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夢の寿命の限りまで  作者: 真神
第一部
32/50

ニーズヘッグの巣_3


 アルスが一歩踏み出す気配を感じて、ハノーニアは引っ張り寄せた男を後ろ手に拘束すると同時に、その白い首筋に片手を当てた。魔力を十二分に伝えた手だ。握りつぶす力はもとより、爪の切れ味だって増しに増している。

 アルスの顔が、恐怖と怒りに歪んだ。


「貴様ッ!!」

「ふむ、まぁこうなるだろうとは思っていたが…存外いい気分だ。いや、捕えているのが君であるから、だろうな」

「黙ってくれ」


 男の言葉にげんなりしかけたハノーニアは、短く息を吐いて目の前の強敵に集中し直した。

 アルスの後ろで尻餅をついたり、膝立になったりしている研究者たちは、ひとまず放置の方向で行く。戦闘経験がない、もしくは浅いことが伺えたし、単純に構っている余裕がないということもあった。


「生け捕りの方が価値はあると自負している。君がわたしを殺す気がないのも感じる。

 だが、演出の一環として流血はあったほうが効果的だと具申するが…いかがだろう?」

「…よくもまあ、そこまで知った風な口をスラスラときけるものだな。

 だが…まぁ、そこまで言うなら採用してやる」


 男の唇が柔らかく笑みを零すのと、ハノーニアの指が首筋を撫でて赤い線を引くのはほぼ同時だった。

 途端、アルスの口から絶叫が迸る。

 血の臭いが立ち上るよりも速く。床を蹴って肉薄してきたアルスへ、ハノーニアは掌底を繰り出す。防壁で強化したカウンターが決まった。飛び込んだ勢いを利用される形で、少女兵の華奢な体は部屋の向こうの暗がりまで飛ばされる。


「お見事」

「そりゃどうも」


 悲鳴じみた声を上げてアルスへと駆け寄っていく研究者たちを尻目に、ハノーニアは男と共に部屋を出る。これまた魔力強化した足で蹴飛ばして開けた鉄扉の向こうは、非常灯が等間隔に焚かれた長い通路で。思わず、ハノーニアは「雰囲気満点か」と鼻で笑い飛ばした。


「適度に障害物があり、広さが確保出来る場所はあるか?」

「ある。広さはどれくらいが好ましい?」

「今の部屋くらい…がありがたいね」

「ふむ…ならば、どうぞこちらへ」


 男を信用したわけではない。しかし、ここの地理に一番詳しいのは間違いなくこの男だ。先頭を任せたハノーニアは、今のうちにと、主と補助演算珠をきちんと装着する。胸元と手首から滑らかに巡りだす魔力を感じて、心地よさに現状を忘れかける。ぶるりと頭をふれば、半歩前を走っている男が何かを差し出してきた。


