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夢の寿命の限りまで  作者: 真神
第一部
25/50

指さし確認を繰り返す


 朽葉色の髪が暗灰色に変わる様は、まるで冬の初め――初雪が枯野を染めていく光景を思わせた。

 澄みわたった空色が瑠璃色へ移る様子は、大変惹き込まれる。

 ハノーニアは漏れそうになる溜息を、口を押えることで必死に耐えた。


「――どうだ、ハノーニア」


 鈍銀の髪を雑に乱し、深い青となった目をゆっくりと瞬いて問うエルグニヴァルの声は、ルシフェエステルとそっくりだった。


「…っはい、…なんて、お美しいんでしょうか…」

「………」


 押し黙ったエルグニヴァルの顔を見て、馬鹿正直に答えてしまったとハッとするハノーニアだったが、恐らく時すでに遅しだ。


「あの、閣下?」

「俺は奴ではない」


 一人称まで変えてそっぽを向いたエルグニヴァルに、ハノーニアは咄嗟に口元を手で覆う。バシン!と鳴った音にエルグニヴァルが驚いた風に此方へ向き直ったが、今はそれどころではなかった。


(ぐ、だめ…か、かわいい…)


 おおよそ成人男性にかけるべきではない言葉が口を突いて出ないように、ハノーニアは必死だった。

 必死だったが、エルグニヴァルが此方をじぃと伺っているのを感じて、気持ちを引き締める。

 深呼吸を数回挟んで、ハノーニアは口を開いた。


「閣下。……えっと、トゥエルリッヒ様」

「………。なんだ」

「トゥエルリッヒ様、お美しいです。とても。

 どんなお色だって、素敵です」

「……そうか」

「はい。

 そのお色の貴方も素敵です。ですが、そのお色の貴方が素敵という訳では、ないんです」

「そうなのか?」

「はい。

 あー…ううん、その、言いだしておいて、うまくお伝え出来ないかもしれないのですが…。

 貴方と、ルシフェステル准将は似ていらっしゃいます。特に、こうしてお色を変えている今は、より一層。瓜二つです。それはきっと…貴方になったルシフェステル准将も、そうなのでしょう」

「そうだな」


 顔を戻し、耳を傾けてくれるエルグニヴァルがありがたくて、そして嬉しくて。ハノーニアの口元には自然と微笑むが浮かぶ。


「……それでも、それでも。同じでは、ないのです。

 そっくりです。見わけも付かないほどに。

 ……恐らく、きっと…そちらが正しいのでしょうね。見分けがつかない方が、世界の常識、普通、なのでしょう…」

「そうだな…」


 ハノーニアは、そぉっとエルグニヴァルへ手を伸ばす。指先が頬に触れても咎める言葉はなかったので、そのまま肌を撫でた。

 手のひらにすり寄るエルグニヴァルはやはり可愛らしくて、笑みが零れてやまない。


「……普通でない私は、お邪魔ですか?」

「いいや」

「…違いが、分かる、分かってしまう私は、…お嫌いですか?」

「いいや」


 エルグニヴァルが笑う。瑠璃色の目を細め、ルシフェエステルとそっくりな声で言う。


「好きだ」


 言葉と同時に引き寄せられる。

 すり寄った首元から香る匂いさえルシフェエステルと瓜二つだ。だのに、ハノーニアは不思議と混乱はしなかった。


「……愛かな」

「どうした?」

「あぁ、いえ…。…これだけ言っておいてなんですが、どうして違うと分かるのか、自分でもわからなくて…。

 ……その理由が、私が閣下を好きであるという気持ち…愛、だったら…なんて素敵、って…思ったのです、が……。……素敵すぎて、美談過ぎて、私には似合わないなぁ…と」

「ふむ…そうか。わたしは、それでもいいと…そうだといいと、思うのだが」

「閣下が…それでよろしいのでしたら、私もそれで」

「あぁ」


 良い夢は、見ておくに限る。例え、すぐに忘れてしまっても。

 ハノーニアは頷いて、促されるままにエルグニヴァルへ身を預けた。伝わってくる息遣いはご機嫌で、釣られて口の端が持ち上がる。


「――あ、閣下。お食事は大丈夫なのですか?」


 今の今まで忘れていた軽食の存在を思い出して、ハノーニアは顔を上げた。

 エルグニヴァルも「あぁそういえばそうだった」という表情で軽食を一瞥する。


「代わりを頼みましょうか」


 さすがにまだ傷んではいないだろうが、念のため。ただやはり勿体ない気はするので、あとでこっそりもらうことは出来ないだろうか、なんて食い意地の張ったことをハノーニアが頭の片隅で考えていれば、エルグニヴァルが手を伸ばして皿を引き寄せる。


「ハノーニア。食べさせてはくれないか?」

「はい?」


 なんて、エルグニヴァルから首を傾げながら言われて、ハノーニアは上擦った声を上げた。


「恋人同士は、手ずから食べさせることもするのだと聞いた。

 幼児でもあるまいと思って当時は馬鹿にすらしていたが……お前にならば、してほしいと思ってしまう。

 よいだろうか?

 勿論、お前には断る権利がある」


 どこのどいつだそんなことを天下の総統閣下に吹き込んだのは。なんてことをしてくれたのだ! いい仕事をしてくれたなちくしょうめ!

 相反するどころか様々な感情がごちゃ混ぜになる胸をぎゅうと握りしめて、ハノーニアは深呼吸をする。


「…は、ぁ……わ、私で、よ…ければ……」

「あぁ。

 お前がいい。お前でなければいけない。

 …お前も。お前も、…わたしだけか? ハノーニア」

(……そんな顔で言うのは、そんな声で言うのは、あぁ…ずるい。反則だ…)


 赤く染まっているだろう頬で、此方の心中などバレバレだろう。もしかしたら、読唇術ならぬ読心術まで使えたって、おかしくはない。

 それでも、口にして伝えることに意味がある。あってほしいと願いながら、ハノーニアは頷いた。


「はい。

 貴方だけです、トゥエルリッヒ様」


 嬉しそうに細められる目が、そのまま瞬きを一つして、秋空色へと移る。

 ではさっそくと開かれた口元に、薄くて淡いしわが戻ってくる。

 初雪があっという間に消えて露わになった濃い金色の髪につい見入っていれば、摘まんで差し出した軽食ごと指をぱくりと食まれて、ハノーニアは「ぴゃ!?」と情けなく肩を跳ねさせる。


「か、かっか」

「おまえがわるい」


 指先をぺろりと舐めて放したエルグニヴァルにそう言われて、ハノーニアは解放された片手を押さえるしかない。しかし、それも束の間。気持ちを静める暇さえなく、再び口を開いたエルグニヴァルに次の一欠片を摘まんで差し出す。

 それを何度か繰り返して、食事を平らげたエルグニヴァルはこう言った。


「あぁ成るほど。腹だけでなく、心も満たされるとはこういう事か」


 そう言われてしまえば、ハノーニアはやはり認めるほかないのだ。惚れた方が負けということを。


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