 ハノーニアは目を見開いて、ゆっくり一つ瞬きをする。口元には自然と微笑みが浮かんできて、吐き出す息は穏やかだ。同じように演算珠に触れ、その手を二人の手と重ねる。


「うん。約束した」

「おう」

「あぁ」


 重ねた手を押し合って、おまじないを重ねがけする。


「ありがとう」


 ハノーニアがそう返せば、オリヴァーもニクラスも嬉しそうにはにかんでくれた。

 ハノーニアも一つ笑って、気持ちを改める。たかが口約束、たかがおまじない。それでも、確かに救われた気がするのだから。


(大丈夫、死なない。…死にそうになるかも知れないけど、死なない。死んでたまるか)


 そうして、ハノーニアはアグリコラ博士が待つ技術局の門を潜った。

 正面玄関にて身分証を提示し、面会の約束があることを確認してもらって、出迎えの顔馴染みの研究員に従って奥へと進む。

 いくつかの廊下を過ぎ、幾つもの扉をくぐって、一つの部屋へとたどり着いた。大きな扉の両脇に衛兵が立っているのを見て、ハノーニアはそわりとした何かを感じる。


「ノイゼンヴェール中尉をお連れいたしました」


 告げた研究員に「入れ」と許可が返ってきて、開かれた扉の向こうへ通される。そこは前室になっていて、オリヴァーとニクラスの護衛二人とはここで一旦別れることになった。


「幸運を祈る」

「ありがとう。…そっちもな」

「あぁ、頑張るさ」


 そこそこ広さのある前室には、数人のこれまた顔馴染みの研究員が待機していた。どうして?なんて考えるのは三人共止めた。此処に魔導師が来て、何もなく帰ることが出来るなどという保障は、そう言えばなかったなぁと。それぞれ遠い目をした。

 一つ深めの呼吸をして、ハノーニアは先ほどの研究員の後について歩き出す。背後でオリヴァーとニクラスの二人が待機していた研究員たちにそっと囲まれていくのを感じつつ、振り返ることはしなかった。


「ノイゼンヴェール中尉、参上いたしました」


 扉が閉まり、敬礼をしたハノーニアの声が室内によく響いた。案内役を務めた研究員が、室内で待機していた研究員たちの列へと加わるのを視界の端で捉えつつ、ハノーニアは部屋の奥へと真っすぐ顔を向ける。

 すると。細かな刺繍が施された肘掛け椅子から飛び上がらんばかりの勢いで立ち上がり、滑り込むようにして目の前に膝をついたのは、やはりというかアグリコラ博士だ。

 敬礼を解くか解かないかの手諸共、両手を握られたハノーニアはギョッとする間もなく、深く下げられたアグリコラ博士の頭をただ見つめるしかなかった。


「ようこそノイゼンヴェール中尉! あぁ薄明の乙女よ!! お会いできたことに心からの感謝を! 深い喜びのまま口付けを御贈りしたいのですが、それがわたくしめの最期となってしまいます故…あぁですが、それもまた至福ですな…」

「あ、アグリコラ博士、お、お元気そうで、な、によりです」


 以前よりも増したような熱を感じて、ハノーニアは必死に仰け反らないよう耐える。顔は引きつったかもしれないが、もうそこは仕方ないと諦めた。

 もう一度深く頭を下げた後、アグリコラ博士は脇に退いて場所を開けた。

 奥には、肘掛け椅子がもう二脚。その内の一つで、肘掛にて頬杖を付き、此方を睥睨する瑠璃色の目と、ハノーニアは視線を結ぶ。その瞬間、ほころんだように見えた彼の唇は、錯覚かどうか。答えはすぐに分かった。


