結ー6-
「久賢が討伐した事にしたのは正解だったな。それなら、誰も疑いはしない」
事実、先の説明に対して師範の誰一人として疑問は抱かなかった。
高見家が誇る最高の退魔師、正師範の肩書を持つ彼ならば、一人で竜魔を屠っても不思議ではないと。
「まぁ、久賢は、心中穏やかではなさそうだがな」
悠絃が何処か楽しんでいるかのように流し目を送った相手、久賢は渋面を作ってみせる。いつものように腕を組み、己と同じ正師範の位に就く悠絃を睨み遣った。
「如何なる理由があろうとも、他者の功績を騙る事を快しとする者は少ないだろう」
いかにも真面目な彼らしい発言だと、悠絃は思う。
〝神座の森”で生じる事象は如何に理解の及ばぬものであったとしても、不合理と嘆くこと自体が既に無意味。そんな事は、嫌という程思い知らされてきた。ここにいる者なら尚更だ。今更もう、驚く事などないと思っていたのに。
(人生、何が起きるか本当に判らないものだな)
この年になってまだ、世界をひっくり返されたような感覚を味わうとは。
「で、どんな風に仁は竜魔を討伐したんだ?」
興味津々と隠そうともしない悠絃とは対照的に、久賢はその眉間の皴を決して消そうとしない。それでも、生真面目な彼は口を開く。
「……一撃で首を落として見せた」
「……――ほう」
流石に、討伐の様子は聡耶も聞いていなかったのだろう。感嘆の声を漏らした悠絃に重ねて、揺れる気配がある。
「それは、なかなか、どうして」
人に仇名す妖は数多くいるが、その中でも最強と畏れられる竜魔を、ただの一太刀で屠るとは。
それは、是非とも。
「俺も、見てみたかったものだ」
その宝石の煌きは虚空を漂い、陽炎に揺れるそこに過去の幻影を見る。
「さぞ、美しいだろう」
細くしなやかな体躯から繰り出される一撃必殺の軌跡は、見惚れる程の。
「…………」
悠絃の嘘偽りのない本音に、しかし久賢は眉間の皴を更に深くする。着物の袖に隠した組んだ腕を、無意識の内に握り締めていた。
「……美しくなど、あろうものか」
絞り出すような声で、久賢は形にする。驚いたような、怪訝そうな視線が向けられている事を知りながら、顰めた顔には苦渋の色が滲み出て、その脳裏には、あの森で見てしまった光景が鮮明に蘇る。
それは、美しいなどと、称えられるようなものではなく。
「あれは――……、ただの狩りだ」
生き抜く為だけの。何処までも自己中心的で独善的な、ただ己が生きる為に、大切だと認めた者だけを守る為の単なる手段に過ぎない。
そこに、賞賛も、感嘆も、感謝さえ介在する余地はない。
ただ、そうしなければ、死んでいたのはこちらだっただけ。
それだけだ。
「〝誰も死ななかった”――大事なのは、それだけか」
千を超える死線を越え、討伐してきた妖は数知れず。時として冥府の川に片足を浸し、積み重ねてきた過去があるからこそ、久賢はあの場にいた誰よりも冷静に状況を認識する事が出来た。
叩き付けられる妖気に臆した様子もなく、躊躇いなど微塵も見せずに身を挺して見せた。銀世界に散った絳の鮮やかさを。見届けることしか赦されなかったモノの苦痛に歪んだ顔を。自らを省みずに飛び込んでいった弟子へ、届かないと知りながらも伸ばされた手を。
目の前で大切な命が散っていく絶望に天を突いた慟哭を。
「生きる為に仕方がなかったのだと、そんな戯言……私は、断じて認めん」
吐き捨てるかのような、それでいて痛みを孕んだ久賢の言葉は、本当にぶつけたい相手には届かない。残響はやがて消えて、ここにいる者では受け止める事の出来ない激情はただ、本人に還るしかない。
落ちた沈黙を乱すのはやはり、重く響く鐘の音だ。
床に落ちた視線は一点を見詰めたまま動かず、硬い表情を崩さない久賢に、掛ける言葉がなかった訳ではない。ただ、彼が安っぽい気休めや慰めを欲している訳ではないと知っていただけだ。だから、誰からともなく腰を上げる。
灯篭に入れられた火を消し、悠絃は一足先に先見の間を出る。その薄闇を振り返ることなく。
「誰も彼も、叶わない恋をしている」
落とした言の葉は、いつか口にしたそれ。
背後で笑みが生じる。それはどちらか、確認する必要はない。
祝宴は既に始まっており、母屋に設けられた高見家内で最も広い鷹鳴の間の扉を開けた時には既に、三人とも高見家を背う者の顔になっていた。
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