転ー2-
「明日久し振りの逢引きだから、何を着ていったらいいのかと、聞かれた」
「で、嬢は何て答えたん?」
「取り敢えず、裸で行って振られて来い、と殴っておいた」
あんまりな返答の上、神を殴ったのか。
こんな状況でなかったら、その首根っこを掴んで揺さぶっているところだ。
貴女、何をしているの、と。
「正解やね。そんな酷い男、付き合う子が可哀想やわ。寧ろ、俺が引き裂きたいくらいやわ、その二人」
「手伝おうか?」
「そら心強い」
「喜んで」
仁と祇葵は意図的に悲劇を生み出そうとしている。その暗い陰謀を止めるべきか否か、玻綾は本気で悩んだ。
「何が恋愛相談や、全部、ただの惚気やんけ。嬢、ほんま、災難やったなぁ」
「本気で殺してやりたくなった」
「夜中だったから余計やね。嬢、寝不足だと不機嫌五割増し……って!」
「失礼極まりない」
「叩かんでもええやないの」
手加減なくはたかれた水色の頭を、祇葵はとても痛そうに撫でた。
確かに、響いた音からして、あれは相当痛いはずだ。
いつから流れが変わったのか。恋愛相談ではなく惚気だと、今までの遣り取りの中で判断する要素は何処にあったのか。そもそも、神を殺すという物騒な言葉。
感情を乱されてばかりなのに、二人の間で会話は成立している。それが玻綾には特別に見えて、込み上げてくるこの感情の名を、もうしばらく知らない振りをしておこうと思った。
「神と人との契り、か。昔はそう珍しい話でもなかったけど。敢えてその道を選ぶやなんて……、残酷やわ」
抜けた主語は、神か、人か。それとも、運命と呼ぶ何かか。
「人は必ず置いて逝き、神は必ず置いていかれるのに」
「…………」
「置いて逝く者と、置いていかれる者。果たして、どちらがより辛いんやろうなぁ」
落ちた、沈黙。
それは僅かな間。そう、瞬き一つの時間に過ぎないのに、無限にも思える程の重さを孕んでいた。
「――さあ。生憎、まだ置いて逝ったことはないから」
淡泊な声音が紡いだ言葉、彼女が浮かべる表情は、何だったのだろう。後ろを歩く玻綾には確認する術がなくて。
ただ、感情の読めない声が紡いだそれは、まるで。
「そやね。俺達はいつだって、置いていかれる側や」
「――――……」
風が渡る。森の風に、肩までの銀糸が揺れて。
最後まで、応えが返ることはなく。
祇葵もそれ以上重ねず、自然と会話は途切れて、雪を踏み締める音だけが世界を支配する。
その静寂を、乱す音。
「一応、ケガレを避けて道を選んでいるつもりやったけど。……あかんなぁ」
木々が揺れ、葉が擦れる音が徐々に大きくなる。風が強くなってきている証拠だ。それは身も凍える程に冷たく、それが決して自然の風ではない事を、もう、この場にいる誰もが気付いていた。
前を歩く二人の歩調が遅くなる。更に緩やかなものとなり、やがて、歩み自体が止まってしまった。
その時には既に、森は闇を内包しきれなくなっている。
この距離なら、聴こえる。あぁ、これが、仁が聴いていた声か。
低いような、潰れたような、高いような、引っ掻いたような。声帯が作り出す音ではない。魂そのものから発されているようなこの声は、あまりにも、悍ましくて、恐ろしくて。
そして、なんて――。
(――……哀しい……)
胸が締め付けられるような痛みを感じながら、ついに森の闇から零れ落ちたソレを視界に収めた瞬間。
「…………ッ」
その恐怖に刀の柄を握ってしまった己は、未熟さゆえ。
刀を抜きかけた玻綾を止めた手は、数歩先にいると思っていた華奢なそれ。柄頭を押さえて抜刀を阻止した仁は、そのまま玻綾を護るかのように背に隠した。
『あぁ……。うぅあああ……』
闇の塊の中に蠢く灰黒色のモノ達。熟練の退魔師達の目には、それは人の顔として明瞭に映り込んでいた。
『あぁぁあああああぁ……ッ』
声帯を失い、言葉すら忘れて、尚。
森を彷徨い、人の形を失くしながら、決して消えない哀しみが、そこには在る。