「お会いできて、大変うれしく思います。閣下」

「あぁ…わたしもだ、ハノーニア」


 エルグニヴァルが嬉しそうに微笑みながら、髪と目の色を戻していく。


「こう、心臓の辺りがうるさくてな。思わず抉ってしまいたくなるほどだ。しかし、そうしてしまえばお前は悲しむだろう? だから、我慢している」

「あ、ありがとうございます。はい、はい是非とも。そのままで、いてくださいませっ」


 胸を撫でながら微笑むエルグニヴァルに、冗談と分かっていてもハノーニアは胸を撫で下ろさずにはいられない。震えようがどうしようが、願いのまま必死に言葉を紡いだ。

 そんなやり取りを見てだろう。最後の肘掛け椅子に座る人物が、楽しげな笑い声を零した。


「……お久しぶりでございます、殿下」


 ハノーニアの静かな声に、その人物は釣り気味の琥珀目を垂れ気味の紫色の目に戻して、今度こそ声高らかに笑った。


「あははははッ! ふー、楽し。楽しいよ、やっぱり君たち見てると。

 うん、久しぶり。ノイゼンヴェール嬢。元気そうだし、目の調子もよさそうでよかった。とっても心配してたんだぁ。だから、来ちゃった」

「あ、ありがとう、ございます。ご心配と、ご足労をおかけいたしまして、申し訳ございません…」


 変装――と言うよりは、最早変化の域――を解いたシュエンディルは、両手を合わせると小首をかしげてみせた。語尾にハートマークが幻視出来、そしてそれが似合っていると思えてしまう。そんな自分を律しながら、ハノーニアはなんとか謝辞を述べた。


「ううん、いいのいいの。ついでにトゥエルリッヒにお節介焼きに来たから」

「いらん。飛んで帰れ」

「あらまたそんなこと言うー。

 さっきのだって。何あれ。血生臭いにもほどがあるでしょう。もうちょっとこう、柔らかい表現というか、出来ない訳?」

「わたしの肉は硬くはないぞ。血はまずかろうが、肉は悪くない筈だ」

「そりゃそうだ。いいもの食べてきてるんだもの。って、そうじゃないでしょう。どこぞの生贄求める神さまじゃあるまいし。ノイゼンヴェール嬢が好きなのはお菓子! 甘くて柔らかくてかわいい、見て良し食べて良しなお菓子!! まあお肉も好きだけど」


 嗜好品が大いにバレていることに、ハノーニアは遠い目をするにとどめた。きっと、暴かれているのは食だけではないだろう。つまりは、とっくの疾うに手遅れなのだから。

 唇をきゅっと結びながら、ハノーニアは嵐が通り過ぎるのを待った。ハトルヴァーン、あるいは、只今エルグニヴァルに成り代わって執務真っ最中であるだろうルシフェステルがいてくれたなら、きっと力強くツッコんでくれそう、なんて事は考えていない。


「――っと。トゥエルリッヒをいじるのはまた後でいいや。

 今はそれよりも、ノイゼンヴェール嬢。君のことを早く進めないと、だ」

「…小官、でしょうか」


 いじると真横で宣言されて不機嫌そのものの顔をしたエルグニヴァルだったが、打って変わって心配そうに此方を見つめてきた。何をされるのか、はたまた何をしろと言われるのか。ハノーニアには分からなかったが、応えるために努めるだけだと姿勢を正す。

 隣のエルグニヴァルと一瞥を交わしたシュエンディルが、席を立って歩み寄ってきた。


「そう身構えなくて大丈夫。

 なに、目を開けてもらうだけさ。簡単でしょう」


 淑やかに肉薄してきたシュエンディルが、そう囁いて背後に回った。するりと、ノエリアから貰った守りの眼帯が解かれる。ハノーニアは押さえようと手を動かそうとして、しかしシュエンディルによって腕を押さえられて出来なかった。

 暗闇から明かりの下に晒された左目と、それに釣られるようにして右目も、眩む。


「さあ、目を開けて」


 正面に戻ってきたらしいシュエンディルの声が鼓膜を震わせる。

 顔を背けたくても、頬に添えられた両手でもってやんわりと固定されて、出来ない。


「大丈夫。なんにも怖くないよ。ぼくも、トゥエルリッヒもいるから」


 ハノーニアは息を吸った。


(…それが、一番、怖いんだ…)


 口走りそうになった言葉を息と共に呑み込んで、細く空気だけを吐き出した。

 肌に触れる手のひらからじんわりと流し込まれる魔力は、確かにあたたかい。だのに、そわりソワリと肌寒さが背中を撫でるようで。

 ハノーニアは、瞼を上げる。

 出来るだけゆっくりした動きを心掛けた。けれども、それは頭上に広がった大きな影を感じて、止めた。


《――あぁ。嗚呼!! なんてきれいな薄明かりなんでしょう!!》


 勢いよく上げた顔の先で。目の前に立つシュエンディルの肩へと優雅に舞い降りたのは一羽の梟――王冠を被った女の顔を持つ梟だった。

 ハノーニアが目を見開く中、梟は顔――シュエンディルによく似た美貌の顔――を寄せて頬ずりしながら、美しい声でなお歓喜を紡いだ。


《アタクシ、この子のためなら幾つだって祝福をうたうわ! えぇ心から!! 天へとかえってしまわないように!》



(22/01/10)


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