北玄の巫女の覚悟
リスフィスの手から賀露島が離された。それにより賀露島はリスフィスから距離をとりポーションで体を回復させた。
「助かりましたヨンナさん。ありがとうございます..。」
「ウチも賀露島さんに助けて貰ったッスから..お陰で本当の自分を取り戻せたッス。てかヨンナって言うなッス..」
ハンナと出会って改心したのだろう。最初の時とは違い優しい笑顔を見せるアキに賀露島もクスッと笑ってしまった。
しかしそんな彼らに殺気が向けられる。恐ろしい程の殺気は彼らを今もなおブルブルと体を震えさせる。
「ねぇ。どうして主様は僕を避けるんだい?..まさか主様は洗脳されたのかもしれないな..それじゃあ調教しなくちゃ...僕だけの主様にしなくちゃ。僕だけを思う主様にしなくちゃ。僕だけの為の主様にしなくちゃ。」
早口言葉に口調が変わりに恐ろしい邪気を漂わせている。
瞳の色は依然黒く人がこの色を表現する事が出来るのかと思うぐらい真っ黒だ。
独り言を喋りながらリスフィスは薄い上着の胸辺りを掴み、顔を赤らめながら笑顔で此方を向く。
「あ..あっ...駄目..どうしても主様の事を考えちゃうんだ..烙印が凄く切なくて、悲しくて、痛いんだ。」
切なくて切なくて切なくて切なくて切なくて切なくて切なくて切なくて、悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
「でもきっと主様を完全に僕の物にしちゃえば..きっとこの痛みも無くなる筈だよ..。」
真っ黒な瞳が賀露島をジッと見つめる。見つめられる賀露島は蛇に睨まれる蛙のように動かない。だが目の瞳孔は激しく揺れているのが伺えた。
止めさせるためリスフィスに近づくアキだったが、ここで異常に気付く。
動かない。体が動かない。手、腕、足、腰、頭。この全てが動かない。
リスフィスの能力でも何でもなく、ただの恐怖だ。
彼女の心は決してリスフィスの底の無い殺気に恐れを成してはいなかった。心では確かに抗っていた。
だが人を動かすのは決して人が考えた通りには動かないものだ。
ふと手で熱いものに触れたとき、人は瞬間的にそれを熱いと判断し、手を離すわけではない。
体が脳に熱いと判断する前に、熱いと体の神経に伝達させる。
つまり反射神経の反射である。
人はこれを無意識の内に行ってしまう。例えば指に火傷をしてそれを冷やすために、氷水に手を入れると人は冷たいと反射し冷やしたい筈の指を冷やそうとするのを避けようとする。
やりたいことと実際行動している事が違う事をしてしまう現象。
それが今、抗っても動くことが出来ない理由だろう。
生きようとする本能がアキの動きを止めていた。
賀露島の瞳孔の動きが更に激しくなる。このままだと賀露島は壊れてしまう。
しかし体がどうしても動かない。どうしたら?
すると足元から何かが飛んできた音がした。足下を見るとそこにはアキの足に突き刺さる槍がアキの足から血を流させていた。
「アキちゃん!!」
後ろからきた別の者からの攻撃に誰も気づけなかった。
ハルはアキの足に槍を放った者を睨み付ける。
アキは血が流れ出る足をジッと見つめる。
「あらあら..ただの人間が今なら巫女に勝てると思って思い上がったのかしら?」
ハルの心は恐怖ではなく怒りに変わっていた。
「はっ..別に巫女達に勝てるなんて、これぽっちも思っちゃねーよ。ただ気合い入れてやっただけだ...」
「あらあら..何を言ってるんでしょうか...?」
膝に手を置き震える手を堪えながら話すバーミンにハルは怒りの表情で腕をスッと上げる。
「ハルさん!いいッス!!これでいいんッスよ!!!」
突然声を張り上げるアキの一言にハルは止まる。
「バーミンさん..助かりましたッスよ..よく意識を保ってくれてたッス...」
「どういうこと?」とハルは話すと、バーミンはゆっくり意識を無くすように倒れた。
「全く..大した人間ッス..奴の殺気に負けずに立ち向かってくるなんてね。..だけど今なら...」
一瞬でリスフィスの目の前に移動するアキ。その一瞬に気付くのが遅れたリスフィス。
アキは神聖霊装を発動する。
「ハアアアアアア!!」
〈心臓圧縮〉は1つの動作にのみ作用する。手を動かす、足を動かす、拳を握る等々の動作1つずつでしか使用できない。
