結ー3-
仲裁に入るにしても多少暴力的になるのは仕方がない。悠絃がこの事態を引き起こした張本人を苦々しく一瞥したのち、動いたのは果たしてどちらが早かったのか。
「――ハレの雨は凶兆の徴」
激情を体現する者と、仲裁に入ろうとした者。ぶつかるよりも更に早く、無音を斬り裂く声は、酷く落ち着いていた。
師範達の意識がその声の主に移る。一度として外されなかった碧の視線を受け止めたまま、高見家当主である聡耶は言葉を継いだ。
「警告を受けながら、従わず、儀式を執り行う事を決めたのは私だ」
全ての責任は自分にあると、聡耶は明言する。静かに紡ぐ声音は師範達の荒ぶる心を鎮めるには充分だった。
「皆が知りたいのは、何故、契約を結んだのか。闇からの警告を無視する事の危うさを、恐ろしさを、愚かさを、誰よりも知っているのはお前だろうに」
激情は去り、再び異端の色を纏った娘に集まり始めた視線は、そこに孕む色は、困惑が一番強かったかもしれない。
ハレの雨は凶兆の徴。
早朝鍛練が終わりに差し掛かった場でそんな発言をすれば、反発されることは彼女とて判っていたはずだ。あの場には、志を高く持ち、年に一度の冠位習得の機会を待ち望んでいた者達がいる。冠誕の儀に臨む者だけでなく、その者達の意志と覚悟の強さを知る多くの門下生が、異端の警告を受け入れるはずがないのに。
本当に儀式の執行を阻止したければ、高見家当主に直談判すればよかったのだ。そうすれば、少なくとも、感情的に切り捨てられることはなかっただろう。
「仁。お前が何を思い、何を意図して行動したのか。話しなさい」
高見家当主が説明を求める。
瞬きが、一度。碧色はそれでも尚、彼を捉えて離さず。
「彼等の覚悟は本物でした。それは、命を懸けるに値する」
今朝の騒動を、そして、神座の森での出来事を知る南華だけでなく、師範達の脳裏には、冠誕の儀を終えて見習いの証である刀を授けられた時の、弟子達の誇りに輝く顔が浮かんだ。
「戻らない時間の重さを知る彼等の進む道を、何故、塞ぐ事が出来ましょう。危険は元より承知。ならば、相応の対価と引き換えに、望むものを」
絶望だけが満ちていた。無力な自分を嘆くしかなかった。ただ誰かに祈り、待つしかなかった。
過ぎてしまった時間は取り戻せないけれど、今その手の中にある大切なものを護れるだけの力を。
その為ならば命も懸けると、強く心に刻んだ煌眼を、ただ危険というだけで翳らせるわけにはいかなかった。
「危険と判っていれば止めていた――などという思いは、強い決意を持って試練に臨んだ彼等に対する最大限の侮辱です」
師範達が己に向ける激情を知りながら、正確に理解していたからこそ、零された溜め息と舌打ち。それはここにいる誰よりも、己の未熟を嘆く者達に心を寄せているからこその感情表出で。
「ケガレを祓う為の贄として差し出した命を、その対価として祓い手が護る。それが、お前が妖と結んだ契約だったということだね、仁」
矛盾を孕んだ契約、まるで綱渡りをするかのような危険な賭けだ。しかし、それだけの価値を彼女は彼等の覚悟に見出した。妖と契約を交わし、それでも万が一の時に備えて自身も神座の森で儀式の行く末を見守った。
「流石に、アワイの出現は想定外でしたが。まぁ、何かあれば必ず高見家は動くと判っていましたから、大した問題も起こらずに冠誕の儀は終わるだろうと踏んでいました」
「結果、確かに儀式は大きな問題もなく一日目を終えた」
自分の言葉を継いだ聡耶に一つ頷き返して、仁はそのまま口を噤んだ。語るべき事はもうないと、凪いだ気配は一度として乱れることなく。




