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結ー1-

 冠誕の儀は、表面上は何事もなく、例年通りに進んだ。見習いの試練は滞りなく終了し、重大な負傷者を出す事も無く、試練に臨んだ計四十八名が第一鍛練場に整列している。その誰もが緊張と昂揚に頬を蒸気させ、達成感を胸に、一人ひとり、高見家当主の手で目の前で鍔を嵌められた刀を受け取る。低頭し、両手で受け取る刀の重さに、これからのより厳しいものになるだろう鍛練に覚悟を決め直した。

 教え子達の門出を祝う師範達の顔も、普段の厳しさは色を潜め、刀を受け取り、その重さを実感している彼等を見守る眼差しは優しかった。

 儀式は淡々と、粛々と進められる。その陰で今、高見家医務室に詰める医師達が必死の治療を施している事を、ここにいる殆どの者達が、知らない。祝福と喜びに満ちる光にそっと、しかし確かな境界性をもって寄り添う影が、その命を攫っていかないことを祈る心もまた、僅かだった。

 そう望んだのは、闇からの警告を伝えてきた張本人だった。血塗れで玄関を跨いだら騒ぎになる、動揺はあっという間に伝染し、冠誕の儀を続ける事自体が難しくなるかもしれない。そうすれば、何の為に代償を払ったのか。危険な森を救護隊だけを護衛に付けて怪我人を帰し、高見家正師範まで借り出した意味がなくなる、と。

 最後まで正門をくぐる事に首を縦に振らなかった彼女は、その身に深傷を負っているとは思えない身軽さで、堅牢なる境界線、朱門へ軽々と飛び乗り、医務室に面した庭へと直接降り立ってしまった。その腕に、師範から攫った幼子を抱いて。いきなり怪我人が舞い降りてきたのだ、本格的な仕事に入る前のひと休み、優雅にお茶会など愉しんでいた医師達の驚きは、それはそれは大きかっただろう。狭間の世界に出ると同時に祇葵は姿を消し、正門前に残された玻綾達もまた、それに勝るとも劣らぬ心情だったけれども。

 正門を潜り、玻綾達が医務室へと駆けつけた時には既に怒気を露わにした医師達に問答無用で応急処置室へ連れ込まれているところだった。重厚な扉が閉まる間際に見えた横顔は、血の気が失せていつもより余計に青白く見えた。自身よりも高見家門下生の矜持を優先させた彼女の配意を無碍にすることは出来ず、何事もなかったかのように、そして事実その後は何の問題も起こることなく、冠誕の儀はその一日目を終えた。

 だから、宵達が森の孕む深い闇の奥へと進んでいった仁が深い傷を負って戻って来た事を知ったのは、既に陽が沈みきった、夜の帳が落ち始めた頃だった。

 準師範である玻綾から砕かれた心を知らされれば、文句の一つも言えなくなってしまう。全部自分達の為だと、その理由は、あまりにも卑怯だ。無茶をしたと怒りたいのに。大丈夫だろうかと心配したいのに。

 あの時、何故、鍛練場を包み込んだ激情を受け止めなかったのかと、この憤りさえ。

 貴方達の為だ、と。その言葉一つで、胸中を満たす様々な感情をぶつける先を、奪われてしまう。

 伝わるかどうかも分からない前に、形にすることさえ許されないなんて、あまりにも残酷だ。

「言ってやりなさい」

 叫び出しそうな程の激情を、拳を握り締めて必死に抑え込もうとしている後輩に対して、玻綾は清らかな声で告げた。

「いいのよ。勝手なのは向こうなんだから。いつもいつも、大人しく思いを酌んでなんかいられないわ」

 困惑気味に言い澱み、躊躇いを見せる彼等に向けられた、紺色の瞳はその突き放す様な声音とは裏腹に、何処までも優しかった。

「思っている事を言ってやればいいのよ。いつだって、あいつは先の先まで読んで行動するけれど、そこに生じる感情を無碍に扱われるのは非常に不愉快だわ」

 だから、相手の事は一切気にせずに、伝えたい事をぶつけてきなさい。

 重症患者をあいつ呼ばわりした準師範に背を押され、向かった先は医務室で。この時には既に心は決まっていて、常に他者を気遣え、その心を敬えと教えられてきた高見家門下生は、初めて家の教えに背こうとしている。

 彼女の意図など知った事ではない。ただ、何処までも一方的なその配意を相手がどう受け取るのか。それを、本人を目の前にして直接言ってやるのだと。

 しかし、伝えるべき相手は、傷の手当てを受けて数時間の睡眠を摂っただけで、高見家当主に呼ばれて母屋へ行ったまま未だ戻らない、と主治医より聞かされた。にこやかな笑顔で対応してくれた年若い医師は穏やかな口調だったが、その背後に修羅を見たのは決して、幻視ではなかったはず。


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