1度この魔法能力を発動させると心臓の負担により、インターバルが必要となる。
インターバルの時間は基本的に使用者であるアキが決められる。
最低限必ず必要なインターバルは1秒。そこからは何秒でも発動出来る。
しかしやはりインターバルの時間が短ければ短いほどアキの体に負担がかかる。
彼女が負担なく次に魔法能力を発動するなら10秒必要となる。
実際賀露島達と戦っていた時はインターバルは10秒を超えてからの使用だ。
そしてアキはリスフィスの目の前まで移動する為、足に負荷をかけ1秒のインターバル間で拳を握りしめ超高速パンチが炸裂する。
鈍い音を出し風圧がこの一帯に吹き荒れる。
自身最高速度を全力で振り抜いた拳の骨は粉々になり血が噴き出す。
賀露島達と戦っていた際に〈心臓圧縮〉を使用する際は基本的に全力では攻撃をしない。
何故なら〈心臓圧縮〉による攻撃速度が生む破壊力に彼女自身の体はついていけていないからだ。
例えるなら車が100キロ以上の速度で走る中、その車に乗った状態で止まっている人間を殴ったとする。
殴ったときの威力は殴られた側としては100キロで走る速度の拳を受けたのだからダメージは勿論大きい。だがそれは殴る側も然り。
そんな速度でも触れただけで腕が持っていかれるだろう。それが思いっきり殴るとなると自身に返ってくる反動は更に強くなるだろう。
つまり北玄の巫女であるアキとて自分に合わない速度での攻撃に体が耐えられる訳がない。自分にもその速度の反動があるのだから。
しかもアキは〈心臓圧縮〉による魔法能力のインターバルを限界の1秒でまた発動させた為、体をフラフラとふらつかせる。
「本当に..ウチは脆いッスね..ちょっと全力を出しただけでボロボロッスよ...」
「アキちゃん..?..どうして急に動けるようになったのかしら...?」
「多分ッスけどバーミンさんの槍が関係してるみたいッス..痛みが消えて恐怖心からの震えが消えたッス...きっと今ウチは体の神経が死んでる状態ッスね..」
倒れるバーミンを見つめるアキ。
「..凄い覚悟だったよ僕にここまで死ぬ覚悟で挑んで来た奴は君が初めてだよ..でも痛いじゃないか..。僕だって殴られたら痛いんだよ?まあ意味なんて無いんだけどね。」
アキの首に指を突き刺し首を締める。「がはっ!」と口から血を吐き出すアキ。
それを見ながらニヤニヤと微笑むリスフィス。
首を掴むリスフィスの手はアキの首の肉に食い込む指から出てくる血で真っ赤に染まっていた。
「ねぇ..痛い?痛いよね!?僕も痛かったよ!君は僕の邪魔をして、また僕は痛くなるんだよ?それなら君にも痛みを知ってもらわないと!!」
リスフィスはアキの首を更に強く絞め、アキは悲鳴を上げる。
「主様への洗脳を邪魔したかったんだと思うけど無駄だったね?だから死のうか?」
首を絞める力が更に強くなる。それは首の傷口から血が勢いよく噴き出す事から伺える。
死ぬ。
だがアキは消えゆく意識の中、耳元から小さな声を聞いた。
「やるじゃん。後はアタシに任せればいいよ。」
アキはここまでを聞いて意識を失った。
ドーーーン!!
激しい地割れがこの一帯で起こる。
激しすぎる風圧に体が吹き飛ばされる。
吹き飛ばされなかったのはリスフィス一人。彼女はその場から1歩も動いていない。
そしてその横に1人だけ人影が見える。
その光景を賀露島とハルは見ていた。
その影に賀露島は見覚えがある。リスフィス同様に異様な程の殺気を放つ者。
「へぇ。僕の精神崩壊に何一つ動じない生き物がいるなんてね...それに何故あの女を助けたんだい?」
「はぁ?何それ?アホくさいんですけど?オバサン頭大丈夫?それにオバサンの洗脳を止めてくれた人を殺させる訳にもいかないしね。」
これは悪夢だ。いつかこんな日が来るとは思っていたが、ついに来てしまった。
低い身長に獣耳がピョコピョコ可愛らしく動く女の子。赤い鎧とツインテールが何とも似合っていない。
その子は賀露島に気付くとリスフィスを無視するように此方に笑顔で手を振る。
「お兄ィィィィィヤァァァァァァァァァァン!お兄ヤンの愛しの正妻が来ましたよ!!」
彼女は名は理楊。僕に隠しているだろうけど僕は段々気づきつつある僕への異常な愛をもつ人狼の女の子。
..多分いや。絶対リスフィスと同じ人種だ。