「え…あッ、かつら!」

「君の物は持ってきた。抜けはないと思う。落ち着いたら確認してほしい。まぁ、取りに戻るのは…難しいだろうが。

 それで…被るか?」

「いや、いい。…ひとまず、ありがとう。ついでに、持っていてほしい。それこそ落ち着くまで」


 通路を駆けながら、ハノーニアは肩を竦めた。


「大一番が待ってるからな」

「それだが。君ならば、先の部屋でケリを付けられたのではないか?」

「ハッ、えらく私を買ってくれるな」

「君は『宵の薄明』だ」

「向こうだってそうだろう。基礎値や魔力の総量なんかは、むしろあっちの方が高いはずだ。違うか?」

「いいや、あっている。だが、熟練度で言えば君が上だ」

「そりゃどうも」


 ハノーニアはもう一度肩を竦めた。


「君は戦いを知っている。戦い方を覚えている。

 そも、君一人ならば好き勝手に暴れても良かっただろう。

 君は、何がしたい。何を見ている。何を…望んでいるのだ?」

「何を…ねぇ。

 話してもいいが…そろそろ貴様の事も教えてもらおうか。なぁ分枝体」


 男が振り向き様に立ち止まる。その顔は、みるみるうちに喜色満面となった。


「何を聞きたい。何を知りたい。――嗚呼、わたしの、何を、知ってくれるのだ、君は!」


 ずいッと顔を寄せられて、ハノーニアは思わず仰け反った。

 そっくりな空色の目をジッと見返しながら、ハノーニアは口を開く。


「聞きたいことも知りたいことも正直色々あるが、今は時間がない。

 貴様が私に協力する、その理由。…今は、それだけでいっぱいいっぱいだ」

「あぁ…いいとも。落ち着いたら、たくさん話をしたい。それを夢見て…それを現実にするために、あぁ羊の皮を被るのも、鷲の羽根で飾られるのも、やぶさかではない」


 胸に手を当て恭しく一礼した男は、そうして道案内を再開した。


「理由は、なに、簡単だ。至極単純明快なことだよ。

 君が好きだからだ」

「……今からでも一人になろうかな」

「否定しないところがまた優しい。そんな所も大変好い。

 君の予想通り、本体が君を好み愛しているというのも勿論だ。わたしを含め、分枝体はあの怪物から生み出されたからね。引きずられる部分、重なるところが往々にしてある。

 つまりは、可愛いものと近くありたい、傍に居たい…と思ってくるのは当然の流れだ。

 それに、此処もそろそろだと感じていたというのもある。

 辞する潮時だと思ったのだ」


 男の口も、足も、とどまることなく進んでいく。


「君という『宵の薄明』が来た。花の延命のために、きっと奴らは手を出すだろと窺っていれば…案の定だ」

「それでまんまと研究者として潜り込んで機を待っていた…と」

「機は待っていたが…潜り込んではいない。元よりわたしはあの娘の、ひいては『宵の薄明』の研究者の一人として此処にいたのだから」


 ハノーニアは、自分の目元に触れた。


「君が思う以上に、世界は『宵の薄明』を求めている。

 知っての通り、『宵の薄明』はクレヅヒェルト、およびその周辺地域に恐ろしいほど集中している。それを巡って、過去何度も戦争が起きた。否、今でもなお…。

 しかし、正面からクレヅヒェルトとやり合うのは大馬鹿だけだ。まぁ、大馬鹿はいつの時代にもいるが…。

 美しいものは大概が希少だ。そして、希少なものが欲しくなるのはいっそ性とも言えるだろう。それとも呪いか…。まぁ、そこは置いておくとしよう。

 理由は違えど、辿り着いた結果は同じ。ミノーレア(ここ)が選ばれたということだ」


 歩調をゆるめた男が立ち止まったのは、少し前に蹴破ったものとよく似た鉄扉の前だ。

 手元を操作した後に扉を開けた男は、品よくハノーニアを中へといざなった。

 室内はがらんどうとしていた。天井は先ほどの処置室よりも高いだろう。靴音が良く響いた。


「……礼拝堂みたいな雰囲気だな」

「その通り。

 花の弔いが主に行われていた」

「過去形なのが引っかかるが…」

「長らく『宵の薄明』を持つ花自体が生まれなかった。それもあって、あの娘はより一層大事に育てられたのだ」


 男に続き礼拝堂を進みながら、ハノーニアは「まさに箱入り娘…ってことか」と溜息を吐かずにはいられなかった。


「…して。要望にはお答え出来たでしょうか?

 次は、わたしから伺っても?」

「答えられればな」


 祭壇前で足を止めたハノーニアは、同じく足を止めた男の声を、天井や壁に描かれたフレスコ画を眺めながら受け止めた。


「話を戻してしまうが…君は、何を望んでいる?

 ただ殺すだけなら、あの場で出来たはずだ。魔力の総量こそあの娘が上だが、君にはそれを補って余りある技量がある。

 まさかとは思うが…助けたいのだろうか?」


 所々崩れたり欠けたりしているが、それでもまだ美しいと思えるフレスコ画から男へと顔を戻し、ハノーニアはわらってみせる。


「もう一度言うが…えらく私を買ってくれるな。どうしてそう私を善人にしたがるかは知らないが、残念。期待にも希望にも答えられそうにない。

 私は、助けたいんじゃない。助かりたいんだ。その可能性があるなら、拾いたいだけだ。誰かに取られたくないだけだよ」


 黙って続きを待っている男――その秋空色によく似た目から、ハノーニアはなんとなく視線をそらした。


「貴様が言っただろう。私も『宵の薄明』だ、と。

 つまりは…明日は我が身だ」


 微かに息を呑んで目を見開く男に、今更だろうとわらいが零れた。


「私がああならないと、誰が言える? 私だって『混線』もしていれば『雑音』だって聞こえている。私が私だと、私のままだと、どうやって断言する? 自分でも…自信がないのに…」


 言ってしまったと後悔しても、言葉は帰ってこない。ハノーニアは項垂れた。


「……私は、善人じゃない。なりたいし、なりたかったけど…到底なれない」

「…生きたいと、生き延びたいと思うことは罪なのか?」

「罪じゃない…だと思いたい。けど、他を踏みにじっていくのは、罪になるかもね。

 …まぁ、きれいごとなんて言ってられないが」


 近づいてくる気配を、ハノーニアも男も感じている。

 迷路のように入り組んだ通路であったから、もう少し時間は稼げるはずだ。しかし、長くないことは明白だった。


「……助かってほしいと、思っている。心から」

「あぁ」

「……例えば、おとぎ話とかによくあるように。…王子様と末永く幸せに…なってほしいと、思ってるんだ」

「あぁ」


 それが、前世で経験した『ゲーム』の中での一つの結末だった、というのもある。

 男の相槌を聞きながら、ハノーニアは二つの演算珠を介して最適化した魔力を全身へ巡らせていく。


「……私も、夢を見ることが出来るから」


 囁いたハノーニアへ、男が自分の装備を付けていたベルトごと差し出してきた。


「ならば、夢を見よう。夢を見るという夢のために、悪夢にはさっさと退散していただこうではないか」


 男は笑って見せた。色も姿形もよく似ているのに、きっとエルグニヴァルはしないだろうと確信できる、無邪気な笑顔でもって続けた。


「護身用であるから、銃にも短剣にも期待はしないでほしい。君の魔力にいかほど耐えられるか…。あぁ、その辺りもちゃんと計測したいものだ」

「落ち着いたらな…。…凱旋の手土産として責任もって持ち帰ってやるさ。

 亡命先はクレヅヒェルトと帝国、どっちがいい? …なぁんて」


 伝手らしい伝手もないのに何を言うんだろうとハノーニアが自嘲する前に、男が嬉々とした声で言う。


「君が行く先へ。君と共に」

「……始末されるかもしれないのに?」

「それはそれだ。そこまでだったというしかない」


 諦めている声ではなかった。受け入れている男に、ハノーニアはなんだか負けたような、さみしいような、そんなおかしな気分になる。


「さて。そんな我々の輝かしい未来のための作戦は、一体どのようなものかな?」


 あくまでも穏やかにしか見えない男からそう聞かれて、ハノーニアはやはり肩を竦めるしかない。

 そして。いよいよ近くなってきたおどろおどろしい魔力に、自然とハノーニアたちは扉へと向き直る。


「生憎だが、そんな立派なもの、小官如きの頭じゃ考え付かなくてね。

 なに、簡単さ。貴様は囮。私も囮。

 叩いて蹴って、撃って、投げて……体力も魔力も削りに削ったら、呪文を唱えるだけだ」

「ほぉう、呪文…とな」


 興味関心を隠さない男の声色に釣られたのか。ハノーニアの口元にも笑みが形作られた。


「そうだ。とびっきりの呪文。

 まぁ、なんてことはない。ただ聞くだけだ。一言、こう言うだけさ――」


 * * *


「―― お前は 誰だ 」


 ――追い詰めたアルスに対して、ハノーニアは言う。語気を荒らげることもなく、静かに、ただはっきりと、問いただす。押し倒した際に握り込んだアルスの抜身の星座石に、ありったけの魔力を流し込みながら、唱える。

 アルスの口が、はく、と開閉する。そんな彼女の、自分とよく似た――しかし上下逆の『宵の薄明』を見下ろしながら、ハノーニアは呪文を尚も重ねた。


「お前は、誰だ」

「った、し…わたし、は、わ、ぁ、ア」

「答えてみせろ。

 『閣下』を想い、『裏切り者の私』を討たんとするお前は。

 お前は、誰だ」


 ピシリと、星座石にひびが走った。


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